新年早々、転んでしまった…。
ああ、ついてないなあ。厄年だからって、こんなに早く厄が来るのは酷くないか?なんて思いながら、身体を起こす。
初日の出を見に近くのちょっと高い山に登ったのは良いけれど、根っこに引っかかって無様に転んで、おまけに少し怪我をしてしまった。傷を見てみるが、まあ歩けないことはないのが不幸中の幸いだろう。カメラを入れてある鞄を背負い、登山道を再び登り始めた。
10分後、山頂に到着した。日の出が綺麗に見えるであろうスポットに陣を構える。とは言っても、名の知れてない只の山だ。田舎にあるのもあり、態々登りに来る奴なんてそうそういない。だから、今俺はここから見える初日の出を独り占め出来るって訳だ。
「さて、水でも飲むか」
本当はドリップバッグコーヒーでも飲もうかと思ってたけど、準備するのが面倒臭いからな。そう言って鞄からペットボトルを取り出した時。
後ろから鈴の音がした。
思わず振り返ると、そこにはノースリーブワンピを着た少女が立っていた。…いやいや、今真冬だぞ!?ノースリーブなんて正気か!?それに、こんな所に女の子1人なんて…。
「どうしたお嬢ちゃん!?ノースリーブなんて寒いだろ、これでも羽織りな!」
咄嗟にダウンジャケットを少女に貸す。当たり前だが手が冷たい。親は何をしているんだ。
「…良い、寒くない」
「おいおい、冗談はその身体を温めてから言ってくれ」
そう言えば、ドリップバッグコーヒーがある。口をつけていないペットボトルの水をやかんに注ぎ、シングルガスコンロで沸騰させる。急いでお湯をドリップバッグに注ぎ、コーヒーを作る。
「甘いのにしたから飲め。それだけでも変わるだろ?」
カップを手渡すと、少女はコーヒーを飲んでくれた。安心して思わず笑みが零れる。
「…日」
「ん?」
「日、出てきたよ」
ふと少女が指を差したので、そちらを向くと、初日の出が綺麗に見えていた。やば、写真写真!そう思いカメラを手にして、落ち着く心を忘れずにシャッターを切る。…うん、良い感じだ。満足していると、少女がこちらを見ていた。写真が気になるのだろうか。見せてあげると、ふんわりと笑顔を見せてくれた。その笑顔をこっそり、スマホで撮った。
写真も充分に撮り、そろそろ降りようという頃。少女は俺にダウンジャケットを返した。
「やるよ、寒いままだと親が心配するぞ」
「良い、大丈夫」
「でもなぁ…」
「有難う」俺が心配しているのを見たのか、少女は微笑む。
そして__ゆっくりと消えていった。
「…は?」
状況が追いつかない。消えた?て事は…少女は、もしかして…。
俺はスマホで撮った少女の写真を画面に映し出す。そこには少女の笑顔がしっかり映っていた。
…新年早々、不思議な体験をしたのかもしれない。首を傾げながら、俺はダウンジャケットを羽織った。
「いやあ、1年幸せでしたよあーしは」
少女はそう言い、くるくると回る。
いつ何時もお気楽な彼女は、少年の庇護欲を掻き立てる。
「本当に幸せ?だって、戦争だって起きた、災害だって起きた、何もかも良い事ばかりではなかった。それなのに、幸せ?」
少年の言葉に、少女は振り向いた。
満面の笑みは夕焼けに美しく照らされて、それだけで少年は、少女の幸せが如何に少ないのかを理解出来た。
少女は記憶を断片的にしか覚えられない。だから、1日の中でも覚えている時と覚えていない時がある。彼女にとってそれはコンプレックスではなかった事が唯一の救いだろうか。少年は長い間彼女の記憶となって生きてきた。それが自身の使命だと思っているのだ。
「…君は幸せかい?」
ふと、少女の言葉に目を見開く。
「…如何いう事?」
「君はあーしの記憶となって生きてきた。だから、あーしの言動全てを記録してるし、君は、あーしの人生を、あーしの代わりに覚えてる。ね、幸せだった?」
__少年は超記憶症候群だった。
そして少女の所属する組織の、少女専属護衛であった。
この世界は残酷である。蔓延る犯罪、絶え間ない生と死が隣り合わせの殺戮、環境破壊。それ故に人々は幸せを望む。さて、その幸せが一体何なのかは、2人にも説明出来ない。
少年は少女に救われた。宛も無い孤児だった少年を拾った少女は、血で汚れていた。それなのに、彼女は笑っていた。「何で汚れてるんだろーね。きったね」と言っていた。
「…幸せではないかもしれない。けど、君といたら楽しいし、これも幸せのひとつの形なのかなって思うんだ」
少年の言葉に少女は微かに目を見開くも、すぐに笑顔に戻る。
「そんなら良かった。来年も宜しく頼むよ、相棒」
「勿論。僕は君となら、どこまでも」
君が死ぬその時まで、この記憶は何度も1年を"繰り返す"。
少年の手には、時計が握られていた。
その時計はどんな効果を持っているのかは知らない。知らないけれど、少年にとって、何よりも大切なものを護る為の、何よりも大切な手段だった。
「…君とのこのやり取りも、もう何度目だろうか」
俺にとって、彼女は希望だった。断片的に残る記憶の中。甘い幸せで満たして欲しい。
本当はわかってるんだ。彼女がこの世界で生きる限り、その記憶は幸せで満たされないって。けど、そんなのあんまりだ。普通の人が享受出来る幸せさえも手に入れられないなんて。
その笑顔の裏に残る記憶を、共有者の俺が覚えてない訳が無い。
この力は好都合だ。時計と共鳴させて、何度だって1年前に戻る。俺の頭に焼き付いている詳細な1年前の記憶を引っ張り出して、何度だって君との出会いをやり直して、君に幸せを。
勘の良い君は薄々気付くんだろう。夕焼けに照らされた笑顔だって、何度見てきたかわからない。君は毎回素敵な笑顔を見せるけど、毎回そこには苦しさが滲み出ていた。組織に所属している限り浴び続ける血飛沫は、君の記憶を紅く染めていく。
そんなの許さない。君には幸せになる権利がある。辛いまま生きていく権利なんて無いんだから。
さあ、また巡り会いに行こう。奇跡の邂逅を再び起こそう。君に幸せを捧げよう。
何度だって、1年間を振り返る。
※シリーズものですが、単体でも読めるようになっております。
「貴方を救いたい、から…!」
__流石だよ。ボクのヒーロー。
君は何時でもそうだった。ボクの為に頑張って、ボクの為に泣いて、ボクの為に立ち向かった。
それを賞賛するべきだし、感謝するべきだ。
だけど、ボクはそうはしなかった。当たり前だと思った訳ではないし、"べきこと"をする程価値のある人間では無いと思った訳でもない。
只、怖かっただけなんだろうと思う。
「…有難う。その言葉だけで、ボクは充分だよ」
そう言って、ボクはフェンスによじ登る。
「待って、待ってください…!」
…あはは、やっぱりわかるよね。こんな事し始めたらさ。
君はボクの下にやって来て、ボクを降ろそうとする。だけど、君の力よりボクの力の方が強い事はよく知っている。君は呆気なく、ボクに負けた。
フェンス越しに見た君の顔は綺麗だ。涙一雫さえも、宝石の様に輝いて見える。
…嗚呼、ボク、やっと気付いたよ。
君に救われたくないと思う理由が。ここまでやる理由が。
__ボクは只、君の視線を独り占めしたかったんだね。
知ってしまったらもう遅い。もうボクは本当に救われない。
嗚呼、こんな形で知るなんて。自覚するなんて。
それでも良いや。君の脳裏に、ボクの顔が焼き付いてくれるのなら。
ボクは飛び降りた。
地面に向かって落ちていく。
恋に落ちていく。
彼女が僕の首を絞めたのは、仕方の無いことだった。
僕は彼女を虐めていた。今となっては、何故虐めていたのか、何故やめなかったのか、それがわからない。
彼女は自分の事を責めてばかりで、僕の事を責める事は一切なかった。周りはそれを見て、心では僕に批判を送っていただろう。
彼女に首を絞められたのは、暑い夏の日だった。
学校の体育館裏で、いつも見せないクールな表情をした彼女は、僕を壁際まで追い詰めると、首を絞めた。強く、強く、強く。
とても苦しいのに心地良い気がして、僕は抵抗が出来なかった。いつも見ていた彼女とは違う、かっこいい、なんて、やっぱり本心では僕の事を責めたかったんだな、なんて、のんびり思っている僕は最低だ。やがて彼女は、僕が気絶する寸前まで首を絞めると、パッと手を離して立ち去って行った。
翌日、彼女の訃報が耳に届いた。
朝、警察が学校に来ていた。何があったのだろうと単純な疑問を浮かべていた僕は、いつもならこの時間帯には来ている彼女の席を眺めていた。教師が慌ただしく教室を行ったり来たりしていた。
ホームルームで彼女の姿が無いまま始まった話は、僕にとっては必然的だった。訃報と今後の生活について話が進んでいくにつれて、首が痛んでくる。嗚呼、きっと彼女は僕に呪いをかけたんだ、と、その時気付いた。
何年経っても、首にある絞め後は何故か消えなかった。
彼女の10周忌にクラスメイト全員でお墓参りをした。クラスメイトは僕の存在を許してはいなかった。墓参りに来るなとすら言われた。だけど、どれだけ言われてもそれは出来なかった。
夏になると首の痛みが鮮明になる。そうして彼女の事を思い出して、嗚呼、そろそろ彼女の命日だ、と考える。
忘れたくても忘れられないとは、このことなのかもしれない。そう思った、生涯かけられた呪いの話だ。
如何して君が泣くんだ。
感動モノの映画、
動物番組の号泣スペシャル、
切ない青春群像劇の小説、
友の涙。
色んな事に君は泣く。だから昔「泣き虫」と虐められたのに、それを知っていて君は泣く。
如何してそんなにも君は泣いてばかりなんだ。
女は感受性が豊かだと泣くらしい。
でも、男は泣くと周りから恥ずかしいと言われる。
ずる賢い女は、人を寄せつける武器として涙を使い、男は、人から見た自分を守る為に涙を堪える。
そんなの不公平じゃないか。
泣き上戸な同期の世話をして家に帰る。疲れはするけど、何だかもっと自分に信頼を預けて欲しいと思ってしまい、許してしまう。そんなのザラにある。
涙ってものは人間を支配するのだな、というのを、君から教えて貰った。
……それなのに。
顔を殴られ腹を蹴られ腕を捻られ頭を叩かれ、
そんな風に他人から陵辱されている君を助けられない僕は涙を流しているというのに、
如何して君は、泣かないんだ。
僕がそう問うと、君は「ねえ、如何して泣いてるの?涙の理由を教えてよ」と微笑んで言った。
正体も答えも全てを知っているのに、君は敢えてそう言った。
__君は解るかい?僕の涙の理由を。