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「いやあ、1年幸せでしたよあーしは」

少女はそう言い、くるくると回る。
いつ何時もお気楽な彼女は、少年の庇護欲を掻き立てる。

「本当に幸せ?だって、戦争だって起きた、災害だって起きた、何もかも良い事ばかりではなかった。それなのに、幸せ?」

少年の言葉に、少女は振り向いた。
満面の笑みは夕焼けに美しく照らされて、それだけで少年は、少女の幸せが如何に少ないのかを理解出来た。

少女は記憶を断片的にしか覚えられない。だから、1日の中でも覚えている時と覚えていない時がある。彼女にとってそれはコンプレックスではなかった事が唯一の救いだろうか。少年は長い間彼女の記憶となって生きてきた。それが自身の使命だと思っているのだ。

「…君は幸せかい?」

ふと、少女の言葉に目を見開く。

「…如何いう事?」
「君はあーしの記憶となって生きてきた。だから、あーしの言動全てを記録してるし、君は、あーしの人生を、あーしの代わりに覚えてる。ね、幸せだった?」



__少年は超記憶症候群だった。



そして少女の所属する組織の、少女専属護衛であった。

この世界は残酷である。蔓延る犯罪、絶え間ない生と死が隣り合わせの殺戮、環境破壊。それ故に人々は幸せを望む。さて、その幸せが一体何なのかは、2人にも説明出来ない。

少年は少女に救われた。宛も無い孤児だった少年を拾った少女は、血で汚れていた。それなのに、彼女は笑っていた。「何で汚れてるんだろーね。きったね」と言っていた。

「…幸せではないかもしれない。けど、君といたら楽しいし、これも幸せのひとつの形なのかなって思うんだ」

少年の言葉に少女は微かに目を見開くも、すぐに笑顔に戻る。

「そんなら良かった。来年も宜しく頼むよ、相棒」
「勿論。僕は君となら、どこまでも」

君が死ぬその時まで、この記憶は何度も1年を"繰り返す"。

少年の手には、時計が握られていた。
その時計はどんな効果を持っているのかは知らない。知らないけれど、少年にとって、何よりも大切なものを護る為の、何よりも大切な手段だった。




「…君とのこのやり取りも、もう何度目だろうか」

俺にとって、彼女は希望だった。断片的に残る記憶の中。甘い幸せで満たして欲しい。

本当はわかってるんだ。彼女がこの世界で生きる限り、その記憶は幸せで満たされないって。けど、そんなのあんまりだ。普通の人が享受出来る幸せさえも手に入れられないなんて。

その笑顔の裏に残る記憶を、共有者の俺が覚えてない訳が無い。

この力は好都合だ。時計と共鳴させて、何度だって1年前に戻る。俺の頭に焼き付いている詳細な1年前の記憶を引っ張り出して、何度だって君との出会いをやり直して、君に幸せを。

勘の良い君は薄々気付くんだろう。夕焼けに照らされた笑顔だって、何度見てきたかわからない。君は毎回素敵な笑顔を見せるけど、毎回そこには苦しさが滲み出ていた。組織に所属している限り浴び続ける血飛沫は、君の記憶を紅く染めていく。

そんなの許さない。君には幸せになる権利がある。辛いまま生きていく権利なんて無いんだから。

さあ、また巡り会いに行こう。奇跡の邂逅を再び起こそう。君に幸せを捧げよう。

何度だって、1年間を振り返る。

12/30/2024, 6:20:25 PM