私は端数の存在。どこへ行っても余り物。
小さい頃からそうだった。最後に残されるのは私だ。
たとえば、仕事でも。いつ切り捨てられてもいいような、いつもそんな位置にいる。
たとえば、恋愛でも。誰かの隣にいることも叶わない。端数なのだ。手を伸ばしても届かない。大切な人の隣には、必ず私以外の大切な人。
日曜の朝。ホームに滑り込んできた電車は気怠そうに。乗り込むと、ゆっくりとまた走り出した。
透き通るような青空が、窓の外に広がっている。
どこへ向かおうとしているわけでもなく、ただぼーっと電車に揺られながら、窓の外を眺める。
このまま消えてしまっても、誰にも気付かれない。誰の記憶の片隅にも残らない。
たとえば、私の存在で誰かが傷付くとしたら。同じように私も傷付いていたとしても、端数である私が消えるべきなのだ。
それでも、もし誰かが私のことを少しでも心の片隅に残してくれるのなら。
そう言ってくれる誰かの存在があるならば。
それがたとえ、口先だけでも。私自身がそれを知っていたとしても――私はまだ、生きていける。
世界の片隅で、そんなことを思う。
『心の片隅で』
ずっとある人を待ち続ける少女がいた。
――何処へ行ってしまったの? きっと帰ってくるよね?
そう信じていたのに、いつまで経ってもその人は戻ってこなかった。
裏切られたと、少女は思った。
怒りと悲しみが入り混じって、洗い立てのテーブルクロスにまるでコーヒーを溢したかのように、白は黒へと染まっていった。
信じる心はもう失った。コーヒーカップは倒れたまま。
ここは閉ざされた闇の世界。世界に白は存在しない。
そんな風に思っていた。
「雪です」
嬉しそうに息を切らして、1人の少年が部屋へと入って来た。
「雪?」
白を失った少女が、少年に尋ねる。
「はい。雪が降ってきたんですよ!」
少年の言葉に、少女は立ち上がって窓の外を眺めた。真っ白いものが、空からたくさん零れ落ちている。
「白……」
「珍しいですよね。この辺りに、こんなに雪が降るなんて」
少年の嬉しそうな声を背に、少女はその景色をぼんやりと見つめていた。
「雪、綺麗ですよね。折角ですし……楽しみましょう!」
少年が少女の手を引いて、外へと飛び出す。
世界は一面、白で覆われていた。
「たまにはいいですよね。こんな景色も」
ずっと見ていなかった。
目が痛くなるくらいの、白。
雪は、全ての音を吸収するように、静かに降り続けている。
「――――」
その静けさは、少女の心の叫びまでもを掻き消してしまう。
信じないって心に決めた時から、少女にはもう黒しか見えなかった。
目の前は全て闇に覆われていた。
それなのに、降り積もる雪は白く輝いていた。
「雪って、こんなに白いんだね」
黒く汚れたテーブルクロスは、白い雪に隠されてしまった。
雪が溶けてしまっても、水へと変わって、それはきっと黒い汚れを流していく。
真っ白には戻らなくても。
今なら少しは……許せそうな気がした。
雪の、白の眩しさに、少女は目を細めた。
少女の口許が、心なしか緩んでいた。
『雪の静寂』
君が目覚めなくなった。
その日はなかなか起きてこないから、僕は君を起こしに行った。
君は不機嫌そうに目を開けて、こちらを睨んだ。
あぁ良かった。起きた。もうそろそろ出る時間だろ?
僕は先に部屋を出て、君がやって来るのを待っていた。
それなのにまだやって来ない。また寝てしまったのかな? 君は寝るのが好きだから。
そうして、再び君の部屋へと立ち入った。
そこで見たのは、相変わらずの薄暗い部屋でベッドに力なく横たわったままの君と、机や床に転がり落ちた空の瓶と大量の錠剤。
異様な光景に、冷や汗が背筋を伝う。
慌てて君に駆け寄り、様子を窺う。唇は青白く、肌はいつもよりずっと冷たく感じた。
一瞬、最悪の状態を想像してしまった。よく見れば、喉の奥からかすれた吐息が漏れている。しかし、呼吸は浅く、弱々しい。
生きていることに安堵する。それでもまずい状況には変わりない。
急いで救急へ連絡を入れた。どうか、どうか助かりますように。
それから、君は眠ったままだ。ずっと。僕の顔なんか見たくもないと言うように。
本当は知っていた。君が僕を嫌っていることは。
小さい頃は仲が良かった。それなのに、周りが僕らを勝手に比較して、君はいつも苦しそうにしていた。そして、だんだんと君は僕から離れていった。
それでも、僕にとっては君だけだ。何事にも代え難いほどに大切だった。
僕のことが嫌いなら、僕を殺してしまってもいいから。どうか目覚めてくれないか。君に生きていてほしいんだ。
君はそんな僕の想いなんか露知らず、どこか幸せそうな顔で眠っている。一体どんな夢を見ているのだろう。
それならせめて、怖い夢であってほしい。君が目覚めたくなるような、怖い夢で。
『君が見た夢』
君が笑う。あまりにも眩しい笑顔で。
それは、僕を照らしてくれる。
毎日生きるのが苦しい僕をその先へと誘う。明日への光だ。
『明日への光』
ベルが鳴り響く。
受話器の向こうの声が、私には理解できなくて。
世界は深い闇に覆われて、そのまま夜が明けなくなった。
思い出を綺麗に仕舞いたかった。
でも、そんな簡単にはいかなくて。
今は何もかもがぐちゃぐちゃに散らばっている。
長い長い夜が続く。
静かな煙が空へ立ち昇る。その煙は空に融け、星になった。
深い闇の中で、あなたの星が輝いた。
思うより、あまりにも綺麗に輝き出したから、このまま夜が明けなくてもいいや。と、そう想った。
『星になる』