▶131.「君を探して」
130.「透明」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
イレフスト国技術保全課のヤンは、軍事記録課のジーキ課長とともに、
シルバーブロンド捕獲作戦を止めさせよう作戦にあたっていた。
「なんとも気の抜ける作戦名だな。あと長い」
「ぐっ…じゃぁ貴方が付けたらどうですか」
「なんだと」
ほんの数秒、二人は見つめ合った。
そしてどちらともなく、目を逸らしたのだった。
「コホン、再確認になりますが。
盗まれたとされるものは、
同所から見つけた説明書によれば、
自律思考型メカ・タイプインセクト『ナナホシ』。
既に稼働していることが確認されています。
そして同封の手紙の宛名には____という名が書かれていました」
「すると、こちらはメカの本来の受け取り主を特定しろというわけか」
「その通りです。お願いできますでしょうか」
「願うも何も。言われた記録を出す、これが俺たちの仕事だ」
ジーキ課長は身を翻し、カツカツと足音高らかに歩き去っていった。
「ありがとうございます」
ヤンは、その背中に深く礼をした。
◇
「持ってきたぞ」
その一報が来たのは、数日が経ってからだった。
「早いですね」
「記録検索にかけて俺より早い者はいない。机借りるぞ」
広げられたのは、どれも85年程前の記録だった。
「まず、F16室から対フランタ技術局へ異動した人事記録」
室長が局長として就任した他、
施設整備や連絡係として残った人員以外はすべて異動していた。
____の名前もある。
「それから採用記録。借り受けた手紙の宛名と一致する者があった」
これだ、と指し示された採用記録。
「名前、____。年齢は20歳。容姿は凡庸、顎下に3つのホクロあり。瞳の色は紺。志望動機は首都に来て技術屋を始めたが食い詰めたため。その割には実技試験は優秀だったようだ」
ジーキ課長の指が動き、次の書類を示す。
「最後に退職記録。____だけ早期に退職している。理由は故郷であるナトミ村に帰るためとある。同時期の退職者もざっと見てみたが、この時期は『大乱心』があった頃で、遠方に故郷があるものは退職する者が多かったようだ」
『大乱心』。
イレフスト国とフランタ国、サボウム国による戦乱末期に起こった同時多発的な王たちの乱心。原因は不明ながら、これによって戦いは終結したと言ってもいい。
「ひとまず、手紙の人物は存在していたのですね」
「そうだな。行くか?」
「ナトミ村ですね。応じてくれるかどうか」
「全く軍は、いつの時代もやらかしてくれる」
手紙の宛名にあった人物は存在した。
あとは、あのメカを所持していた✕✕✕という人物との関係性を、できれば子孫であって欲しいが、それを証明できれば。
正当性ありと主張することができる。
それで軍が引いてくれれば。
(希望的観測だな)
でも、やるしかない。
「行きましょう、ナトミ村へ」
▶130.「透明」
129.「星」「終わり、また初まる」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「主人、世話になった」
「ちょっと待っておくれ、旅人さん」
翌朝、宿の主人に挨拶をしていると、横から村長が声をかけてきた。
「なんだろうか」
「旅人さんの耳に入れておきたいことが」
村長の家に招かれ、お茶を出された。
その温かさを感じながら少しずつ口に運んでいく。
「話とは何だろうか」
「旅人さん、単刀直入に聞くがね。あなたは軍から追われているのをご存知かね」
「去年追われていたのは知っているが。今も?」
「そうだ。その割には随分落ち着かれてるようだが」
村長は、自分こそを落ち着けるように、残りのお茶を飲み干した。
「そちらこそ、通常は軍に突き出すものでは?」
「こちらはこちらで、思うところがあるのだ」
もう一口飲もうとした村長は、お茶が無いことに気づき席を立った。
「おかわりはいかがか?」
「いただこう」
お茶を淹れる村長は無言だった。
その様子を視界に入れつつ人形は今後どうするべきか思考を巡らせていた。
(やはり、軍はナナホシを諦めていなかった。とすれば、この国に居続けることは難しい。オリャンの植樹は…始めのうちは失敗するだろうな。あの酸味が難関だが、オリャンの実を分析して果汁だけでも再現できないだろうか?まずもうナトミ村には来れないだろうな)
やがてコポコポと、2つの器に新しいお茶が注がれていく音が聞こえてきた。
「オリャンの実の皮を使ったものだ」
「いい香りがするな」
(シブに持って帰ったら喜ぶだろうか?)
そんな思考につられた人形の顔は綻んで、わずかな笑みを見せた。
「実はな、」
人形の見せた隙のようなものに引き込まれたのか。
それまでの雰囲気がほぐれ、村長は詳しい内情を話し始めた。
話の最後には軍への愚痴に変わっていたが。
「旅人さん。もし、またここを訪れるつもりがあるならば、その時ワシらはあなたの味方になろう。これは、村の皆で話し合った総意だ」
その言葉に、人形は改めて村長の顔を見た。嘘ではないようだ。
「村長、ありがとう。てっきり、もうここには来られないのだとばかり考えていた」
ここに来るたび、ナナホシは傷ついていく。
それでも、来れなければ冬を越せずに壊れてしまうのだ。
「このオリャンの実は、友人にとって大切なものなのだ。また来年の今頃に訪れてもいいだろうか」
「もちろんだ」
(人間だったら、目から涙という透明な水分が出ただろうな)
人形は、言葉以上に感謝を伝える手段を持っていなかった。
村には、もう一泊することになった。
「話が長引いてすまなかったな」
「いや、有益な情報だった。感謝する」
ナナホシに与えたオリャンの残りは、空いた時間でまた洗濯に使うことにした。
翌日には乾いているだろう。
中から出てきた種も乾かし、紙に包んで背負い袋に入れる。
去年も行った土産屋で瓶詰めを1つ購入した。
土産屋の主人も✕✕✕のことは覚えていて、
友人に届けるなら自分は食べられないだろうと試食をさせてくれた。
こっそりナナホシに調べさせたが、加工品では駄目らしい。
「あなたの噂は、かなりひとり歩きしているようですよ」
出荷担当者が主に情報を持ち帰ってくるんですがね、と話は続いていく。
「旅人さんを知っている人からしたら、噂の人物は透明人間のようですよ」
「透明人間か」
「はい、実体のない透明人間ですね。ですから気になされませんように。毎度あり、お気をつけて」
(目には見えないものを透明というなら、
私が積み重ねてきた記録も透明なのだろうか)
村の外に向かって歩きながら、服の上からナナホシに触れる。
人の目に触れないようにじっとしている。
(いや、ナナホシはここにいる。同じように私もここにいる。それでいい)
▶129.「星」「終わり、また初まる」
128.「願いが1つ叶うならば」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
イレフスト国で植えられているオリャンの実を1年に1度摂取しなければ、ナナホシは存在し続けることができない。
人形は、ナナホシと共にフランタ国を旅立った。
2回目のサボウム国通過には、子猫がくれた巾着が役に立った。
内側に縫い付けられた毛皮が、温泉混じりの空気に弱いナナホシを守ってくれた。
だが、人形が夜通し歩いたとしても、
蛇行の多い街道を往復するのでは、その影響は避けることは出来ないだろう。
新首都には昼に着いたので、シブとその妻、子猫に土産を買うことができた。
それ以上滞在することなく、イレフスト国の南東部にあるナトミ村を目指して歩いていく。
初入国の際に通った関門は避け、アタリをつけて街道を外れ北上していく。
だんだんと緑が増えてきた。それに伴って空気が変わっていくのを感度を引き上げた嗅覚センサーが感知した。
「そろそろ大丈夫だろう」
締め切っていた巾着を開き、ナナホシが外に出るのを手助けする。
「寒イ…」
「サボウム国を出たせいだ。火を起こして暖めよう」
木々の間に隠れ、焚き火を始めた。
炎に照らされたナナホシの背中は、前の冬は星型の斑点が大小7つあったのだが、今は小さな星がひとつ消えていた。
「ナナホシ、調子はどうだ」
「ウン、アッタカイ、元気デテキタ」
人形は、ナナホシに知らせたら「今日カラ僕ハ、ムツホシ?」などと言いそうだと考えつつも、触れずにいることにした。
「旅人さん、今年も来てくれたんですねぇ」
「ああ、オリャンの実を気に入っている友人に届けるために来たのだ」
「この酸っぱい実をねぇ。ありがたいことです。ご友人にもよろしく伝えてくださいな」
「必ず伝えよう。部屋を1泊分頼みたい」
「はい、かしこまりました」
その日の夜。
ナナホシは微かにチュッと音を立てて口器からオリャンの果汁を摂取した。
『自動破壊までの期限がリセットされました。残り、1年です』
「ワァ」
「慣れない様子だな」
「ン…」
ナナホシは返事もそぞろに脚でしきりに腹を擦っている。
今夜オリャンの実を摂取できたことで、この旅は終わり、また初まる。
ナナホシの修復方法は依然として不明なままだ。
▶128.「願いが1つ叶うならば」
127.「嗚呼」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
イレフスト国 技術保全課ホルツ課長の執務室にて
「ヤン、どうじゃ」
「どうにも、ですね」
「そうか。引き続き頼むぞ」
「分かっております」
ナナホシというメカが収められていた収納庫に貼り付けられていた説明書。
結局軍には出さず、ホルツの懐に入ったままだ。
軍は、どうしても✕✕✕と名乗ったシルバーブロンドの男を捕まえたいらしい。
あの将軍のことだ。彼そのものが目的ではなく、練度をあげるための実地訓練のつもりなのだろう。
「情報を集めるために軍は噂まで流しているらしいのぅ」
「そのようですね。しかしナトミ村から反発が出ており、洗濯屋を中心に影響が広がってきています」
「あそこは軍にしたら金の畑にしか見えんのじゃろ」
「いい気味です。では失礼します」
外に出ていく部下を見送って机に向き直る。
元対フランタ技術局から回収した資料と、
件の説明書の突き合わせ作業をしている所だった。
これが中々楽しい。
願いが1つ叶うならば。
「わしが生きているうちに渡したいのぅ」
それでもって誰にも邪魔されずに、彼と語らいたい。
ナナホシのボディがどうなってるか見せてくれたらもっといい。
「1つといっても、オプションだらけじゃの」
尽きない欲望に、自分を笑った。
▶127.「嗚呼」
126.「秘密の場所」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
サボウム国の空気に当てられ、機体にダメージを負ったナナホシ。
自己修復機能はないため、外部から手を加える必要があるが、
整った設備がない状態では、ナナホシの機体を分解することはおろか、
外装を開けることすら危険を伴う。
それでもできるものを、と人形が考えたこととは。
自身の最終設計図とナナホシがいた施設に保管されていた資料。
これらを人形の思考領域内にデータベース化して、
ナナホシの製造法を割り出し、さらに修復方法を探ることであった。
しかしこれは専門知識を与えられていない人形にとって困難なことであった。
人形は、思考領域の全てをつぎ込むこともできたが、
それはせずに幾割かを作業に充てて、旅を続けることにした。
ナナホシが、
「✕✕✕ウゴカナイ、嫌ダ」
と言ったことも理由になった。
そういうこともあって人形たちは今、フランタ国の首都にある美術館に来ていた。
王城に併設されていて、長く続いた戦乱の世を生き抜いた美術品たちが収蔵されている。
人形は、ここに置かれた人形を見るために数年に1度の頻度で訪れている。
その周期から言えば、見に行くのは早いのだが、今はナナホシがいる。
まず一度見に行こうということになったのだった。
無料ではないが国民に広く開かれていて、そこそこ人の姿も多い。
「コレガ✕✕✕ノ、オ気ニ入リ?」
「そうとも言えるな」
✕✕✕たちの目の前には、
赤子ほどの大きさで愛らしい顔立ちの人形が展示されている。
主に上流階級の間で流行っていた人形は、次第に精巧さを増し、
やがて持ち主の意を汲み自ら動く自律思考技術へと発展していった。
しかし、戦乱が激化していくうちに流行りは廃れ、
自律思考技術も元々普及率が低かったこともあって、戦乱後の財源が生きた人間に使われていくうちに自然消滅していった。
「行こうか」
「ウン」
今は、動かぬ瞳で流れ行く人々を見つめ続けるのみである。
それからは、ナナホシと出会う前と同じような生活であった。
昼は国内を回る傍らで配達や薬草の採取、夜は修復に努めた。特に修復については夜通し移動していて後回しになっていた。後々支障が出ないように丁寧に施していった。
一度、ノンバレッタ平原に様子を見に行ったが、イレフスト国側は警備されていて、通り抜けるのは簡単ではなさそうだった。
生活リズムは同じでも、会話が増え、気づきが増えた。
「ナナホシ」
「ドウシタノ?」
「仲間がいるというのは、良いことなのだな」
「ソウダネ」
たまに子猫やシブの所へ顔を出し、それだけで季節は移り変わっていく。
そうして次の冬が近づいてきた。
「そろそろオリャンの実を取りに行くか?」
「ウン、アレ?」
「どうした?」
「ナビゲーションシステム、使エナイ。壊レタミタイ」
嗚呼、
「そうか。最短距離は記憶できていない。サボウム国の街道を使いながら模索していくしかないな」
ついにこの時が来たのか。
「✕✕✕、ゴメンネ、ヨロシク」
「ああ、任せてくれ」
人形は、ナナホシの修復方法を検証している思考領域を、判断能力が低下しないギリギリまで引き上げた。