川柳えむ

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6/10/2025, 11:00:27 PM

 茨に囲まれた城がありました。
 そこにいる人々はすべて、呪いによって眠りについていました。
 そのお城の一番上等な部屋に、それはそれは美しいお姫様が眠っておりました。
 この城の噂を聞きつけ、お姫様の姿を一目見てみたいと、隣国の王子様がやって来ました。
「なんて美しい人なんだ」
 王子様はお姫様を見て、あまりの美しさにキスをしました。
 すると、なんとお姫様が目を覚ましたではありませんか。
 そして状況を理解すると、お姫様は叫びました。
「……変態! セクハラ!」
「えぇ!? ここは『あなたの愛が目を覚ましてくれたのね』って喜ぶところじゃないのかい!?」
「人工呼吸なら人助けだけど、美しいって理由だけで欲望のままにした一方的なキスは犯罪です。ちゃんと同意求めないと駄目です」
「えぇぇぇ!?」
 いやたしかに人助けしようとしてキスしたわけじゃないけど! 欲望のままにしたかもしれないけど! でもほら少女漫画でもあるじゃん、寝てるところに思わずキスしちゃうやつ! 大体呪いで寝てるところをどうやって同意求めろと! むしろこういうシチュエーションのキスって、人工呼吸と同じで、人助けじゃない?
 お姫様の叫び声を聞きつけ、丁度目を覚ました城の人達が部屋に駆けつけました。
 そうして、王子様は捕まり、隣国との関係は拗れに拗れたそうな。
 めでたくなしめでたくなし。


『美しい』

6/9/2025, 10:34:53 PM

 どうして。どうして私がこの世界のヒロインのはずなのに。どうして上手くいかないの。どうして誰も私の方を見ないの。
 この世界は乙女ゲームの世界。
 そんな世界にヒロインとして転生した私。
 だから、この世界は私の為にあるようなものなのに。
 どうして誰にも愛されないの? 私はヒロインよ?
 あぁ、でも、そうか。悪役令嬢も転生者で、悪役令嬢が愛される物語もよくあるから。私は所詮当て馬ってこと? 許せない。
 私の為の世界のはずだったのに、あの人のせいで何もかも上手くいかない。
 じゃあ、どうにかしてあの人を陥れないと。
 そう思い、その為の罠を幾日もかけて、綿密に計画を立ててきた。
 それなのに、結局それも阻止されて。どこまでいってもこの世界は悪役令嬢の味方だった。
 私の為じゃない。あの人の為の世界だった。


『どうしてこの世界は』

6/8/2025, 10:53:50 PM

 昔、この道を君と歩いたな。
 くだらないことを喋りながら、笑いながら。
 なつかし……いや、何この道!? 知らん知らん!
 いつの間にこんなところに道が接続されている!? 知らないお店もあるし、あの店はなくなってるし!
 君と歩いたこの道も、今はもう知らない道。
 あの道は、今はもう記憶の中にしか存在しない。


『君と歩いた道』

6/8/2025, 3:12:48 AM

 いじめられていた女の子を、王子様が迎えに来る話。眠ってしまったお姫様を、王子様がキスで目覚めさせる話……童話が好きだった少女は、きっと私にもいつか王子様が迎えに来るに違いないと、信じていた。

 周りはどんどん結婚していく。気付けば、少女はもう少女ではなくなっていた。
 それでも信じていた。いつか王子様が迎えに来ることを。
 でも、なぜなかなか来ないのだろう?
 そして気付いた。
 そうだ。私はいじめられてもいないし、長い眠りに就いてもいない。
 そこから、自分がいじめられるように振る舞った。他人の感情を逆撫でするように、人に迫る。
 いい大人になったみんなはなかなか手を出してこなかった。しかし、とうとう痺れを切らした一人の女が、彼女のことを激しく叩いた。
 あぁ、いじめられた。これできっと、ここから救い出してくれる王子様が現れる。
 でも、まだ足りない。きっと長い眠りが足りていない。だから、睡眠薬をたくさん飲んだ。たくさん。たくさん。
 これで、王子様がやって来て、キスで目覚めさせてくれるはず。楽しみね。

 翌日、自殺と処理された。人に叩かれたのがショックだったのかもしれないと。
 しかし、彼女の顔は、どこか嬉しそうに笑っていた。


『夢見る少女のように』

6/7/2025, 1:23:36 AM

 もう時刻は深夜を回る。
 ようやく家に着いた。急いでパソコンを起ち上げる。
 明日も朝早くから出勤だとか、そんなことはどうでもいい。今日もまた、ネットの世界へと逃げ込む。
『ログインしました』
 そうして生活の一部となっているオンラインゲームに接続する。
 ゲームの世界では、既にいつものメンバーが準備を済ませて待っていた。
『よーっす』
『遅いよー』
『早く新しいダンジョン行くぞ』
 今日も勇者は旅に出る。
 本日の行き先は、アップデートで追加されたばかりの新しいダンジョン。
『勇者様。どうか助けてください』
 人の姿をした魂のないグラフィックが、勇者に訴えかける。
 勇者はクエストを受け、新しいダンジョンへと足を踏み入れた。
「さあ行こう!」
 仲間達と冒険へ出る。
 この世界では接続する一人一人、誰もが勇者だ。

 小さい頃、そういえばこんなことを言っていたなと、ふと思い出した。
「サラリーマン? なにそれつまんねぇ。大きくなったら、俺、勇者になる!」
 現実は、もちろん勇者になんてなれない。つまらないと思っていたそれになってしまっている。
 でも、この世界なら、小さい頃憧れていた勇者に、自分もなれるのだ。だれでもなれてしまうのだ。
 自分にとっては、こっちがリアル。だって、小さい頃の夢が叶ったのだから。望むものになれたこっちこそ、真実。
 実際、これも全て現実だ。勇者と呼ばれる自分がいるのも現実。新しいダンジョンへ踏み込んだのも現実。現実の世界。――現実の世界の、一部。
 しかし切断してしまえば、再び暗い世界へと引き戻されてしまう。
 理解はしている。
 勇者と呼んでくれるその世界は、所詮存在しない、データでしかないのだと。そこを現実と認めたくても、この暗い世界が、所謂皆の言うリアルなのだと、知っている。
 それでも、夢が叶った世界を、現実だと思ってもいいだろう? ネットに接続して、この世界を楽しくプレイしている今も、現実なのだから。
 ――昔は、木の枝一本あればそれを剣代わりに、いつでも勇者になれた。
「さあ行こう!」
 学校の裏山がダンジョンで、仲間を何人も引き連れて、日が暮れるまで冒険して。家に帰ってから「帰りが遅い!」と母に怒られていた。
 今は、パソコン一つで、帰宅後に勇者になれる。
 配布されたダンジョンで、同じく勇者な仲間達と、夜が更けても冒険して。でも、誰も怒る人もいなくて。
 夢は、叶ったはずだ。
 ……違う。もうとっくに叶っていた。だって、あの頃は毎日が冒険で、毎日勇者になれていた。それならば、今だってあの頃と何も変わっていないのかもしれない。それとも全て狂ってしまっているのかも。
 いやもう、そんなのはどうでもいいことで。
 少なくともこの世界が終わるまでは、ずっと勇者で居続けられる。
 明日もまた、パソコンの前で、勇者は戦うのだろう。


『さあ行こう』

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