▶143.「終わらない夏」
前話投稿いたしました。
144.「きっと忘れない」
ひとつずつ丁寧に畳んでいきたい。
その上に完結の二文字があることを、きっと忘れない。
いやいや忘れてないよ。
ただ畳んでも逃げていっちゃうんだ、あの子たち。
じっくり考えながら書いていきます。
▶143.「終わらない夏」
142.「ただ君だけ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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ナナホシは、ひとまず人形の変化には触れずにいることにした。
「✕✕✕、体、異常ナシ?」
服を木の枝にかけ終わって、今は髪を整えている人形に声をかけた。
「ああ。全て正常に作動している。ナナホシは」
「僕モ大丈夫」
「何よりだ。髪はダメだ、時間がかかる。先に荷物の方に取り掛かろう」
油紙に包んでいた背負い袋自体は無事だったが、
中に入れていた替えの服は傷んでいた。
「傷んではいるが、修繕をすればまだ着られそうだ」
「土ッポイニオイ」
「このまま干しておくか」
残りも全て出して地面の乾いた場所に広げていく。
服が着られるようになるまでには、まだ時間がかかりそうだった。
終わらない夏の日差し。
木々の隙間から光が降りてくる。
今は離れた場所にいるので見えないが、
川でも同じことが起きて水面が煌めいていることだろう。
「もっと北の土地では、もう秋の兆しが見え始めてもいい頃だな」
「ウン」
木の根元に座った人形が手を虚空へ差し伸べれば、
ナナホシは天を目指して登っていく。
指先に到達する前に、もう片方の手を上向きに添えれば、
ナナホシも、そちらへ乗り移って登っていく。
遊ぶように、手から手へ。
ちょこちょこと忙しなく揺れる背中の斑点は、
6つから減ってはいないが、ひとつが薄くなっていた。
人形は、そのひとつをしばらく見つめた後、
腕を下ろして、ナナホシが乗っている方の手を顔の前へもってきた。
「人間は通らなかったのか?」
「ウン」
「私の頭に巣を作ったという鳥は、ナナホシに危害を加えなかったか」
「僕ヲ見テ、マズソウッテ顔シテタ。デモ、助ケテクレタ」
「そうなのか」
「実ヲ、僕ニ分ケテクレタ」
「そうか…」
人形は、まだ絡まりの残る髪に手をやった。
「動かずにいることで、誰かの役に立つことがあるのだな」
▶142.「ただ君だけ」
141.「春爛漫」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「✕✕✕ノ、作ラレタ理由?」
「そうだ」
川岸に待機しているナナホシが、くりんと顔を傾けて尋ねれば、
背を向けて川の中にいた人形は、いつもの調子で頷いた。
ただ、ナナホシに顔を向けることはしなかった。
「言ってしまえば私は、ただ君だけに会うため、その為に作られた」
「僕ニ会ウタメ」
「そうだ」
「ソレダケ」
「動機となる要素はいくつかあったが、目的はそれだけだ」
ナナホシからの質問が止まると、両者の間にはしばらく沈黙が続く。
ちゃぷちゃぷと人形の立てる水音が不規則に跳ねる。
「✕✕✕、目標達成シタ」
「そうだ」
「✕✕✕、壊レル?」
「いいや、壊れはしないよ」
「ソウ…」
ナナホシにとって、一番大事な情報を聞けた。
だから喜んでいいはずだった。
でも違う。
もう、違う。
ナナホシには、それが分かった。
人間に寄り添うために作られたナナホシだから。
「✕✕✕、体モ服モ、キレイニナッタ」
「ああ、そうだな」
人形は、ナナホシの言葉を受けて服の水を慎重に絞り始めた。
1年以上風雨に晒され手入れもされなかった服は、繊維が傷んでいる。
「これは旅では使えないな。まだ替えの服なら大丈夫かもしれないが」
「新シク買ウ?」
「ああ、そうするしかない」
少し間が空いたあとに出た、ため息が混じったような言葉は、
ナナホシに一つの確信を持たせた。
✕✕✕は、
心を、知ったんだ。
▶141.「春爛漫」
140.「記憶」「 七色」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「おはよう、ナナホシ」
「✕✕✕、起キタ」
「今度はどれだけ経った?」
「1週間ダネ、オハヨウ」
「ああ、おはよう。そうか…私が眠っていた一連の間、何か変わったことはあったか?」
「変ワッタコト…✕✕✕ノ頭ニ、鳥ガ巣ヲ作ッテ、巣立ッタヨ」
「巣?」
人形が頭に手をやると、髪の毛が絡み合ってごわついていた。
服を見下ろせば、確かに鳥の排泄物で汚れている。
「ああ、これは洗わなくてはならないな」
人形は背負袋から干しオリャンと石けんを取り出し、
ナナホシを肩に乗せて川に向かった。
事の始まりは時を遡ること1年半。
人形たちが3回目の旅を終えた後だった。
この日も✕✕✕は、思考領域の幾割かを使って、自身の最終設計図とイレフスト国の研究資料を突き合わせていた。
人形と共通点があるらしいナナホシの修復方法を探るために行なっていたものだが、アクセス出来ない不可解な領域を発見したのだ。
「巧妙に隠されていて、おそらくだが穴抜けの多かった博士の記憶、その残りだ」
「ドウスルノ?」
「博士の研究室跡地に行かないか。サルベージできないか試したい」
「ワカッタ。アノ柑橘ノ木ニ連レテッテ。僕モ試シタイコト、アル」
「了承した」
こうして人形は、ナナホシと共に再び古巣へとやってきたのであった。
「前回は時期がずれていて花も咲いてなかったが、良く実っている」
「イイ匂イ」
春爛漫の森の中で最初に博士と見つけた時、実は熟していた。
その時期に合わせて訪れれば、
その木は周囲の花の香りに負けず柑橘特有の匂いを漂わせ、
熟した実をたわわに付けていた。
鳥が食べているようで、いくつかは穴が空いている。
その匂いは、オリャンとよく似ていた。
「ヤッパリ、オリャント似テル」
「確かにオリャンは、野生の物としては不自然だ。この木が原種か、それに近いものではないかと考えたんだな」
「ソウ」
人形が実を一つ取り、割って子房を露出させた。
「どうだろうか」
ナナホシが触角で触れて確かめる。
そして慎重に、触角についただけのごく僅かな果汁を口器に持っていく。
「量ガ少ナクテ、判定ニハ届イテナイ。デモ、」
今度は口器を実に近づけていく。
微かにチュッ、チュッと何度か音がした。
『自動破壊までの期限がリセットされました。残り、1年です』
「ワァ、出タ」
「量は必要だが、正解だったようだな」
「ン…」
ナナホシは脚を取っかえ引っ変えしながら、しきりに腹を擦っている。
「では、私はサルベージに入る。何時戻るか分からない。だから」
「ワカッテル。チャント、ユズ?食ベル。鳥ノ食ベカケ」
「では、おやすみ。ナナホシ」
「オヤスミ、✕✕✕」
そして費やした1年5ヶ月と3日。その間に得た記憶を、✕✕✕は川で服や自身を洗いながらナナホシにかいつまんで話した。
「あれは、サルベージというより追体験に近かった」
ざあっと風が吹いて花々を散らしていく。
ここに来た時には春爛漫であった森は、緑ばかりに変わっていた。
「私を形作っているものは、故郷で人形師であった博士が、最も技術の発展していた時代に国々を渡り歩いて経験してきた全てだった」
人形の洗い上げた髪から伝う水が、頬を滑っていく。
ぽたり、ぽたり。雫の落ちた先。
「私が作られた理由も理解した」
川に浸かっている足に、流れてきた花びらがぶつかった。
花びらはくるりと向きを変えて、また流れていった。
▶140.「記憶」「 七色」
139.「雲り」「もう二度と」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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イレフスト国軍将軍の応接室に繋がる廊下にて
(あの女…っ!)
フランタ国籍のとある有力者は、前を歩く兵士について行きながら、
苦々しい記憶を反芻して怒りの炎を滾らせていた。
「なんだと!?出ていった!?」
「左様でございます」
「僕が話を持ちかけた時は、そんな話なかっただろう!」
激昂する僕を前にしても、女将の表情は崩れることがなかった。
「ここ花街では、自分がどこに行くか、進退を決めるのは女の方に権利がございます。順番は関係ございません」
「くっ…国の保護がなければ、こんな所…!」
「仰った通り、一度花街に入った女には、居場所が守られるよう国の保護がございます。今後もお忘れになりませんように」
「…失礼する」
「かしこまりました、お見送り致します」
「結構だっ!」
(何度思い出しても忌々しい!)
この僕が!初めてになりたかったのに!
空に輝く七色の虹のように、淡くもめくるめく記憶を、僕と君に!心に深く刻み込みたかった!
これが外の世界?連れてきてくれてありがとう、大好き♡
…と言わせる僕の計画が!
「どうかしましたか?」
殺気にも似た怒りと執着を感じ取ったのか、
兵士が歩みを止めて後ろにいる有力者へ振り向いた。
「…いや、何でもない。嫌な記憶を思い出しただけだ」
「そうですか」
有力者が仕方なく気を紛らわせようと窓に目を向ければ、
外は夜の闇に包まれていた。
しかし、彼が本当に見ていたのは外の景色ではなく、闇の中にあって七色に煌めく己の瞳だった。
一度だけ、子猫の瞳にも見たのだ。
黒髪に縁取られて生まれた、自分と同じ七色の煌めきを。
あれは見間違えたのか?
いいや違う。確かな記憶だ。
だとすれば。
(子猫は、僕の)
「着きましたここがイレフスト国軍の将軍の部屋です」
「…そうか」
彼は思考を遮られ不快を感じたが、
仕方あるまいと寛大な心で許してやることにした。
「将軍、客人をお連れしました」
品のない大きなノックと声掛けに、
「通せ」
威厳のある声で応えがあった。
扉の先にいたのは、その声に相応しい体の大きな男だった。
「お目にかかれて光栄です。本日は、あなた方が求めている情報をお持ちしました」
頭を下げ、じっと反応を待つ。
「我々の求める情報か…お前が欲しいのは、そうだな。黒髪の女だろう?顔を上げてソファに座るがいい」
「はは、では失礼して。その様子ではわたくしがこっぴどく振られたのもご存知でしょうな」
「悪いがな、オレはお前の執着に興味がない。本題に入れ」
「ああ、これは失礼いたしました。ではシルバーブロンドの髪を持つ男。その秘密について。ただ、これはわたくしが手間ひまを掛けて集めたもの。その内容に驚かれるかもしれませんが、真実なのです。お聞きになった後でも信じてくださると仰るならば、お話しいたしましょう」
「ああ、分かった分かった。ただし報酬は、こちらで事実確認が出来てからだ」
「仰せの通りに。では…」
◇
目覚めていくにつれて、
眠る前にも聞こえていた、木の葉が風で擦れる音が耳に入ってくる。
キュリ…
動かしていない期間が長かったらしく、
目線を動かすと眼窩から微かな摩擦音がした。
目が埃に覆われていることが原因のようだ。光は入ってくるものの視界が悪い。
「オハヨウ、✕✕✕」
森の中では微かな音など掻き消されてしまうだろうに、
ナナホシは気づいたようで、声を掛けてきた。
「おはよう、ナナホシ。あれから何日経ったんだ?」
「1年ト5ヶ月、ト3日」
「そうか…」
「博士ノ記憶、アッタ?」
「ああ…色々な…小さな七色の光も見たよ。随分と古い記憶だった」
「僕ガ見エル?」
前脚を振っているのか、体を揺らしているのか判別がつかない。
「うっすらと」
「川ノ場所、覚エテオイタ。洗オウ。✕✕✕ノ歩幅ニ合ワセテ、音声ナビ、スル。」
「ああ…そうだな頼むよ」
「✕✕✕、イツモヨリ人間ッポイ話シ方スルネ」
「なんだか記憶が混同してるみたいだ。博士は、これを避けたかったんだろうな」
「ソノママ30歩前ニ。ア、10歩先、大キナ石。1歩左、ズレテ。進ンデ」
「川の流れる音が近づいてきたな」
「ウン、アト5歩デ止マッテ。ソウ、ソコデ、シャガンデ」
ナナホシの指示通りにすれば、
更に水音は大きくなった。手を水に触れ、匂いを確認する。
洗浄には問題ないと判断し、そっと眼窩から眼球を取り出す。
眼球だけは独立した機関である為、本体と違って自己修復機能がない。
予備はあるが、それを取り出すのには時間がかかる場所にある。
片方ずつ掬った水を掛けて埃を洗い流していく。
瞬きで余計な水分を追い出せば、澄んだ視界が戻ってきた。
「ありがとう、ナナホシ」
「ドウイタシマシテ」
「悪いが、あともう少し休ませてくれ。記憶の整理をしたい」
「ワカッタ。アノ木マデ戻ロウ」
「ああ、そうしよう」