Q:夏が過ぎたら?
A:冬になる。
「…」
街頭インタビューの結果を、秋は、呆然と見つめていた。
近頃、自分の存在がどんどん薄くなっていっている。
"秋ってあったっけ?"
"無くね?夏が長過ぎなんだよ。"
"春夏秋冬じゃなくて、春夏冬だよなー。"
テレビの中で話す人間達は、そう言いながら笑っている。
事実だ。秋という季節は、次第に日本の季節として君臨する期間を縮めていた。
連日の猛暑、そして残暑。
人々の中に、秋という感覚が失われていく。即ちそれは、秋自身も、薄れていく証だった。
…嗚呼、夏さえなければ。こんなに惨めな思いをすることも無かったのに。
「…………え?」
「じゃ、さよなら」
夏からのバトンを、秋は受け取らない。
「ま、待ってくれ!それじゃあ、紅葉は?中秋の名月は!?修学旅行は、重陽の節句は、秋分の日は、秋のお彼岸は、敬老の日は!?…ハロウィンは、如何なるんだよ…」
「…これから、君のものになるんだよ」
夏がそう言って項垂れているのを、秋は振り返ることもせず、無視して行った。
それから、暫くして。
秋が無くなって、何年か経って、
只今、夏。
「…」
「なーつ、如何したの?」
「春…」
「あんまりしみったれた顔してるのは良くないですよ。人も自然も盛んになる季節なんですから」
「冬…」
この数年の間、夏は、自身の季節が来る度に落ち込んでいた。
Q:夏が過ぎたら?
A:冬になる。
街頭インタビューの結果を、夏は、呆然と見つめていた。
近頃、自分の存在がどんどん濃くなっていっている。
"秋ってあったっけ?"
"無くね?夏が長過ぎなんだよ。"
"春夏秋冬じゃなくて、春夏冬だよなー。"
テレビの中で話す人間達は、そう言いながら笑っている。
事実だ。秋という季節は、次第に日本の季節として君臨する期間を縮めていた。
連日の猛暑、そして残暑。
人々の中に、秋という感覚が失われていく。即ちそれは、秋自身も、薄れていく証だった。
…嗚呼、自分さえいなければ。こんなに寂しい思いをすることも無かったのに。
「…秋…」
夏がぽつりと呟いた言葉に、春と冬は、顔を見合せた。
「…秋桜」
「え…?」
突然、春が言った。
「秋桜って、秋の季語なのに、秋桜(あきざくら)って言うの。コスモスのことなんだけどね」
「枯れ菊、朝顔、秋蛍…他にも沢山、秋と自分達の象徴が混ざった言葉は沢山あります。…勿論、春と夏、冬と春でも」
「だから、日本の季節はね、4つないとダメなの」
それはまるで、夏ではない何かに話しかけているようだった。
瞬間的に振り返ると、そこには、秋。
テレビのニュースは。
"秋雨前線が近付いています。秋の長雨…とうとう今年の夏も終わろうとしていますね。"
只今、夏。
間も無く、秋。
「ただいま、夏」
もしも過去へと行けるなら。
貴方にもう一度会いたい。
「…ごめん、もう、期待してないから」
憧れの人にそう言われた日、私の中で何かが切れた。
どうして、どうしてそんなこと言うんですか。
ごめんなさい。私に悪いところがあるのならば直すから。だから置いていかないで。先に行かないで。
もう一度、私に期待して。
「…っ…」
同級生で、同じ部活で、でも、陰キャの私と陽キャの貴方は真反対で。
それでも、頑張ってきたけど、やっぱり怖くて。
もしも過去へと行けるなら、もう一度貴方との出会いをやり直したい。
ああ、惨めな承認欲求を満たしたいだけの、執着だ。
「…もしも、過去へと行けるなら」
「行きたいかい?」
…え?
思わず振り向くと、そこにはシルクハットを被った男性が、空を飛んでいた。
いやいやどういうこと。これは夢?幻?
「あの青春を取り戻したいんだろう?やり直したいんだろう?誰かに認められて、憧れと並べる自分になりたいんだろう?」
"なら、過去へ行けば良いじゃないか。"
そう言った男性は、にこりと微笑むと、私の前に降り立った。
都会のアパートの屋上で、夕日が沈んでいく中で、男性はひたすらに、私の言葉を待っている。
…本当に、行けるのだろうか。
この醜い心を曝け出してしまう前に、戻れるのなら。
きっと私は、今度こそ。
「…もしも過去へと行けるなら、」
私は。
新年早々、転んでしまった…。
ああ、ついてないなあ。厄年だからって、こんなに早く厄が来るのは酷くないか?なんて思いながら、身体を起こす。
初日の出を見に近くのちょっと高い山に登ったのは良いけれど、根っこに引っかかって無様に転んで、おまけに少し怪我をしてしまった。傷を見てみるが、まあ歩けないことはないのが不幸中の幸いだろう。カメラを入れてある鞄を背負い、登山道を再び登り始めた。
10分後、山頂に到着した。日の出が綺麗に見えるであろうスポットに陣を構える。とは言っても、名の知れてない只の山だ。田舎にあるのもあり、態々登りに来る奴なんてそうそういない。だから、今俺はここから見える初日の出を独り占め出来るって訳だ。
「さて、水でも飲むか」
本当はドリップバッグコーヒーでも飲もうかと思ってたけど、準備するのが面倒臭いからな。そう言って鞄からペットボトルを取り出した時。
後ろから鈴の音がした。
思わず振り返ると、そこにはノースリーブワンピを着た少女が立っていた。…いやいや、今真冬だぞ!?ノースリーブなんて正気か!?それに、こんな所に女の子1人なんて…。
「どうしたお嬢ちゃん!?ノースリーブなんて寒いだろ、これでも羽織りな!」
咄嗟にダウンジャケットを少女に貸す。当たり前だが手が冷たい。親は何をしているんだ。
「…良い、寒くない」
「おいおい、冗談はその身体を温めてから言ってくれ」
そう言えば、ドリップバッグコーヒーがある。口をつけていないペットボトルの水をやかんに注ぎ、シングルガスコンロで沸騰させる。急いでお湯をドリップバッグに注ぎ、コーヒーを作る。
「甘いのにしたから飲め。それだけでも変わるだろ?」
カップを手渡すと、少女はコーヒーを飲んでくれた。安心して思わず笑みが零れる。
「…日」
「ん?」
「日、出てきたよ」
ふと少女が指を差したので、そちらを向くと、初日の出が綺麗に見えていた。やば、写真写真!そう思いカメラを手にして、落ち着く心を忘れずにシャッターを切る。…うん、良い感じだ。満足していると、少女がこちらを見ていた。写真が気になるのだろうか。見せてあげると、ふんわりと笑顔を見せてくれた。その笑顔をこっそり、スマホで撮った。
写真も充分に撮り、そろそろ降りようという頃。少女は俺にダウンジャケットを返した。
「やるよ、寒いままだと親が心配するぞ」
「良い、大丈夫」
「でもなぁ…」
「有難う」俺が心配しているのを見たのか、少女は微笑む。
そして__ゆっくりと消えていった。
「…は?」
状況が追いつかない。消えた?て事は…少女は、もしかして…。
俺はスマホで撮った少女の写真を画面に映し出す。そこには少女の笑顔がしっかり映っていた。
…新年早々、不思議な体験をしたのかもしれない。首を傾げながら、俺はダウンジャケットを羽織った。
「いやあ、1年幸せでしたよあーしは」
少女はそう言い、くるくると回る。
いつ何時もお気楽な彼女は、少年の庇護欲を掻き立てる。
「本当に幸せ?だって、戦争だって起きた、災害だって起きた、何もかも良い事ばかりではなかった。それなのに、幸せ?」
少年の言葉に、少女は振り向いた。
満面の笑みは夕焼けに美しく照らされて、それだけで少年は、少女の幸せが如何に少ないのかを理解出来た。
少女は記憶を断片的にしか覚えられない。だから、1日の中でも覚えている時と覚えていない時がある。彼女にとってそれはコンプレックスではなかった事が唯一の救いだろうか。少年は長い間彼女の記憶となって生きてきた。それが自身の使命だと思っているのだ。
「…君は幸せかい?」
ふと、少女の言葉に目を見開く。
「…如何いう事?」
「君はあーしの記憶となって生きてきた。だから、あーしの言動全てを記録してるし、君は、あーしの人生を、あーしの代わりに覚えてる。ね、幸せだった?」
__少年は超記憶症候群だった。
そして少女の所属する組織の、少女専属護衛であった。
この世界は残酷である。蔓延る犯罪、絶え間ない生と死が隣り合わせの殺戮、環境破壊。それ故に人々は幸せを望む。さて、その幸せが一体何なのかは、2人にも説明出来ない。
少年は少女に救われた。宛も無い孤児だった少年を拾った少女は、血で汚れていた。それなのに、彼女は笑っていた。「何で汚れてるんだろーね。きったね」と言っていた。
「…幸せではないかもしれない。けど、君といたら楽しいし、これも幸せのひとつの形なのかなって思うんだ」
少年の言葉に少女は微かに目を見開くも、すぐに笑顔に戻る。
「そんなら良かった。来年も宜しく頼むよ、相棒」
「勿論。僕は君となら、どこまでも」
君が死ぬその時まで、この記憶は何度も1年を"繰り返す"。
少年の手には、時計が握られていた。
その時計はどんな効果を持っているのかは知らない。知らないけれど、少年にとって、何よりも大切なものを護る為の、何よりも大切な手段だった。
「…君とのこのやり取りも、もう何度目だろうか」
俺にとって、彼女は希望だった。断片的に残る記憶の中。甘い幸せで満たして欲しい。
本当はわかってるんだ。彼女がこの世界で生きる限り、その記憶は幸せで満たされないって。けど、そんなのあんまりだ。普通の人が享受出来る幸せさえも手に入れられないなんて。
その笑顔の裏に残る記憶を、共有者の俺が覚えてない訳が無い。
この力は好都合だ。時計と共鳴させて、何度だって1年前に戻る。俺の頭に焼き付いている詳細な1年前の記憶を引っ張り出して、何度だって君との出会いをやり直して、君に幸せを。
勘の良い君は薄々気付くんだろう。夕焼けに照らされた笑顔だって、何度見てきたかわからない。君は毎回素敵な笑顔を見せるけど、毎回そこには苦しさが滲み出ていた。組織に所属している限り浴び続ける血飛沫は、君の記憶を紅く染めていく。
そんなの許さない。君には幸せになる権利がある。辛いまま生きていく権利なんて無いんだから。
さあ、また巡り会いに行こう。奇跡の邂逅を再び起こそう。君に幸せを捧げよう。
何度だって、1年間を振り返る。
※シリーズものですが、単体でも読めるようになっております。
「貴方を救いたい、から…!」
__流石だよ。ボクのヒーロー。
君は何時でもそうだった。ボクの為に頑張って、ボクの為に泣いて、ボクの為に立ち向かった。
それを賞賛するべきだし、感謝するべきだ。
だけど、ボクはそうはしなかった。当たり前だと思った訳ではないし、"べきこと"をする程価値のある人間では無いと思った訳でもない。
只、怖かっただけなんだろうと思う。
「…有難う。その言葉だけで、ボクは充分だよ」
そう言って、ボクはフェンスによじ登る。
「待って、待ってください…!」
…あはは、やっぱりわかるよね。こんな事し始めたらさ。
君はボクの下にやって来て、ボクを降ろそうとする。だけど、君の力よりボクの力の方が強い事はよく知っている。君は呆気なく、ボクに負けた。
フェンス越しに見た君の顔は綺麗だ。涙一雫さえも、宝石の様に輝いて見える。
…嗚呼、ボク、やっと気付いたよ。
君に救われたくないと思う理由が。ここまでやる理由が。
__ボクは只、君の視線を独り占めしたかったんだね。
知ってしまったらもう遅い。もうボクは本当に救われない。
嗚呼、こんな形で知るなんて。自覚するなんて。
それでも良いや。君の脳裏に、ボクの顔が焼き付いてくれるのなら。
ボクは飛び降りた。
地面に向かって落ちていく。
故意に落ちていく。
恋に落ちていく。