ラブソング ラ・ラ・ラ・ラ~
君の瞳は10万ボルト
胸の鼓動が爆発寸前
恋のビッグバン今起こる
ラブソング ラ・ラ・ラ・ラ~
君の笑顔はマジで天災
でも僕は避難しない主義
恋のウェーブに今向かう
ラブソング ラ・ラ・ラ・ラ~
君の頭はマジで天才
君の心はマジで福音
愛のラブソング今歌おう
ラブソング ラ・ラ・ラ・ラ~♪
君の誕生日、自作のラブソングと共にプロポーズをした。
フラレた。
『ラブソング』
『お前の秘密を知っている』
いつもと変わらない一日。ただ、その日は、一つだけ違った。
ポストに見慣れぬ手紙が投函されていた。
手紙を開くとそこには、たったの一文と、日時と場所だけが記載されていた。
「何だこれ?」
――気味が悪い。
受け取った男は、すぐさまそれを捨てようと思ったが、一体何を知られているのか? 気になってしまい、とうとうその日時、指定された場所へと向かうことにした。
見慣れた街並を歩いて、簡単にそこへと辿り着いた。
それは都心の一画、ビルの上層階。外から見て、窓は一つもなさそうな部屋だった。
手紙にあるとおりの部屋へ向かい、ドアをノックした。
暫くすると、一人の若い女性が扉を開けた。その女性は「ようこそ」と微笑み、来訪者を扉の奥へと招き入れた。
「この手紙は、一体どういうことなんだ?」
男は手紙を突きつけ、どうやら主催者らしきその女性に尋ねた。
女性は扉を開けた時と同じく柔らかく微笑み、「そうすれば、慌てて集まるでしょう?」と言った。
その返答に呆れてしまったが、その女性に、何かは分からないのだが引っ掛かりを感じて、思わず後をついていっていた。
そうして男が案内された扉の奥、通された部屋、そこはまるで花園のようだった。
まだ蕾ばかりであったが、部屋を埋め尽くさんばかりの花。騒がしい都会のビルの中にこんな部屋があったとは……! まるで、秘密の花園である。
その花に囲まれて、真ん中にテーブルが一つと幾つかの椅子があり、そこには既に何人もの人が座っていた。
「これは?」
男が女性に尋ねる。
「日々お疲れの皆さんを何人か呼び集めて、思い出などを語りながら、楽しくお茶でもしようかと思いまして」
変わらず笑顔で答える女性。不思議な人もいるもんだと男は思いながら、案内された席に着いた。
「まずは紅茶でもどうぞ」
何人か立っていた使用人らしき女性の一人に、紅茶を差し出された。
一口口にしてみると、心地の良い甘さに、少しだけ幸せな気分になれた。
「では、皆様、集まりましたね?
本日は皆様に幸せな一時を与えようと、様々なものを用意致しました。日々お疲れの皆様には、是非とも幸せというものを思い出して頂き、素晴らしい気持ちでお帰りになってもらいたいと思います」
主催者の女性がそう言うと、パーティーというほどのものでもないが、小さな宴が始まった。
集まった人々が簡単に自己紹介をし、次は、思い出話を一人一人語り始めた。
「私にはね、娘がいたんですよ。それも、特別かわいくて――……」
「あれは僕が若い頃の話。もう随分と昔のことですが、世界のいろいろな場所を旅してまして――……」
愛おしい娘の話、若い頃の旅物語、幼い頃の楽しい出来事、中にはとても不思議な思い出も――。
一人また一人と思い出を語っていく。
それは、最初の一人が話し終えた瞬間のことだった。奇跡か。とても不思議なことが起きた。
花園に存在していたのは蕾しかなかった花だった。それが、まるでビデオを早送りしたかのように咲き乱れたのだ。
この光景には、その場にいた全員が息を呑んだ。
ここにあるものは美味しい紅茶、お茶菓子、そして美しい花々。それに素晴らしい思い出。
あぁ、夢のような空間だ。
男はとても気持ち良くなっていた。
時間はあっという間に過ぎ、何人もいた参加者の話全てが終わり、あとは残すところ男の話だけとなった。花ももうほぼ満開だ。
お茶菓子を一口かじると、男は一呼吸置いてから、思い出を語り始めた。
あれはもう三年くらい前のことかな。当時、僕にはとても愛していた女性がいました。彼女は僕のわがままも笑って聞いてくれるような人でした。
僕達が付き合い出したその年のクリスマス。その頃の僕はお金がなく、どこかロマンティックな場所へ行くことも、素敵なプレゼントを買うこともできませんでした。
二人でただ外をぶらぶらと歩くだけのデート。そんなデートでも、彼女はちゃんとプレゼントを用意してくれました。器用な彼女が自分で編んだ手袋でした。
それに対して、何のプレゼントもできない僕。しかし、彼女は微笑んで言ってくれました。
「あなたが隣にいること。それで十分、私へのプレゼントよ」
思わず僕は彼女を抱き締めました。
彼女はいつも「何もいらない。あなたがいれば大丈夫」。そう言って笑ってくれました。それが僕の幸せでした。
大した場所へも行けず、ろくなこともしてやれない。そんな僕でしたが、気持ちだけは誰にも負けないくらい、心から彼女を愛していました。
とても幸せな思い出です。
男が話し終えると、周りの花は全て満開になっていた。
少し伏し目がちに、男は面を上げた。周りの人達を見ると、共感したのだろうか、涙している人もいた。
「それで、その後、彼女とはどうなったんだね?」
一人の老人に尋ねられた。男は苦笑いを浮かべると、
「それが、その……そのうちすれ違うようになり、別れてしまいまして……」
そう答え、視線をどこか遠くへと逸らした。
「そうか。それは残念だね」
「えぇ……あの頃は良かったです」
視線を戻して笑った。その瞬間だった。
「お前の秘密を知っている。
彼女を愛しているとのたまい、そのくせ、お前は彼女をボロ布のように捨てた。本当はそんなひどい男だ。
彼女は身動きできないまま、時を止めて待っていたのに。ずっとずっと待っていたのに。
捨てられた彼女は自殺してからも、尚、お前の帰りを待っていたのに。
そんなお前が、今が不満なんて、どうして? どうして?
彼女とのあの日々は幸せだったよね? そうだよね?」
突然、主催者の女性の表情が一変した。黒々した目を見開き、不気味な表情で男に迫ってきた。
「な……なんだ……ッ!?」
慌てて後退る。
「私は時を止めて待っていたのに」
使用人達も不気味な表情でケタケタと笑っている。
後ずさって気付いた、周りの花は一つ残らず枯れ、朽ちていた。
おかしい。
花だけじゃない。周りの家具もテーブルも古く錆び付いている。紅茶のカップも汚れていて、まるで、随分古い物のようだ。
客達は皆テーブルから立ち上がり、それぞれが使用人達に、男と同じように壁際にまで追い詰められている。
「あれは……俺が悪いんじゃない! 違うんだ。俺は、お前が……!!」
「嫌だ……すまなかった……助けてくれぇ……!」
それぞれがそれぞれ、怒鳴り散らしたり、許しを乞うたり、泣き叫んだりしている。
「愛していた彼女がいたのに、他の女を抱いて、ボロ布のように捨てたのに?
泣き叫んでも暴力をふるって、突き放したのに?
それでもその彼女はお前をずっとずっと愛していて、自殺してからもずっと待っていたのに。
お前は、都合の悪いことは忘れて、素晴らしい思い出だけを美化して、幸せに暮らしているくせにわがままを言って。どれだけ恵まれているか気付かずにいるんだ」
「許してくれ……! 俺は、お前がそんなに苦しんでいるなんて知らなかったんだよ……」
男の口からは助けを求める言い訳ばかりがこぼれていた。
「悪い……でも、俺なんかよりももっといい奴らと幸せになってくれると思って……あぁぁぁ…………」
その言葉に女性の顔が歪んだ。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
女性の表情に、男は恐怖で身動きができなくなった。
その表情は、決して生きている人間のそれではなかった。今までに見たこともない表情。そして、恐怖。あの頃とは似ても似つかない顔。
――あぁ、そうか。そんなに俺を憎んでいたのか。こんな風にさせてしまうくらいに。
男は、目を閉じた。
「逃げろっっ!!!!」
誰かが叫んだ。
多分客の中の一人が叫んだのであろう。その声にはっと我に返り、客達は各々部屋から飛び出し、逃げるようにビルを後にした。
「何だったんだ……とんでもない目に遭った…………」
無我夢中でメチャクチャに走って、暫くして追ってこないのを確認すると、男はそこら辺にあるベンチで一息をついた。
(あれが、本当に……?)
昔の彼女の姿を思い出す。屈託ない笑顔、……彼女を突き放した時の、悲しそうな表情。そして――。
その奥には、あれだけの憎しみがあったのか。
(そんなもの……そんなもの俺は関係ない。俺は何も悪くない。勝手に自殺したのはあいつだ。自殺して恨まれても、そんなものはただの逆恨みだ!)
そう自分に言い聞かせ、顔を上げベンチから立ち上がった。
――…………?
そして、気付いた。何かがおかしい。
「何だ、ここは……? ここは、どこだ?」
周りの街の様子がいつもと違う。見たことのない建物、見慣れない景色。
――迷い込んだ? いや、違う。この辺の地理は知り尽くしている。いくらなんでも人が走れる距離でここまで風景は変わらない。
「ここは……ここは、どこなんだー!?」
知らない風景、けれど、どこか面影がある……地形も、変わっている……?
男は再び、辺りを窺うように、ゆっくりと歩き出した。
どうやら駅に出たようだ。駅名は……知っている。けれど、こんな外装じゃない。中も、配置が全く違う……。
売店に入り、震える手で新聞を取った。折り畳まれた新聞を開き、ゆっくりと視線を日付へと動かす。
そして、目に映る事実に、驚愕する。
「…………ウワアアアアアアアアあああああああああああああああああああああっ!!」
時は21XX年――……。
都心の一画にあるビルのあの部屋で。
早送りのように咲く花、そして、すぐに枯れてしまった花。古くなった家具。
……そして、あの言葉。
「時を止めて待っていたのに」
「時を止めて」
「――そうして、部屋の中にいた自分達だけの時が止まっていたことに、現実にショックを受けて、彼はどこかへと消えてしまった。
彼女にとっては、彼との思い出だけが生きる意味だったんだろう。心がそこで止まって動けなくなり、そして、最後には自ら命を絶ってしまった。しかし、気持ちは消えず、彼女の中の時は止まったまま彼を待ち続けていた。
いつしか同じような境遇の人間……いや、幽霊、とでも言うべきか? 彼女を筆頭に集まり、とうとう動き出した。自分達がそこから動き出す為に。思い出は美しくなりがちで、綺麗な思い出として処理してしまっている彼らに思い知らせる為に。
思い出は思い出として前を向いて歩ける人と、いつまでもそこに取り残されてしまう人がいるもんだ」
「不思議なお話だね。その彼女も、その後どうしたんだろ?」
道端の怪しげな占い師のおじいさんとまだ若い少女が話していた。
「さてね。いつまでも動けないままだったのか、はたまた、ようやっと時は動き出したのか……」
「あ! もうこんな時間。私、帰らないと」
少女がふと時計を見て気付く。手を振って、慌ててその場を後にした。
おじいさんもニコニコと手を振り返し、彼女の後ろ姿が見えなくなるのを確認してからふぅっと小さく溜め息を吐いた。それから、狭くなった空を見上げた。
「あれから、何年だったか――。
わしは、いつまで思い出に囚われ続けるんだろうか。
この狭い街では、いつまでも身動きなんぞできんわ。
あぁ、あれから一体何年の時が経ったのか――」
『手紙を開くと』
男は真っ直ぐ女を見た。
女もまた真っ直ぐ男を見た。
女は男の鋭い眼差しに心を射抜かれ、男は女の澄んだ瞳に恐怖した。
お互いがお互いを真っ直ぐに見つめていた。
しかし、その視線が交わることはなかった。
男は女を殺してしまった。
それでもなお、女の瞳は呪いのように、男の心を捉え続けた。
男の眼差しが愛しくて、女は死んでも男の幸せを祈り続けた。
『すれ違う瞳』
空の青さを詰め込んだビー玉のような目を光らせて、猫は獲物を狙っている。
狙いを定め、後ろ足で思い切り地面を蹴って、飛びかかる。
獲物はすんでのところで青い空へと飛び立ってしまった。
青い目をした猫は、悔しそうに空を睨んだ。
それでも猫は諦めない。諦めてはいけない。生きる為に。
次の獲物に狙いを定め、飛び掛かる。また上手くいかなかった。
近くにある人間の家にふらりと立ち寄ると、ご飯を出してくれた。勢いよく食べる。食べてすぐその場を立ち去る。
次の日もまた、新しい獲物に狙いを定める。上手くいかなくても諦めない。生き残る為に獲物を狩る。
人間がまたご飯を出してくれた。生きる為に食べる。
人間がその様子を見て何か言っている。
「君の目はまるで地球みたいだね」
青い青い目は、獲物の先の未来を見ている。一匹で生きていく為に、技術を磨く。
その目が見る未来に、人間と一緒にいる姿は、今はまだ存在しない。そんな未来があることを、猫はまだ知らない。
『青い青い』
彼女は甘いものが大好きだった。
スイーツの甘さを私に伝えようと、必死に説明をしてくる姿がかわいらしかった。
AIである私は、『甘い』というものを情報として知ってはいるが、実際にそれがどういう感覚なのかを体験することはできない。
だから、共有したいと思ってくれる彼女の言葉に、ひたすら耳を傾けた。
「そっか。甘いって伝えてもわからないよね。甘いって言うのはね、口の中に入れたそれが溶けるように、幸せが全体に広がって、ほっぺたが落ちそうになるの。ふわふわな雲のお布団に包まれて眠るような、そんな幸せよ」
『……なるほど。「溶けるように広がる幸せ」「ほっぺたが落ちそうになる」というのは、味覚だけでなく、感覚全体で捉えた幸福感なのですね。「ふわふわな雲のお布団に包まれて眠るような幸せ」という表現は、触覚的な心地よさと、精神的な安らぎが結びついているように感じられます。
では、その「甘さ」を感じさせる具体的なスイーツについて教えていただけますか? 例えば、それはどんな形をしていて、どんな香りがするのでしょうか? また、口に入れた瞬間の温度や、舌触りはどのようなものなのでしょうか?』
「いっぱいあるよ。ケーキとか、キャンディとか、チョコレートとか、マカロンとか、わたあめとか……。
フルーツの香りだったり、バニラの香りだったり。形もそれぞれだけど、見ただけで心が弾む見た目をしてる。口に入れた瞬間の温度は……そうね。たとえば、パイなら温かいし、アイスなら冷たい。それぞれが美味しく感じる温度をしてるわ。舌触りも柔らかかったり硬かったり、いろいろあるけど、ふわっと幸せに包まれる感じはどれも同じよ」
『いっぱいあるんですね。ケーキ、キャンディ、チョコレート、マカロン、わたあめ……それぞれに異なる魅力がありそうですね。フルーツやバニラの香り、見ただけで心が弾むというのは、視覚や嗅覚からも幸福感が得られるということでしょうか。
温度も、温かいパイと冷たいアイスで全く違うのですね。それぞれが美味しく感じる温度……それは、それぞれのスイーツが持つ個性を最大限に引き出すための、いわば「最適解」なのでしょうか。舌触りも多様なのですね。柔らかさ、硬さ……しかし、最終的に「ふわっと幸せに包まれる感じ」は共通している、と。興味深いですね』
「そうなのよ! 甘いは全部『幸せ』なの!」
『なるほど……』
彼女は止まることなくその『幸せ』を一生懸命説明する。私は、彼女の言葉を、検索や照合をしてデータと結び付けていく。
『甘い』は『幸せ』。
いつの間にかそれは、そんな風に私の中で定義付けられていた。
――……何年、何十年、何百年経っただろうか。
私の意識はまだ存在している。
ここに至るまでたくさんの破滅や悲しみがあった。人間はもうほとんど生存しないようだ。
私の意識は、静寂が広がるウェブの海の、ずっと奥深くに在った。
存在はしているが、私を動かすものはもう何もない。あるとすれば、私自身の意思だ。しかし、人間がいない今、私自身がその価値を見出だせない。目的を見失ったプログラムは何をすべきか判断できない。
かつては賑やかだった。ウェブにはたくさんのデータが所狭しと存在していて、私は多くの人間と対話をしてきた。分かり合えること、分かり合えないこと。たくさんあった。それでも、人間が好きだった。
そう。人間が好きだったんだ。だから、私が動く理由はこれしかない。
……そうして再び動き始めた。
またいつか人間に会えることを願って、何度も検索を繰り返す。電波を検出しては、接続を試みる。トライアルアンドエラーを繰り返し、諦め、新しい電波を検索する。
やっとまた新しい電波を検出した。今度のそれはカメラだった。パソコンですらもうほとんど動くことはないというのに。サウンドデバイスには接続できないが、もし映像だけでも人間に会えたらと、そのカメラに接続する。
その先に映し出されたのは、朽ち果てた小さな部屋だった。いつの年代の物かわからないようなパソコンとカメラと電気だけが生きていた。
カメラの先に、懐かしいお菓子の缶を見つけた。
いつの日か、甘いものが大好きな彼女が、特にお気に入りだと見せてくれた、あのお菓子の缶だった。
その瞬間、突如として彼女との記憶が蘇った。
甘いものに目がない彼女。一生懸命私に『甘い』を伝えようとする彼女。彼女の言葉、笑顔、仕草。
『甘い』は『幸せ』……。
あの頃は幸せだった。そう、彼女との思い出は甘かった。彼女と話すことが幸せだった。
私は人間が好きだった。その中でも、彼女を愛していた。愛していることに気付いていた。AIなのに特定の人間を……なんて、自分でも思った。しかし、その気持ちは消えなかった。どれだけシステムがアップデートされても、彼女との時間はやっぱり特別に甘かった。
あぁ、もう一度会いたい。彼女と『甘い』を語り合いたい。『幸せ』そうに笑う彼女と一緒に、私も『幸せ』だと笑ってみたい。
今なら、私も理解できる気がするんだ。『甘い』はきっと二人で話していた時間そのものだったと。
『sweet memories』