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3/25/2025, 9:56:16 AM

▶139.「雲り」「もう二度と」
138.「bye bye…」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
花街から出ることを決意した子猫。
人形は、彼女をシブたちの元まで送り届ける役目を引き受けた。

「抱いてくれる?私のお人形さん」
「了承した。足はどうだ」
「大丈夫よ、少し赤くなってるだけ」

片膝をついた人形の膝に腰をかけた子猫は、
片方ずつ靴を脱いで、足の状態を確認している。

「自由に生きるって、やっぱり難しいのね」
「人間も私のような人形も、学ぶことで徐々にできることが増えていく」
「そうね。めげずに少しずつ歩くわ」

問題ないと判断した人形は、靴を元の通りに履かせ、
子猫を横抱きにして歩き出したのだった。


このように、幼少期のお使い以外で館の外へ出ることが無かった子猫にとって、街の外へ出ることも、もちろん野宿も初めての経験だったが、人形には苦痛や疲労もない事が幸いし、大きなトラブルに発展することなく済んだ。

無事に子猫をシブたちに託した人形たちは、もとの旅へと戻っていった。



そして次の春が来た。

その間に、
子猫は新しい環境に馴染み、
シブとクロアの子が無事に生まれた。


「羽ノ動キ、悪イ」

ナトミ村までの進路最適化については人形とナナホシは折り合いがつかなかったため、前年と同じルートを使った。ナナホシは、フランタ国に戻る頃には羽のひとつが動作不良を起こして安定的な飛行が出来なくなっていた。

「安全のためには、飛ばない方がいいだろう」
「モウ二度ト、飛ベナイ?」

ナナホシは揺れる人形の肩の上で、
動きが悪い右の後ろ羽を、脚も使って広げながら質問した。

「その体を修理しない限りは、そうだ」
「ソレハ、✕‬‪✕‬‪✕‬ニトッテ悲シイコト?」
「…いいや。私には、悲しみを始めとする感情は備わっていない」
「ソッカ」

人形は一旦歩みを止めてナナホシを手のひらへ移動させ、
そっと脚をおろし、後ろ羽は丁寧にたたんで収めた。

「次の冬は、ナトミ村で情報を得られるだろう」
「ソウダネ」

ナナホシもそれに逆らわなかった。


今回の旅でイレフスト国の南東にあるナトミ村に行ったら、
村長が技術保全課のヤンという男からの手紙を預かっていた。

そこには、こう書かれていた。

私はヤン。管理人のホルツと名乗った老人の後継ぎだ。
あの時弱っていた君の友は回復しただろうか。
君の友に関して、提供出来る情報がある。

この冬に会うことが出来なかったなら、
次の冬の同じ日にナトミ村に来て欲しい。

追伸、軍の厳戒態勢は解かれたが、
君のことをまだ諦めていない。気をつけるように。


「後継ぎとは、どう解釈するべきだろうな」
「人間ノ言葉、難シイ」
「そうだな」

見上げた空は雲り、ちょうど太陽も隠されている。
しかし、もう二度と出てこないということはない。

上空では風が強いのだろう、すぐに陽光が差し始めた。

人形は強すぎる光から目を逸らし、次の場所に向かって歩き始めた。

3/23/2025, 9:47:56 AM

▶138.「bye bye…」
137.「君と見た景色」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
事務室の本棚にある書類を漁っていた子猫が、
とある箇所に目をとめ指で辿り、やがて顔を上げた。

「女将さん。私、決めました」
「どうすることにしたの?」

帳簿を付けていた私は、顔も上げずに子猫に問いかけながらも、
どっちも断って店にいてくれと願う自分を抑えるのに必死であった。

「はい、子猫はお人形さんと一緒に外へ出たいです」
「…そう。なら、残りの金は彼に払ってもらおうかしらね」

そのせいか、言うつもりもなかった意地の悪い言葉が出た。
今までの金額を考えれば、あと少しとはいえ。
残りの金をまとめてとなれば少々大きい。

とはいえ、これに関しては逃げ道があるのも知っていた。
子猫が見つけたのも、それだろう。
口に走る苦みを隠して、私は帳簿をつける手を止め顔を上げた。

「あら、女将さんともあろうものが出張営業制度のことを知らないなんてことはないでしょう?それに、私。知ってるんだから」

「何を知っているというの?」

言葉の不作法には触れず、話を促せば。
口角をつり上げ意地悪い表情を作った子猫は、私との距離を詰めて耳打ちした。
「お人形さんのお名前、姐さんがこっそり変えてくれてたのよね?」

姐さん。なんて懐かしい呼び名だろう。

ちらりと目線を向ければ、確信に満ちた顔の子猫が、満面の笑みを見せた。

「はぁ、はいはい、降参よ。まったく意地の悪さは誰に似たのかしらね」
「もちろん姐さんよ、嫌がらせに強くなれ強くなれって意地悪ばかりして」

「それは悪かったわね」
「ううん、姐さんが罪悪感に泣いていたの、こっそり見てたから大丈夫よ」
「まぁ!本当に子猫ったら!…っふ、ふふっ」
一頻り二人で笑って。
そして、やっと私は決心がついた。

「…子猫は、それでいいのね?」
「ええ」






それから3日後。

「女将さん、お世話になりました」
「子猫、体に気をつけるのよ。‪✕‬‪✕‬‪✕‬様、よろしくお頼み申し上げます」
「ああ、分かっている」

二人で笑った日の夕暮れ、花街の目覚めと共に来店した私のお人形さん。
彼は女将と出張営業制度を使った契約を結んだ。

それは本来、お客さんがどうしても店の女を外に出したい時に使うもの。
店の女でも知らない子が多いくらいだからお客さんなんてもっとだ。
もちろんお金は余計にかかる。

期間は無期限。
金額は姐さん割引で私が自身を買い切れるまであと少しだった分と年利がほんの少し。

思い出せたから良かったけど。
何も言わないなんて、姐さんの意地悪は健在だ。

だけど、だけれど。
それが寂しさの裏返しだなんてことはお見通しなんだから。

「女将さん、ううん。姐さん。本当に今までありがとう。私、必ず私を買い切ってみせるから」
「ええ、期待しているわ。でも辛くなった時は、」

湿った声を断ち切るように一度言葉を切った女将は、ちょっと口角をつり上げて悪い顔をして見せた。

「ここにおいで。特別にタダで遊んで差し上げるわ」
「まぁ、女将さん自ら遊んでくださるなんて光栄です。そのお見事な芸、楽しみにしていますわ。行きましょ、私のお人形さん」
「ああ。もういいのか」

「ええ。さよなら、女将さん。お元気で」
「さよなら、子猫」


‪✕‬‪✕‬‪✕‬の腕に手を掛け、女将に、館に、背を向けて歩き出す。
馴染んだ匂いが遠ざかっていく。

花街を区切る門をくぐって、やっと後ろを振り返った。
‪✕‬‪✕‬‪✕‬も、私に合わせて足を止めてくれた。


成長してからは初めて花街の外へ出た。

それは、ずっと叶えたかった夢だった。
でもなんだか、あの場所に戻りたくて仕方ない気もする。

館は他の建物に隠れて見えない、近くて遠い距離。
私が何も言わずに顔を前に戻せば、‪✕‬‪✕‬‪✕‬は1歩踏み出した。
釣られるように私も歩き始めた。

「さよなら(bye bye)…姐さん…」

頬をひとしずく、涙が伝った。

3/22/2025, 9:45:26 AM

▶137.「君と見た景色」
136.「手を繋いで」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
日が沈めば、花街は目覚めの時を迎える。

クロアとの買い物の後。
ひとまず聞いてみるだけでもお願いしたいと託された人形は、翌日シブたちの住む街を出発した。
そして首都を挟んで北にある街の一角、花街にやってきたのだった。



カラン、コロン

ドアが開いた拍子に、上の壁から吊るされた板同士が擦れ音が鳴り、
一番乗りで来た客の入店を知らせた。

「いつもご贔屓にありがとうございます、‪✕‬‪✕‬‪✕‬様。今宵も子猫をご指名でしょうか?」
「ああ。だが遊びに来たわけではない。女将も呼んでくれ」
「かしこまりました。まずはお部屋にご案内いたします」



人形が案内されたのは、子猫専用の個室だ。
中央にはソファとテーブルがあり、
隅には抱えて弾く形の弦楽器が立て掛けられている。
窓からは店にいる女たちの自室と繋がる渡り廊下が見える。

ソファに座った客は、自分の指名した女が廊下を渡ってくるのを今か今かと待ちながら、その期待を肴に酒を呑むのだ。

ソファに腰をかけた人形の前に酒を置き、
案内役は部屋を辞したのだった。





「お待たせいたしました」

私と子猫が部屋に入った時、彼は静かにソファに掛けていた。
今回も酒に手をつけた様子はなかった。

これは初めて店に来た時から変わらない。


「今夜は話があって来た。女将も子猫も掛けてくれ」
「かしこまりました。失礼いたします」


「それで、私のお人形さん。話って?」
子猫が話を振る。
その呼び方は何年も容姿が変わらないことを揶揄しているのだろうが。
私が最初に聞いた時はヒヤリとしたものだ。
しかし彼は淡々と受け入れ不快な様子を見せたことはない。

「ああ、…」
彼の話が終わると、子猫は私の顔をサッと見た。
服屋の妊婦の世話、しかも相性が良ければそのまま長期雇用とは。
確かに子猫にとっては良い話だ。

「どうした?」
「実は他で身請け話が持ち上がっておりまして」

だからといって。
ああ、もう本当に。彼の前では腹芸の1つもしやしない。
仕方なく事情を話せば、あっさりと彼は受け入れたようだった。

「そうか。こちらの話は以上だ。勘定を頼む」
「いえ、いえ。本日は結構でございます」

「では、これで子猫に時間を作ってやってくれ。明日また来る」
チャリン、といくつか硬貨が置かれた。
彼は見送りは要らないから子猫についてやれと言って立ち上がる気配を見せた。
そう言われても、はいそうですかと受け入れることは出来ない。
私は慌てて玄関の方へ通じるドアを開け、
廊下に待機していた従業員に目配せをして彼を部屋から送り出した。

部屋の中へ向き直ると、
子猫は置かれた硬貨をぼんやり見つめていた。
仕事中の態度としては本来なら説教ものだが、
黙って隣に座り、話し始めるのを待つ。

「女将さん、私…どうしたらいいのかしら」

長い無言の後、ポツリと子猫が呟いた。

「どうしたらも何も、夢が叶う良い機会じゃない」
「でも…」
「調弦でもしながら考えるんだね。気持ちが落ち着いたら部屋においで」

これ以上は子猫自身が考えるべきことだ。
私は酒を回収し、子猫と硬貨を置いて個室を出た。

「今日の子猫は店じまいでいいよ」
「承知いたしました」

酒を戻しながら番頭に伝え、事務室に向かう。

歩きながら、あの日は番頭として同じ道をはしたなくも走ったなぁと。
初めて子猫が店に立った日のことを思い浮かべてしまった。


彼は、まだ少女だった子猫が初めて連れてきた客だった。

母親が病に倒れ、自分を買えと強い決心を見せた子猫。
だが後ろ盾がなくなった花街の子に、周りの子供は容赦がなかった。

お使い中に泣きべそをかいていたらしい子猫を店まで送ってくれたのが彼だ。

「私のお客さんよ」

その時に付いた子猫の名にふさわしく、
幼い顔をツンと上げ、言い切った日。

まだ楽器も行儀も見習いとはいえ店の女が、自分の客だと言っているのだから退けることは出来ない。

まだ花街も眠る真っ昼間。
慌てて整えた個室は、子猫の母親が使っていた部屋だった。



さすがに見習いを一人残していく訳にはいかない。
何かあった時のために私は後ろで控えていた。

技術は拙いながらも誇らしげに瞳を輝かせていた子猫。

あの時、彼と見た景色。
彼とではなく仕事としてではなく。
ただの遊びで、あの子の母親と見たかった。


それから、子猫が成長して他の客も迎えられるようになっても、
彼との関係は途切れずに続いた。

自室に招くようになった時は、まさかと思ったが、
しかし関係性は変わらずに過ごしているらしかった。


だから彼の容姿が何年経っても変わらないことに触れずにきた。
他の女たちはさりげなく配置転換をして、
客につける二つ名すらも、女将に内緒でこっそりと変えた。


子猫があまりにも懐いているから。
母親が亡くなっても気丈に過ごす彼女から、これ以上何も取り上げたくなかったから。

そして子猫には今、とある有力者から身請け話が持ち上がっている。
店の利益だけで言えば、どうすればいいかなんて考える余地もない。
それに身請け自体だって悪い話じゃない。自分を店に売った女を客が買い受けるのは、大抵自分の嫁にするためだ。若いうちに店を辞められるなら、それに越したことはない。

こんなことは他の女に示しがつかないのだが、
考えろと彼女には言ったが断ってほしいのが本音だ。
友人の忘れ形見を金銭には変えたくなかった。


そこに来たのが、彼だ。


他に身請け話が持ち上がっていると聞いても表情は静かなまま変わらなかった。

まるで本物の人形のように。


あの静かすぎる表情が脳裏に焼き付いて離れない。
私の隣に座っていた子猫は、あれを見てどう思っただろう。



彼女は、何を選ぶだろう。

3/21/2025, 9:42:35 AM

▶136.「手を繋いで」
135.「大好き」「どこ?」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
夜中から降り始めた雨が、まだ続いている翌朝。

「おう、今日はずいぶん冷えるな。話はまとまったか?」
「まだだ。ナナホシの威嚇行動を止められはしたが」
「プンプン」

ナナホシの活動への悪影響を減らすために別行動を取りたい人形と、
マスターと長期間離れることを拒否しているナナホシ。

対等な立場であると契約を結び手を繋いだメカ同士であるからこそ、お互い譲ることができずにいた。

「折衷案とかねぇのか?」
「私もナナホシも設定されたルールの中で活動している。そこから外れるには特定の条件が揃えることが必要だ」

「そういうもんなんだな」
「ああ、一晩世話になった」
「おう、礼なら要らねぇと言いてぇところだがな、✕‬‪✕‬‪✕‬。クロアの買い物に付き合ってくれるか?エスコートと荷物持ちをして欲しいんだ」
「荷物持ちは良いが、エスコートとは?」
「雨で道が悪いからな。簡単にいやぁ手を繋いで歩くってこった」

人形たちは風呂屋で体を洗い流しナナホシも清潔な布で拭き磨きをしてから、
シブの家へと戻ってきた。
「おーい、クロア。帰ったぞ」
「ツヤツヤ」
「シブは器用だな。ではナナホシ、しばらく隠れててくれ」

「おかえりなさい、シブ。‪✕‬‪✕‬‪✕‬さんもいらっしゃい。ありがとう、お風呂屋さんに行ってくださったのね、まだ髪が濡れてるわ。こちらへどうぞ」

クロアに通されたのは台所で、かまどにはまだ火が残っていた。
それを見たシブがすぐに動いて薪を足し始める。

「‪✕‬‪✕‬‪✕‬さん、こちらで髪を拭いてくださいな。良かったら座ってらしてね」
布を渡し椅子をすすめたクロアは、かまどに小鍋を乗せて中をかき混ぜ始めた。

「簡単なものですけれども、召し上がって」
「ありがとう。いただくよ」

人形は、言葉の柔らかさを少し調整し、
運ばれてきたスープの入った椀を手に取る。

「あー、うめー」
「うふふ、良かったわ。ねえ雨は止んでた?」
「まだ降ってたが、じき止むだろうな。買い物だろ?そろそろだと思ってな。‪✕‬‪✕‬✕‬に頼んだぞ」

「もう、心配症なんだから。ゆっくり歩けば大丈夫よ」
「シブはあなたと離れることが不安なのだろ」
「おまっ、そうじゃねぇよ」

人形の差し込んだ言葉にシブが焦って否定しようとするが、
それはもう肯定と同じだ。
聞いたクロアは、ニコリと笑って態度を変えた。

「シブが安心するというなら、そうしてあげるわ。‪✕‬‪✕‬‪✕‬さん、お願いしてもいいかしら?」
「もちろんだ」
「ではお言葉に甘えてよろしくお願いしますわ。シブ、行ってくるわね」
「おう」


外に出ると、雨は止んでいた。
この町の道は水はけが良くできているが、歩いていれば所々ぬかるみもあるだろう。

人形なら手を繋がずとも反応できるが、できるだけ衝撃は少ない方がいい。
クロアと‪✕‬‪✕‬‪✕‬は軽く手を繋いで、喋りながら市場へと向かうのであった。

「いずれ店に人を雇いたいと思っていて。誰か良い人いるかしら」
「裁縫の腕なら、自分の服を仕立てたり毛皮も縫える人間を子どもの頃から知っている」
「まぁ!そんな方なら、店の方が放っておかないでしょうね」
クロアはコロコロと笑った。

「いつ頃から旅を?それとも、ご実家が近かったのかしら」
「その頃には旅をしていたよ。…私はこの国とは違う血が入っているらしくてな。若年期が長いんだ」

「そうだったの!若い時が長いだなんて、だから手も滑らかなのかしら?
こんなこと失礼かもしれないけど、羨ましく感じちゃうわ」
「滑らかさは気にしたことがないな。けど、怪我に強いのは確かだ」
「まぁー、シブが聞いたら驚くわねぇ」

「いらっしゃい。おやっ、今日は見慣れない人を連れてるねえ」
「ええ、旅の途中で寄ってくださったシブのお友達なの」

‪✕‬‪✕‬‪✕‬と手を繋いで尽きない話を続けながら、クロアは次々買い物を済ませていく。

「クロアは意見が対立した時、どう対処するんだ?」

「お客さまとだったら、まず相手の話をたくさん聞くわね。どうかしたの?」
「初めて旅仲間ができたのだが、旅の途中で彼の体には合わない地域があって。先に行って道を探してくると言ったのだが拒否されてしまってな」

「あらあら、その方とは今?」
「ひとまず話を保留にして、彼は自分の拠点で休んでいる」
「そう、そうなのね。早く仲直りできるといいわね…友達とか家族、仲がいい人とけんかになると辛いもの」

「家族とも?そうなった時はどうしているんだ?」
「シブや子供たちとは…うふふ、ケンカした時は手を繋いで話すようにしているわね」
最後を少し照れくさそうに言ったクロアは、繋いでいない方の手を火照りを冷ますように顔に当てていた。

「手を?」
「ええ、手を繋ぐと温かいでしょう?家族だと、もっと心地いいの。それに小さな傷を見つけたり、子供も大きくなったなぁって感じたり。そうすると気持ちが穏やかになってくるの」

人形から見たクロアは、誇らしげにも見える表情をしていた。
それを自慢というよりも家族への愛情故だろうと人形は分析する。

それに、買い物の途中で人形の手の温度をクロアのそれに合わせると、
明らかにクロアの緊張が解れた。
手を繋いで伝わるものは、生理的な温度だけではないのだ。

「そういえば旅の途中に、手を繋いで冬越えの無事を祈る村があった」
「冬の厳しい村なのね。もっと聞かせて?」
「ああ。あれは…」

話と話は手を繋いで、家に戻るまで延々と続いた。

3/20/2025, 9:08:03 AM

▶135.「大好き」「どこ?」
134.「叶わぬ夢」
133.「花の香りと共に」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
ナナホシと人形が出会って2回目の春が来た。

人形たちが旅の土産を渡しにシブの家を訪ねると、妻のクロアが出てきた。
「こんにちは、クロア」
「こんにちは、‪✕‬‪✕‬‪✕‬さん。お元気そうで何よりだわ」

「ありがとう、クロアも健在そうで何よりだ。シブはいるか?」
「それなんだけどね…」

裏手にある服屋が自分の店で、シブはそこにいるということだった。

「来ていただいて本当に申し訳ないのだけれど、そっちへ回ってくださらないかしら」

確かにこういった場合は呼びに行くことが多いが、だからといって向かわせるのが失礼という程でもない。それにしては、クロアは恐縮した様子であった。

人形は、気にしなくていいと伝えつつオリャンの瓶詰めを渡すと、クロアは、このジャムが大好きで嬉しい助かると言って前回よりも喜んで受け取った。


「喜んでもらえて良かった。では、失礼する」

そこに卑屈さはなかった。本当にそう思っているのだ。


「何か、ありそうだが。どうも不穏な問題ではない様だな」
「ウゥン、ウン」
「どうしたんだ?ナナホシ」
「クロア何カ違ッタ。何デ?分カラナイ」
「ふむ」

言われた通りの場所に向かうと、
ドアに閉店中という下げ看板がついた服屋があった。
‪✕‬‪✕‬‪✕‬がノックをしてみれば、のっそりと出てきたのは、確かにシブであった。

「おう、今年も無事で何よりだ。入れよ」

店の奥、作業スペースまで通されたが、シブ以外の人間はいない。

「この状況は一体どういうことなんだ」
「あー、簡単に言やぁ、まあ子供ができたんだ」

「ア、匂イ。前ト変ワッテタ」
「妊娠か」

「おう。上のが独立してそこそこ経つし、さすがに無理だろうってクロアとは話してたんだがな」

もぞもぞと人形の服のポケットから出てきたナナホシは、
前年に来た時とは違う、見慣れない場所に興味がある様子だった。
ちょこちょこと触覚を動かし確かめつつ、すぐ側にあった作業台から探検を始めた。


「そうなんだな。ほとんどの人間にとっては喜ばしい慶事だと記憶している。それから妊娠初期は重要な期間だとも。どうしてそのクロアと離れて生活を?」

「それなんだがな…」

言い淀んで、本物の虫のような動きを見せるナナホシをしばし注視したシブは、
‪✕‬‪✕‬‪✕‬に目線を戻し、話し始めた。

内容は、クロアが妊娠したらシブの匂いを受け付けなくなってしまって一緒に生活できなくなったということだった。

「いっくら本人が慣れてるって言ってもよ、長く家を空けるわけにはいかねぇ。今年は仕事を休むことにしたんだ。こんな時くらい家事のひとつでもふたつでも代わってついててやりてぇじゃねえか」

実際、前んときゃそうしてたんだからよ。

「それがよぉ…」

そう言って、シブは大きく息をついた。
とにかくよ、とシブは話を続けた。

「俺は我慢すりゃいい話だ。クロアは友達も多いからな、朝昼と様子見に来てくれてっから安心だ。問題は夜だよ、夜」

「ふむ」
「まぁ、お前にどうこうして欲しいわけじゃねえが、そういうこった」

ナナホシはミシンの上を探検していたが、端に寄りすぎて足を滑らせた。

「助ケテー」

「おお、お前、自分で戻れないのかよ…」

ミシン台に落ちてコロンとひっくり返っているナナホシを、
近くにいたシブが慌てて助け起こす。


その光景を見ていた人形は、ふと考えた。

「クロアの話だが、ナナホシはどうだ?」

「僕ガ?」
「こいつを?」

「みなが納得すれば、の話だが。実はナナホシと別行動したいと考えていた」
「エ!‪✕‬‪✕‬‪✕‬、ドコ?ドコ行クノ?」

今度はナナホシが慌てたように人形の元へ、文字通り飛んで戻ってきた。

「イレフスト軍の目を掻い潜りつつサボウム国の滞在期間を極力短くする進路を見つけたいのだ」
「なんでまた」
「ナナホシにサボウム国の空気が合わないのだ。既に活動に支障をきたしている」

「そうか、そうなんだな…」
数瞬、シブは痛ましい表情を見せたが、すぐにそれは隠された。

「つっても、そのまま諦める訳ないよな?」
「ああ、そのつもりだ」
「なら俺は歓迎だ。クロアも仕事柄虫は平気だしな」
「嫌ダ!‪僕ハ‪✕‬‪✕‬‪✕‬ガ大好キ!ダカラ✕‬‪✕‬‪✕‬ガ行クナラ、ドコニダッテ行ク!」

ナナホシは、ブブブ、と細かく羽を震わせて威嚇までしている有様だ。

「ずいぶん激しい反応だが、これは大丈夫なのか?」
「以前に3日ほど離れたことはあるが、ここまでの反応はなかった。だが、ナナホシも設計されたメカだ。プログラムにない動きは出来ない。マスターと長期間離れることのないようにするためだろう」


激情を見せるナナホシとは対照的に、人形はナナホシを冷静に観察していた。

「大好き、か。私は記録されているデータを使って人間の表情から感情を読み取れるが、私自身に感情はない。ナナホシのそれもプログラム上にある言葉か。どこの分野に記録されているのだろうな」


「はぁん、なるほど人形。確かにな」
人間なら、思わず絆される場面だ。
だが‪✕‬‪✕‬‪✕‬には、ちらとも心を揺り動かされた様子がなかった。


「ナナホシと話をする必要があるようだ。シブ、すまないがまた来る」
「おいおい、どこに行くつもりだ?話が出来る虫も、虫と話せる人間もいねぇんだぞ。小さい店だが、貸せる部屋ぐれぇある。なんなら泊まってけ」

人形の服にしがみついたまま今もなお威嚇を止めないナナホシを見下ろした人形は、

「そうさせてもらう」
と、答えたのだった。

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