「ちょっとそっち持ってて」
「はあ?」
ずっと片思いしていた人に昨晩こっぴどく振られて、やけになって手近な居酒屋に飛び込んで飲み直して、目が覚めたら駅前のベンチでアザラシみたいに朝日を浴びていて、それを漁師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ、なんやかんやでシェアハウスに帰ってきたら、ウルフにメジャーの先端を持たされて、今に至る。
「この2センチがなあ……」
窓の下の壁にメジャーをあてがい、ウルフは何やらブツブツ言っている。
「なんか着れば」
朝8時、気温25度。暑いのは分かるが、
【お題:恋か、愛か、それとも】
なんだその巨大なふ菓子は。
菓子屋横丁の軒先で、一人でメンチカツ(200円)を頬張っていたら、視界の端から野球バットかと見まがうほどのふ菓子が現れて。案の定、田丸だった。
「食べ切れんの?」
「余裕」
田丸はふ菓子を肩に担いでドヤ顔である。バーコードには会計済みの黄色いシールが貼られていた。
「そういうの好きだよね、田丸」
「メンチカツもうまそうだな」
「食べることばっかじゃん」
6月はじめの火曜日。我々は社会科見学の名目のもとで、川越に来ていた。
晴れていればもっと楽しかったかもしれないが、あいにく本降りの雨。そして肌寒い。
本当はグループ行動の時間だが、湿気で髪がまとまらず機嫌の悪くなったルリコがウェルシアの化粧品コーナーに立ち寄りたいと言い出し、私が抵抗して「ここは予定通り川越まつり会館に行った方が良い」と言ったら喧嘩になり、取り巻き女子と共に行ってしまった。
こんなどうでもいいことで、後で先生に怒られるのは私なのだ。あつあつのメンチカツでも食べないとやってられない。
そういえば、田丸も一人だ。
「他の人は?」
「どっか行った」
「どっか行ったって」
「知らん。あんなやつら」
田丸は膝で勢い良くふ菓子を割った。どうやら彼も苦労しているようだ。
「え、中は黄色なんだ」
「サツマイモ味らしい」
「へー」
外側は紫で中は黄色。たしかにサツマイモっぽい。
「いる?」
ふ菓子が差し出される。
「じゃあ」
自然な流れで受け取ってしまった。
とっさに頭の中で「タダヨリ タカイモノハ ナイ」「ナニカ オカエシガ ヒツヨウダ」と律儀星人リチギーン、リチギーンってなに? が騒ぎだしたが、なんかまあ、田丸だしいいか、と思ったら、急に肩の力が抜けた。気付かない間に気を張っていたらしい。
私はふ菓子にかぶりついた。
雨樋から地面へ落ちる雫が、リンリンと鉄琴のような音を立てている。
思わず笑い出しそうになり、とっさに傘で顔を隠した。
【お題:傘の中の秘密】
もち太郎を吸う。こいつは相変わらず もちもちで、生活の匂いが染みついていて安心する。そろそろクリーニングに出さねばと思うけど、この匂いが好きでなかなか手放せない。
雨は上がったけど、パッとしない曇り空。気圧からくる頭痛はまだ治らなくて、ベッドに寝転んだまま窓の外の空を仰ぐ。雲が目まぐるしく流れていく。
結局来なかったなあ。
別に待っていたわけじゃないけど。
昨日は通知の鳴り止まなかったスマホが、今日はしんと静かだ。諦めたのだろうか。
このままずっと静かな時間が続けばいいのに。
叶わないと分かっていても、窓から流れてくる涼やかな風が心地よくて、もう一度もち太郎を存分に吸って、気付いたらまた眠ってしまっていた。
【お題:雨上がり】
満月を飲んで窒息したので会社を辞めた。
【お題:記憶の海】
仕事やめちゃいなよ。と、ささやきが聞こえた。
空耳かもしれない。駅のホームで行き交う人の声を拾ってしまっただけかもしれない。それでも私は、そのささやきに強く惹かれてしまった。
元々向いていない仕事だと分かっていた。
一週間で50組のカップルを成立させろ。というのが上司から課せられたノルマで、支給された弓はオンボロで、矢はなぜか48本しかなかった。
50組のカップルを成立させるには、普通に考えれば100本必要なはず。どちらかが片思いで、それをくっつけるにしても、50本は必要だ。
上司に掛け合ったところ「自分で考えろ」の一点張り。
頼みの綱のサポート役の先輩も自分のノルマで忙しく、「なんかこうガーッとやってバーッ!」で終了。
ちなみに私は学生時代は弓道部ではなかったし、彼氏いない歴=年齢の干物女。矢ってどうやって打つんですか?張り詰めた糸の力で飛ぶのは分かるけど引っ張る間とうやって固定するの?ゆびぢからオンリーなんですか?なんて愚痴っていたら早3日が過ぎてしまい。
【お題:ささやき】