セーターを解いて一本の毛糸にしたら母に叱られた。
責任をもって自力で直しなさい、とも。
物を壊して怒られるのは当然分かるけれど、わざわざ埃被った押し入れの中から棒針と編み物の指南書を引っ張り出してきて、自分で元通りにしなさいとはこれ如何に。
残念なことに酷く不器用な僕は、早々に根を上げた。
「母さん、僕が悪かったよ。新しいのを買ってくるから、お小遣いくれないかな?」
できるだけ穏やかなトーンで、そして母の顔色を窺いながら、慎重に交渉を持ちかける。
「新しい毛糸を買うならお小遣いをあげても良いわよ」
「いや、そうじゃなくて…………はい」
僕の反論は、母の冷ややかな怒りの表情を前に、虚しくも呆気なく散っていった。無言で500円玉をひとつ貰う。
500円では普通の厚手のセーターは買えないだろうと、僕は諦めて近所の手芸店まで自転車を走らせた。
「――あら珍しい。お兄ちゃん、何を作るの?」
「え……あ、一応セーター……です」
手芸店の毛糸売り場で、ずいぶんと熱心に毛糸を物色しているおばあさんに、いきなり声を掛けられた。
「まぁ、セーター? 素敵ねぇ。自分で着るの?」
「た、多分?……というか、何も考えてなくて」
まさか中学生にもなって、セーターを解いて母親に叱られたので自分で直すことになったんです、とは言えない。
気まずそうに言葉を濁しながら目を泳がせる僕を見て、良かったら私からひとつ提案なんだけど――とおばあさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「お兄ちゃんの作ったセーター、私着たいな」
想定外すぎる提案に驚いて、僕は慌てて断りを入れる。
「え、あの、僕、凄い不器用で下手くそですよ」
「いいのよ。貴方が作ったセーターなら、どんな仕上がりでも喜んで着るわ。……私はそうねぇ、手袋を貴方にプレゼントするのなんてどうかしら?」
編み物のお友達ができたらプレゼント交換してみたかったの、と言って、おばあさんは照れくさそうに笑った。
編み物の友達、という響きに何故か、じんとした。
小さな手芸店で出会ったというだけで、どうしてこんなにも特別な――家族や学校のヤツらには内緒にしたくなるような、嬉しさが込み上げてくるのだろう。
「――あ、おかえり。遅かったわね……どうしたの、その大きな袋」
「まぁ、ちょっとね」
あんたまさか余計な物買ってないでしょうね、という母の詰問をさらりと流して、僕は部屋に駆け込んだ。
2024/11/24【セーター】
プレミア12、現地で観戦しています…!
侍ジャパン、頑張れ(*´`*)
作品は明日投稿いたします💦
連日きちんと投稿できず申し訳ございません🥲
2024/11/23【落ちていく】
今から夜までバイトなので、
お題保存用の投稿、失礼いたします💦
2024/11/22【夫婦】
「――占いをしないか。オレの腕は百発百中だ」
「この状況でか?……笑わせるな」
拳銃を突きつけ合って、俺達は互いを鋭く睨んでいた。そんな切迫した中で、突然相棒は胸ポケットからタロットカードを出し、俺を占ってやると抜かしたのだ。
「生憎だが、俺の未来は占わずとも決まってる――お前をここで撃ち殺し、裏金を独占して、単身海外へ高飛びだ」
俺と相棒の出会いは、裏社会を牛耳るデカい組織の末端にあたる施設だった。同じような生い立ちで身寄りのない俺達は、すぐに打ち解けて寝食と「仕事」を共にした。
互いの背中を預け、初めて信頼という感情を知った。
殺されるならお前がいい、と冗談を言い合っていた。
互いの存在が、心の拠り所だった。
――それなのに。俺達は今まさに殺し合おうとしている。
「えー、オレの占いによると……」
俺に銃口を向けられているにもかかわらず、ぶつぶつと何呟きながら、相棒はカードを片手でめくり始めた。地面に奇妙な絵柄のタロットが散らばってゆく。
およそ占っているとは思えない、相棒の舐めた態度に俺は心底腹が立った。いよいよトリガーに指をかける。
「――オレ『ら』の運勢は最低最悪。ここで死ぬ」
「……そうか。そいつは残念だな」
俺達は、とある依頼をしくじった。なんとか掻き集めた金を明け渡そうとしても、組織は良い顔をしなかった。
相棒によって、丁重に葬られるか。
組織によって、惨い殺され方をされるか。
二人とも生き残る、あるいはどちらか片方が生き残るというマシな未来の可能性は一欠片も無い。
それならば、せめて相棒を弔った後に自分が囮となって相棒の墓を、臓器を、遺体を守り抜こう――そんな俺の勝手な願望を、俺の相棒は許さなかった。
ふと、地面に落ちているカードが目に止まった。
――確か、『審判』だったか。
占うと豪語したくせに、こいつは一枚も意味なんか知らないのだ。おおよそ、この状況を打開する方法が思いつかなくて、運任せにでもしようとしたのだろう。
どうしようもない相棒に、呆れた笑いが込み上げる。
最期に粋なことでも教えてやろうか。
そう思ってから、やめた。
こいつには、俺達には、希望的観測などもう無意味だ。
「どうすればいいの?……オレ達、どこから間違えた?」
今にも泣きそうな声で、相棒が俺に問う。
「――多分、初めから」
だから、やり直そう。
そう微笑んで、俺は餞(はなむけ)の弾丸を撃ち放った。
2024/11/21【どうすればいいの?】
生きてるだけで、儲けもの――そんなのは嘘だ。
生きていれば、金が減る。
生きていれば、心が削られる。
生きるとは、損失の連続だ。
「今月も安定のドン底生活……あー死にてえ」
ぼんやりと天井を眺めて、俺はため息をつく。
もういっそこのまま、なんて何度思ったことか。
引き籠もりの学生時代から始まり、やっとの思いで就職した会社は鬱で半年前に退職、頼れる親友人もおらず。
何のために生きているのか分からなくなる。
生きる意味を見つけることすら、億劫で。
空になったペットボトルやカップ麺を周りに退け、気持ち程度のホコリを払って寝転ぶ。最後に掃除機をかけたのなんて、一体何ヶ月前なんだろう。それすらもどうでも良くなって、目を閉じる――
「――うわ、きったねえ家」
「……は」
しばらく開けていなかったはずのベランダから、勢いよく風が吹き込みカーテンが膨らんでいた。そこから覗き込んでいたのは、全身真っ黒な服を身にまとった男。
……見るからに空き巣じゃねえか。
「え、まじ? 人居んじゃん会社は??」
「半年前に退職しましたけど……」
遮光カーテンを付けていたせいで昼夜が分からなかったが、どうやら今は昼時らしい。いや、真っ昼間にそんな格好してたら目立つだろ。夜に忍び込む用だろその服。
「うわーなるほどね? オーケー出直しますわ」
「いや、できるならもう来ないでください」
男は俺の話などまるで聞いてないようで、興味津々というふうに俺の散らかった部屋を見渡した。
「ふふん。おにーさんも人生失望したクチっすか?」
「……まぁ、はい」
じゃあコレあげます、と言って、男は俺に缶ビールを投げて寄越した。缶の表面がベコベコで、開封すれば今にも内容物が吹き出しそうな見た目をしている。
「あ! それは盗品じゃないんで安心してくださいネ」
イタズラっぽく笑って、男は手を振りそのまま消えた。
缶ビールに、めくられたままのカーテンから差し込む久々の日光。そして、どこか心配になる空き巣との出会い。
捕まるなよ、なんて呆れた笑いがこみ上げてきながら、俺は缶ビールのプルタブを押し倒した。
ぬるい上に炭酸も少し抜けているが、今まで飲んだビールのどれよりも格別な味がした。
「……これはとんだ『儲けもの』だな」
――ささいな宝物は、突然に。
2024/11/20【宝物】