▶129.「星」「終わり、また初まる」
128.「願いが1つ叶うならば」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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イレフスト国で植えられているオリャンの実を1年に1度摂取しなければ、ナナホシは存在し続けることができない。
人形は、ナナホシと共にフランタ国を旅立った。
2回目のサボウム国通過には、子猫がくれた巾着が役に立った。
内側に縫い付けられた毛皮が、温泉混じりの空気に弱いナナホシを守ってくれた。
だが、人形が夜通し歩いたとしても、
蛇行の多い街道を往復するのでは、その影響は避けることは出来ないだろう。
新首都には昼に着いたので、シブとその妻、子猫に土産を買うことができた。
それ以上滞在することなく、イレフスト国の南東部にあるナトミ村を目指して歩いていく。
初入国の際に通った関門は避け、アタリをつけて街道を外れ北上していく。
だんだんと緑が増えてきた。それに伴って空気が変わっていくのを感度を引き上げた嗅覚センサーが感知した。
「そろそろ大丈夫だろう」
締め切っていた巾着を開き、ナナホシが外に出るのを手助けする。
「寒イ…」
「サボウム国を出たせいだ。火を起こして暖めよう」
木々の間に隠れ、焚き火を始めた。
炎に照らされたナナホシの背中は、前の冬は星型の斑点が大小7つあったのだが、今は小さな星がひとつ消えていた。
「ナナホシ、調子はどうだ」
「ウン、アッタカイ、元気デテキタ」
人形は、ナナホシに知らせたら「今日カラ僕ハ、ムツホシ?」などと言いそうだと考えつつも、触れずにいることにした。
「旅人さん、今年も来てくれたんですねぇ」
「ああ、オリャンの実を気に入っている友人に届けるために来たのだ」
「この酸っぱい実をねぇ。ありがたいことです。ご友人にもよろしく伝えてくださいな」
「必ず伝えよう。部屋を1泊分頼みたい」
「はい、かしこまりました」
その日の夜。
ナナホシは微かにチュッと音を立てて口器からオリャンの果汁を摂取した。
『自動破壊までの期限がリセットされました。残り、1年です』
「ワァ」
「慣れない様子だな」
「ン…」
ナナホシは返事もそぞろに脚でしきりに腹を擦っている。
今夜オリャンの実を摂取できたことで、この旅は終わり、また初まる。
ナナホシの修復方法は依然として不明なままだ。
▶128.「願いが1つ叶うならば」
127.「嗚呼」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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イレフスト国 技術保全課ホルツ課長の執務室にて
「ヤン、どうじゃ」
「どうにも、ですね」
「そうか。引き続き頼むぞ」
「分かっております」
ナナホシというメカが収められていた収納庫に貼り付けられていた説明書。
結局軍には出さず、ホルツの懐に入ったままだ。
軍は、どうしても✕✕✕と名乗ったシルバーブロンドの男を捕まえたいらしい。
あの将軍のことだ。彼そのものが目的ではなく、練度をあげるための実地訓練のつもりなのだろう。
「情報を集めるために軍は噂まで流しているらしいのぅ」
「そのようですね。しかしナトミ村から反発が出ており、洗濯屋を中心に影響が広がってきています」
「あそこは軍にしたら金の畑にしか見えんのじゃろ」
「いい気味です。では失礼します」
外に出ていく部下を見送って机に向き直る。
元対フランタ技術局から回収した資料と、
件の説明書の突き合わせ作業をしている所だった。
これが中々楽しい。
願いが1つ叶うならば。
「わしが生きているうちに渡したいのぅ」
それでもって誰にも邪魔されずに、彼と語らいたい。
ナナホシのボディがどうなってるか見せてくれたらもっといい。
「1つといっても、オプションだらけじゃの」
尽きない欲望に、自分を笑った。
▶127.「嗚呼」
126.「秘密の場所」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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サボウム国の空気に当てられ、機体にダメージを負ったナナホシ。
自己修復機能はないため、外部から手を加える必要があるが、
整った設備がない状態では、ナナホシの機体を分解することはおろか、
外装を開けることすら危険を伴う。
それでもできるものを、と人形が考えたこととは。
自身の最終設計図とナナホシがいた施設に保管されていた資料。
これらを人形の思考領域内にデータベース化して、
ナナホシの製造法を割り出し、さらに修復方法を探ることであった。
しかしこれは専門知識を与えられていない人形にとって困難なことであった。
人形は、思考領域の全てをつぎ込むこともできたが、
それはせずに幾割かを作業に充てて、旅を続けることにした。
ナナホシが、
「✕✕✕ウゴカナイ、嫌ダ」
と言ったことも理由になった。
そういうこともあって人形たちは今、フランタ国の首都にある美術館に来ていた。
王城に併設されていて、長く続いた戦乱の世を生き抜いた美術品たちが収蔵されている。
人形は、ここに置かれた人形を見るために数年に1度の頻度で訪れている。
その周期から言えば、見に行くのは早いのだが、今はナナホシがいる。
まず一度見に行こうということになったのだった。
無料ではないが国民に広く開かれていて、そこそこ人の姿も多い。
「コレガ✕✕✕ノ、オ気ニ入リ?」
「そうとも言えるな」
✕✕✕たちの目の前には、
赤子ほどの大きさで愛らしい顔立ちの人形が展示されている。
主に上流階級の間で流行っていた人形は、次第に精巧さを増し、
やがて持ち主の意を汲み自ら動く自律思考技術へと発展していった。
しかし、戦乱が激化していくうちに流行りは廃れ、
自律思考技術も元々普及率が低かったこともあって、戦乱後の財源が生きた人間に使われていくうちに自然消滅していった。
「行こうか」
「ウン」
今は、動かぬ瞳で流れ行く人々を見つめ続けるのみである。
それからは、ナナホシと出会う前と同じような生活であった。
昼は国内を回る傍らで配達や薬草の採取、夜は修復に努めた。特に修復については夜通し移動していて後回しになっていた。後々支障が出ないように丁寧に施していった。
一度、ノンバレッタ平原に様子を見に行ったが、イレフスト国側は警備されていて、通り抜けるのは簡単ではなさそうだった。
生活リズムは同じでも、会話が増え、気づきが増えた。
「ナナホシ」
「ドウシタノ?」
「仲間がいるというのは、良いことなのだな」
「ソウダネ」
たまに子猫やシブの所へ顔を出し、それだけで季節は移り変わっていく。
そうして次の冬が近づいてきた。
「そろそろオリャンの実を取りに行くか?」
「ウン、アレ?」
「どうした?」
「ナビゲーションシステム、使エナイ。壊レタミタイ」
嗚呼、
「そうか。最短距離は記憶できていない。サボウム国の街道を使いながら模索していくしかないな」
ついにこの時が来たのか。
「✕✕✕、ゴメンネ、ヨロシク」
「ああ、任せてくれ」
人形は、ナナホシの修復方法を検証している思考領域を、判断能力が低下しないギリギリまで引き上げた。
▶126.「秘密の場所」
125.「ラララ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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フランタ国の知り合いたちに帰国の挨拶を終えた人形とナナホシは、博士が生きていた頃の家が建っていた場所へ向かっていた。
「博士ト✕✕✕ノ家、モウスグ?」
「ああ。家自体は解体したから、もうないが」
何十年も旅をして回っていたため、ナナホシのナビゲーションシステムも使わずに、人形が積み重ねてきたデータだけで進むことができている。
さらに道すがら薬草の採取や配達をこなし、食費のかからない一行は順調に財布を太らせることができた。
「ソレデモ、タノシミ」
◇
たどり着いたのは、人里離れた森の奥。
そこは周りより草が多く、木も若いものだけ。その群集は、心なしか円を描いているように見える。それは、その場所が以前に整地されたことを示していた。
「ココニ、家ガアッタノ?」
「そうだ」
「ウン…?」
ナナホシは疑問を呈するように触覚を傾げている。
「元々博士には、自分の死後は家ごと処分するよう頼まれていた。大部分は、ここに建っていた家のように不可逆的な方法で処分したのだが、一部は梱包して埋没処分したのだ。その場所は、ここから行く道しか記憶していない。こっちだ」
いつか博士と人形が歩いた道。
目の前にあるものが、求めていたものと違ったとき、
人間は必ずといっていいほど、落胆の表情を見せる。
(博士が求めていたものは何だったのだろうか)
博士ですら、ユズと呼んだ木が、そうではないと分かった時、
表情が変わった。すぐに戻ったが。
(あの人は、巧みに表情を隠すから)
いや、今思えば、表情を出すことに抵抗を感じていたような。
感情がないわけじゃない。生来は感情表現が豊かだったのだろうか。
過去に、何があったのだろうか。
(分からない、何もかも)
他人からパターンは収集できても、
それを使って定義づけをするには何もかもが足りない。
知りたいのなら、もっと集める必要がある。
そのためには。
人形は深く沈みそうになる思考を振り切り、目的地を指し示した。
「ここだ。この木の根元に埋めてある」
誰にも見つかることなく、博士と暮らした秘密の場所。
そこから持ち出した、博士にも伝えていない秘密の場所。
背負い袋からスコップを取り出して、土を掘り始める。
「処分シテモ取リ戻セル、ソレッテ本当ニ処分ナノ?」
「…博士に方法は任された。嘘はつけないが、言い訳程度はできる」
やがて、カツンと固いものに当たり、そこを中心として土を退けていく。
取り出した箱を開けると、中には厳重に梱包された冊子が出てきた。
「ソレハ?」
「私の最終設計図だ。これと施設の資料を照らし合わせながら、ナナホシの修復方法を探ってみようと考えている」
▶125.「ラララ」
124.「風が運ぶもの」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「どこに飾ろうかしら?あまり日の当たらない場所の方が色持ちがいいわよね。ラララ♪ラン、ラン♪ここもいいわねえ、迷っちゃうわ」
「おう、クロア。ここにいたか」
「きゃっ!もう、驚かさないで」
クロアが突然のことに驚いて振り返ると、寝室のドアから顔を覗かせているシブの姿があった。絵を持って壁に当てていた手を一旦下ろして、そちらへ向かう。
「へぇへぇ。あいつはもう帰ったぞ」
「あら、私ったら挨拶もしないで。呼んでくれたらいいのに」
「あいつはそう言うやつじゃないから気にすんな。それより、飾る場所は決まったのか?」
「迷ってしまって、決まらないの」
「お前の仕事場でもいいじゃないか」
「ああ!そうね!あそこなら日も入りにくいわ」
すすっと部屋を出てシブの隣に並んで腕に触れれば、意図を汲んでシブはエスコートの姿勢を取った。
「さ、行きましょ」
「分かったよ。絵も持ってやるか?」
「ううん、軽いし自分で持ちたいわ、ありがとう」
「おう」
そのまま敷地内にあるクロアの仕事場、仕立て屋に向かう。
「あー、クロア。今日来た✕✕✕なんだがな」
「ええ、どうかしたの?」
「あいつとは長い付き合いになりそうだ。それでな」
シブが言いにくそうにしているのを、クロアはじっと見ている。
「あいつは変なやつだから、変なことが起きても気にしないでやってくれ」
「まぁ!シブったら失礼ね!あんなに礼儀正しい方に!」
「ああ、違う。そうじゃねえ、そうじゃねえんだが…」
クロアの手に伝わる、きゅっと力の籠った腕に、それがシブにとって本当に言い難いことなのだと察することができた。
「わかった、わかったわ。何か起きても気にしない。気にしないから誰にも話さない。これでいい?」
「ああ…俺は良い妻を持ったな。あんがとよ」
「あら、今頃気づいたの?でも気分がいいから許してあげるわ。歌も歌ってあげる」
「それはありがてぇこったな。じゃんじゃん歌ってくれ」
「うふふ、さぁ午後のお客さんが来る前に飾りましょう」
「おうよ」
ラララ、ラン、ラン
客のいない仕立て屋の中で、春の陽気を謳う声がしばらくの間響いていた。