金の糸で「絆」と刺繍されたお守りが打ち捨てられていた。
拾い上げ、前を歩くブレザーの背中に声をかける。
「ねえ、これ美冬の」
「いらない」
彼女の声はいつになく尖っていた。
「でも」
「いらないってば!」
差し出したお守りは手荒くはたかれ、足元の水たまりに落ちた。泥が跳ねて「絆」の文字が黒く汚れた。
「ちょっと」
「塾やめる」
「そんなこと」
「落ちた人間なんかいない方が良いでしょ」
みんなで一緒に志望校を目指そう。試験日直前に赤井講師から塾生全員に渡されたお守り。どこまで熱血なんだか、と失笑しながらも、私たちはおそろいのそれを試験日も、そして合格発表の今日も、持ってきていて。
「待ってよ、美冬」
立ち去ろうとするその腕をつかむ。意地でもこちらに顔を向けないが、その頬からいくつもの涙がこぼれ落ちていくのが見えた。
「離して。どっか行って。ひとりにして」
絞り出すような声だった。
「やだ。一緒にいる」
「今すごく、意地悪なこと言いそうだから」
「言っていいよ」
「なんなの」
「いちごパフェ」
「は?」
「ね、これから食べに行こうよ。試験終わったら一緒に行こうって、約束したじゃん」
「二人で受かったらの話でしょ、それ」
「食べたっていいじゃん」
受かっても受からなくても、美冬は私の大切な友達だから。
水たまりに落ちたお守りを拾い上げる。泥を拭いてもう一度差し出す。
「……前から思ってたんだけど」
お守りを見て、美冬がぽつりと言った。
「これ、デザイン、ダサすぎ」
「いやほんとそれな」
目を腫らした美冬は、私の顔を見てちょっと笑い、差し出したお守りを受け取った。
【お題:絆】
(※GL表現あり)
「たまには私がやっても良いでしょ」
「えー?」
返事を待たずに、私はトモカの後ろに回り込み、彼女のセミロングの髪に櫛を入れた。
「わーなんか恥ずかしっ」
「私のは毎朝触るくせに」
美容師のトモカはオンでもオフでも人の髪をいじるのが好きで、とりわけ私のは彼女のお気に入りだった。
「みーちゃんのはツヤツヤだからいーの。ウチ枝毛だらけっしょ。そういうの何だっけ、高野豆腐の白パンツ?」
「紺屋の白袴ね」
「そーそーそれそれ、コーヤコーヤ」
「パンツはないわ」
「えっじゃあコーヤはパンツも藍色ってこと?」
「知らん」
トモカの髪はサラサラだ。アッシュグリーンの毛束に触れてみれば、さらさらと指の間をすり抜ける。淡く甘やかな大人の香り。
「二つ縛りの三つ編みにしようかな。先っちょにピンクのリボンつけて」
「あはは、こないだの。根に持ってるのウケる」
「ほどくの大変だったんだからね、あれ」
外で鳥が鳴いている。レースカーテン越しの朝の日差しは柔らかい。
サービス業のトモカと会社員の私の休みが重なることは珍しくて、だから今日は少し特別な日。
彼女の髪をかきあげる。白く光るうなじが美しくて吸い寄せられて、思わず唇を寄せる。
トモカが振り返り、私に応えた。
【お題:たまには】
「大嫌い」
君の息の熱を感じる。
紅潮した滑らかなその頬を撫でると、君は体に電気が走ったようにびくっと震えた。
許しを乞うように、うるんだ瞳がこちらを見上げてくる。ぞくぞくする。その視線。その熱。
【お題:大好きな君に】
ひなあられを肴に酒を煽る独身女性32歳
【お題:ひなまつり】
6個入りのピノの箱に、たったひとつだけピノが残されている。
前向きに捉えるなら「一個も残っている」と言えるかもしれないが、これは私が私のために私のお金である180円を払って買ってきた貴重なものなのだ。それが食われている。誰かによって。5つの虚無ピノと空になった5つの窪みは、その事実を私に知らしめる。
「誰だ」
【お題:たったひとつの希望】