日が昇る前。そんな時に起きても、彼女は先に起きていた。なんなら着替えまで済ませている。
「おはよ。ね、私の服貸してあげるから着て。一緒に家出しよ?」
まるでピクニックに行こうとでも言うほど軽々しく、にこやかに笑って彼女は言う。
私は思わず否定した。
「な、なんでそんなこと急に……」
「あれ、覚えてない?前に話したでしょう、パラレルワールドって」
その単語が脳内の記憶を引き戻す。いつかの日に、私は彼女に全てを終わりにすると言って……あれ、どうして帰ってきているのだろう。
「私思ったの、場所が悪いんじゃないかって。ここから離れればいいんじゃないかって」
彼女は私の服を無理矢理脱がして、彼女の服を着せていく。されるがままの私に彼女は語る。
「それで、一旦貴女の家に行くけど、貴女は家の外で待ってて」
「え…どうして」
「どうしても、ね。よろしく」
かれこれしてる間に私の支度も整っていた。彼女は私の腕を引っ掴んで朝ご飯も食べずに外に出る。まだ空は薄暗い。
教えた記憶もないのに彼女は私の家に最短で辿り着いた。運動神経に自信はある方だけど、彼女の家からここはそれなりに遠い。それなのに、息急き切っている私と違って、彼女はため息一つつかずに私の家に入る。いつの間に鍵を持っているのだろう。私が寝ている間に盗んだのだろうか。私は仕方なく家の脇の歩道で座って待つことにした。
空を見上げると、折角昇った太陽を隠すように雲が流れてきていた。
【空を見上げて心に浮かんだこと】
お題が更新されるごとに進む物語No.8
「……私、死んじゃうの?」
私の手を握りしめて離さない彼女に問いかける。けれど、彼女の目からまだ溢れてやまない涙が返事を邪魔している。
パラレルワールド。なら私は、私自身がどんな行動をしても、彼女がどんな行動をしようとも、私は全ての世界線で、今日、死に至る。
「なら、私がここにいれば死なずに済む?」
「………ううん、私がずっと貴女の隣で寝てたのに、貴女は窓から飛び降りた。二階とは言え、当たりどころが悪いと死ぬ。なら先に起きて貴女を見ていたら、貴女は自分で首を絞めてた。またある日、私が起きると貴女は椅子に座って本を読んでた。…衰弱死。ただそこで寝てるだけだったのに」
彼女の口はまだ動く。
「方法を変えてみようと思って、LINEで貴女を呼んだ。でも貴女は帰ってしまって、母親に殺された。また別の日には、私が起きた時にはもういなくて、家に帰った貴女はショックで突然死。……いったいどうしたら救えるの?」
私はその話を聞いていて不可解なことがいくつかあった。彼女が生きた世界の何度かで私は自死をしている。なにより、本を読んでいて衰弱死?一体どうして。
「本当に私の死因はそれで合ってるの?」
「……わからない。貴女が死んだら、私は世界を飛ぶから」
「飛ぶって……なら、私はこの世界では自我を持ってるし記憶もある。ずっとここにいて、今日を生きてみせる。終わりにしよう」
「………」
どうして世界は彼女を必ず今日殺してしまうのだろう。あの日、彼女の母親が私の家に乗り込んで彼女を刺し殺した。なら、と私は決めた。彼女の母を消してしまえばいい。今度こそ、きっと、終わりにしよう。
【終わりにしよう】
お題が更新されるごとに進む物語No.7
目の前には、友達の彼女の安らかな微笑み……があったが、それは寝顔ではなかった。
「おはよ。よく眠れた?」
目に笑みを浮かべながら優しく声をかけてくる。
「うん。……今、朝?」
「んー、昼かな」
「………お母さんのところ、帰らなきゃ…」
いつもは日の昇る前に起きられる私が昼に目を覚ました時点で何かがおかしかった。
「ねぇ、どうして帰るの?」
起きあがろうとする私の肩を少し押さえ込みながら問いかけてくる。
「怒られるから…」
「私なら怒らないよ」
半身を起き上がらせた私の手を彼女が絡めとる。それは鏡の中の自分と手を取り合って相対しているかのようだった。
「ね、帰らないで。置いて行かないで。私と一緒にいよう?」
彼女はそう言って私に抱きつく。二度と離さんとばかりの締め付けに息が詰まった。
「置いて行ったりなんか……ただ家に帰るだけだよ」
「でも、ちょっとずつ思い出せてるんでしょう?“前”の記憶」
前、それが何を指してるのかはわかる。けれどあれは…前世というよりは。
「パラレルワールドって知ってる?もしもあの時あの選択をしていたら…っていう。私はねぇ、貴女が死なない未来を探してる。ずっと、ずっと」
取り合わされた手が強く握りしめられ、彼女の目から大粒の涙が溢れる。私はその涙を拭くことができなかった。
【手を取り合って】
お題が更新されるごとに進む物語No.6
“友達の彼女“
『今日家に泊まらない?泊まるならウチの前に来てね!!』
そう送って断られてもめげずに何度も誘っているのにまるで返事がないし既読もつかない。まずい、これは通知が電源を切られている。やっぱりホントを話した方が良かったかな、いやでも彼女は気付いてないみたいだし…。
そんなことを思いながら私は、必要最低限の持ち物を準備して家の外に飛び出す。彼女や学校には風邪と言ったがもちろん嘘だ。なんといったって今日は……
間に合うだろうか?
私は幼い頃、何も持ってなかった。何も認められなかった。物心ついた頃から親の顔を知らず、大して凄い特徴も持っておらず。心が成長するにつれ、劣等感が内側から身を焼くようだった。
けれど、少しでも特徴が出来るように、私は勉強に励んだ。里親に頼み込んで金を貰い、高校に入って一人立ち。そこで彼女に会った。入試ではどうやら成績最上位で、運動もできると聞く彼女。
そんな彼女の欠点は人当たりが悪いところだった。それでも私は彼女の友達になりたかった。友のいない優等生の唯一の友達。それに憧れた。
結果的に彼女の大の親友にまでのし上がれた。誰にもできなかったことを成し遂げた優越感はとめどなく溢れ出て、どっぷりと私をその海に浸からせた。
だから。そんな彼女を失いたくない。
「……間に合わなかったか」
彼女の家はなかった。いや、家はあったが、それはただの廃墟。誰も住み着かない屋敷に変貌していた。
また置いて行かれた。今度は私自身が彼女を強引に家に連れ込めば救えるだろうか。いっそのこと…。
鞄の中にしまったナイフは、既に何度も役に立てていなかった。
【優越感、劣等感】
お題が更新されるごとに進む物語No.5
これまでずっと、私は普通に生きてきてた。確かに父は家にいなくて、友達と放課後に遊ぶなんてことも無かったけれど、母とは上手くやってた。勉強も頑張って理解して、良い点数も取れるようになってきた。その時に褒めてくれる母は、とても優しかった。
目の前に降ってきた、綺麗に研がれた刃は今は無い。目の前にいるのは友達の安らかな寝顔。私だって友達と同じ布団に入って寝てた。夢なんだ、きっと。
でもあんな鮮明な夢があるだろうか。目を閉じずともありありとその場面が脳裏に浮かぶ。確かに母は、私と縁を切りたいと言い、包丁を振りかぶった。記憶に残っている。なのに、私自身の身体がそれを覚えていない。
やっぱり、夢で練られた捏造の母だろうか。
私はふと寒気を感じて友達を起こさないように起き上がる。窓にかかるレースのカーテンが揺れている。秋の小風が入り込んでいるのだ。
忍足で窓に近づき、音を立てないように慎重に閉める。風が入らなくなった途端に舞っていたカーテンがぶわりと落ちてきて、私に被さる。レースは思いの外心地よい肌触りだった。
まだ友達の彼女は寝ている。かなり眠りが深いようでホッとした。しかし、流石にドアを開けて外に出ると起きだろう。だから私は部屋にある椅子に座り、彼女の本を拝借する。寝息を聴きながらの読書をしていると、ほんの少し、眠気が再度訪れる時があった。
これまでずっと、これからもずっと、私は普通に生きていく。たまに見る夢がより鮮やかになろうと、もはや家が友達の彼女の家になってきていようとも。
【これまでずっと】
お題が更新されるごとに進む物語No.4