1000円買うごとに1枚もらえる福引券を持って、長蛇の列に並ぶ。5分経過して列は1m進んだ。
どうせ当たらないだろうし、並ぶだけ無駄なので私は参加したくなかったが、連れに頼まれてしまったから仕方ない。SNSのタイムラインを眺めながら暇を潰す。
「この世の終わりを探しに行こう!!」
まるで「宝物を探しに行こう」というかのように、ヤツはキラキラした目で、高らかにそう言った。清々しい晴天を背にして。
明日8月31日朝5時6分、ここに太陽が昇る前に、東京ドーム5個分の大きさの隕石が落ちてきて、なんか、終わっちゃうらしい。地球が。世界が。ばっからし。もうとっくに異常気象で終わってんじゃん。夏の青空、入道雲の向こうに見える一粒の光、あれが死の隕石だと言われても実感が湧くでもなく、不貞腐れてエアコンの効いた自分の部屋に寝転がっていたら、いきなり窓からヤツが入ってきて、高らかにそう言ったのだ。
「おい不法侵入、どうやって入ってきた」
「どうって、こう」
目の前のアホはご丁寧に、もう一度窓から出入りしてみせる。
「こう、じゃねえよ。ここ5階だぞ」
「で、行くの行かないの?」
「どこに」
「この世の終わりを探しに」
「探してどうすんの」
「楽しそうじゃん」
「あほくさ」
野次馬かよ。起き上がって損した。私はもう一度寝転がる。
ヤツが開け放った窓からは、むっと焦げたような臭いがする。それは外に生い茂る夏草のものなのか、世界の終わりだからなのか、分かりかねた。それはあまりにも、地球の生命の力に溢れた臭いだった。私は太陽が宙返りしたって驚かない。誰がどう足掻こうが、もう世界はめちゃくちゃなのだ。
ヤツは机の上に置かれた作り物の檸檬を手に取る。デッサンの課題用に買った、百均の。リアルなデコボコがまるでこれからお迎えする隕石みたいで、嫌気がさして放り出してあったのだ。
「勝手に触んなよ」
「課題は?」
「あ?」
「終わったの?」
「こんな時にやる気出るかよ」
「じゃあ行こうよ」
ヤツは大口を開けて作り物の檸檬にかじりついた。
「おい、それ」
チープな材質と塗料でできたプラスチック製、中は空っぽで、からんからんで、うわべだけの、見かけだけのやつ。だったはずなのに。
かじった断面から汁が滴った。立ち上る爽やかな香りは、本物の檸檬そのもので。
「本当に終わってるかなんて、行ってみなきゃ分からないよ」
酸っぱそうに眉根を寄せて、くしゃくしゃの顔でヤツが笑う。
窓の外では絶滅したはずの蝉が鳴いている。
【お題:夏草】
「ちょっとそっち持ってて」
「はあ?」
ずっと片思いしていた人に昨晩こっぴどく振られて、やけになって手近な居酒屋に飛び込んで飲み直して、目が覚めたら駅前のベンチでアザラシみたいに朝日を浴びていて、それを漁師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ、なんやかんやでシェアハウスに帰ってきたら、ウルフにメジャーの先端を持たされて、今に至る。
「この2センチがなあ……」
窓の下の壁にメジャーをあてがい、ウルフは何やらブツブツ言っている。
「なんか着れば」
朝8時、気温25度。暑いのは分かるが、
【お題:恋か、愛か、それとも】
なんだその巨大なふ菓子は。
菓子屋横丁の軒先で、一人でメンチカツ(200円)を頬張っていたら、視界の端から野球バットかと見まがうほどのふ菓子が現れて。案の定、田丸だった。
「食べ切れんの?」
「余裕」
田丸はふ菓子を肩に担いでドヤ顔である。バーコードには会計済みの黄色いシールが貼られていた。
「そういうの好きだよね、田丸」
「メンチカツもうまそうだな」
「食べることばっかじゃん」
6月はじめの火曜日。我々は社会科見学の名目のもとで、川越に来ていた。
晴れていればもっと楽しかったかもしれないが、あいにく本降りの雨。そして肌寒い。
本当はグループ行動の時間だが、湿気で髪がまとまらず機嫌の悪くなったルリコがウェルシアの化粧品コーナーに立ち寄りたいと言い出し、私が抵抗して「ここは予定通り川越まつり会館に行った方が良い」と言ったら喧嘩になり、取り巻き女子と共に行ってしまった。
こんなどうでもいいことで、後で先生に怒られるのは私なのだ。あつあつのメンチカツでも食べないとやってられない。
そういえば、田丸も一人だ。
「他の人は?」
「どっか行った」
「どっか行ったって」
「知らん。あんなやつら」
田丸は膝で勢い良くふ菓子を割った。どうやら彼も苦労しているようだ。
「え、中は黄色なんだ」
「サツマイモ味らしい」
「へー」
外側は紫で中は黄色。たしかにサツマイモっぽい。
「いる?」
ふ菓子が差し出される。
「じゃあ」
自然な流れで受け取ってしまった。
とっさに頭の中で「タダヨリ タカイモノハ ナイ」「ナニカ オカエシガ ヒツヨウダ」と律儀星人リチギーン、リチギーンってなに? が騒ぎだしたが、なんかまあ、田丸だしいいか、と思ったら、急に肩の力が抜けた。気付かない間に気を張っていたらしい。
私はふ菓子にかぶりついた。
雨樋から地面へ落ちる雫が、リンリンと鉄琴のような音を立てている。
思わず笑い出しそうになり、とっさに傘で顔を隠した。
【お題:傘の中の秘密】
もち太郎を吸う。こいつは相変わらず もちもちで、生活の匂いが染みついていて安心する。そろそろクリーニングに出さねばと思うけど、この匂いが好きでなかなか手放せない。
雨は上がったけど、パッとしない曇り空。気圧からくる頭痛はまだ治らなくて、ベッドに寝転んだまま窓の外の空を仰ぐ。雲が目まぐるしく流れていく。
結局来なかったなあ。
別に待っていたわけじゃないけど。
昨日は通知の鳴り止まなかったスマホが、今日はしんと静かだ。諦めたのだろうか。
このままずっと静かな時間が続けばいいのに。
叶わないと分かっていても、窓から流れてくる涼やかな風が心地よくて、もう一度もち太郎を存分に吸って、気付いたらまた眠ってしまっていた。
【お題:雨上がり】