君とよく来た浜辺で、沈む夕日を見ている。
近くではギターを練習している人が歌っている。
そういえば、初めてここに来た日も、誰かがこうやって歌っていたっけな。
あの頃は、素敵だね。なんて言いながら、ちょっと聴いて通り過ぎたけど。
あの曲、よく聴いたら、別れの曲だったな。
練習している横で、誰にも聴こえないよう、自分も小さく口ずさむ。
♪LaLaLa GoodBye
君と歩いた海辺 陽炎の中に遠ざかる
今は一人でも歩こう いつかの未来へと
『LaLaLa GoodBye』
人間の六割は水で出来ている。
地球の七割も水で出来ている。
だから、水と海と溶け合ってしまえば、私もきっとこの世界になれる。
最初からなければよかった。
最初から、いらなかった。
意識を溶かして。
青い、青い。深い、深い。不快。
何も見えない。何も見ない。何も聴こえない。
ゆらめいて。きらめいて。青い光だけが輝いて。
どこまでも、沈んでいく。
そこで、きっと、世界になれる。
意識を手放して、海と一つに。この地球と一つに――。
『どこまでも』
「どこ……ここ……?」
気付けば私は見知らぬ地にいた。
遠くには見たことのない形をした山々や、鬱蒼と茂った森も見える。私がいる周辺はだだっ広い草原で、ただ、なぜか私が立っていたのは道路の交差点だった。
自然の中に、交差点だけがぽつり存在している。
「あぁ、人間がこんなところに」
突然後ろから声が聞こえた。誰か人がいたのか。
状況がわからず心細かったところに、声が聞こえて安心して、振り返った。
そこには、信号機があった。……いや、いた。
信号機には足が生えていて、声を発していた。
「どうしたんだい。迷子かな?」
――異形のモノ。
私は慌ててその場から逃げ出した。
「止まれ!」
信号機がそう発すると、私の体はまるで金縛りにでもあったかのように、動かなくなった。
「安心しろ。怪しいものじゃない。いや、どう見ても怪しいだろうが。……大丈夫だ」
信号機がそう言ってくる。
でも、その声色が優しくて、また安心してしまった。
「昔、俺が転生してきた時の交差点なんだが、未だに人が迷い込むことがあるんだ」
信号機の話によると――。
彼(?)は昔トラックにぶつかられ、この世界に転生してきた。なぜか辺り一帯の交差点も一緒に。そして、信号機には足が生え、指示を絶対に従わせるというチート能力も手に入れた。
信号機には意識もあるが、交差点にはそれがない。そして、交差点はその場所にそのまま残ってしまい、元の世界とたまに繋がる不思議なスポットになってしまった。
信号機は、たまにこうして誰か迷い込んでいないか、様子を見に来ているそうだ。
「また何かのタイミングで元の世界に繋がることがある。その時に帰ろう」
「でも、私、それまでどうすれば……」
「あぁ。それは安心してくれ。城に来るといい」
「城?」
信号機に連れられやって来たのは、広い城下町の先にある、大きく豪華な城だった。
――この信号機、この国の大臣だそうだ。
チート能力によって、魔物が出る国を守り、気付けばこの地位についていたそうだ。信号機なのに、よく魔物として処理されなかったな……。
そして、彼の計らいにより、この城の住み込みメイドとして働くこととなった。
そんなわけで、私は信号機に助けてもらい、いつしかこの世界に馴染んでいた。
「計算によると、明日には元の世界と交差点が繋がるようだ。帰れるぞ」
だから、信号機からそう言われるまで、そのことをすっかり忘れていた。
「帰る…………」
「そうだ。嬉しくないのか?」
なんだかんだで、この世界は楽しかった。最初は不安だったけれど、同僚達はみんな優しくて、美しく心優しい姫の世話をするのも好きだった。
それに何より、信号機と離れたくなかった。
心配して毎日様子を見に来てくれる彼に、私は心を奪われてしまったのだ。
「…………シンゴーは、寂しくないの?」
「え?」
信号機ことシンゴーは、不思議そうな顔(信号機だけど、なんとなくわかってしまう)で私も見ている。
きっと、彼にとって、私はただの迷子でしかない。思わず俯いてしまう。
それでも、私は伝えたかった。
「私は、シンゴーと離れたくない。ずっと一緒にいたいよ。あなたが好きだから!」
シンゴーは目を見開いて(?)私を見ている。
それから暫くの間があり、シンゴーがようやく言葉を発した。
「俺は、人間じゃない。……姿だって、こんなだというのに。それでも、いいのか? 元の世界じゃなく、俺を取ってしまって、本当にそれでも?」
「私のことより、あなたの気持ちを教えてほしいの」
必死な私に、シンゴーは少し照れたように俯き、そして、決心したように言った。
「俺も、おまえと一緒にいたい」
あの時は、あの交差点が人生の岐路になるなんて思わなかった。
選んだこの道が正しいのかもわからない。
けれど、後悔なんてしない。あなたといられるだけで幸せだから。
この先は、まだ未知だ。
『未知の交差点』
「あげる!」
咲いていたコスモスを一輪摘んで。あなたはコスモスよりも鮮やかに頬を染めて、それを手渡してくれた。
遠い秋の日のこと。記憶は鮮明に残っている。
あの頃のあなたはもういない。
「やるよ。女はこういうのが好きなんだろ?」
ずっと豪華なバラの花束を、投げ捨てるように渡してくる。
こんなバラの花束よりも、あの頃の一輪のコスモスの方が、私にはずっと価値があったのに。
『一輪のコスモス』
秋は恋。
夕日が射して、山の端に近くなる頃、君が家に帰ろうと、急いで走っていく姿が心に沁みて愛おしい。
ずっと一緒にいられたらいいのにな。そう思っても、秋になった季節は、日を落とす時間も早くなって、お別れの時間はいつもすぐにやって来る。
それでも、また日は登って、元気に笑う君に会える。
このまま君と四季を過ごしていきたいな。
秋だけじゃなくて、冬も春も夏も来年の秋も。これからもずっと。
『秋恋』