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▶133.「花の香りと共に」
132.「心のざわめき」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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ヤンは、目の前が真っ暗になるような心地であった。

80年以上も経って突然起動した装置。
その中に収められていたメカ。

そして、メカと一緒にいた青年‪✕‬‪✕‬‪✕‬。

ホルツ課長が予想していた、あくまでも予想と分かってはいたが、
‪✕‬‪✕‬‪✕‬と、装置から見つかった手紙に書いてあった____という人物は何らかの関係があるのだろう。ヤンもそう思っていた。そうでなければ、どうして山奥の施設にたどり着けると言うのか。

しかも、✕‬‪✕‬‪✕‬がナトミ村に来ていたことは事実だ。

それなのに、どうしてここで繋がりが切れてしまうのか。


(どうして…)

自分が立ち向かっているものの底知れなさに、ヤンは周りを気にする余裕もなく途方に暮れていた。


「ジーキ様、ヤン様には何か事情があるようですな」
「そうだな」
ジーキの返答に、村長は胸を張って言った。
「ひとまず新しいお茶にしましょう。それで落ち着かれませ」


そうして少しの時間の後。
ヤンにとっては永遠にも感じただろうが。
村長の手によって目の前へ置かれた茶からは、柑橘の香りが漂っていた。

「これは村の名物、オリャンの皮を使ったお茶です。どうぞ」

「…ありがとうございます…」
爽やかな香りに誘われ、自然と手が伸びる。
大きく息を吸い込めば、その香りが肺いっぱいに満たされる気がした。
湯気をのぼらせ揺れる水面を眺めながら、少しずつ口に運べば胃に温かいものが入って、ゆるゆると緊張のほぐれていくのが分かる。
ふと横に視線を流せば、書類を端に寄せて同じように茶を飲むジーキ課長がいた。しかしその表情からは動揺も何も伺えず、平然とした顔をしていた。


「村の話し合いでも、行き詰まって皆が暗い顔になることはよくあるのです。そのような時に、このお茶はよく効くんですよ」
「とても良い香りですね」

「でしょう?あとは、これですね。オリャンのジャムです」

クラッカーにポってりと乗せられた、ツヤツヤとした黄色。

「え、ええと…」
「はは、まぁ騙されたと思って」

酸っぱすぎて食べられないと噂のオリャンの実。
ヤンは間違ってもむせないようにと息を止めて一息に口の中へ運んだ。

「ん?甘い…」

酸味はある。だが、噂に聞くよりもずっと弱い。
「オリャンの酸味は、熱を加えると弱くなるのですよ。よろしければ、好きなだけ召し上がってください。まだまだありますから」

皿に山盛りのクラッカーと、
オリャンのジャムは最初に食べた果肉のみと皮入りのものと2種類。
それからお茶のお代わりが入ったポット。

村長はそれらをテーブルに置き、書類を回収した。
「部外者には話しづらいこともあるでしょう。しばらく私は席を外します。窓は開けますが、中庭に面しているので外までは届きません。家の者にも近寄らぬように言っておきますので、ご心配なく」

「お気遣いありがとうございます」

「いえいえ、それでは」

ドアが閉まるまで見送ったヤンは、
大きなため息をつきながらソファにもたれかかった。

「はぁー、私はまだまだ未熟者だ」
「そうだな」

それきり二人は無言になり、時折ガラス瓶にスプーンが当たって音が立つ以外は、ぽりぽりとクラッカーをかじる音だけが部屋に響く。

大きく開けられた窓から、中庭に植えられたオリャンの花の香りが届く。

しばらく花の香りと共に、ぼんやりと咀嚼音に耳を傾けていたヤンは、ふと気がついた。
「ジーキ課長」
「なんだ」
「ずいぶん食べますね?」
「それがどうした」

ハッとソファから体を起こすと、山盛りだったクラッカーもジャムも目減りしていた。

「ちょ、ちょっと!私の分まで食べないでくださいよ!」
「食べないのが悪い」
「いやいやいや!食べます!食べますから!」

皮入りのジャムはほろ苦くて、ヤンは頭のもやが晴れていくような気がした。

「クラッカーの塩味がクセになるな」






(腹が膨れると、それまで難題だと思っていたものが何とかなるような気がしてくるから不思議だ)

指に付いたジャムをペロリと舐めとったヤンは、空っぽになった皿と瓶を眺めて、そんなことを思った。

「いい顔になったな。これからどうするつもりだ」
「そうですね…」

‪✕‬‪✕‬‪✕‬に絡む問題を解決することは、
今いるナトミ村と軍との間で生じている軋轢にも影響を与えることができるかもしれない。

町に昇格させて税金を高く取りたい軍と、それを拒否してきたナトミ村は、
しばしば小競り合いを起こしていて、今は‪✕‬‪✕‬‪✕‬を争いの中心に置いて噂に噂を重ね合う泥沼試合の様相を呈している。

「私は、あの小さくも消失した技術満載のメカが喪われることだけは避けたい。その為には、‪✕‬‪✕‬‪✕‬の正当性を証明しなければなりません。____へ繋がる手がかりがない今は、他の局員について調べたいと思います」
「分かった」


応接室から廊下に出ると、端の方で待機していた村長が駆け寄ってきた。

「村長、ご協力ありがとうございます。それに、お茶もジャムもおいしかった」
「それはようございました」
「ジャムとクラッカーは村だけで消費しているのか?」
「そちらでしたら観光客向けに土産物屋で販売していますよ」
「今すぐ買ってくる」

情報を聞いたジーキはくるりと玄関の方へ向き直り、そのまま去っていった。

「村長、聞いてもよいでしょうか」
「旅人さんのことですね?」
「お見通しでしたか。はい、そうです。なぜ味方に?」
「軍への反抗心もありますがね。オリャンを好いてくれるからですよ。単なる洗濯の道具ではなく、ね」

「そうでしたか…またこの村に来る日があるでしょうか?私は彼に会わなければならないのです」

その言葉の真意を確かめるように、村長はヤンの顔をじっと見つめた。
ヤンも目をそらさずに見返した。

「分かりました、お教えします」
やがて、ふっと目を伏せた村長は言った。

「彼は、次の冬にまたこの村へ来ると言っておられました」

3/17/2025, 9:49:03 AM