あまりの暑さに、近くの自販機に飲み物を買いに行く。
炭酸を買い、公園のベンチに戻ると、隣に座る君に「飲む?」と尋ねた。
君は静かに首を横に振り、僕のことをじっと見ていた。
僕は見られっぱなしで、少し居心地悪く感じながらも、炭酸を飲んだ。
特に予定もない僕等は、なんとなく公園に来ていた。
こんな暑い中、二人ともよくその判断に至ったよな。と思う。
でも、空は青いし、目の前にある小さな噴水は涼しい音を立てながら水を噴き出しているし、蝉の鳴き声は響くし、隣りにいる君は薄手のワンピースを着て座っているし。なんだか、これでもかってくらい夏を感じた。
ぼーっとそんな辺りの様子を窺っているうちに、時間が過ぎて、まだ飲み切ってない炭酸は気が抜けてしまった。すっかりぬるくなっている。
彼女が手を伸ばしてきた。そっと炭酸に触れる。
「……飲む?」
再度伺うと、彼女はそっと頷いた。
「そうだね。暑いし、飲んだ方が良い」と、君に渡した。
ぬるい炭酸を飲むと、彼女は言った。
「……ぬるいね」
それから、二人して顔を見合わせて笑った。
『ぬるい炭酸と無口な君』
ボトルメール。
瓶に詰められ、川や海に流された手紙のことだ。
実際にやったことはない。その辺のゴミになってしまうかもしれないから。
でも、ボトルメールを体験する方法があった。
そういうサイトやアプリが存在していたから。
『ボトルメールやろうぜ』
ネット上の掲示板を漁っていたら、そんな投稿を見つけた。サイトへのリンクも貼ってある。
面白そうだと思い、試してみる。
画面上には現実には存在しない海と砂浜が表示されている。
しばらく待っていると、その砂浜に瓶が打ち上げられた。
瓶を開き、中の手紙を広げる。
英語で何かが書いてある。英語は不得意なので、よくわからない。
それでも、なんだか胸が躍った。地球上の知らない誰かと、いつ送られたかもわからない手紙を通じて繋がれた。
自分も手紙を書いて、瓶に詰めて流してみる。
『こんにちは。こちらは日本です。元気ですか?』
そんなしょうもないことを書いて。
また次の手紙が流れてきた。そこには、同じ掲示板を見たであろう人の、ふざけた文章があった。
これはこれで面白かった。あー同じの見て始めたんだなって。きっと他の国の人には迷惑だっただろうけど。
それから、たまにそのサイトを開くようになった。
誰に届くかわからない。返事だって来るわけじゃない。
それでも、たくさんの人が、誰か特定の人に宛てたでもない手紙を読むのが、そして自分も、わからない誰かに向けて書くのが、楽しかった。
それから時が経ち、そのサイトの存在も忘れた頃、あるアプリが流行った。舞台が海ではなかったものの、そのシステムはまさしくボトルメールだった。
楽しくなって、またいろいろな手紙を発信した。
誰かに届いたのかもわからないが、それでも楽しかった。
たまに、SNSにアプリのスクリーンショットを載せている人もいたから、誰か載せてないかな。なんて期待して検索してみたりして。
また時が経ち、ふとそのアプリの存在を思い出した。スマートフォンを変えるのに、引継ぎができなかった為、そのタイミングでやめてしまっていた。
急にやりたくなって、アプリを探した。見つからない。
調べてみると、どうやらサービスが終了してしまったようだ。そうか。それはもうどうしようもない。仕方がない。
じゃあ、あのサイトはどうかな?
ボトルメールを始めるきっかけになった、あのサイト。サイトの名前も思い出せないけど。
でも、掲示板のことは覚えている。
投稿を検索すると、アーカイブが出てきた。そこに貼ってあるリンクをクリックしてみる。
――サイトには、繋がらなかった。
もう存在していなかった。
それはそうだ。あれから何年経ったと思っている。その後に出たアプリすら終わっているんだ。当たり前だ。もう、ない。
今はSNSが普及しているから、そもそも必要がないのかもしれない。
だとしても、あの時の、誰と繋がれるかわからないワクワク感が、自分のことを知らない誰かに届けるドキドキ感が、すごく良かったんだ。
私が、みんなが、あの海に流したボトルメールは、波にさらわれ、そのまま消えてしまった。
それでも、あの海と砂浜が、私の心に残っている。
存在しないあの景色にまた出会えないかと、今もまだ探している。
『波にさらわれた手紙』
夜空を彩る花火が美しい季節です。いかがお過ごしでしょうか。
花火を見ると、二人で行ったあのお祭りを思い出します。あの夏。色鮮やかに染まった夜空。あなたの横顔……。
あの頃の私達は、まだ幼くて、きっと思いやる気持ちが足りてなかった。自分のことしか考えられなかった。そうして、お互い傷付けあっていた。
あれからもう何年も過ぎて、ようやく周りが見えるくらいの余裕がでてきたように思えます。
あの時、傷付けて、ごめんなさい。
あなたも傷付いて、私も傷付いて。だから関係を終わらせたけど。
今でもあなたを思い出す。
できるなら、八月のあのお祭りで、また会いたい。二人で花火を見たい。あの時二人の関係が始まったように、また始めたい。
だからもし、良かったら、一緒にまたお祭りへ行きませんか?
まだまだ猛暑が続きます。どうかお身体を大切にお過ごしください。
もし会えたその時は、また笑い合いましょう。
『8月、君に会いたい』
眩しくて目を細める。
強い陽射しの下、笑う君。
ずっと見ていると、目が潰れてしまいそうだ。
触れてはいけない神の領域のような、そんな神聖さを感じて。
きっと赦されない想いだ。
伸ばしかけた手を、ゆっくりと戻す。
強い光の前で、闇はきっと存在できないから。
今、君の傍にいられるだけでも、幸せだ。
限りある時間を、最期まで君と共に。
『眩しくて』
――死ぬのかな、と。ぼんやり考えていた。
意識が遠退いていくのがわかる。
君の切羽詰まった声が聞こえる。
「絶対に死なせない!」
――もういいだろ。うん。大丈夫。ちょっと休むだけだから。
そういえば、君は「会いたかった」って言ってた。あれは、どういう意味だった?
たしかに。なんだか久しぶりに会った気がするのに、ごめん。
でも、会えて嬉しかったな。なんでかわからないけど。
唇に熱いものが触れた。
止まりかけていた心臓が、再び熱く鼓動する。
瞼を開くと、目の前に初めて見る君の泣き顔があった。
『熱い鼓動』