紫陽花《しょか》

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7/11/2023, 10:53:27 AM

 夕暮れが溶け込む空が映るスマホには、一件のLINEが来ていた。
『今日家に泊まらない?泊まるならウチの前に来てね!!』
 友達の彼女は今日、学校を休んだ。学校の校則に休憩時間もスマホを触るな、とは無いが、なんとなく私は学校にいる間は触らないようにしている。だから、昼休憩の際に来ていたこの一通に気付かなかった。
 いきなり泊まるかと問われても、私の母はそう言った遊びは許さない。何より、風邪で休んだというのにわざわざどうして呼ぶのか。
『絶対にお母さんが許してくれないから無理だよ。それより風なんでしょう?流石に風邪が私に移って治ったらいいね、なんて言うほど良い人じゃないよ?』
『えぇ、そんなぁ…じゃあ風邪は嘘って言ったら来てくれる?』
『ズル休みしてたの?って言って、行かない』
『ええ、そんなぁ〜…』
 そのままスマホの通知を切って帰路に着く。やっぱりもう秋とはいえ肌寒い。私はほんの少し背を丸めて家に向かった。

 家に母は居た。どうしてか、今日は私を出迎えてくれた。いつになく笑顔で、優しい声で。何故かそれを私は不気味に感じた。
 母は言う。私は救われたのよ、と。訳もわからず黙っていると、さらに母は上機嫌に言葉を紡ぐ。やっとあれがいってくれた、私は解放されたの、だから、だから、だから。
「貴方とも縁を切らせて頂戴?」
 それが物理的な意味を指すとは到底思うことは出来なかったが、母の手にある白光るそれが頭上に上がった時、私は死んだ。

ーなら、どうして私の隣に彼女が微笑みを浮かべて眠っているのが見えるのだろう。

【1件のLINE】
お題が更新されるごとに進む物語No.3

7/10/2023, 12:25:29 PM

 目が覚めた時は薄暗かった。折角友達の家に泊まったというのに、いつもの癖で五時に起きてしまう。かと言ってそのまま起きて、隣で気持ち良さそうに眠る彼女を眠りから覚まさせたくはない。結局私は借りた布団の中で横になったまま天井を見つめる。一度起きればすっかり目が覚めてしまう体質ゆえに、二度寝しようにもできない。
 汚れ一つない、メレンゲのような色の天井を静かに眺めていると、視界の端で何かが揺れ動いた。開け放された窓から吹き入る風に揺られたレースのカーテンだった。今は秋の中旬。この時間帯ともなると、漏れ入る風は肌を震わせた。
 私は寝息を立てる彼女を起こさぬよう、ひっそりと布団から這い出て、窓まで足音を立てないように神経を尖らせて行った。
 まだまだ暗い朝の景色に特に感慨を感じることもなく、ほっとため息を吐く。昨日は母親に勉強を教えてもらえなかったが、それが何故か嬉しく感じる。今日家に帰れば、母はなんというのだろうか。断りなく泊まったことに怒るだろうか。
「あれ、起きてたの?」
 不意に背後から声が聞こえて少し体が跳ねた。
「あ…ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、ちょっと風が冷たくて」
 私は思い出したように窓を閉めた。
「私も。それで閉めようと思って」
「なーんだ。ありがと」
 何気ない会話。普段通りの彼女。ここが心地良くて、まだここにいたい、なんて私が言うと、いいよ、と微笑みながら彼女は言う。
 その日も私は彼女の家に泊まった。今更言うのもなんだが、彼女は一人暮らしだ。私は母が心配になった。また私を探して気が変になっていないだろうか。
 
 目を覚ますと、彼女の微笑みがあった。布団に篭る温もりは、前にも感じたことがある気がした。

【目が覚めると】
お題が更新されるごとに進む物語No.2

7/9/2023, 12:30:40 PM

 朝は五時に起きて、勉強。六時半には朝御飯。七時には制服に着替えて、登校までの数分でまた勉強。
 登校時刻は誰よりも早く、鍵を開けて教室に入り、授業が来るまで勉強。
 学校が終わると部活なんてない。何よりも早く家に帰って手を洗い、親に今日あったことを話すこともなく勉強。夜ご飯はさっさと終わらせるために淡々と。お風呂に入っている間だけ、こっそりスマホで遊んでる。それでも出来るだけ早くお風呂から出て、髪を乾かす。髪の湿り気が空気に消えた時には、歯磨きを終わらせる。
 そのまま自室に戻って十二時まで勉強。そしてベッドで睡眠をとる。

「これが私の一日ルーティーン。でもなんでわざわざこんな面白くもないこと聞くの?ごく普通の生活だけど」
 目の前の友達は顔を伏せる。私より少し身長の低い彼女は、私を見上げて聞いてきた。
「それ、全部一人で?」
「いやいや、ずっとお母さんが一緒だよ。勉強もいつも近くにいて教えてくれるの。誰よりも賢くなれるように教えてあげるからって張り切ってくれてるんだよ」
「……そっか」
 彼女は私の手を握ってきた。その力は強く、どこに行こうともしていないのに、私を引き留めているようだった。
「ね、今日、私の家に泊まりに来ない?」
「そんな突然。絶対無理だよ、お母さんが今日も勉強教えてくれるから…」
「今から、一緒にウチに行こ。私だって勉強教えてあげられるしさ。…教えてもらうけど」
「ふふ、まったくもう、何がわからないの?見せて、教えてあげるから」

 その日、友達の家に半分強制的に泊まった。次の日に家に帰るとお母さんはいなかった。私の部屋には傷があらゆるところに付いていて、近くには薄汚れた包丁があった。

【私の当たり前】
お題が更新されるごとに進む物語No.1