Sweet Rain

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 生きてるだけで、儲けもの――そんなのは嘘だ。

 生きていれば、金が減る。
 生きていれば、心が削られる。
 
 生きるとは、損失の連続だ。


「今月も安定のドン底生活……あー死にてえ」

 ぼんやりと天井を眺めて、俺はため息をつく。
 もういっそこのまま、なんて何度思ったことか。

 引き籠もりの学生時代から始まり、やっとの思いで就職した会社は鬱で半年前に退職、頼れる親友人もおらず。

 何のために生きているのか分からなくなる。
 生きる意味を見つけることすら、億劫で。

 空になったペットボトルやカップ麺を周りに退け、気持ち程度のホコリを払って寝転ぶ。最後に掃除機をかけたのなんて、一体何ヶ月前なんだろう。それすらもどうでも良くなって、目を閉じる――


「――うわ、きったねえ家」
「……は」

 しばらく開けていなかったはずのベランダから、勢いよく風が吹き込みカーテンが膨らんでいた。そこから覗き込んでいたのは、全身真っ黒な服を身にまとった男。

 ……見るからに空き巣じゃねえか。

「え、まじ? 人居んじゃん会社は??」
「半年前に退職しましたけど……」

 遮光カーテンを付けていたせいで昼夜が分からなかったが、どうやら今は昼時らしい。いや、真っ昼間にそんな格好してたら目立つだろ。夜に忍び込む用だろその服。

「うわーなるほどね? オーケー出直しますわ」
「いや、できるならもう来ないでください」

 男は俺の話などまるで聞いてないようで、興味津々というふうに俺の散らかった部屋を見渡した。

「ふふん。おにーさんも人生失望したクチっすか?」
「……まぁ、はい」

 じゃあコレあげます、と言って、男は俺に缶ビールを投げて寄越した。缶の表面がベコベコで、開封すれば今にも内容物が吹き出しそうな見た目をしている。

「あ! それは盗品じゃないんで安心してくださいネ」

 イタズラっぽく笑って、男は手を振りそのまま消えた。
 

 缶ビールに、めくられたままのカーテンから差し込む久々の日光。そして、どこか心配になる空き巣との出会い。

 捕まるなよ、なんて呆れた笑いがこみ上げてきながら、俺は缶ビールのプルタブを押し倒した。

 ぬるい上に炭酸も少し抜けているが、今まで飲んだビールのどれよりも格別な味がした。

「……これはとんだ『儲けもの』だな」

――ささいな宝物は、突然に。

  2024/11/20【宝物】

11/21/2024, 9:53:38 AM