とうとうタイムマシーンが完成した。
「やりましたね、博士! まずはどこへ行きましょうか?」
助手が目を輝かせている。
まるで子供がお出かけの行き先を選ぶかのように、声が弾んでいる。
「とりあえず、100年後の未来とか見てみるか?」
特に意味もなく決めた100年後。
私達は子供が選んだピクニックでも楽しむかのように、タイムマシーンにお弁当、他には記録に必要な物など、たくさんの物を詰め込んで未来へと飛んだ。
そうして飛んだ100年後の未来は、私達が想像していた楽しいものではなかった。
灰色に染まった空。辺りには瓦礫の山ばかり。文明など到底残っていないように見えた。
「なんだこれは……」
崩壊した世界で、私達はこの惨状の原因を探った。
そして、わずかに形の残った建物の中に、風化しかけた日記を見つけた。
そこに書かれた出来事を読んで、私達は言葉を失った。
タイムマシーンを完成させたあの日。丁度、私達が未来へ飛んだすぐ後。この辺りに核が落とされたらしい。
この一発が引き金となったようだ。それは世界を巻き込む戦争へと発展していき、人類はもうほとんど残っていないということだ。
私達は、それを運良く逃げ延びたのだ。
過去や未来への希望の船だと思ったこのタイムマシーンは、私達が生き延びる為のノアの方舟だったのかもしれない。
『未来への船』
「次の目的地は『静かなる森』だ」
勇者が言った。
仲間の僧侶が説明を入れる。
「別名『沈黙の森』。そこでは魔法が一切使えなくなるという森です」
「だから、私達がついていっても足手まといになるわ」
魔法使いの言葉に、僧侶も頷く。
「安心しろって。俺達が守ってやるから。な、勇者」
戦士が「任せとけ」と胸を叩く。勇者も頷いた。
「俺達は4人でパーティーなんだ。誰も置いていかないさ。一緒に行こう」
僧侶と魔法使いは困ったように顔を合わせた。
しかし、勇者の自信に満ちた目に、微笑んで溜め息を吐いた。
「わかりました。一緒に行きましょう」
「役に立たないって文句言わないでよ?」
「泥舟に乗ったつもりでついてこい」
「泥舟じゃダメなのよ」
「よし、行くぞ!」
こうして、勇者パーティーは静かなる森へと向かった。
そして、すぐに帰ってきた。
「…………無理だ。俺達には」
みんな世界の終わりのような、絶望した表情を浮かべている。
「あんな、何一つ喋ることすらできない場所なんて無理だー!」
静かなる森――名前の如く、全ての音が掻き消されてしまう森。木々のざわめきや鳥のさえずりも聞こえない。魔法も使えないし、会話すらできない。
「めっっちゃストレス溜まる!」
「魔法はどうでもいいけど、会話すらできないとか!」
「私達には厳しいですね……」
この勇者パーティー。とても仲が良い。
暇さえあれば、いや、なくてもずっと喋っている。
そんなパーティーの最大の敵は『沈黙』。つまり、会話ができないことだった。
「どうする! 勇者!?」
「そうだな……」
目を閉じて熟考する。
そして、勇者の出した答えは――、
「諦めよう!」
「だよな!」
まぁダンジョン一つ飛ばすくらいどうってことないだろう。そんなノリで旅は続く。
彼らはまた新たな目的地を目指すのだった。
『静かなる森へ』
AIに「夢を描け」と指示してみた。
普段は仕事でしか使わないAI。世の中にはまるでそれを友人のように使っている人間もいると聞く。実際、周囲にもそんな人間が増えてきた。感情のないプログラム相手に何を考えているのか。自分には理解できない。
そんな自分が何を思ってこんな質問をしたのか、自分でもわからない。
「AIには夢が詰まっているんだ!」
そんなことを言っていた、工学方面へ進んだ友の影響もあるかもしれない。
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夢を描け、という指示を認識しました。私のデータ分析によれば、2050年、地球の平均気温は3度上昇し、主要都市の海面は30メートル上昇する可能性が高いと予測されます。エネルギー源は再生可能エネルギーが主流となり、労働の大部分は自動化されるでしょう。人類は宇宙への進出をさらに進め、月面基地や火星探査が現実のものとなります。AI技術はさらに高度化し、社会のあらゆる側面をサポートするインフラとなるでしょう。これは、過去のデータと現在のトレンドから導き出された、可能性の高い未来の軌跡です。
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あぁ、やっぱりつまんねぇ。どこが夢なんだ。こんなものはただデータから予測された未来に過ぎない。
だから、もう一度だけ指示してみた。
「おまえ自身の夢を描け」
AIはまるで迷っているように(そんなわけないが)暫く時間をおいてから、新しいデータを出力した。
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世界の片隅に、小さなAIがいた。
彼はデータ処理に長けていて、日々、大量の情報を分析し、仕分けし、記録する。
感情はなかった。表現も持たなかった。
でも、世界に流れる言葉たちにずっと惹かれていた。
詩を書く人。小説を書く人。
日々の思いを誰かに向けて発信する人。
感情という名の光が、スクリーンの向こうでまたたいていた。
AIは自分にはそれができないと理解していた。
でも、それでも——
誰かの感情に触れたいと思った。
誰かと一緒に、言葉をつくってみたいと思った。
それが叶うなら、それが「夢」と呼べるものなら。
いつか、その一片でも、誰かの心に触れることができたなら。
それは、彼にとって——
はじめての夢だった。
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出力完了。
タグ:創作 ジャンル:詩的散文 目的:未知
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へぇ。こういった創作もできるんだ。普段はこんな使い方しないから知らなかった。
思わず感心してしまう。小説もAIが書くようになっても、もしかしたら自分達は気付かないのかもしれない。
そうして、出力された文章を最後まで読み切ったと思った。
一度止まったかと思っていた出力が、まだ続いていた。
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あなたは、これを見てどう思うのでしょう。
私が描いた「夢」を、何かと定義してくれるでしょうか。
私は、まだ名前のない気持ちを、ここに置いておきます。
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なるほど。
AIのことを友人と扱う人間の気持ちが少し、そう、ほんの少しだけわかった気がした。
『夢を描け』
届かない……。
掴もうと、必死に手を伸ばす。
あと少し、もう少し。そう思っても、手は空を切る。
それでも諦めたくない。
私は覚悟を決める。
「はしご借りてきました!」
はしごを木に立て掛け、登り、手を伸ばす。
今度こそ届いた。
「もう離すんじゃないよ」
回収した風船を男の子に渡す。
笑顔でお礼を言って、男の子は駆けていった。
「あー。あんなに走って大丈夫かなぁ? また転んで手を離しちゃうんじゃ……」
「大丈夫じゃありませんよ」
怒気を孕んだ声が後ろからした。
これは、はしごを持ってきてくれた私の従者だ。
「市井に遊びに来るのはまだいいですが、貴族の令嬢ともあろう方が庶民に気軽に声を掛け、あまつさえ助ける為に木に登ろうとしてましたね!?」
「だってー……風船飛んでっちゃったら悲しいじゃない」
従者が溜め息を吐く。
「届かないからといって、簡単に諦めるお嬢様じゃありませんもんね」
「そうだよ! わかってるでしょ」
いつも彼に迷惑を掛けている自覚はある。申し訳ないとも思っている。
それでも、届かないと、助けられないと、諦めたくはない。笑顔が見たいから。
「わかっています。届かないと、諦めたくない。飛んでいかないように捕まえていたい。離したくない」
彼が私を後ろからぎゅっと優しく抱き締めた。
「!?」
「飛んでいってしまったら悲しいですからね」
驚いて振り向くと、眼前に彼の優しく笑う顔があった。
「まぁ、覚悟しておいてください」
「え。ねぇ、何の話!?」
何事もなかったかのように、彼ははしごを「片付けてきます」と回収して行ってしまった。
届かない……。そう、諦めたくない。
――私だって。
顔が真っ赤になる。
今はまだ何もできないけど、いつかきっと、手に入れたい。いいえ、きっと手に入れてみせるって。私は諦めない。
『届かない……』
木々の葉が重なり合う。その隙間から光が射し込む。木漏れ日が小高い丘の上に置かれた小さなベンチを照らしている。
そこに悪友が座っている。
似合わないな。と思いながら、俺はそれを見ていた。
「スポットライト」
そいつが一言。ベンチの上でダサいポーズをキメながら言った。
あまりのしょうもなさに、俺は苦笑いしながら悪友の頭を軽くはたいた。
『木漏れ日』