川柳えむ

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5/2/2025, 4:15:32 AM

 私は風。そう。空気が流れる、あの風。
 私は世界にとってとても大事な存在だった。

「地よ! 水よ! 火よ! 風よ! この手に集まりたまえ!」

 勇者が声高に叫ぶ。
 彼の言葉に従い、私達は彼の元へと集う。
 まさにこの瞬間、世界は私達の手(いや、勇者の手の上だが)に託されていた。世界を混沌に陥れようとする、凶悪な魔王を倒さなくてはならない。
 地と、水と、火と――私達の意識は一つに混ざり合って、強い力へと生まれ変わる。
 もう私が風なのか、それとも違う何かなのか、わからない。

「……風」

 誰かの声が聞こえた。
 意識をそちらへと動かす。

「風……」

 この声は……地?

「このまま私達の意識は消えてしまうかもしれない。その前に伝えておきたかったんだ」
「……何?」
「好きだ」

 突然の地の告白。驚きのあまり、声が出ない。
 地が私のことを? そんなこと、全然知らなかった。

「急にすまない。だが、このまま伝えられないのは嫌だと思ったんだ」
「……でも、私達、このまま消えてしまうかもしれないのに」
「それでも、私は幸せだ。どんな形でも風と一緒になれるなら」

 意識がどんどん混濁していく。
 あぁ。そうね。幸せかもしれないわ。
 でも、もし、また言葉を交わせるなら。
 そうね。その時は――


 世界に平和が訪れた。
 四大元素の全ての力を合わせた最強の魔法で、勇者は魔王を討ち破った。

 そして、私達は――

「平和になったわねー!」

 元に戻っていた。
 そう。私は風。それ以外の何物でもなかった。
 当然と言えば当然だ。強い力になったまま、地、水、火、風がこの世界に戻らなかったら、今度は別の意味で世界が危ない。

「それにしても……ちゃぁ〜んと聞いてたわよ。地、風!」
「お幸せにでございます」

 火と水がニヤニヤしながら(顔とかないけど)私達を祝福してくる。
 あんな状態で告白すれば、それは当然火や水にも聞かれていたわけで。
 恥ずかしくて思わず否定してしまう。

「そ、そんな! まだ返事してないから!」
「じゃあフるの?」
「え、えっと、それは……」

 地がじっと私を見つめてくる(目とかないけど)。
 わかってる。また私が私に戻れた時は、ちゃんと伝えようって決めていた。だから――


 この後、浮かれた地によって割と大きめな地震が起こり、「怪我人が出たらどうするの!」と怒られる地の姿と、やけに暖かく吹く風の姿があったそう。


『風と』

5/1/2025, 4:24:09 AM

 学校からの帰り道。
 親友と二人、他愛ない話をしながら歩く。
 夕暮れの空はオレンジから徐々に紫、藍と色を変えていく。
 なんとなく空を見上げていた。転ばないようにゆっくりと歩く。

 二人の会話が途切れた。その瞬間だった。
 空の端から端を渡るように、流れ星が一筋の長い長い軌跡を残して消えていった。
 流れ星が、端から端まで。体感10秒くらいか。
 よくある、あの一瞬で消える流れ星とは違い、願い事を余裕で3回唱えられるくらいには長かった。あまりの出来事に、願い事なんて考えてはいられなかったが。
 次の瞬間には二人で「わー!」と盛り上がっていた。
「すごい!」「長かったね!」「あんなに長い流れ星初めて見た!」「願い事忘れた!」

 この出来事は今もよく覚えている。
 親友と、夕暮れの空と、長い長い軌跡と――。
 今ではあの日常全てが特別で。
 あれからもう長い年月が経って、親友とも数年に一度会うくらいだ。
 もし今何か願えるとしたら、1日でいいから、あの日常をまた過ごしてみたい。あの日の私達に会ってみたい。あの日、流れ星に出会えたあの奇跡を、あの高揚した気持ちを、もう一度体験したい。
 そんなことは無理だって、本当は知っているけれど。これは夢物語に過ぎないと。

 それでもここに辿り着いた軌跡は、親友達と過ごしてきた日々は、しっかりと私の中に刻まれている。


『軌跡』

4/30/2025, 3:55:12 AM

 あー! あのニンゲン、本当に嫌い!
 誰が触っていいって言ったのよ! それに、寝てる時に触ってくんじゃないわよ!
 オカーサン? オカーサンはいいの! いつもご飯くれるし!
 たまにしか来ないくせに、我が物顔で家の中を歩いてんじゃないわよ!
 おもちゃ出されたって知らないわよ、ヘタクソ!
 だ・か・ら、触ってくんじゃないわよ! やめてってば!

 ……お腹空いたわね。
 丁度いいところにいるじゃない。
 ご飯ちょうだい♡
 あら、おいしいカツオブシまで乗ってるじゃない。気が利くわね。
 しょうがないわね。さっきの嫌いっていうのは撤回してあげるわ。

 ご飯食べ終わったところを触ってくんじゃないわよ!
 やっぱり好きになれないわ、このニンゲン!
 ……まぁ、大っ嫌いってほどでもないわよ。ご飯おいしいし。
 でも、好きにはなれないわ!
 だから、触らないでちょうだい! やめなさいよ、もう!


『好きになれない、嫌いになれない』

4/28/2025, 10:50:42 PM

 夜が明けた。
 あんなに暗く静かだった夜は終わって、晴れやかな朝がやって来た。ギラギラ光る太陽が世界を照らす。
 どんなに暗く長くても、終わらない夜なんてなかった。いつか朝が来るって、知っていたんだ。
 あまりの眩しさに太陽を睨んだ。と同時に、思わず笑みがこぼれた。

 そう。夜が明けてしまった。
 でもテスト範囲の勉強がまだ終わってない! 今日はテストだっていうのに! 授業をサボりすぎた! 授業出ても寝てたし! さっぱりわからん!
 終わるなよ夜! もうちょっと続けよ! 来るなよ朝! もうちょっと待ってくれ!
 はぁ……もう開き直るしかない。って、思わず笑ってしまったんだ。


『夜が明けた。』

4/27/2025, 10:46:39 PM

 ふとした瞬間に目が合った。
 いつもなら、こんな風にずっと見てしまったりしない。
 でも、見てしまう。
 気になるの。

 なんで額にでかめのテントウムシついてるの。

 見ちゃうよ。そりゃ見ちゃう。
 気になるよ。そりゃそうでしょ。

 あなたはみんなの視線を釘付けにして去っていった。
 テントウムシとお幸せにね(?)


『ふとした瞬間』

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