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3/18/2025, 9:47:22 AM

▶134.「叶わぬ夢」
133.「花の香りと共に」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
フランタ国の花街にて

「…という訳なの。しばらく来られないからと仰ってね、だから次に来た時に答えが欲しいそうよ。よく考えてちょうだいね、子猫ちゃん」
「はい、分かっています」
「やだ、そういう意味じゃなくて。自分の為によ?本当に分かってる?」
「ありがとうございます、女将さん。ちゃんと、よく考えますから」


はっと我に返った子猫が座っていたのは、自室のベッドだった。

「あら、私ったら…」

子猫は廊下に面したドアが閉まっているのを見て、
覚えはないが自分で閉めたのだろうなと、ぼんやり考えた。
そのまま虚空を見つめる子猫の頭の中を巡るのは、女将に言われた言葉。


(どうしたらいいのかしらね…)
ぼふん、とそのまま服のしわも気にせずに倒れ込んだ。



こんな良い話を蹴る奴が、どこにいるというのか。

女将さんもああ言ってはくれたが、今までの店への恩を返すには絶好の機会だ。
それに、仮に断ったとして、そのお得意さんの足が遠のいてしまったら?

選択肢があるようで、考えれば考えるほど一択に絞り込まれてしまう。


「身請けかぁ…」

こちらの籠からあちらの籠へ。

これでは猫ではなく飼われた鳥だ。


ちら、と机の置いてある方に視線を送る。
今は目線が低くて見えないが、机の上には縫いかけの服が置かれている。

仕上がれば、軽やかな春を表現した装いが出来るだろう。
子猫はこれを、客の前に出る仕事用ではなく、
プライベートな外出用として仕立てていた。

自分を買う資金が貯まるまで、あと少しだったから。


「外、出てみたかったな」


涙の止まらない理由を無視して、

(この涙は眠くて欠伸をしたから、そのせいだから)



子猫は目を閉じた。

3/17/2025, 9:49:03 AM

▶133.「花の香りと共に」
132.「心のざわめき」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---

ヤンは、目の前が真っ暗になるような心地であった。

80年以上も経って突然起動した装置。
その中に収められていたメカ。

そして、メカと一緒にいた青年‪✕‬‪✕‬‪✕‬。

ホルツ課長が予想していた、あくまでも予想と分かってはいたが、
‪✕‬‪✕‬‪✕‬と、装置から見つかった手紙に書いてあった____という人物は何らかの関係があるのだろう。ヤンもそう思っていた。そうでなければ、どうして山奥の施設にたどり着けると言うのか。

しかも、✕‬‪✕‬‪✕‬がナトミ村に来ていたことは事実だ。

それなのに、どうしてここで繋がりが切れてしまうのか。


(どうして…)

自分が立ち向かっているものの底知れなさに、ヤンは周りを気にする余裕もなく途方に暮れていた。


「ジーキ様、ヤン様には何か事情があるようですな」
「そうだな」
ジーキの返答に、村長は胸を張って言った。
「ひとまず新しいお茶にしましょう。それで落ち着かれませ」


そうして少しの時間の後。
ヤンにとっては永遠にも感じただろうが。
村長の手によって目の前へ置かれた茶からは、柑橘の香りが漂っていた。

「これは村の名物、オリャンの皮を使ったお茶です。どうぞ」

「…ありがとうございます…」
爽やかな香りに誘われ、自然と手が伸びる。
大きく息を吸い込めば、その香りが肺いっぱいに満たされる気がした。
湯気をのぼらせ揺れる水面を眺めながら、少しずつ口に運べば胃に温かいものが入って、ゆるゆると緊張のほぐれていくのが分かる。
ふと横に視線を流せば、書類を端に寄せて同じように茶を飲むジーキ課長がいた。しかしその表情からは動揺も何も伺えず、平然とした顔をしていた。


「村の話し合いでも、行き詰まって皆が暗い顔になることはよくあるのです。そのような時に、このお茶はよく効くんですよ」
「とても良い香りですね」

「でしょう?あとは、これですね。オリャンのジャムです」

クラッカーにポってりと乗せられた、ツヤツヤとした黄色。

「え、ええと…」
「はは、まぁ騙されたと思って」

酸っぱすぎて食べられないと噂のオリャンの実。
ヤンは間違ってもむせないようにと息を止めて一息に口の中へ運んだ。

「ん?甘い…」

酸味はある。だが、噂に聞くよりもずっと弱い。
「オリャンの酸味は、熱を加えると弱くなるのですよ。よろしければ、好きなだけ召し上がってください。まだまだありますから」

皿に山盛りのクラッカーと、
オリャンのジャムは最初に食べた果肉のみと皮入りのものと2種類。
それからお茶のお代わりが入ったポット。

村長はそれらをテーブルに置き、書類を回収した。
「部外者には話しづらいこともあるでしょう。しばらく私は席を外します。窓は開けますが、中庭に面しているので外までは届きません。家の者にも近寄らぬように言っておきますので、ご心配なく」

「お気遣いありがとうございます」

「いえいえ、それでは」

ドアが閉まるまで見送ったヤンは、
大きなため息をつきながらソファにもたれかかった。

「はぁー、私はまだまだ未熟者だ」
「そうだな」

それきり二人は無言になり、時折ガラス瓶にスプーンが当たって音が立つ以外は、ぽりぽりとクラッカーをかじる音だけが部屋に響く。

大きく開けられた窓から、中庭に植えられたオリャンの花の香りが届く。

しばらく花の香りと共に、ぼんやりと咀嚼音に耳を傾けていたヤンは、ふと気がついた。
「ジーキ課長」
「なんだ」
「ずいぶん食べますね?」
「それがどうした」

ハッとソファから体を起こすと、山盛りだったクラッカーもジャムも目減りしていた。

「ちょ、ちょっと!私の分まで食べないでくださいよ!」
「食べないのが悪い」
「いやいやいや!食べます!食べますから!」

皮入りのジャムはほろ苦くて、ヤンは頭のもやが晴れていくような気がした。

「クラッカーの塩味がクセになるな」






(腹が膨れると、それまで難題だと思っていたものが何とかなるような気がしてくるから不思議だ)

指に付いたジャムをペロリと舐めとったヤンは、空っぽになった皿と瓶を眺めて、そんなことを思った。

「いい顔になったな。これからどうするつもりだ」
「そうですね…」

‪✕‬‪✕‬‪✕‬に絡む問題を解決することは、
今いるナトミ村と軍との間で生じている軋轢にも影響を与えることができるかもしれない。

町に昇格させて税金を高く取りたい軍と、それを拒否してきたナトミ村は、
しばしば小競り合いを起こしていて、今は‪✕‬‪✕‬‪✕‬を争いの中心に置いて噂に噂を重ね合う泥沼試合の様相を呈している。

「私は、あの小さくも消失した技術満載のメカが喪われることだけは避けたい。その為には、‪✕‬‪✕‬‪✕‬の正当性を証明しなければなりません。____へ繋がる手がかりがない今は、他の局員について調べたいと思います」
「分かった」


応接室から廊下に出ると、端の方で待機していた村長が駆け寄ってきた。

「村長、ご協力ありがとうございます。それに、お茶もジャムもおいしかった」
「それはようございました」
「ジャムとクラッカーは村だけで消費しているのか?」
「そちらでしたら観光客向けに土産物屋で販売していますよ」
「今すぐ買ってくる」

情報を聞いたジーキはくるりと玄関の方へ向き直り、そのまま去っていった。

「村長、聞いてもよいでしょうか」
「旅人さんのことですね?」
「お見通しでしたか。はい、そうです。なぜ味方に?」
「軍への反抗心もありますがね。オリャンを好いてくれるからですよ。単なる洗濯の道具ではなく、ね」

「そうでしたか…またこの村に来る日があるでしょうか?私は彼に会わなければならないのです」

その言葉の真意を確かめるように、村長はヤンの顔をじっと見つめた。
ヤンも目をそらさずに見返した。

「分かりました、お教えします」
やがて、ふっと目を伏せた村長は言った。

「彼は、次の冬にまたこの村へ来ると言っておられました」

3/16/2025, 9:27:29 AM

▶132.「心のざわめき」
131.「君を探して」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---

「なんだお前さんらは」
戸を叩いて出てきた初老の男は、訪問者を見て嫌そうな表情に変わった。
王城支給の制服を見て軍を連想したせいだろう。

「ナトミ村の村長とお見受けします。私は技じ「帰れ」
「なんだとじじ「あなたはちょっと黙ってください」

ヤンはジーキ課長を後方へ押し退けて、戸口にいる男に向き直る。

(軍がナトミ村にかけている圧力を考えれば仕方ない。でも諦めない)



ナトミ村村長との交渉は、こうして始まった。



「私たちは王城から来ましたが、軍とは関係ないのです」
「そんなもの信じられん」

ヤンは何とか理解を得ようと言葉を尽くす。

「ここに来た目的はですね「聞きたくもない」

村長が家の中に引っ込もうとするので、ヤンは慌てて戸を掴んで阻止する。


「どうしても知りたいことがあって来たのです」

めげない訪問者に、村長が鼻白む。

「出生記録だ。85年前に20歳だった____という人物がいるか調べたい」

いつの間に距離を詰めていたのか、
その瞬間を狙ったようにジーキ課長が口を挟んだ。
強い威圧感に村長が怯む。
ヤンが逃さず畳み掛ける。

「村に危害を加えるつもりは毛頭ありません。お願いします」
「…出生記録、それだけですな」
「はい」

「分かりました、応接室に案内いたします」






ヤンたちが応接室に通され、しばらく。

「お待たせしてますじゃ」
「問題ない」

村長が持ってきたのは、ナトミ村の出生記録であった。
「85年前で20歳ということでしたからな、念の為110年前までお持ちしました。何分古いものですから、なにとぞ」
「委細承知している。安心しろ」
上着の内ポケットから手袋を取り出して嵌めたジーキ課長は、資料に取り掛かった。その手つきは繊細そのもの。慎重に、しかし迷いなく優しく。無言で目を走らせる姿は静謐ですらある。

「彼は資料の専門家です。ご安心ください」
「あ、ああ…」

村長の様子に、ヤンは多少の信用は得られそうだと感じ、ホッと一つ息をついた。
そのため息を勘違いしたのか、村長は慌てたように言葉を継いだ。

「あいや、これは失礼を。改めまして私はナトミ村の村長をしておりますオラと申します。よろしければお名前をお聞かせ願えますか」
「こちらこそ失礼を。目的を果たせそうだと思ったら安心したのです。私は技術保全課のヤン、彼は軍事記録課課長ジーキです。ナトミ村の現状は力及ばずながら存じているつもりです。気になさらず」
「ヤン様にジーキ様、その寛大な心に感謝します。お茶も出さずに無礼を致しました。少し失礼を」

ひと言断った村長は席を立ち部屋の外に出ると、少しして戻ってきた。

「突然訪ねたのはこちらです、どうか構わず。それより、外のオリャン畑は実際に見るのは初めてですが、素晴らしいですね」
「見てくださいましたか、ありがとうございます」

(このままできればもう少し情報が欲しいな)
そんな思いでヤンが村長と世間話をしていたところに。

コンコン、とノックの音が響いた。
村長が立ってドアを開ければ、おそらく村長の妻だろう初老の女性が丁寧な所作でワゴンを運び入れる。彼女はヤンとジーキ、村長の前にそれぞれ茶を配膳すると一礼をし、ワゴンはそのまま置いて部屋を出ていった。ワゴンには茶入れ道具一式も乗せられている。

「お急ぎのこともあるでしょうが、まぁまぁ、まずは飲みなされ」
「いただきます」
ヤンは勧められるままにカップを手に取り口をつける。ジーキは茶の存在を確認すると、そっと遠ざけてから書類に戻った。

「おいしいです、ありがとうございます」

(さて、どうするか)

ここで急いではいけない。
ヤンは今一度自分を戒めた。





「おい、無いぞ」

それまで黙々と作業を進めていたジーキ課長から声が上がったのは、
ヤンが2杯目の茶を飲み始めた時だった。

「無いって。まさか、そんな」
「村長。移住記録、それから死亡記録はあるか」
「はっ、急いでお持ちします」

その緊迫した様子に、村長はすぐさま要求に応じてくれた。
しかし、どの記録にも____の名前は無かったのだった。

「村長、他に住人に関する名簿はないな?」
「はい、これが全てでございます」
「出生記録は、その人間の存在を証明する重要な書類だ。不記載は許されない。そうだな?」
「はい、村の歴史を表す大切なものです。代々厳重に管理しております」


「ヤン。____は、この村の者ではない」



廃棄済みとされた機械が動き、
いるとされていた人間がいない。
ヤンは、この一連の不可解な状況に心のざわめきを嫌というほど感じていた。






パチパチ…

今夜も人形たちは野宿で焚き火にあたっている。
特にナナホシは、人形のよりも炎に近い距離にいた。

「火の粉に当たらないように気をつけて」
「分カッテル」

ナナホシの、ひとつ星が少なくなった紺色の甲殻。
それを見ていると、人形の思考領域はざわ、ざわりと不意に波打つのだった。
人形は、そのざわめきが正常な状態ではないが、だからといって故障しているわけでもないということは理解していた。
しかし、その現象が一体何なのかは理解できなかった。

3/15/2025, 9:52:41 AM

▶131.「君を探して」
130.「透明」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---

イレフスト国技術保全課のヤンは、軍事記録課のジーキ課長とともに、
シルバーブロンド捕獲作戦を止めさせよう作戦にあたっていた。

「なんとも気の抜ける作戦名だな。あと長い」
「ぐっ…じゃぁ貴方が付けたらどうですか」
「なんだと」

ほんの数秒、二人は見つめ合った。
そしてどちらともなく、目を逸らしたのだった。


「コホン、再確認になりますが。

盗まれたとされるものは、
同所から見つけた説明書によれば、
自律思考型メカ・タイプインセクト『ナナホシ』。
既に稼働していることが確認されています。

そして同封の手紙の宛名には____という名が書かれていました」


「すると、こちらはメカの本来の受け取り主を特定しろというわけか」
「その通りです。お願いできますでしょうか」
「願うも何も。言われた記録を出す、これが俺たちの仕事だ」

ジーキ課長は身を翻し、カツカツと足音高らかに歩き去っていった。

「ありがとうございます」
ヤンは、その背中に深く礼をした。







「持ってきたぞ」

その一報が来たのは、数日が経ってからだった。

「早いですね」
「記録検索にかけて俺より早い者はいない。机借りるぞ」

広げられたのは、どれも85年程前の記録だった。

「まず、F16室から対フランタ技術局へ異動した人事記録」

室長が局長として就任した他、
施設整備や連絡係として残った人員以外はすべて異動していた。
____の名前もある。

「それから採用記録。借り受けた手紙の宛名と一致する者があった」

これだ、と指し示された採用記録。
「名前、____。年齢は20歳。容姿は凡庸、顎下に3つのホクロあり。瞳の色は紺。志望動機は首都に来て技術屋を始めたが食い詰めたため。その割には実技試験は優秀だったようだ」

ジーキ課長の指が動き、次の書類を示す。

「最後に退職記録。____だけ早期に退職している。理由は故郷であるナトミ村に帰るためとある。同時期の退職者もざっと見てみたが、この時期は『大乱心』があった頃で、遠方に故郷があるものは退職する者が多かったようだ」

『大乱心』。
イレフスト国とフランタ国、サボウム国による戦乱末期に起こった同時多発的な王たちの乱心。原因は不明ながら、これによって戦いは終結したと言ってもいい。

「ひとまず、手紙の人物は存在していたのですね」
「そうだな。行くか?」
「ナトミ村ですね。応じてくれるかどうか」
「全く軍は、いつの時代もやらかしてくれる」

手紙の宛名にあった人物は存在した。
あとは、あのメカを所持していた‪✕‬‪✕‬‪✕‬という人物との関係性を、できれば子孫であって欲しいが、それを証明できれば。
正当性ありと主張することができる。

それで軍が引いてくれれば。

(希望的観測だな)

でも、やるしかない。

「行きましょう、ナトミ村へ」

3/14/2025, 9:37:49 AM

▶130.「透明」
129.「星」「終わり、また初まる」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---

「主人、世話になった」
「ちょっと待っておくれ、旅人さん」

翌朝、宿の主人に挨拶をしていると、横から村長が声をかけてきた。

「なんだろうか」
「旅人さんの耳に入れておきたいことが」

村長の家に招かれ、お茶を出された。
その温かさを感じながら少しずつ口に運んでいく。

「話とは何だろうか」
「旅人さん、単刀直入に聞くがね。あなたは軍から追われているのをご存知かね」

「去年追われていたのは知っているが。今も?」
「そうだ。その割には随分落ち着かれてるようだが」
村長は、自分こそを落ち着けるように、残りのお茶を飲み干した。

「そちらこそ、通常は軍に突き出すものでは?」
「こちらはこちらで、思うところがあるのだ」

もう一口飲もうとした村長は、お茶が無いことに気づき席を立った。

「おかわりはいかがか?」
「いただこう」

お茶を淹れる村長は無言だった。
その様子を視界に入れつつ人形は今後どうするべきか思考を巡らせていた。

(やはり、軍はナナホシを諦めていなかった。とすれば、この国に居続けることは難しい。オリャンの植樹は…始めのうちは失敗するだろうな。あの酸味が難関だが、オリャンの実を分析して果汁だけでも再現できないだろうか?まずもうナトミ村には来れないだろうな)


やがてコポコポと、2つの器に新しいお茶が注がれていく音が聞こえてきた。

「オリャンの実の皮を使ったものだ」
「いい香りがするな」

(シブに持って帰ったら喜ぶだろうか?)
そんな思考につられた人形の顔は綻んで、わずかな笑みを見せた。

「実はな、」
人形の見せた隙のようなものに引き込まれたのか。
それまでの雰囲気がほぐれ、村長は詳しい内情を話し始めた。
話の最後には軍への愚痴に変わっていたが。

「旅人さん。もし、またここを訪れるつもりがあるならば、その時ワシらはあなたの味方になろう。これは、村の皆で話し合った総意だ」

その言葉に、人形は改めて村長の顔を見た。嘘ではないようだ。

「村長、ありがとう。てっきり、もうここには来られないのだとばかり考えていた」

ここに来るたび、ナナホシは傷ついていく。
それでも、来れなければ冬を越せずに壊れてしまうのだ。

「このオリャンの実は、友人にとって大切なものなのだ。また来年の今頃に訪れてもいいだろうか」
「もちろんだ」

(人間だったら、目から涙という透明な水分が出ただろうな)
人形は、言葉以上に感謝を伝える手段を持っていなかった。


村には、もう一泊することになった。
「話が長引いてすまなかったな」
「いや、有益な情報だった。感謝する」

ナナホシに与えたオリャンの残りは、空いた時間でまた洗濯に使うことにした。
翌日には乾いているだろう。
中から出てきた種も乾かし、紙に包んで背負い袋に入れる。


去年も行った土産屋で瓶詰めを1つ購入した。

土産屋の主人も‪✕‬‪✕‬‪✕‬のことは覚えていて、
友人に届けるなら自分は食べられないだろうと試食をさせてくれた。
こっそりナナホシに調べさせたが、加工品では駄目らしい。

「あなたの噂は、かなりひとり歩きしているようですよ」

出荷担当者が主に情報を持ち帰ってくるんですがね、と話は続いていく。

「旅人さんを知っている人からしたら、噂の人物は透明人間のようですよ」
「透明人間か」
「はい、実体のない透明人間ですね。ですから気になされませんように。毎度あり、お気をつけて」


(目には見えないものを透明というなら、
私が積み重ねてきた記録も透明なのだろうか)

村の外に向かって歩きながら、服の上からナナホシに触れる。
人の目に触れないようにじっとしている。

(いや、ナナホシはここにいる。同じように私もここにいる。それでいい)

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