川柳えむ

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 私は風。そう。空気が流れる、あの風。
 私は世界にとってとても大事な存在だった。

「地よ! 水よ! 火よ! 風よ! この手に集まりたまえ!」

 勇者が声高に叫ぶ。
 彼の言葉に従い、私達は彼の元へと集う。
 まさにこの瞬間、世界は私達の手(いや、勇者の手の上だが)に託されていた。世界を混沌に陥れようとする、凶悪な魔王を倒さなくてはならない。
 地と、水と、火と――私達の意識は一つに混ざり合って、強い力へと生まれ変わる。
 もう私が風なのか、それとも違う何かなのか、わからない。

「……風」

 誰かの声が聞こえた。
 意識をそちらへと動かす。

「風……」

 この声は……地?

「このまま私達の意識は消えてしまうかもしれない。その前に伝えておきたかったんだ」
「……何?」
「好きだ」

 突然の地の告白。驚きのあまり、声が出ない。
 地が私のことを? そんなこと、全然知らなかった。

「急にすまない。だが、このまま伝えられないのは嫌だと思ったんだ」
「……でも、私達、このまま消えてしまうかもしれないのに」
「それでも、私は幸せだ。どんな形でも風と一緒になれるなら」

 意識がどんどん混濁していく。
 あぁ。そうね。幸せかもしれないわ。
 でも、もし、また言葉を交わせるなら。
 そうね。その時は――


 世界に平和が訪れた。
 四大元素の全ての力を合わせた最強の魔法で、勇者は魔王を討ち破った。

 そして、私達は――

「平和になったわねー!」

 元に戻っていた。
 そう。私は風。それ以外の何物でもなかった。
 当然と言えば当然だ。強い力になったまま、地、水、火、風がこの世界に戻らなかったら、今度は別の意味で世界が危ない。

「それにしても……ちゃぁ〜んと聞いてたわよ。地、風!」
「お幸せにでございます」

 火と水がニヤニヤしながら(顔とかないけど)私達を祝福してくる。
 あんな状態で告白すれば、それは当然火や水にも聞かれていたわけで。
 恥ずかしくて思わず否定してしまう。

「そ、そんな! まだ返事してないから!」
「じゃあフるの?」
「え、えっと、それは……」

 地がじっと私を見つめてくる(目とかないけど)。
 わかってる。また私が私に戻れた時は、ちゃんと伝えようって決めていた。だから――


 この後、浮かれた地によって割と大きめな地震が起こり、「怪我人が出たらどうするの!」と怒られる地の姿と、やけに暖かく吹く風の姿があったそう。


『風と』

5/2/2025, 4:15:32 AM