▶140.「記憶」「 七色」
139.「雲り」「もう二度と」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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イレフスト国軍将軍の応接室に繋がる廊下にて
(あの女…っ!)
フランタ国籍のとある有力者は、前を歩く兵士について行きながら、
苦々しい記憶を反芻して怒りの炎を滾らせていた。
「なんだと!?出ていった!?」
「左様でございます」
「僕が話を持ちかけた時は、そんな話なかっただろう!」
激昂する僕を前にしても、女将の表情は崩れることがなかった。
「ここ花街では、自分がどこに行くか、進退を決めるのは女の方に権利がございます。順番は関係ございません」
「くっ…国の保護がなければ、こんな所…!」
「仰った通り、一度花街に入った女には、居場所が守られるよう国の保護がございます。今後もお忘れになりませんように」
「…失礼する」
「かしこまりました、お見送り致します」
「結構だっ!」
(何度思い出しても忌々しい!)
この僕が!初めてになりたかったのに!
空に輝く七色の虹のように、淡くもめくるめく記憶を、僕と君に!心に深く刻み込みたかった!
これが外の世界?連れてきてくれてありがとう、大好き♡
…と言わせる僕の計画が!
「どうかしましたか?」
殺気にも似た怒りと執着を感じ取ったのか、
兵士が歩みを止めて後ろにいる有力者へ振り向いた。
「…いや、何でもない。嫌な記憶を思い出しただけだ」
「そうですか」
有力者が仕方なく気を紛らわせようと窓に目を向ければ、
外は夜の闇に包まれていた。
しかし、彼が本当に見ていたのは外の景色ではなく、闇の中にあって七色に煌めく己の瞳だった。
一度だけ、子猫の瞳にも見たのだ。
黒髪に縁取られて生まれた、自分と同じ七色の煌めきを。
あれは見間違えたのか?
いいや違う。確かな記憶だ。
だとすれば。
(子猫は、僕の)
「着きましたここがイレフスト国軍の将軍の部屋です」
「…そうか」
彼は思考を遮られ不快を感じたが、
仕方あるまいと寛大な心で許してやることにした。
「将軍、客人をお連れしました」
品のない大きなノックと声掛けに、
「通せ」
威厳のある声で応えがあった。
扉の先にいたのは、その声に相応しい体の大きな男だった。
「お目にかかれて光栄です。本日は、あなた方が求めている情報をお持ちしました」
頭を下げ、じっと反応を待つ。
「我々の求める情報か…お前が欲しいのは、そうだな。黒髪の女だろう?顔を上げてソファに座るがいい」
「はは、では失礼して。その様子ではわたくしがこっぴどく振られたのもご存知でしょうな」
「悪いがな、オレはお前の執着に興味がない。本題に入れ」
「ああ、これは失礼いたしました。ではシルバーブロンドの髪を持つ男。その秘密について。ただ、これはわたくしが手間ひまを掛けて集めたもの。その内容に驚かれるかもしれませんが、真実なのです。お聞きになった後でも信じてくださると仰るならば、お話しいたしましょう」
「ああ、分かった分かった。ただし報酬は、こちらで事実確認が出来てからだ」
「仰せの通りに。では…」
◇
目覚めていくにつれて、
眠る前にも聞こえていた、木の葉が風で擦れる音が耳に入ってくる。
キュリ…
動かしていない期間が長かったらしく、
目線を動かすと眼窩から微かな摩擦音がした。
目が埃に覆われていることが原因のようだ。光は入ってくるものの視界が悪い。
「オハヨウ、✕✕✕」
森の中では微かな音など掻き消されてしまうだろうに、
ナナホシは気づいたようで、声を掛けてきた。
「おはよう、ナナホシ。あれから何日経ったんだ?」
「5ヶ月、ト3日」
「そうか…」
「博士ノ記憶、アッタ?」
「ああ…色々な…小さな七色の光も見たよ。随分と古い記憶だった」
「僕ガ見エル?」
前脚を振っているのか、体を揺らしているのか判別がつかない。
「うっすらと」
「川ノ場所、覚エテオイタ。洗オウ。✕✕✕ノ歩幅ニ合ワセテ、音声ナビ、スル。」
「ああ…そうだな頼むよ」
「✕✕✕、イツモヨリ人間ッポイ話シ方スルネ」
「なんだか記憶が混同してるみたいだ。博士は、これを避けたかったんだろうな」
「ソノママ30歩前ニ。ア、10歩先、大キナ石。1歩左、ズレテ。進ンデ」
「川の流れる音が近づいてきたな」
「ウン、アト5歩デ止マッテ。ソウ、ソコデ、シャガンデ」
ナナホシの指示通りにすれば、
更に水音は大きくなった。手を水に触れ、匂いを確認する。
洗浄には問題ないと判断し、そっと眼窩から眼球を取り出す。
眼球だけは独立した機関である為、本体と違って自己修復機能がない。
予備はあるが、それを取り出すのには時間がかかる場所にある。
片方ずつ掬った水を掛けて埃を洗い流していく。
瞬きで余計な水分を追い出せば、澄んだ視界が戻ってきた。
「ありがとう、ナナホシ」
「ドウイタシマシテ」
「悪いが、あともう少し休ませてくれ。記憶の整理をしたい」
「ワカッタ。アノ木マデ戻ロウ」
「ああ、そうしよう」
3/27/2025, 9:36:44 AM