あんなにたくさん作ったのに、冷蔵庫に残っていたのはたったひとつだけ。
「あのさあ」
冷蔵庫の扉を閉めてリビングにいる人間たちに声をかけると、Youtubeを見てゲラゲラ笑っていた彼らはぴたっと黙った。これは確信犯だ。私に怒られると分かっていながら食べたのだ。みんなで。私が作った特製とろうま卵プリンを。
「なんで黙るの?」
あえてそう聞いてみると、私と血の繋がりのある人間、戸籍上は父と母と祖母で人生の先輩とも言えるが、人生の先輩だからといって人が作ったプリンを勝手に食べて良いわけがない。
「ごめん、まりこ」
表面上申し訳なさそうにそう言ったのは私の父である。
「うまかった」
「だー! もー!!」
【お題:1つだけ】
あとから「嘘だよ〜」なんて言われても、こればっかりは許せない。
「良い加減にしてよ。そんなの信じない」
「いや信じてって! ホントだから!」
「これから塾だから。じゃ」
「ホントだってば! ホントに好きなんだってば、アンタのこと!!」
どうせ嘘に決まっている。
僕の好きな人が僕を好いてくれるなんてあり得ない。
*
毎年4月1日になると、あの高校2年の春の日のことを必ず妻に言われるのだ。
「ホントに傷ついたんだからね、あの時!」
「あんな日に告白してきた君が悪い」
「うるせー!」
【お題:エイプリルフール】
確かに俺は一億円欲しいと言った。
だがそれは現実逃避ゆえの比喩であり、机にドカンと置かれた百科事典みたいな厚さの現物を見た時は言葉を失った。
「え、なにこれ」
「ちょっとね」
「いやいや、「ちょっとね」で済ませられるもんじゃないよ!? ていうか日本銀行ってテープ貼ってあるけど大丈夫なの!?」
「ショートケーキだってお店のロゴが入ったセロファンで包まれてるじゃない。それと同じだよ」
「同じじゃない!!」
引き合いに出されたショートケーキもびっくりだよ。
彼女は唇をとがらせて、
「ほしいって言ったのあんたじゃない」
「いや言ったけども!!」
実物を前にすると嬉しさよりも怖さが勝る。
「ほんとに大丈夫!? 最近話題の金塊をあっちで買ってこっちで売って儲けた金だったりしないの!? あと贈与税どうなるの!? 確定申告は青色赤色!? やり方分かんないんだけど!」
「まあまあ」
彼女は落ち着いた様子で日本銀行のテープを剥がし、透明なフィルムをはがしていく。新札の匂いってこんな感じなんだ。インクの匂いがプンプンする。
「半分こでいーい?」
「いや待てって……」
チャイムが鳴ったのはその時だった。続いてドンドンと玄関の戸を叩く音。ワンルームの部屋にその音が大きく響く。俺は思わずドアを見た。
「すいません、警察ですが」
ドスの効いた声。
「おい、これって……」
振り返ると、なんとそこに彼女はいなかった。
残されたのは机の上の札束で、綺麗に半分なくなっている。
開け放たれた窓でカーテンがそよぐ。いつの間にか窓の外へ出ていた彼女は、窓枠に手をかけて、顔の上半分だけこちらに向けていた。
「欲しいって言ったのはあんただからね。じゃ」
彼女がひらりと姿を消したのと、玄関の戸が乱暴に開けられたのはほぼ同時だった。
【お題:ないものねだり】
ここ数日晴天続きだというのに、彼が持っている傘はびしょ濡れだった。畳まれた傘の先から水滴が流れ落ち、玄関の乾いた三和土(たたき)に黒いしみを描く。
「いやあ、迷い込んじゃったみたいで」
「また行ったの? 近づくなって言ったじゃん」
「放っておけなくて」
ニャー、と鳴き声がした。
彼が左腕に抱えていた白い毛むくじゃらが動いた。
「とりあえず体拭きなよ、ずぶ濡れじゃん」
彼自身も、まるでどしゃ降りの中を駆けてきたように濡れていた。
彼の頭にタオルをかけてやると、彼は「ありがとう」と言って毛むくじゃらを包んだ。
「おのれを拭けって。あーもー」
結局もう一枚タオルを持ってきて彼にかけてやり、私が彼の頭を拭くことになる。
「今度は猫?」
「猫っぽいけど違うみたい。しっぽが6本あるし」
ほら、と彼が差し出したその毛むくじゃらは、確かにしっぽの数は多いし、しかも目が3つある。
「知らないよ、また上から注意されても。今度は減給じゃ済まないかも」
「見て見ぬふりはできないよ」
「心配してるんだよ。並行世界なんかウロウロしてたら、そのうち戻って来れなくなるよ」
「そしたら探しにきてよ」
「は? 巻き添えくらうの嫌なんだけど」
彼は私の方を見て微笑み、子供みたいなくしゃみをした。
【お題:ところにより雨】
耳掃除が気持ち良すぎてずっと綿棒を耳に突っ込んでズブズブしていたいがやりすぎると痛くなるのは分かっておりそろそろ終わりにしないといけないが耳の奥? なんか曲がり角みたいなところに水滴が溜まっているらしくせめてそこだけはとりたい、でもたぶんまっすぐな綿棒じゃ無理かも、胃カメラ用のチューブみたいに先っぽがくねくね曲がるやつ、と思ったけどあれを耳に入れるのは怖すぎるな、しかし人生だって綿棒みたいに真っ直ぐなだけじゃ届かないものもあるのだ、曲がってみたり捻れてみたりして初めて取れる汚れも、あー取れた気がしたけどなんかまだムズムズする、放っておけば蒸発するか、ていうかなんだこの耳の構造捻じ曲がりすぎだろ、その上まめに掃除する必要があるとか面倒すぎるだろ、だからこんな快感を得られるようにしたのか、耳掃除めんどくさくなって耳垢が詰まらないように耳掃除気持ちいい〜もっとしたい〜って感じに進化したのか、変なの、あああ時間が
【お題:夢が醒める前に】