▶135.「大好き」「どこ?」
134.「叶わぬ夢」
133.「花の香りと共に」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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ナナホシと人形が出会って2回目の春が来た。
人形たちが旅の土産を渡しにシブの家を訪ねると、妻のクロアが出てきた。
「こんにちは、クロア」
「こんにちは、✕✕✕さん。お元気そうで何よりだわ」
「ありがとう、クロアも健在そうで何よりだ。シブはいるか?」
「それなんだけどね…」
裏手にある服屋が自分の店で、シブはそこにいるということだった。
「来ていただいて本当に申し訳ないのだけれど、そっちへ回ってくださらないかしら」
確かにこういった場合は呼びに行くことが多いが、だからといって向かわせるのが失礼という程でもない。それにしては、クロアは恐縮した様子であった。
人形は、気にしなくていいと伝えつつオリャンの瓶詰めを渡すと、クロアは、このジャムが大好きで嬉しい助かると言って前回よりも喜んで受け取った。
「喜んでもらえて良かった。では、失礼する」
そこに卑屈さはなかった。本当にそう思っているのだ。
「何か、ありそうだが。どうも不穏な問題ではない様だな」
「ウゥン、ウン」
「どうしたんだ?ナナホシ」
「クロア何カ違ッタ。何デ?分カラナイ」
「ふむ」
言われた通りの場所に向かうと、
ドアに閉店中という下げ看板がついた服屋があった。
✕✕✕がノックをしてみれば、のっそりと出てきたのは、確かにシブであった。
「おう、今年も無事で何よりだ。入れよ」
店の奥、作業スペースまで通されたが、シブ以外の人間はいない。
「この状況は一体どういうことなんだ」
「あー、簡単に言やぁ、まあ子供ができたんだ」
「ア、匂イ。前ト変ワッテタ」
「妊娠か」
「おう。上のが独立してそこそこ経つし、さすがに無理だろうってクロアとは話してたんだがな」
もぞもぞと人形の服のポケットから出てきたナナホシは、
前年に来た時とは違う、見慣れない場所に興味がある様子だった。
ちょこちょこと触覚を動かし確かめつつ、すぐ側にあった作業台から探検を始めた。
「そうなんだな。ほとんどの人間にとっては喜ばしい慶事だと記憶している。それから妊娠初期は重要な期間だとも。どうしてそのクロアと離れて生活を?」
「それなんだがな…」
言い淀んで、本物の虫のような動きを見せるナナホシをしばし注視したシブは、
✕✕✕に目線を戻し、話し始めた。
内容は、クロアが妊娠したらシブの匂いを受け付けなくなってしまって一緒に生活できなくなったということだった。
「いっくら本人が慣れてるって言ってもよ、長く家を空けるわけにはいかねぇ。今年は仕事を休むことにしたんだ。こんな時くらい家事のひとつでもふたつでも代わってついててやりてぇじゃねえか」
実際、前んときゃそうしてたんだからよ。
「それがよぉ…」
そう言って、シブは大きく息をついた。
とにかくよ、とシブは話を続けた。
「俺は我慢すりゃいい話だ。クロアは友達も多いからな、朝昼と様子見に来てくれてっから安心だ。問題は夜だよ、夜」
「ふむ」
「まぁ、お前にどうこうして欲しいわけじゃねえが、そういうこった」
ナナホシはミシンの上を探検していたが、端に寄りすぎて足を滑らせた。
「助ケテー」
「おお、お前、自分で戻れないのかよ…」
ミシン台に落ちてコロンとひっくり返っているナナホシを、
近くにいたシブが慌てて助け起こす。
その光景を見ていた人形は、ふと考えた。
「クロアの話だが、ナナホシはどうだ?」
「僕ガ?」
「こいつを?」
「みなが納得すれば、の話だが。実はナナホシと別行動したいと考えていた」
「エ!✕✕✕、ドコ?ドコ行クノ?」
今度はナナホシが慌てたように人形の元へ、文字通り飛んで戻ってきた。
「イレフスト軍の目を掻い潜りつつサボウム国の滞在期間を極力短くする進路を見つけたいのだ」
「なんでまた」
「ナナホシにサボウム国の空気が合わないのだ。既に活動に支障をきたしている」
「そうか、そうなんだな…」
数瞬、シブは痛ましい表情を見せたが、すぐにそれは隠された。
「つっても、そのまま諦める訳ないよな?」
「ああ、そのつもりだ」
「なら俺は歓迎だ。クロアも仕事柄虫は平気だしな」
「嫌ダ!僕ハ✕✕✕ガ大好キ!ダカラ✕✕✕ガ行クナラ、ドコニダッテ行ク!」
ナナホシは、ブブブ、と細かく羽を震わせて威嚇までしている有様だ。
「ずいぶん激しい反応だが、これは大丈夫なのか?」
「以前に3日ほど離れたことはあるが、ここまでの反応はなかった。だが、ナナホシも設計されたメカだ。プログラムにない動きは出来ない。マスターと長期間離れることのないようにするためだろう」
激情を見せるナナホシとは対照的に、人形はナナホシを冷静に観察していた。
「大好き、か。私は記録されているデータを使って人間の表情から感情を読み取れるが、私自身に感情はない。ナナホシのそれもプログラム上にある言葉か。どこの分野に記録されているのだろうな」
「はぁん、なるほど人形。確かにな」
人間なら、思わず絆される場面だ。
だが✕✕✕には、ちらとも心を揺り動かされた様子がなかった。
「ナナホシと話をする必要があるようだ。シブ、すまないがまた来る」
「おいおい、どこに行くつもりだ?話が出来る虫も、虫と話せる人間もいねぇんだぞ。小さい店だが、貸せる部屋ぐれぇある。なんなら泊まってけ」
人形の服にしがみついたまま今もなお威嚇を止めないナナホシを見下ろした人形は、
「そうさせてもらう」
と、答えたのだった。
3/20/2025, 9:08:03 AM