蹲る貴方を見て、そっとその柔らかな耳を塞いだ。
丸みを帯びた、童心特有の純なる魂に
この戦場は似つかわしくない。
「──やめなさい、無闇に死体に触るんじゃない」
「だってカタチの残ってる人なんて、✕年ぶり──」
父は口答えした私をひと睨みして、そっぽを向いた。
勝手にしなさいという脅しに近い無言の諦めが
かえって今は有難かった。
地球探索。
かつて銀河で栄華を誇ったその惑星は、
汚染し、争い、自爆して、荒廃した。
なんとも惨めで無様な最期だと、みなが嗤った。
──父を除いて。
「すぐに支度しなさい。二度は誘わない」
行き先も告げず、ある日突然父は私にそう言った。
まさか、と他所の闇を垣間見たいという邪な好奇心が、恥ずべくも私の背を強く押した。
「La、La、La……」
「──やめなさい、不謹慎だ」
「だって、この子が歌ってるのよ」
何を言っているんだと表情を固くした父に
私は地面を指差して、視線を促す。
『せかいへいわのうた』
土が被さって開きっぱなしの薄い冊子に印字された
しなやかな文字の整列。
私には読めないけれど、きっと希望に満ちた言葉だ。
「──さよなら。また、いつか、ね」
【LaLaLa GoodBye】2025/10/13
「――21グラム」
一緒に酒飲んでたら、ダチが急に変なこと言い出した。
まだビール一缶も空けてないのに、もう酔ったのか。
「21グラムらしいぞ小僧」
「なにがだよジジイ」
こいつは呑んだくれのホームレス。
俺は適当にその日必要な分だけ稼いでるフリーター。
気ままに毎日生きてる感じが、妙にウマが合った。
「魂の重さだと。死んだら21グラム抜けるんだと」
ダチは遠い目をして、少し身震いしていた。
どこか悪いのかとは聞けなかった。聞きたくなかった。
ばぁか、と俺はダチの肩を軽く小突く。
「体重ごとき、抜けた分は俺が酒でも注いでやるよ」
そう言ってドヤ顔で酒をあおる俺に、馬鹿はお前じゃとダチが俺の頭をぶん殴った。痛がる俺を見て、缶ビールを零しながらゲラゲラ笑うダチ。
なんだよ、元気じゃねえか。
安心どころか、なんなら腹立たしいまである。
その日の晩は、朝日が昇るまで飲み明かした。
――それから数日後、仕事終わりにふらりと立ち寄ると、ダチのダンボールハウスが畳まれていた。
役人に撤去されたのか、酒の空き缶もプラの弁当容器も汚い毛布も、全て綺麗さっぱり無くなっている。
ふと、崩れたレンガの隙間に茶封筒がねじ込まれているのを見つけた。引っ越したのか。そうに決まっている。
そうだ、この間も役人と揉めたってボヤいてたし、ちょっと別の場所に住処を変えただけだ――
『おれの21グラム』
レシートの裏に、太字のペンで書かれていた。
封筒の中には、21枚の万札。
すぐに、魂の話だと思った。
死んだのか。本当に、死んだのか。
俺は馬鹿だから、抜けた魂の戻し方を知らない。
そもそも体が無いのなら、どうしようもない。
哀しみ、後悔。他の感情は、表し方がわからないけど。――それらはすべて、眠れないほどに。
【眠れないほど】2024/12/05
「なんか不思議だけどさ、『もう夢であってくれー』って思うやつほど現実で、『コレ現実だったらいいのに』って思うやつほど夢なんだよな」
「うん、まあ。確かに」
感情と事象の酷いすれ違いを、時に人は「理不尽」とか「不条理」とか、自分より大きな何かのせいにして呼称する。ふいに彼が口にした言葉は、確かに的を射ていた。――これも、一種の「理不尽」か。「不条理」か。
「例えばさ、もし夢と現実の境界を溶かす薬とか、夢と現実をひっくり返す機械があったら、君は使うか?」
一つ目の例えは、夢と現実が同じ平面上に存在していることになる。夢と現実を行き来する際、人はまるで反復横跳びのような動きをするということだ。
二つ目の例えは、夢と現実がオセロのように表裏一体の関係性になっていることになる。何がトリガーとなって、夢と現実がひっくり返るのか。そして、「表」と「裏」はそれぞれどちらに当てはまるのか、当てはまらないのか。
そこまで考えを巡らせて、僕はやっと口を開く。
「僕は、夢を脳内における仮想空間の『作り物』とは思えない。夢の中でも人は生きていて、人生を積み重ねている――だからつまり、薬も機械も必要ないってことさ」
「じゃあ、俺がヒーローになって爆モテしてた夢も、『本当にあった出来事』ってことでオーケー?」
「ソレはなんか癪に障るけど。まあそうなんだろうな」
そもそも何が夢か現実かなんて、誰にも分からない。
どっちの世界を信じるとか、そういうスケールの小さい話じゃない。もしかすると、世界はサイコロよりも多い多面体で出来ているかもしれないじゃないか。
夢でも現実でもなく、たくさんの『出来事』たちがランダムに転じて僕たちを惑わしていたとしたら。
それはまさに『alea iacta est (賽は投げられた)』。
【夢と現実】2024/12/04
「そこのお嬢さん――遺書を書きませんか」
新手のナンパ、宗教勧誘、怪しいビジネス。この正気とは思えない誘いは、星の数ほどある迷惑行為や犯罪のどれにカテゴライズされるのだろう。
「……遠慮しておきます」
我ながら無難な返答。鴉色のコートを羽織った目の前の男性が、まさか断られるとは、というふうにキョトンとしている。一体どこに驚く要素があるのか。
ふむ、と難しい顔をしてみせた後、彼は何かを思いついたのか、ぱっと顔を輝かせて名刺を取り出した。
「申し遅れました。ワタクシ死神センターの職員です」
ああどうも、なんて素直に受け取れるはずもなく。私は生物的な本能で勢いよく踵(きびす)を返した。
「――貴女、理由もなく死にたいんでしょう?」
足が止まる。
「死にたくないけど、生きたくもないんでしょう?」
警戒しながらも視線だけ声の方に向けると、彼は今しがたの鋭い指摘が嘘のように、ニッコリと微笑んでいた。
「遺書をしたためるとは、いわば人生の整理整頓。散らかった記憶を断捨離して、感情を整理して、そうしてまた、生きるのです。―――明日も、その先も」
帰り際にもらった、少しパリッとした手触りの薄汚れた便箋。そしてこれに綴るのは、宛先のない遺書。
拝啓なんていらない。
目覚める瞬間、絶望する。
眠りに落ちる寸前、恐怖を感じる。
理由もなく、死にたい。
死にたくないけど、生きたくもない。
そんな酷い矛盾を抱えている。
それでも、まだ。
光と闇の狭間で、私は明日も、生きる。
【光と闇の狭間で】2024/12/02
正しいことをした数だけ、人は孤独になる。
悲しきかな、この世の真理。
厳格な両親に育てられた僕は、幼い頃から規律というものに対して酷く固執していた。ルールの大切さよりも重要だったのは、両親に叱られないことだった。
それは次第に、親の目が離れても「誰かに見られるのではないか」「親に告げ口されるのではないか」という漠然とした恐れに変わって――僕はルールを破れなくなった。
そんな僕に待ち受けていたのは、「カタブツ君」という蔑称と、そんな僕にルール違反をさせようと悪ふざけしてくる奴らとの時間以外の、孤独。
几帳面に磨かれている黒いランドセルにしまわれた憂鬱を背負って、今日も家路を辿る。
時間がもったいないからと、成績優秀な彼は赤信号を渡った。僕が青信号を待つ間に、彼は見えなくなった。
みんなが待っているからと、スポーツ万能な人気者の彼女は歩道で自転車を飛ばした。僕が歩く間に、彼女の背中は遥か遠くまで行った。
馬鹿みたいに規律違反を恐れて僕が躊躇している間に、友人らは奔放ともいえるその自由さで、時に規律の防壁を蹴破りながら先へ進んでゆく。
僕がどれだけ律儀に守ろうとも、規律とやらは僕に寄り添うわけでも、温かい感情をくれるわけでもない。
くだらないと思った。まだ間に合うだろうか。
――今なら、追いつけると思った。
「待って、僕も今行く――!」
僕の額に、アスファルト。
じっとりと、何かが乾いた地面に染みている。
ああ、また。
遠ざかっている。
君たちとの距離が、空いている。
【距離】2024/12/01
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【お詫び】
体調不良と学業により、しばらく投稿をお休みさせていただいておりました。ご心配、ご迷惑お掛けいたしまして申し訳ありません。幸い全快いたしましたので、無理のない範囲でまた投稿を再開していこうと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Sweet Rain