…夢、か。
そんなもの、私、見た事ないや。
虚空を見つめる少女の瞳に光は宿っておらず、誰1人としてその事に言及する者はいなかった。
言わば、少女の独壇場。少女のみ辿り着ける、境地。
…嗚呼、私は一体、何の為に生きてきたのだろう。
好きな人に告白して、受け入れられて、奪われて、裏切られて。
家族に愛を欲して、貰って、崩れて、消え去って。
友人に秘密を話して、約束して、暴かれて、孤立して。
こんな運命に生きるのなら、最初から堕落者で良かった。
此処には最早、私以外の生等無い。否、元から私だって、生を謳歌していたとは言い難いし、それすらも傲慢な気がするけど。
少女の好きな色は赤色だった。然し、部屋は灰色、否、黒色。明かりを付けていないからだ。敢えてそうしている。少女は今、赤色が大好きだから。
…不意に、足音が聞こえてきた。慌ただしい足音。
__嗚呼、私だけの聖域に、なんと無作法な。
「***!!見つけたぞ!」
「貴様を大量殺人容疑で逮捕す……!?」
「……貴様だと?その台詞は私のものだ。私の聖域に勝手に踏み入って、巫山戯るな。私の安息を壊しやがって…!」
静寂な部屋に、また、赤が飛ぶ。
けれど真っ暗だから、きっと私以外は見れないよね。
嗚呼、私だけの赤色を独り占めなんて、素敵だなぁ。
そうだよ、私は自分の安息を、この赤くて黒くて、静寂な部屋を守りたいだけ。それの何が悪いの?
君達は静寂を知らない癖に、さ。
「私、先輩の事好きなんだ。内緒だよ?」
そう言って、いつもクールな彼女は、私に乙女の顔を見せた。
彼女の家は母子家庭で、母親は要介護者だ。彼女は所謂ヤングケアラーというやつで、高校に行き、部活動をし、終わったらすぐ帰る人間だった。
部活に入っているのは、内申が少しでも良くなるように、との事らしい。また、コロナ禍で、彼女が中学の時の部活はそんなに活動出来ていなかった。青春っぽい事をしたい、というのもあるのだと思う。
彼女は非力で、体力を付けたいという理由で今の部活に入った。先輩は1人を除いて全員女子。彼女が体力を付けようとしているのを知った異性の先輩は、「俺で良ければ」と協力してくれるようになった。
きっと、そこから好きになっていったのだろう。
私は彼女の幼馴染だ。だからずっと彼女を見てきているし、これからも1番傍で彼女の事を見ていたい。
だから、先輩にはこの座を譲りたくない。
私と彼女が幼馴染かつ信頼出来る仲間として過ごしているこの時が、永遠に止まってくれれば良いのに。
彼女は明日先輩に告白すると言う。私は只一言、「応援してる」とだけ言った。
今日だ。今日、彼女は先輩に告白する。
嫌とは言えない。けれど、嫉妬と憎悪で胸が張り裂けそうになる。
私が1番彼女を傍で見てきたのに、私が1番彼女の事を理解してきたのに、私が1番彼女に手を差し伸べてきたのに。
どうして、どうして、どうして。
「じゃあ、行ってくるね!」
恋する乙女の顔をした彼女を見た瞬間、ぷつりと何かが切れて。
私は__俺は、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「__御免、行かないで」
時間よ止まれ。
空が泣くと、空が泣く。
何を言ってるんだ、って思うかもしれないから、()を付けてもう一度言うね。
(人間の)空が泣くと、(地球の)空が泣く。
だから(人間の)空は、神様なんだって言われてた。ずっとずっと小さい頃から、皆にそうやって持て囃されてきた。
もう私も思春期だからさ、一寸位嫉妬とかしちゃうんだよね。
それで、ある日泣かせてみた。上手くいった。空は泣いた。
次の日、怒らせてみた。上手くいった。空は怒った。
更に次の日、喜ばせてみた。上手くいった。空は喜んだ。
次第に私は、神様を操れる人間なんて呼ばれて、チヤホヤされるようになった。
でもね、未だ足りない。私だって『神様』って呼ばれたい。人間を超越した種族へと進化したい。私の中で、ふつふつと、重い感情が蠢いていた。
その日は(人間の)空と喧嘩した。
だって仕方ないよね。思春期なんだもん。喧嘩位しちゃうよね。
でも、(人間の)空は相当頭にきたみたい。御免、って、謝ったらいつも通り仲直り、でしょ?
空は暴れた。
…あれ、此処は、何処?
いつも間にか寝ていたみたいで、私は身体を起こし、周囲を見渡した。まるで異世界の様な、荒廃した終末の様な世界だ。
あ、でも、近くに人がいる。嬉しさと安堵が同時に私を安らげてくれる。取り敢えず状況を把握する為話を聞きたい。そう思って声を掛けた。
すると、その人は私を見るなり青ざめて拝み始めた。深いお辞儀をしたかと思えば土下座もしてくる。…私は直感した。そうか、私は神になったのだと。恐らくこの景色は、私が神へ昇格したから起こしてしまった悲劇の惨状なのだと。
申し訳無い事をしてしまった。けれど、嬉しさの方が強く込み上げてきた。やった、やった。私も人間を超越した存在になれたんだ。るんるん気分で終末を歩こう。私なら世界を再生させる事だって出来るのだから。
…でも、可笑しいな。痛い。痛いよ。私は人間を超越した神様なんだから、痛覚なんて必要無いのに。如何いう事?
あ、空だ。おーい!空ー!!
空は泣いている。
無力さに嘆く一部にもなれずに。
空は泣く。
これが最期の感情になる事も知らずに。
空は泣く。
※「鳥のように」「時を告げる」はシリーズ物です。
※ 今作もそのシリーズに当たりますが、読んでいなくても楽しめるように努めております。
生きていて欲しかった。
只、普通に生きて、寿命を迎えて、死んで欲しかった。
それだけだったのに。世界は、それすらも許してくれない。
崖に連なる墓を見つめて、涙を堪えて、前を向く。
後戻り出来ないのは知っている。させてはくれないのも知っている。だから、前を向くしかない。
虚無に包まれても笑顔を絶やさない我等がヒーロー。それを貴方が、貴方達が望むのなら、幾らでも成ろう。それで救われるのなら、前を向いてくれるのなら。
…一緒に、前を向こう。それが一番良い方法なのだから。
だから捜し求めた。一緒に前を向いてくれる人を。
そして見つけた。ぶっきらぼうだけど優しい少年。
彼に好かれる事は如何やら難しかったらしいけど、寧ろその方が良いと思う時もあったから、不満なんて無い。
不満なんて無いのに。ねぇ、神様。
ある日起きた事件で昏睡状態に陥った彼。
何年もの歳月が経ち、漸く目を覚まし、一日たりとも看病を欠かさなかった自分を見て一言。
「…誰だ、手前」
がつんと、衝撃。
また、独りで前を向く。
後ろを見れば墓。山積みの墓。
___喪失感に溺れる。
先日、久し振りに外国人の友人とたこ焼きを食べました。
その時に、どこかで見た「鰹節が踊っている」というのを教えられた外国人が「可哀想じゃないか!」と泣きそうになっている動画を思い出して、真似をしてみようと思ったんです。
「ねぇ、知ってる?」
「何が?」
「たこ焼きの上に乗っているこれ、踊るんだよ。ほら、今もたこ焼きの上で苦しんでる」
友人はまだ鰹節と言ってもイマイチ理解出来ないようなので、こそあど言葉で表してみました。
友人はまんまと信じ込み、「WOW!本当だ。踊っているよ」と、ましまじと鰹節を見つめました。
「ほら、食べてみなよ。美味しいよ?」と言うと、「そんな残酷な事出来ないよ!」と拒否します。それが面白くて、ひとしきり笑った後、食べ切ってしまったので、お皿を返しに行こうと思いました。
友人はまだ食べていません。「冷めるよ?早く食べてね」とだけ声をかけて、その場を立ち去りました。
「……もう行ったね。ほら、早く行くんだ」
そう言うと、人間はたこ焼きの上に乗っていた"それ"を逃がした。
"それ"は必死に何かを言おうとしている。恐らく、有難う、という感謝の言葉なのだろう。人間は優しく微笑んだ。
"それ"は逃げて行く。命拾いしたのだ。この人間の好奇心や、物をまじまじと見つめる癖に救われた。
…人間は、帰って来た友人に一言こう告げた。
「新たな友達が出来たよ」