「突然の別れ」
声も出ない。時間の感覚がない。
呆然としたまま、その場に膝から崩れ落ちることしかできなかった。
「……ぁ」
やっと出てきた声は、とてもか細くて弱々しい。
嬉しいのか、はたまた驚きか、というよりも、それよりもその事実が信じられない。
後ろでドアが開く音がして振り返ると彼が居た。
私のことをとても白い目で見てくる。
「…」
「…それはどこで手に入れた。申せ。言え。早く。」
何も言わずにすぐさま回れ右して逃げた。
私は失念していた。そう言えば彼は吸血鬼だからその気になれば飛べることを。彼が吸血鬼の能力を忌み嫌い使わなかったことですんごい忘れていた。
数時間後、パチパチと火の燃える音がキッチンから聞こえてくる。それと啜り泣く声が。
せっかく見つけた彼の幼い頃の写真が……
「恋物語」
とある男の叶わぬ⬛︎でした。
第一印象は最悪で、出会って一日目で喧嘩をしました。
自分と大体同じような10歳くらいの年齢なのに、彼の高圧的な態度に何度も嫌気が差しましたが、その大体は的を得ている発言で、男は何も言えませんでした。
何ヶ月かすると、彼と男の間には友情とも愛情とも絆とも言えぬ関係に落ち着きました。
とある日、男はとある噂を聞きました。
『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎はこの国を不幸にしている。
彼奴は元々異国の者だ。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を火炙りで殺そう。彼奴は怪物だ。殺さなければ。殺さなければ。』
男はゾッとしながら、急いで彼を探しました。
彼は自室で本を読んでいました。
男は彼に告げました。この国にいてはいけない。
君は殺されてしまうから、急いで逃げて。
彼は目を見開いて驚きました。そして男に詰め寄りました。何故、何故自分がこんな仕打ちを受けるのかと。
死んだような夜でした。
男は彼の手を引いて、森を走っていました。
奥からは国の兵士たちが追ってきます。
男は、彼の手を離さないように力強く握り締めました。
彼もまた握り返しました。
ヒュン。と音がしました。男の胸には一筋の矢。
赤く赤く、白かったシャツが染められていきました。
彼は後ろを振り返り、男の手を取りました。
男はその手を振り解きました。
はやくにげろ。どうかいきてほしい。
そう男は言うと、男の目は濁っていきました。
彼は酷く困惑しました。途端に涙が溢れてきました。
何故か胸がとても痛い。
矢に打たれたのは男の方なのに。
兵士たちは、彼を捉えようと手を伸ばします。
ですがその手は空を掴んで倒れます。真っ白の兵士。身体中の血液を全て喰われたかのようでした。
彼は、男の屍に抱きつきました。
彼にとって初めての友人に感謝と別れを告げました。
「愛があればなんでもできる?」
1467年 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
愛している国を守るために、愛していた彼奴を殺した。
彼奴は俺を愛してはいなかったけれど。
彼奴の首に刃を当てた感覚が忘れられない。
子供の頃は、きっと良い友人になれると思っていた。そんなことは叶うはずもなく、ポロポロと崩れて消えた。
さっきまで流れていた血液は、黒く乾いている。
こいつの目はもう開かないし、こいつはもう喋らないし、こいつの体はもうない。
「お前が抵抗していなかったら、こうはならなかったのになぁ」
でも仕方がない。
此奴はこういう男だから、きっとこうなることは決まっていた。
此奴はどうせはなから俺のことなぞ認識していない。
こいつはこういう男だから。
風に身を任せ
今日はとてもよく晴れていた。
窓から外を見下ろせば、綺麗な花が咲き乱れていた。
窓の淵に座って、今から部屋に来る彼奴を待つ。ガチャリとノブを回す音を聞いて、チラリと視線をそこに移す。彼は少しだけ止まったあと、すぐに私の方へ駆けてきた。それがとても愉快だったので、もっと揶揄いたくなった。彼が私の腕を掴んだ瞬間、思い切り体重を後ろにかけて、窓から落ちた。
ヒュッと息を呑む音が聞こえ、彼の顔は真っ青だった。
少し揶揄いすぎただろうか。腰から翼を出す。天使のように綺麗な物でもなければ,神聖な物でもない羽。
地面スレスレでちょうど止まった。
「く、ふ、…ははは!」
可笑しくてしょうがなくて、笑いが止まらなかった。
だが、やはり所詮吸血鬼。肌がチリチリと焼けていて少し痛かった。
彼を見ると、やはり顔面蒼白で私に何か言おうとしている。
窓の空いた部屋のベッドは、無理矢理剥がされ取られたであろう医療器具とチューブが、乱雑に地面に転がっていた。
「子供のままで」
子供の頃の夢はなんだっただろう。
ヒーローだったか、はたまた花屋でもしたかったのか。今となってはよく思い出せない。後ろを振り返れば、血塗れの道だった。暗くて付き纏う。飲み込まれそうなほど深く作られていったその道。
“他人に誇れるような人生なぞ、歩めなかった”
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そう言い終わると、彼は椅子に腰をかける私に背を向けて寝てしまった。
不躾だったか。後悔しても遅いが、そう考えてしまうのは必然だろう。彼は、いつもは堂々としていてリーダーシップがあり、王そのものの在り方なのに、どうしてか極稀にこういう卑屈な部分が出てくるのだった。
「…子供のままでいれば辛い思いも、痛い思いもしなくて済んだのに。」
そう心の中で思ってしまった。