Sweet Rain

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9/12/2024, 2:41:36 PM

「本気の恋とは、仮に銃撃戦を強いられたとき、真っ先に彼彼女の心臓を撃ち抜きたいと願うものである」


 突然そう呟いた彼は、煙草を燻(くゆ)らせ遠い目をする。
 

「……誰の言葉だ?」

 俺にも寄越せ、と彼の胸ポケットから皺くちゃの箱とライターを引ったくり、返事を聞く前に火をつけた。

 咥えた瞬間、カビ臭い苦味が鼻まで突き抜ける。
 不味い煙草だと、俺は文句を垂れた。


「まァ……初恋の人ってトコ」

 失礼な俺の言動を気にも留めない様子で、彼は照れくさそうに答える。頬なんか赤らめやがって、生意気だ。

 ふぅん、と生返事をすれば、お前聞いておいてキョーミ無いのかよと笑い飛ばされる。


「お前さァ、もう俺と逃げちゃおうよ」

「……言葉と行動が一致してないようだが」

──ゴリ、と固い殺意がこめかみに押し付けられている。


「なァんで殺しちゃうのさ。お前が目指してた名の売り方ってのは、『こういうの』じゃないだろ?」


 罰のように、長くゴーストライターをやっていた。
 俺には才能がある。しかし名声はない。
 浅ましい女の言いなりになる自分を、幾度も恥じた。


 己の人生に失望し、世界からほとんど色が消え失せた頃、ふいに俺の視界を鮮やかな赤が覆った。
 
 思わず声が漏れるような、見惚れる景色だった。


「……お前の女の趣味、本当最悪だよな」


 旧友の目が、一気に血走り見開かれる。

 愚かにもこの男は、自分の惚れた女がまさか親友の夢を妨害し、その才を搾取し、順当に恨まれ、呆気なく殺されたとは知らないのだ。

 そしてこの男の最も愚かなところは、長年俺の傍にいながら、俺の気持ちに露ほども気付かなかったことである。


 武器を取ろう。
 お前の惚れた言葉は、俺の言葉だ。


「『本気の恋とは、仮に銃撃戦を強いられたとき、真っ先に彼彼女の心臓を撃ち抜きたいと願うものである』」


  2024/09/12【本気の恋】

9/11/2024, 3:26:13 PM

「──それ。『時を超えるカレンダー』」

 ふらっと立ち寄った、埃っぽい骨董屋。
 両手を擦り合わせながら、いつの間にか傍にいた老店主が、突拍子もないことを囁いてきた。


「……冗談はよしてください」

 ふと気になって立ち止まっただけなのに、私が品定めしているようにでも見えたのだろうか。こんな黄ばんだカレンダー、別に欲しくもなんともない。

 大体、カレンダーは未来の予定を立てる物であって、当日を迎えたその瞬間から塵(ごみ)となる。
 いつの時代かも分からぬこの代物など、ただの薄汚れた紙面にすぎないではないか。


「お客さん、過去の予定だって立派なモンですぜ」

「……そもそも『予定』という言葉から矛盾していると思うのですが」

「じゃあ『設定』だ。今の自分は理想か? 現状は満ち足りているか?──すべては過去が担っているからな」


 唾を飛ばしながら、妙に力説してくる老店主。
 呆れつつも、最後の付き合いだと私は口を開く。


「じゃあ、ご自分で使ったらどうです。店頭に出して売るなんて、もったいないでしょう」

「このカレンダーは正真正銘、本物さ。……ただ一つ、煩わしいことがあってだな」


 鼻頭をさすりながら、老店主は肩をすくめてみせた。


「どうやら過去を書き変えると、『その変化が実現するまで』の間、時空を彷徨うことになるみたいでな」

 そして彼は、ニヤリと笑う。

「んで、今日が『その日』だ」


 恐る恐る、ぱらりとカレンダーを捲る。
 パリパリと紙が擦れる音が、店内に響いた。


 【19××年 9月11日】
──完全犯罪を成立させた。

 
「……なるほど。どうりで見た覚えのある顔だと」

 
 忘れもしない、一家殺人事件の犯人。
 当時10歳だった私は、2階の窓から飛び降りて逃げ出し、警察に保護された。

 この犯人はずっと、恐れていたのだ。
 唯一自分の顔を見て生き延びた私の存在が、証言が。


 背筋が凍る。カレンダーを壁から引き剥がし、骨董品を掻き分けて、無我夢中で外に出た。

 このカレンダーはどうしよう。
 ライターで燃やしてしまおうか。それとも──


 【19××年 9月11日】
──犯行は失敗、未遂で捕まる。


 時を超えて、『その日』まで。
 私も『予定』を立ててみせようか。


  2024/09/11【カレンダー】

9/8/2024, 2:37:28 PM

 ※ネタ回※
 《犬の健康診断》


 「はい、じゃあ聴診器あてますねー」

 「ワン」

 ……dog dog dog dog────



 2024/09/08【胸の鼓動】

8/18/2024, 3:07:27 PM

 鏡に映る私に 恐る恐るキスをした。

 特に意味はない。
 ただただ愛情が、唇に欲しかった。


 自分を愛せるのは私だけだと、詩人は唄う。
 ヒンヤリとした鏡面は、物淋しさだけを跳ね返した。

 他人(ひと)は鏡だと、誰かが言った。
 そんなのは真っ赤な嘘である。
 「固い友情」も「淡い恋」も、報われたことはない。


「よぅ、そこの辛気臭い顔した嬢ちゃん。
 鏡見てみな、ひでぇ顔だぜ」

 薄汚れた安っぽい手鏡を押し付けてきた見知らぬ老父 に、間に合ってます、とだけ冷ややかに返答した。


「なんでぇ、ずいぶん冷たい子だね。
 せっかく綺麗な顔立ちなのに、勿体ねぇ」

 その歳になれば、若い子なんてどれも一緒くたに可愛く見えるものでしょ、と内心 呆れて毒を吐く。


「知ってるか? 鏡は先に笑わないんだぞ」

「……は?」

 何を当たり前のことを、と思わず怪訝な顔で老父を見れば、「やぁっとこっち見た」と欠けた薄黄色の前歯をニカッと覗かせていた。

 お世辞にも綺麗な笑顔とは言えないのに、深く刻み込まれた笑いジワには、晴れやかなシアワセが映っている。

 なんとなく居心地が悪くなって、私は初めに確認せねばならないことをようやく問いただした。

「ところで貴方、誰なんですか」


 そう尋ねると、老父は突然ビクビクとしながら遠慮がちに口を開いた。

「……君の未来の姿、って言ったら怒る?」

「当たり前でしょうふざけないでください」

 何を言い出すのかと思えば、このじじいは。
 語気を強めて、怒りを露わにする。


「まぁ『私』なら、こんな話を聞いても信じないだろうけどなぁ──年老いたオレから言わせれば、オンナもオトコも、カコもミライも、境界線なんてものは曖昧なもんよ」

「……大きなお世話です」


 同性の友人に、恋をした。

 私のことを好きだと毎日言ってくれていたものだから、思い上がって告白して玉砕、そして疎遠になった。


 物心ついた時から、拭えぬ違和感。
 何が私を、私たらしめる?


「そろそろ帰ろうかね……それじゃ、達者でな」

 老父はそれだけ言い残して、振り返らず去って行った。

「あっ……忘れ物」

 ベンチに置き忘れられた、あの汚らしい手鏡。
 思わず手に取ると、妙な既視感を覚えた。


 それは人気(ひとけ)のない昼下がりの公園で、独り虚しくキスを落とした、手持ちの鏡。

──愛しいあの子がくれた、あの鏡。


   2024/08/18【鏡】

4/27/2024, 11:45:02 AM

 人生とは現世を漫遊する旅路で
 それ自体に意味は無い。
 
 何を抱えて生きて、何を携えて死んでいくのか。
 死とは孤独だ。あの世は無だ。
 それならば 心慰は多い方がいいだろう。

 虚空で自身を囲めるだけの土産を蒐集するのが
 人生という名も無き旅の目的なのだ。


  2024/04/27【生きる意味】

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 いつかこの文章を、書き溜めている作品の
 完結後に そっと添える日が待ち遠しい。

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