川柳えむ

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 ボトルメール。
 瓶に詰められ、川や海に流された手紙のことだ。
 実際にやったことはない。その辺のゴミになってしまうかもしれないから。
 でも、ボトルメールを体験する方法があった。
 そういうサイトやアプリが存在していたから。

『ボトルメールやろうぜ』

 ネット上の掲示板を漁っていたら、そんな投稿を見つけた。サイトへのリンクも貼ってある。
 面白そうだと思い、試してみる。
 画面上には現実には存在しない海と砂浜が表示されている。
 しばらく待っていると、その砂浜に瓶が打ち上げられた。
 瓶を開き、中の手紙を広げる。
 英語で何かが書いてある。英語は不得意なので、よくわからない。
 それでも、なんだか胸が躍った。地球上の知らない誰かと、いつ送られたかもわからない手紙を通じて繋がれた。
 自分も手紙を書いて、瓶に詰めて流してみる。

『こんにちは。こちらは日本です。元気ですか?』

 そんなしょうもないことを書いて。
 また次の手紙が流れてきた。そこには、同じ掲示板を見たであろう人の、ふざけた文章があった。
 これはこれで面白かった。あー同じの見て始めたんだなって。きっと他の国の人には迷惑だっただろうけど。

 それから、たまにそのサイトを開くようになった。
 誰に届くかわからない。返事だって来るわけじゃない。
 それでも、たくさんの人が、誰か特定の人に宛てたでもない手紙を読むのが、そして自分も、わからない誰かに向けて書くのが、楽しかった。

 それから時が経ち、そのサイトの存在も忘れた頃、あるアプリが流行った。舞台が海ではなかったものの、そのシステムはまさしくボトルメールだった。
 楽しくなって、またいろいろな手紙を発信した。
 誰かに届いたのかもわからないが、それでも楽しかった。
 たまに、SNSにアプリのスクリーンショットを載せている人もいたから、誰か載せてないかな。なんて期待して検索してみたりして。

 また時が経ち、ふとそのアプリの存在を思い出した。スマートフォンを変えるのに、引継ぎができなかった為、そのタイミングでやめてしまっていた。
 急にやりたくなって、アプリを探した。見つからない。
 調べてみると、どうやらサービスが終了してしまったようだ。そうか。それはもうどうしようもない。仕方がない。
 じゃあ、あのサイトはどうかな?
 ボトルメールを始めるきっかけになった、あのサイト。サイトの名前も思い出せないけど。
 でも、掲示板のことは覚えている。
 投稿を検索すると、アーカイブが出てきた。そこに貼ってあるリンクをクリックしてみる。
 ――サイトには、繋がらなかった。
 もう存在していなかった。
 それはそうだ。あれから何年経ったと思っている。その後に出たアプリすら終わっているんだ。当たり前だ。もう、ない。

 今はSNSが普及しているから、そもそも必要がないのかもしれない。
 だとしても、あの時の、誰と繋がれるかわからないワクワク感が、自分のことを知らない誰かに届けるドキドキ感が、すごく良かったんだ。

 私が、みんなが、あの海に流したボトルメールは、波にさらわれ、そのまま消えてしまった。

 それでも、あの海と砂浜が、私の心に残っている。
 存在しないあの景色にまた出会えないかと、今もまだ探している。


『波にさらわれた手紙』

8/3/2025, 2:21:14 AM