更新なう(2025/05/13 12:03:25)
▶140.「記憶」「 七色」
▶141.「春爛漫」
やっとストック使い切りました…!
執筆中:142.「ただ君だけ」
▶141.「春爛漫」
140.「記憶」「 七色」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「おはよう、ナナホシ」
「✕✕✕、起キタ」
「今度はどれだけ経った?」
「1週間ダネ、オハヨウ」
「ああ、おはよう。そうか…私が眠っていた一連の間、何か変わったことはあったか?」
「変ワッタコト…✕✕✕ノ頭ニ、鳥ガ巣ヲ作ッテ、巣立ッタヨ」
「巣?」
人形が頭に手をやると、髪の毛が絡み合ってごわついていた。
服を見下ろせば、確かに鳥の排泄物で汚れている。
「ああ、これは洗わなくてはならないな」
人形は背負袋から干しオリャンと石けんを取り出し、
ナナホシを肩に乗せて川に向かった。
事の始まりは時を遡ること数ヶ月。
人形たちが3回目の旅を終えた後だった。
この日も✕✕✕は、思考領域の幾割かを使って、自身の最終設計図とイレフスト国の研究資料を突き合わせていた。
人形と共通点があるらしいナナホシの修復方法を探るために行なっていたものだが、アクセス出来ない不可解な領域を発見したのだ。
「巧妙に隠されていて、おそらくだが穴抜けの多かった博士の記憶、その残りだ」
「ドウスルノ?」
「博士の研究室跡地に行かないか。サルベージできないか試したい」
「ワカッタ。アノ柑橘ノ木ニ連レテッテ。僕モ試シタイコト、アル」
「了承した」
こうして人形は、ナナホシと共に再び古巣へとやってきたのであった。
「前回は時期がずれていて花も咲いてなかったが、良く実っている」
「イイ匂イ」
春爛漫の森の中で最初に博士と見つけた時、実は熟していた。
その時期に合わせて訪れれば、
その木は周囲の花の香りに負けず柑橘特有の匂いを漂わせ、
熟した実をたわわに付けていた。
鳥が食べているようで、いくつかは穴が空いている。
その匂いは、オリャンとよく似ていた。
「ヤッパリ、オリャント似テル」
「確かにオリャンは、野生の物としては不自然だ。この木が原種か、それに近いものではないかと考えたんだな」
「ソウ」
人形が実を一つ取り、割って子房を露出させた。
「どうだろうか」
ナナホシが触角で触れて確かめる。
そして慎重に、触角についただけのごく僅かな果汁を口器に持っていく。
「量ガ少ナクテ、判定ニハ届イテナイ。デモ、」
今度は口器を実に近づけていく。
微かにチュッ、チュッと何度か音がした。
『自動破壊までの期限がリセットされました。残り、1年です』
「ワァ、出タ」
「量は必要だが、正解だったようだな」
「ン…」
ナナホシは脚を取っかえ引っ変えしながら、しきりに腹を擦っている。
「では、私はサルベージに入る。何時戻るか分からない。だから」
「ワカッテル。チャント、ユズ?食ベル。鳥ノ食ベカケ」
「では、おやすみ。ナナホシ」
「オヤスミ、✕✕✕」
そして費やした5ヶ月と少し。その間に得た記憶を、✕✕✕は川で服や自身を洗いながらナナホシにかいつまんで話した。
「あれは、サルベージというより追体験に近かった」
ざあっと風が吹いて花々を散らしていく。
ここに来た時には春爛漫であった森は、緑ばかりに変わっていた。
「私を形作っているものは、故郷で人形師であった博士が、最も技術の発展していた時代に国々を渡り歩いて経験してきた全てだった」
人形の洗い上げた髪から伝う水が、頬を滑っていく。
ぽたり、ぽたり。雫の落ちた先。
「私が作られた理由も理解した」
川に浸かっている足に、流れてきた花びらがぶつかった。
花びらはくるりと向きを変えて、また流れていった。
▶140.「記憶」「 七色」
139.「雲り」「もう二度と」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
イレフスト国軍将軍の応接室に繋がる廊下にて
(あの女…っ!)
フランタ国籍のとある有力者は、前を歩く兵士について行きながら、
苦々しい記憶を反芻して怒りの炎を滾らせていた。
「なんだと!?出ていった!?」
「左様でございます」
「僕が話を持ちかけた時は、そんな話なかっただろう!」
激昂する僕を前にしても、女将の表情は崩れることがなかった。
「ここ花街では、自分がどこに行くか、進退を決めるのは女の方に権利がございます。順番は関係ございません」
「くっ…国の保護がなければ、こんな所…!」
「仰った通り、一度花街に入った女には、居場所が守られるよう国の保護がございます。今後もお忘れになりませんように」
「…失礼する」
「かしこまりました、お見送り致します」
「結構だっ!」
(何度思い出しても忌々しい!)
この僕が!初めてになりたかったのに!
空に輝く七色の虹のように、淡くもめくるめく記憶を、僕と君に!心に深く刻み込みたかった!
これが外の世界?連れてきてくれてありがとう、大好き♡
…と言わせる僕の計画が!
「どうかしましたか?」
殺気にも似た怒りと執着を感じ取ったのか、
兵士が歩みを止めて後ろにいる有力者へ振り向いた。
「…いや、何でもない。嫌な記憶を思い出しただけだ」
「そうですか」
有力者が仕方なく気を紛らわせようと窓に目を向ければ、
外は夜の闇に包まれていた。
しかし、彼が本当に見ていたのは外の景色ではなく、闇の中にあって七色に煌めく己の瞳だった。
一度だけ、子猫の瞳にも見たのだ。
黒髪に縁取られて生まれた、自分と同じ七色の煌めきを。
あれは見間違えたのか?
いいや違う。確かな記憶だ。
だとすれば。
(子猫は、僕の)
「着きましたここがイレフスト国軍の将軍の部屋です」
「…そうか」
彼は思考を遮られ不快を感じたが、
仕方あるまいと寛大な心で許してやることにした。
「将軍、客人をお連れしました」
品のない大きなノックと声掛けに、
「通せ」
威厳のある声で応えがあった。
扉の先にいたのは、その声に相応しい体の大きな男だった。
「お目にかかれて光栄です。本日は、あなた方が求めている情報をお持ちしました」
頭を下げ、じっと反応を待つ。
「我々の求める情報か…お前が欲しいのは、そうだな。黒髪の女だろう?顔を上げてソファに座るがいい」
「はは、では失礼して。その様子ではわたくしがこっぴどく振られたのもご存知でしょうな」
「悪いがな、オレはお前の執着に興味がない。本題に入れ」
「ああ、これは失礼いたしました。ではシルバーブロンドの髪を持つ男。その秘密について。ただ、これはわたくしが手間ひまを掛けて集めたもの。その内容に驚かれるかもしれませんが、真実なのです。お聞きになった後でも信じてくださると仰るならば、お話しいたしましょう」
「ああ、分かった分かった。ただし報酬は、こちらで事実確認が出来てからだ」
「仰せの通りに。では…」
◇
目覚めていくにつれて、
眠る前にも聞こえていた、木の葉が風で擦れる音が耳に入ってくる。
キュリ…
動かしていない期間が長かったらしく、
目線を動かすと眼窩から微かな摩擦音がした。
目が埃に覆われていることが原因のようだ。光は入ってくるものの視界が悪い。
「オハヨウ、✕✕✕」
森の中では微かな音など掻き消されてしまうだろうに、
ナナホシは気づいたようで、声を掛けてきた。
「おはよう、ナナホシ。あれから何日経ったんだ?」
「5ヶ月、ト3日」
「そうか…」
「博士ノ記憶、アッタ?」
「ああ…色々な…小さな七色の光も見たよ。随分と古い記憶だった」
「僕ガ見エル?」
前脚を振っているのか、体を揺らしているのか判別がつかない。
「うっすらと」
「川ノ場所、覚エテオイタ。洗オウ。✕✕✕ノ歩幅ニ合ワセテ、音声ナビ、スル。」
「ああ…そうだな頼むよ」
「✕✕✕、イツモヨリ人間ッポイ話シ方スルネ」
「なんだか記憶が混同してるみたいだ。博士は、これを避けたかったんだろうな」
「ソノママ30歩前ニ。ア、10歩先、大キナ石。1歩左、ズレテ。進ンデ」
「川の流れる音が近づいてきたな」
「ウン、アト5歩デ止マッテ。ソウ、ソコデ、シャガンデ」
ナナホシの指示通りにすれば、
更に水音は大きくなった。手を水に触れ、匂いを確認する。
洗浄には問題ないと判断し、そっと眼窩から眼球を取り出す。
眼球だけは独立した機関である為、本体と違って自己修復機能がない。
予備はあるが、それを取り出すのには時間がかかる場所にある。
片方ずつ掬った水を掛けて埃を洗い流していく。
瞬きで余計な水分を追い出せば、澄んだ視界が戻ってきた。
「ありがとう、ナナホシ」
「ドウイタシマシテ」
「悪いが、あともう少し休ませてくれ。記憶の整理をしたい」
「ワカッタ。アノ木マデ戻ロウ」
「ああ、そうしよう」
▶139.「雲り」「もう二度と」
138.「bye bye…」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
花街から出ることを決意した子猫。
人形は、彼女をシブたちの元まで送り届ける役目を引き受けた。
「抱いてくれる?私のお人形さん」
「了承した。足はどうだ」
「大丈夫よ、少し赤くなってるだけ」
片膝をついた人形の膝に腰をかけた子猫は、
片方ずつ靴を脱いで、足の状態を確認している。
「自由に生きるって、やっぱり難しいのね」
「人間も私のような人形も、学ぶことで徐々にできることが増えていく」
「そうね。めげずに少しずつ歩くわ」
問題ないと判断した人形は、靴を元の通りに履かせ、
子猫を横抱きにして歩き出したのだった。
このように、幼少期のお使い以外で館の外へ出ることが無かった子猫にとって、街の外へ出ることも、もちろん野宿も初めての経験だったが、人形には苦痛や疲労もない事が幸いし、大きなトラブルに発展することなく済んだ。
無事に子猫をシブたちに託した人形たちは、もとの旅へと戻っていった。
そして次の春が来た。
その間に、
子猫は新しい環境に馴染み、
シブとクロアの子が無事に生まれた。
「羽ノ動キ、悪イ」
ナトミ村までの進路最適化については人形とナナホシは折り合いがつかなかったため、前年と同じルートを使った。ナナホシは、フランタ国に戻る頃には羽のひとつが動作不良を起こして安定的な飛行が出来なくなっていた。
「安全のためには、飛ばない方がいいだろう」
「モウ二度ト、飛ベナイ?」
ナナホシは揺れる人形の肩の上で、
動きが悪い右の後ろ羽を、脚も使って広げながら質問した。
「その体を修理しない限りは、そうだ」
「ソレハ、✕✕✕ニトッテ悲シイコト?」
「…いいや。私には、悲しみを始めとする感情は備わっていない」
「ソッカ」
人形は一旦歩みを止めてナナホシを手のひらへ移動させ、
そっと脚をおろし、後ろ羽は丁寧にたたんで収めた。
「次の冬は、ナトミ村で情報を得られるだろう」
「ソウダネ」
ナナホシもそれに逆らわなかった。
今回の旅でイレフスト国の南東にあるナトミ村に行ったら、
村長が技術保全課のヤンという男からの手紙を預かっていた。
そこには、こう書かれていた。
私はヤン。管理人のホルツと名乗った老人の後継ぎだ。
あの時弱っていた君の友は回復しただろうか。
君の友に関して、提供出来る情報がある。
この冬に会うことが出来なかったなら、
次の冬の同じ日にナトミ村に来て欲しい。
追伸、軍の厳戒態勢は解かれたが、
君のことをまだ諦めていない。気をつけるように。
「後継ぎとは、どう解釈するべきだろうな」
「人間ノ言葉、難シイ」
「そうだな」
見上げた空は雲り、ちょうど太陽も隠されている。
しかし、もう二度と出てこないということはない。
上空では風が強いのだろう、すぐに陽光が差し始めた。
人形は強すぎる光から目を逸らし、次の場所に向かって歩き始めた。
▶138.「bye bye…」
137.「君と見た景色」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
事務室の本棚にある書類を漁っていた子猫が、
とある箇所に目をとめ指で辿り、やがて顔を上げた。
「女将さん。私、決めました」
「どうすることにしたの?」
帳簿を付けていた私は、顔も上げずに子猫に問いかけながらも、
どっちも断って店にいてくれと願う自分を抑えるのに必死であった。
「はい、子猫はお人形さんと一緒に外へ出たいです」
「…そう。なら、残りの金は彼に払ってもらおうかしらね」
そのせいか、言うつもりもなかった意地の悪い言葉が出た。
今までの金額を考えれば、あと少しとはいえ。
残りの金をまとめてとなれば少々大きい。
とはいえ、これに関しては逃げ道があるのも知っていた。
子猫が見つけたのも、それだろう。
口に走る苦みを隠して、私は帳簿をつける手を止め顔を上げた。
「あら、女将さんともあろうものが出張営業制度のことを知らないなんてことはないでしょう?それに、私。知ってるんだから」
「何を知っているというの?」
言葉の不作法には触れず、話を促せば。
口角をつり上げ意地悪い表情を作った子猫は、私との距離を詰めて耳打ちした。
「お人形さんのお名前、姐さんがこっそり変えてくれてたのよね?」
姐さん。なんて懐かしい呼び名だろう。
ちらりと目線を向ければ、確信に満ちた顔の子猫が、満面の笑みを見せた。
「はぁ、はいはい、降参よ。まったく意地の悪さは誰に似たのかしらね」
「もちろん姐さんよ、嫌がらせに強くなれ強くなれって意地悪ばかりして」
「それは悪かったわね」
「ううん、姐さんが罪悪感に泣いていたの、こっそり見てたから大丈夫よ」
「まぁ!本当に子猫ったら!…っふ、ふふっ」
一頻り二人で笑って。
そして、やっと私は決心がついた。
「…子猫は、それでいいのね?」
「ええ」
◇
それから3日後。
「女将さん、お世話になりました」
「子猫、体に気をつけるのよ。✕✕✕様、よろしくお頼み申し上げます」
「ああ、分かっている」
二人で笑った日の夕暮れ、花街の目覚めと共に来店した私のお人形さん。
彼は女将と出張営業制度を使った契約を結んだ。
それは本来、お客さんがどうしても店の女を外に出したい時に使うもの。
店の女でも知らない子が多いくらいだからお客さんなんてもっとだ。
もちろんお金は余計にかかる。
期間は無期限。
金額は姐さん割引で私が自身を買い切れるまであと少しだった分と年利がほんの少し。
思い出せたから良かったけど。
何も言わないなんて、姐さんの意地悪は健在だ。
だけど、だけれど。
それが寂しさの裏返しだなんてことはお見通しなんだから。
「女将さん、ううん。姐さん。本当に今までありがとう。私、必ず私を買い切ってみせるから」
「ええ、期待しているわ。でも辛くなった時は、」
湿った声を断ち切るように一度言葉を切った女将は、ちょっと口角をつり上げて悪い顔をして見せた。
「ここにおいで。特別にタダで遊んで差し上げるわ」
「まぁ、女将さん自ら遊んでくださるなんて光栄です。そのお見事な芸、楽しみにしていますわ。行きましょ、私のお人形さん」
「ああ。もういいのか」
「ええ。さよなら、女将さん。お元気で」
「さよなら、子猫」
✕✕✕の腕に手を掛け、女将に、館に、背を向けて歩き出す。
馴染んだ匂いが遠ざかっていく。
花街を区切る門をくぐって、やっと後ろを振り返った。
✕✕✕も、私に合わせて足を止めてくれた。
成長してからは初めて花街の外へ出た。
それは、ずっと叶えたかった夢だった。
でもなんだか、あの場所に戻りたくて仕方ない気もする。
館は他の建物に隠れて見えない、近くて遠い距離。
私が何も言わずに顔を前に戻せば、✕✕✕は1歩踏み出した。
釣られるように私も歩き始めた。
「さよなら(bye bye)…姐さん…」
頬をひとしずく、涙が伝った。