飲みかけのストロングゼロを天高く掲げれば、逆光を浴びたそれはまるで芸術じゃないか。謎の黒い円柱って感じでミステリアス。
そしてこの中に入っている古代から人を迷わせてきた「あるこほる」なるものも然り。
なぜか笑いが込み上げていざ「くくく」と笑おうとしたらあるこほるが気管に入ってむせた。
「かひーっ」
ブランコで遊んでいた少年が、いつしか漕ぐのをやめてじっとこちらを見ていた。それに気付いた母親らしい女性は、少年の視線を遮るように割り込んだ。
おれだって、あれくらい小さくて純粋だった時代もあったんだぞ。
それがどうだ、新卒で入った会社と折り合いがつかず一ヶ月で心が折れ、アルバイトの求人に応募しては敗れる日々だ。そりゃ、昼間から公園の地べたで飲みたくもなるさ。
缶を煽ってストロングゼロを飲み干そうとした時、誰かがおれの前に立って太陽を遮った。
「やっと見つけた」
聞き覚えのある声に、9%のアルコールが吹き飛んだ。
立ちあがろうとしたら肩をつかまれた。
「ひぃ、人違いですっ!」
「人違いだって? 忘れるわけがないでしょ、こんなクズ」
漆黒のスーツと赤い口紅。逆光を受けた彼女は、一ヶ月前に会社で最後に見た時よりもすごみが増していて。
「しゅびばせんしゅびばせん!! でもおれもう嫌ですあんな仕事!!」
「つべこべ言わない! 除霊できる新卒なんて上玉、逃すわけないでしょうよ」
「いやだいやだー! 」
ブランコにいた親子がこちらの様子を見ている。あっあいつら足が透けてる。
ちくしょう、おれがこんな体質じゃなければ。
【お題:逆光】
銀の月の周りを洗濯物が泳ぐ。あれがきみの住む街なんだって。
おもちゃのロケットがびゅうびゅう飛び回って銀の月を目指しては落ちていく。届かない。
遠すぎるから? ううん、近すぎるから。
さざなみがよせては返すのをこの手のひらは感じているのに、目に見えるのは風だけだ。
抜け殻のきみのシャツが笑う。僕も抜け殻になれたらきみの街まで行けますか?
半径五千キロメートルの憎しみと悲しみを点にしたら泡ぽこみたいな笑いがこぼれて宙へ立ち上る。
そうか、ここは水の中なのか。きみの抜け殻はロケットに絡め取られてどこかへ飛んでいってしまって、僕は慌てて紙飛行機を飛ばす。
飛ばした手が流線型になって僕の手が、腕が、飛行機になる。僕の右手は僕をどこかへ連れていく。
きみの抜け殻のところかい? 違うかも。でも、もしかしたらそうかも。分からないね。
僕の魂が、どこかへ飛んでいってしまったら、ハンモックみたいにさ、優しく受け止めてくれないかな。
助けてほしいの? ううん、そうじゃない。ただ自由に泳いでみたいだけなんだ。
【お題:こんな夢を見た】
タイムマシーン、と手書きで書かれた段ボールが居間に転がっていた。
窓がくり抜かれており、箱の中にはこれまた手書きの操作盤がある。覗き込めば、優斗が体操座りで中にいた。
「出てきなさい。ご飯だよ」
「父さん」
父さん?
いつもはパパって呼ぶのに。
優斗は顔をあげて俺の方を見た。いつもより妙に大人びて見えて、どきりとする。
「画家になるの、あきらめたんだね」
「優斗、おまえ」
嫁にも話したことがないのに、なぜ。
「会ってきたよ。ぼくが生まれる前の父さんに」
鼻をすする音。
「楽しそうに、お絵描きしてた。幸せそうだった。ぼくがいない時の方が」
「優斗」
かがんで段ボールに入り、幼い子供を抱きしめる。
「そんなことない」
「うそつき」
「そんなことない。パパは、父さんは優斗がいてくれて幸せだよ」
「うそばっかり。絵を描きたいくせに、ぼくのせいにして、にげだして」
優斗の涙で肩が濡れる。そうして濡れたところが冷えていく。
ご飯、温め直さなきゃ。
【お題:タイムマシーン】
特別な夜だからといって、別に何か特別なことを求めているわけじゃない。
まあ、昼間に婚姻届を出して、めでたく夫婦になって初めての夜だけども、これまで同棲三年、付き合っていた期間は二年、よき親友だった期間は十年。
つまりは学生時代からの幼馴染で、結婚する前から既に熟年夫婦感は出ている気もする。
プロポーズは「キミちゃんに似合うと思ってわざわざ取り寄せたんだ」とか言っておやつのカールを指にはめられて二人でゲラゲラ笑ったし、なんかもう、そういう感じだから。
別に何も期待してないし。明日月曜日だし。お互い仕事だし。
「なに?」
視線に気付いたのか、洋介は皿洗いの手を止めて顔をあげた。
「なにも?」
こういう気取らないところも好きなんだし。
皿洗いをする洋介を横目に、リビングのソファに座る。と、お尻の下からグシャッと嫌な音。
「うわっ!」
「ちょ!」
ソファカバーをめくると、そこには一封の洒落た封筒。潰れてるけど。
洋介が慌てて駆け寄ってくる。
「なんでそこ座るの!」
「なんでって」
「いつもそっち座らないじゃん! なんで今日に限って!」
彼はエプロンで手を拭いて封筒を手に取った。
隠すにしても、よりによってなぜそんなところに。問い詰めたい気持ちは山々だが、それよりもまず。
「それは?」
「ああ、もう……」
洋介はできる限り封筒の形を整えてから、私に差し出した。
「宣誓書」
「せんせいしょ?」
あ、まばたきが増えた。緊張しているらしい。
「キミちゃんのこと、ちゃんと幸せにしますっていう」
真面目か。意外だ。
なんだか気恥ずかしくて、おかしくなって、照れ隠しに背伸びして頭を撫でてやる。
「ま、二人で頑張っていこう」
【お題:特別な夜】
君の好きな花を買って、君の好きな料理を作って。
「そっちはどう?」
『そろそろだよ』
スマホ越しのあなたの声に嬉しくなる。
私はベランダに出る。季節外れの電飾で飾り立ててピカピカ光らせている。一月なのにMerry Christmasなんてちょっと変だけど、これしかなかったから仕方ない。とにかく光れば良いのだ。君に見えるように。
私はスマホのライトを点けて夜空に向かって振る。あんな遠くからじゃ見えるはずない、分かっていても、ここにいるよと伝わるように。
まだかな、寒いな、なんて思っていると。
「あっ!」
澄んだ藍色の空に、ダイヤモンドのように光り輝く流れ星。
あれは国際宇宙ステーション。あそこに私の夫がいる。
「久彦!」
私はここで帰りを待ってからね。
君の名前は白い息になって空へ溶けていく。
【お題:君に会いたくて】