川柳えむ

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 届かない……。
 掴もうと、必死に手を伸ばす。
 あと少し、もう少し。そう思っても、手は空を切る。
 それでも諦めたくない。
 私は覚悟を決める。

「はしご借りてきました!」

 はしごを木に立て掛け、登り、手を伸ばす。
 今度こそ届いた。

「もう離すんじゃないよ」

 回収した風船を男の子に渡す。
 笑顔でお礼を言って、男の子は駆けていった。

「あー。あんなに走って大丈夫かなぁ? また転んで手を離しちゃうんじゃ……」

「大丈夫じゃありませんよ」

 怒気を孕んだ声が後ろからした。
 これは、はしごを持ってきてくれた私の従者だ。

「市井に遊びに来るのはまだいいですが、貴族の令嬢ともあろう方が庶民に気軽に声を掛け、あまつさえ助ける為に木に登ろうとしてましたね!?」
「だってー……風船飛んでっちゃったら悲しいじゃない」

 従者が溜め息を吐く。

「届かないからといって、簡単に諦めるお嬢様じゃありませんもんね」
「そうだよ! わかってるでしょ」

 いつも彼に迷惑を掛けている自覚はある。申し訳ないとも思っている。
 それでも、届かないと、助けられないと、諦めたくはない。笑顔が見たいから。

「わかっています。届かないと、諦めたくない。飛んでいかないように捕まえていたい。離したくない」

 彼が私を後ろからぎゅっと優しく抱き締めた。

「!?」
「飛んでいってしまったら悲しいですからね」

 驚いて振り向くと、眼前に彼の優しく笑う顔があった。

「まぁ、覚悟しておいてください」
「え。ねぇ、何の話!?」

 何事もなかったかのように、彼ははしごを「片付けてきます」と回収して行ってしまった。

 届かない……。そう、諦めたくない。
 ――私だって。
 顔が真っ赤になる。
 今はまだ何もできないけど、いつかきっと、手に入れたい。いいえ、きっと手に入れてみせるって。私は諦めない。


『届かない……』

5/8/2025, 10:52:16 PM