「愛を叫ぶ」
両手から溢れそうなほどの大量の花束。赤、黄色、オレンジ、とても綺麗でたくさんの色が入った花束を抱えながら走っている男は汗をかいていた。
はたから見ればそれは、彼女にサプライズとして渡すかのように見えただろうがそれは違った。
この綺麗な花達は謝罪の意味を持った花束だった。花も、まさか謝罪に使われるとは思いもしなかっただろう。
だが、男はそれどころではない。何故ならば、待ち合わせに5時間というとんでもない遅刻をしていたからだ。
男にもそれなりの理由はあったのだが、悪いのは確実に己だと理解していた。
「…」
待ち合わせの場所に着いたとき、彼は寒空の下で待っていた。こちらを睨みつけながら。彼の手には手袋がされてあった。それは私が前にプレゼントした物だったので、少しだけ嬉しくなったが、被りを振って忘れた。
「すみません、遅れてしまって。待たせてしまってすみません。ですが、貴方との約束を忘れていたわけではないのです。」
彼はこちらをじっと見つめている。痛い。とても痛い。いっそ殺してくれたほうがマシだろう。
すっ、と彼の視線は私が持っていた花束に移った。これは好機だと思い、すかさず彼にこう言った。
「私のせめてもの償いです。貴方に嫌われたくはないから。これは私の気持ちでもあります。なにしろこの花達の花言葉やら本数やらを聞いていたら5時間も経っていましたが…」
「だから、どうか受け取ってほしい。」
「 。」
彼は面食らったように私を見た。その目には先ほどの鋭さはなかった。
怒られる代わりに、こんな公の場でそんなことを堂々と大きい声で言うな、と顔を真っ赤にした彼に言われてしまった。
「初恋の日」
喉が酷く乾いた。声を出そうとしても、出てくるのは弱声にならない声。空気だったかもしれない。
瞬きを忘れてしまうようだった。自分の目に映っていたのは、貴方だけだった。心臓がキュッとなっては跳ねて、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいで。顔は火が出ているように暑かった。
「 」
彼と一緒に歩いているときに、言ってみた。
彼の顔を見る。目を丸く見開いていた。目はとても綺麗な青色で、飲み込まれてしまうかと錯覚させられた。
自分は酷く笑顔だったのだろう。彼は、くしゃりと顔を歪ませた。そんな顔も綺麗で仕方なくて、愛おしくて。
あぁ神様!ありがとう。わたし、わたし、わたし!
今とても幸せ。ありがとう、ありがとう、ありがとう!
「楽園」
「もしも楽園というものがあるのなら、是非貴方を連れて行きたいです」
「そんなこと、1ミリも思っていないだろう。大体、そんな場所には私を近づけない癖に」
「貴方が楽園を心地いいと言ったら、私の隣よりも心地良いと言ったら、私はその楽園を壊してでも貴方を連れ戻すだけですよ。」
ニコリと聖人のように笑う彼の顔を見ながら、苦笑いをする。たまにとんでもないことを言うのだ、この男は。
「無色の世界」
目を開けるのも億劫な日々が続いていた。
彼はずっと寝ている。あと半年は起きないだろう。
吸血鬼は蝙蝠に変化できると知ったのは、彼に教えてもらったからだった。蝙蝠の冬眠は、ほぼ仮死状態とも、教えてくれた。彼はいま冬眠している。だから目を覚さない。私の顔を見てはくれない。
手を取り、脈を測ると、弱々しくて途切れ途切れ。一気に不安が押しせてきた。
だが、去年も彼は起きた。
なら、今日だって死にはしないだろう。
死なない。死なない。死なせない。
本当にそうだろうか。
私は、彼が死んでしまったらどうなるのだろう。
まだ使命があるからと、生き続けれるだろうか。
ちゃんと、笑えるのだろうか。
まだ彼の写真の一枚も残っていないのに。
きっと起きた彼はこう言うのだろう。
「大袈裟だ」、「私は、この程度では死ねないから」
「君の目を見つめると」
濁った目だ。彼を初めて見た時、そう思った。
何にも期待せず、誰も映さぬ瞳は、いっそ哀れだった。
死人のような目。
光が届かぬ深い、深い、深海のような目。
今の彼の瞳を星空と例えるなら、昔の彼は濁った湖だ。
彼の目は、昔とは違う。
深海でも、濁った湖でもない。
ちゃんと生きているし、死んでいない。
今の彼は、星空を浮かべている。
絵画でも表せぬような、そんな瞳。
言葉にするのも、形にするのも覚束ぬ、そんな瞳。
そんな瞳に私を映して、彼はこう言った。
『夕日のようだ』と、暖かくて、優しい色だと。
『私の目を星空だというのなら、君は夕空だ』と。