「そこのお嬢さん――遺書を書きませんか」
新手のナンパ、宗教勧誘、怪しいビジネス。この正気とは思えない誘いは、星の数ほどある迷惑行為や犯罪のどれにカテゴライズされるのだろう。
「……遠慮しておきます」
我ながら無難な返答。鴉色のコートを羽織った目の前の男性が、まさか断られるとは、というふうにキョトンとしている。一体どこに驚く要素があるのか。
ふむ、と難しい顔をしてみせた後、彼は何かを思いついたのか、ぱっと顔を輝かせて名刺を取り出した。
「申し遅れました。ワタクシ死神センターの職員です」
ああどうも、なんて素直に受け取れるはずもなく。私は生物的な本能で勢いよく踵(きびす)を返した。
「――貴女、理由もなく死にたいんでしょう?」
足が止まる。
「死にたくないけど、生きたくもないんでしょう?」
警戒しながらも視線だけ声の方に向けると、彼は今しがたの鋭い指摘が嘘のように、ニッコリと微笑んでいた。
「遺書をしたためるとは、いわば人生の整理整頓。散らかった記憶を断捨離して、感情を整理して、そうしてまた、生きるのです。―――明日も、その先も」
帰り際にもらった、少しパリッとした手触りの薄汚れた便箋。そしてこれに綴るのは、宛先のない遺書。
拝啓なんていらない。
目覚める瞬間、絶望する。
眠りに落ちる寸前、恐怖を感じる。
理由もなく、死にたい。
死にたくないけど、生きたくもない。
そんな酷い矛盾を抱えている。
それでも、まだ。
光と闇の狭間で、私は明日も、生きる。
【光と闇の狭間で】2024/12/02
正しいことをした数だけ、人は孤独になる。
悲しきかな、この世の真理。
厳格な両親に育てられた僕は、幼い頃から規律というものに対して酷く固執していた。ルールの大切さよりも重要だったのは、両親に叱られないことだった。
それは次第に、親の目が離れても「誰かに見られるのではないか」「親に告げ口されるのではないか」という漠然とした恐れに変わって――僕はルールを破れなくなった。
そんな僕に待ち受けていたのは、「カタブツ君」という蔑称と、そんな僕にルール違反をさせようと悪ふざけしてくる奴らとの時間以外の、孤独。
几帳面に磨かれている黒いランドセルにしまわれた憂鬱を背負って、今日も家路を辿る。
時間がもったいないからと、成績優秀な彼は赤信号を渡った。僕が青信号を待つ間に、彼は見えなくなった。
みんなが待っているからと、スポーツ万能な人気者の彼女は歩道で自転車を飛ばした。僕が歩く間に、彼女の背中は遥か遠くまで行った。
馬鹿みたいに規律違反を恐れて僕が躊躇している間に、友人らは奔放ともいえるその自由さで、時に規律の防壁を蹴破りながら先へ進んでゆく。
僕がどれだけ律儀に守ろうとも、規律とやらは僕に寄り添うわけでも、温かい感情をくれるわけでもない。
くだらないと思った。まだ間に合うだろうか。
――今なら、追いつけると思った。
「待って、僕も今行く――!」
僕の額に、アスファルト。
じっとりと、何かが乾いた地面に染みている。
ああ、また。
遠ざかっている。
君たちとの距離が、空いている。
【距離】2024/12/01
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【お詫び】
体調不良と学業により、しばらく投稿をお休みさせていただいておりました。ご心配、ご迷惑お掛けいたしまして申し訳ありません。幸い全快いたしましたので、無理のない範囲でまた投稿を再開していこうと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Sweet Rain
「太陽の下、という表現――あれは少し違うと思うね」
彼に言わせてみれば、「視点のスケールが小さすぎる」らしい。てんで意味が分からない、と俺は首を捻る。
「ご承知の通り、地球は太陽の周りを公転している。地球だけじゃない。太陽系の惑星はみんな平面の軌道を辿る」
ふと、小学生のとき理科の教科書に落書きした思い出が蘇った。太陽系の模式図に被せるようにして、下手くそなドーナツを描き込んだような気がする。
「僕はここに、『太陽の隣』という表現を提唱したい」
「……それを言ったら、太陽系みんな『隣』じゃないか」
そうだ、それでいいんだよ、と彼は勝手に深く頷いた。
なんだか一人で満足されたみたいで、少しむっとする。
「俺はやはり、『太陽の下』だと思う」
「ほう、聞こうじゃないか」
「スケールが小さいのは認めよう。でも俺たち人間には、そのちっぽけさを認めることこそ必要だとは思わないか」
うーむ実に面白い意見だ、と彼は唸る。聡明な彼に少し近付けたような気がして、我ながらちょっと誇らしい。
……が。それではダメなのだ。
「――さて。君なら俺の目的、分かるよね」
「……僕のサボりを白日の下に晒そうってのかい先生」
体調不良で遅刻すると彼に電話をもらったのだが、やけに周りが騒がしかったので駅前に行ってみれば、彼がファミレスに入店しようとしたところで現行犯逮捕した。
「白日の下、か。やはり俺たち人間は、どこまでも『太陽の下』のようだな」
大人気なくドヤ顔でふんぞり返る俺に、彼は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
「――そうだ、一応具合悪そうにはしておけよ」
ニシシと笑いながら、俺は彼の頭にポンと手を置いた。さすがの彼も想定外だったようで、目を丸くしている。
校門前、もうすぐ二限が始まる時刻か。
太陽の下で、二人で顔を見合せ密約を交わした。
2024/11/25【太陽の下で】
セーターを解いて一本の毛糸にしたら母に叱られた。
責任をもって自力で直しなさい、とも。
物を壊して怒られるのは当然分かるけれど、わざわざ埃被った押し入れの中から棒針と編み物の指南書を引っ張り出してきて、自分で元通りにしなさいとはこれ如何に。
残念なことに酷く不器用な僕は、早々に根を上げた。
「母さん、僕が悪かったよ。新しいのを買ってくるから、お小遣いくれないかな?」
できるだけ穏やかなトーンで、そして母の顔色を窺いながら、慎重に交渉を持ちかける。
「新しい毛糸を買うならお小遣いをあげても良いわよ」
「いや、そうじゃなくて…………はい」
僕の反論は、母の冷ややかな怒りの表情を前に、虚しくも呆気なく散っていった。無言で500円玉をひとつ貰う。
500円では普通の厚手のセーターは買えないだろうと、僕は諦めて近所の手芸店まで自転車を走らせた。
「――あら珍しい。お兄ちゃん、何を作るの?」
「え……あ、一応セーター……です」
手芸店の毛糸売り場で、ずいぶんと熱心に毛糸を物色しているおばあさんに、いきなり声を掛けられた。
「まぁ、セーター? 素敵ねぇ。自分で着るの?」
「た、多分?……というか、何も考えてなくて」
まさか中学生にもなって、セーターを解いて母親に叱られたので自分で直すことになったんです、とは言えない。
気まずそうに言葉を濁しながら目を泳がせる僕を見て、良かったら私からひとつ提案なんだけど――とおばあさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「お兄ちゃんの作ったセーター、私着たいな」
想定外すぎる提案に驚いて、僕は慌てて断りを入れる。
「え、あの、僕、凄い不器用で下手くそですよ」
「いいのよ。貴方が作ったセーターなら、どんな仕上がりでも喜んで着るわ。……私はそうねぇ、手袋を貴方にプレゼントするのなんてどうかしら?」
編み物のお友達ができたらプレゼント交換してみたかったの、と言って、おばあさんは照れくさそうに笑った。
編み物の友達、という響きに何故か、じんとした。
小さな手芸店で出会ったというだけで、どうしてこんなにも特別な――家族や学校のヤツらには内緒にしたくなるような、嬉しさが込み上げてくるのだろう。
「――あ、おかえり。遅かったわね……どうしたの、その大きな袋」
「まぁ、ちょっとね」
あんたまさか余計な物買ってないでしょうね、という母の詰問をさらりと流して、僕は部屋に駆け込んだ。
2024/11/24【セーター】
プレミア12、現地で観戦しています…!
侍ジャパン、頑張れ(*´`*)
作品は明日投稿いたします💦
連日きちんと投稿できず申し訳ございません🥲
2024/11/23【落ちていく】