物語はいつも、大嫌いなヤツに出くわすところからはじまる。
「ちわっす! 奇遇だね千紗ちゃん、同じ部署だなんて」
そして、もう二度と会いたくないと思ってたそいつと、これから毎日顔を合わせることになるという災難までがセットだ。ハッピーセットっていうかアンハッピーセット。これから何の物語が始まるんです? お仕事系ドラマならまだしも恋愛モノとかごめんなんだけど。
「あのさ、一応あなたの先輩になるんだけど」
「じゃあ千紗ちゃん先輩っすね!」
「変なラジオネームみたいに呼ぶんじゃない!」
こんなヤツと始まる物語なら速攻終わらせてやる。
【お題:物語の始まり】
春に必ず風邪を引く。
寒暖差で体力を奪われ、新しい環境で気疲れし、そして春になったから自分を変えなければと焦り、慣れないオシャレなカバンを持って折りたたみ傘を忘れ、にわか雨に打たれてジ・エンドである。
遮光カーテンの隙間から外が見える。昼下がりの日差しに、散り際の桜が光っている。まぶしい。でも起き上がる元気もなく、寝返りをうって向きを変える。
【お題:春恋】
靴下が片方ない。
むしろ片方しかない靴下しかない。
7:30の電車に乗らないと会社に遅刻する。ということは、さいあく7:25には家を出ないといけない。つまりあと3分で、どうにかペアになっている靴下を探さないといけない。
【お題:どこ?】
彼女は目を閉じて、ほんのり赤らめた右頬をこちらに向けた。
〜〜〜〜〜〜
瞳を閉じる、という表現が不思議な感じがしてしまう。
目そのものという意味もあるので間違いではないが、瞳はもともと瞳孔、目に入る光の量を調節する穴のこと。受けた光の量によって反射的に穴が拡大・縮小するものであって、意識的に調節することはできない。
とすると、まぶたを閉じるよりも瞳孔を縮小させることの方が神秘的というか、心の目を閉じるような、そんなイメージがある。なんとなく。
【お題:瞳をとじて】
「作りすぎちゃったんで、どうぞ」
眉尻を下げて、申し訳なさそうな顔で差し出された特大から揚げ。でかすぎて台湾の、ほーだいじーぱいぱいみたいな名前の鳥の揚げ物みたいになっている。弁当箱に入っていたとは思えないサイズ。重さにお弁当ピックがしなっている。
おれはごくりと唾を飲む。
「あ、もしお腹いっぱいだったら無理しないで下さいね」
お腹はいっぱいである。でも無理したい。絶対美味しい。黄金色の衣が輝いている。これに衣替えしたい。でも駄目だ。おれは昨日ライザップに入会したんだ。ちょこっとじゃない方、ガチザップの。こんなのに衣替えしたら決意が揺らいでしまう。黒背景の暗めのスポットライトでうつむいて台の上で回り続けないといけなくなる。
追い討ちをかけるように、彼女はから揚げをずいと寄せてきた。めっちゃ良い匂い。スパイスの。
「さすがに作りすぎじゃない?」
昨日ダイエット始めた話をしたはずなんだけど。
故意だと思う。故意だよこれは。
彼女は声をひそめて、
「作りすぎちゃえ、と思って」
なんてことを。
「いやいやいや」
「やめておきます?」
じっと見つめてくる目には、期待が込められていて。
おれは観念して、から揚げの刺さったピックを受け取る。おっもいなこれ。
一口かじると、冷めているのに揚げたてみたいだ。カリカリの衣、ふわふわの鶏肉。
「うっま……」
「痩せなくて良いですよ」
彼女はにっこり笑う。
【お題:あなたへの贈り物】