▶127.「嗚呼」
126.「秘密の場所」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
サボウム国の空気に当てられ、機体にダメージを負ったナナホシ。
自己修復機能はないため、外部から手を加える必要があるが、
整った設備がない状態では、ナナホシの機体を分解することはおろか、
外装を開けることすら危険を伴う。
それでもできるものを、と人形が考えたこととは。
自身の最終設計図とナナホシがいた施設に保管されていた資料。
これらを人形の思考領域内にデータベース化して、
ナナホシの製造法を割り出し、さらに修復方法を探ることであった。
しかしこれは専門知識を与えられていない人形にとって困難なことであった。
人形は、思考領域の全てをつぎ込むこともできたが、
それはせずに幾割かを作業に充てて、旅を続けることにした。
ナナホシが、
「✕✕✕ウゴカナイ、嫌ダ」
と言ったことも理由になった。
そういうこともあって人形たちは今、フランタ国の首都にある美術館に来ていた。
王城に併設されていて、長く続いた戦乱の世を生き抜いた美術品たちが収蔵されている。
人形は、ここに置かれた人形を見るために数年に1度の頻度で訪れている。
その周期から言えば、見に行くのは早いのだが、今はナナホシがいる。
まず一度見に行こうということになったのだった。
無料ではないが国民に広く開かれていて、そこそこ人の姿も多い。
「コレガ✕✕✕ノ、オ気ニ入リ?」
「そうとも言えるな」
✕✕✕たちの目の前には、
赤子ほどの大きさで愛らしい顔立ちの人形が展示されている。
主に上流階級の間で流行っていた人形は、次第に精巧さを増し、
やがて持ち主の意を汲み自ら動く自律思考技術へと発展していった。
しかし、戦乱が激化していくうちに流行りは廃れ、
自律思考技術も元々普及率が低かったこともあって、戦乱後の財源が生きた人間に使われていくうちに自然消滅していった。
「行こうか」
「ウン」
今は、動かぬ瞳で流れ行く人々を見つめ続けるのみである。
それからは、ナナホシと出会う前と同じような生活であった。
昼は国内を回る傍らで配達や薬草の採取、夜は修復に努めた。特に修復については夜通し移動していて後回しになっていた。後々支障が出ないように丁寧に施していった。
一度、ノンバレッタ平原に様子を見に行ったが、イレフスト国側は警備されていて、通り抜けるのは簡単ではなさそうだった。
生活リズムは同じでも、会話が増え、気づきが増えた。
「ナナホシ」
「ドウシタノ?」
「仲間がいるというのは、良いことなのだな」
「ソウダネ」
たまに子猫やシブの所へ顔を出し、それだけで季節は移り変わっていく。
そうして次の冬が近づいてきた。
「そろそろオリャンの実を取りに行くか?」
「ウン、アレ?」
「どうした?」
「ナビゲーションシステム、使エナイ。壊レタミタイ」
嗚呼、
「そうか。最短距離は記憶できていない。サボウム国の街道を使いながら模索していくしかないな」
ついにこの時が来たのか。
「✕✕✕、ゴメンネ、ヨロシク」
「ああ、任せてくれ」
人形は、ナナホシの修復方法を検証している思考領域を、判断能力が低下しないギリギリまで引き上げた。
▶126.「秘密の場所」
125.「ラララ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
フランタ国の知り合いたちに帰国の挨拶を終えた人形とナナホシは、博士が生きていた頃の家が建っていた場所へ向かっていた。
「博士ト✕✕✕ノ家、モウスグ?」
「ああ。家自体は解体したから、もうないが」
何十年も旅をして回っていたため、ナナホシのナビゲーションシステムも使わずに、人形が積み重ねてきたデータだけで進むことができている。
さらに道すがら薬草の採取や配達をこなし、食費のかからない一行は順調に財布を太らせることができた。
「ソレデモ、タノシミ」
◇
たどり着いたのは、人里離れた森の奥。
そこは周りより草が多く、木も若いものだけ。その群集は、心なしか円を描いているように見える。それは、その場所が以前に整地されたことを示していた。
「ココニ、家ガアッタノ?」
「そうだ」
「ウン…?」
ナナホシは疑問を呈するように触覚を傾げている。
「元々博士には、自分の死後は家ごと処分するよう頼まれていた。大部分は、ここに建っていた家のように不可逆的な方法で処分したのだが、一部は梱包して埋没処分したのだ。その場所は、ここから行く道しか記憶していない。こっちだ」
いつか博士と人形が歩いた道。
目の前にあるものが、求めていたものと違ったとき、
人間は必ずといっていいほど、落胆の表情を見せる。
(博士が求めていたものは何だったのだろうか)
博士ですら、ユズと呼んだ木が、そうではないと分かった時、
表情が変わった。すぐに戻ったが。
(あの人は、巧みに表情を隠すから)
いや、今思えば、表情を出すことに抵抗を感じていたような。
感情がないわけじゃない。生来は感情表現が豊かだったのだろうか。
過去に、何があったのだろうか。
(分からない、何もかも)
他人からパターンは収集できても、
それを使って定義づけをするには何もかもが足りない。
知りたいのなら、もっと集める必要がある。
そのためには。
人形は深く沈みそうになる思考を振り切り、目的地を指し示した。
「ここだ。この木の根元に埋めてある」
誰にも見つかることなく、博士と暮らした秘密の場所。
そこから持ち出した、博士にも伝えていない秘密の場所。
背負い袋からスコップを取り出して、土を掘り始める。
「処分シテモ取リ戻セル、ソレッテ本当ニ処分ナノ?」
「…博士に方法は任された。嘘はつけないが、言い訳程度はできる」
やがて、カツンと固いものに当たり、そこを中心として土を退けていく。
取り出した箱を開けると、中には厳重に梱包された冊子が出てきた。
「ソレハ?」
「私の最終設計図だ。これと施設の資料を照らし合わせながら、ナナホシの修復方法を探ってみようと考えている」
▶125.「ラララ」
124.「風が運ぶもの」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「どこに飾ろうかしら?あまり日の当たらない場所の方が色持ちがいいわよね。ラララ♪ラン、ラン♪ここもいいわねえ、迷っちゃうわ」
「おう、クロア。ここにいたか」
「きゃっ!もう、驚かさないで」
クロアが突然のことに驚いて振り返ると、寝室のドアから顔を覗かせているシブの姿があった。絵を持って壁に当てていた手を一旦下ろして、そちらへ向かう。
「へぇへぇ。あいつはもう帰ったぞ」
「あら、私ったら挨拶もしないで。呼んでくれたらいいのに」
「あいつはそう言うやつじゃないから気にすんな。それより、飾る場所は決まったのか?」
「迷ってしまって、決まらないの」
「お前の仕事場でもいいじゃないか」
「ああ!そうね!あそこなら日も入りにくいわ」
すすっと部屋を出てシブの隣に並んで腕に触れれば、意図を汲んでシブはエスコートの姿勢を取った。
「さ、行きましょ」
「分かったよ。絵も持ってやるか?」
「ううん、軽いし自分で持ちたいわ、ありがとう」
「おう」
そのまま敷地内にあるクロアの仕事場、仕立て屋に向かう。
「あー、クロア。今日来た✕✕✕なんだがな」
「ええ、どうかしたの?」
「あいつとは長い付き合いになりそうだ。それでな」
シブが言いにくそうにしているのを、クロアはじっと見ている。
「あいつは変なやつだから、変なことが起きても気にしないでやってくれ」
「まぁ!シブったら失礼ね!あんなに礼儀正しい方に!」
「ああ、違う。そうじゃねえ、そうじゃねえんだが…」
クロアの手に伝わる、きゅっと力の籠った腕に、それがシブにとって本当に言い難いことなのだと察することができた。
「わかった、わかったわ。何か起きても気にしない。気にしないから誰にも話さない。これでいい?」
「ああ…俺は良い妻を持ったな。あんがとよ」
「あら、今頃気づいたの?でも気分がいいから許してあげるわ。歌も歌ってあげる」
「それはありがてぇこったな。じゃんじゃん歌ってくれ」
「うふふ、さぁ午後のお客さんが来る前に飾りましょう」
「おうよ」
ラララ、ラン、ラン
客のいない仕立て屋の中で、春の陽気を謳う声がしばらくの間響いていた。
▶124.「風が運ぶもの」
123.「question」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
イレフスト国ナトミ村にて
この村では、オリャンという果樹が多数植えられている。一面のオリャン畑は圧巻であり、観光客が訪れることも多い。
酸味が強すぎて生食用には適さないが、洗濯の補助剤としてイレフスト国内では広く使われている。
村人は熟した実をジャムに加工し食べている。また、観光客向けに瓶詰めとして販売している所もある。
オリャンは柑橘類で天候の変動に強く、一年中花が咲き、また結実する。
洗濯に熟し具合は関係ないため、日持ちがするよう若い実を収穫し、これを国内各地に出荷している。
ここ、ナトミ村で風が運ぶものといえば、もちろんオリャンの香りだ。
爽やかな香りが村全体を包んでいる。
そんな場所に、ある噂話が届いた。
「『シルバーブロンドの男に気をつけろ?』おめ本気で言ってんのか」
「だぁって出荷で行くとこ行くとこ持ち切りなんだもんよ」
話を持ちかけた方はタジタジになりつつも、自分の得た情報を必死に伝えている。
「だからっておめーよォ。シルバーブロンドつったら、前に村来た旅人さんだろ?出処はどこなんだ出処は」
「それがどうも軍が流してるらしんだ」
「それじゃ軍がクロに決まってら。長んとこ行くか」
「また軍か」
「どうします?やっちまいます?」
「おめは何でそう血の気が多いんだっ」
「いてっ!なんだよー血の気が多いのは長だろー!」
「茶番は置いといて、だ。風は我らにとって良いものを運ぶが、時に良くないものも運ぶ。人の業だな」
「茶番で人を叩くなよ」
「とはいえ、とはいえだ」
「聞けよ長」
ナトミ村はオリャンの生産によって規模を大きくしてきた。
国からは町に昇格して高い税金を納めろと言われているが、
何の利益も見い出せないため断り続けている。
(のどかな村だからこそ良いオリャンを作り続けられるというに)
「ま、日頃の鬱憤を晴らすくらいなら」
「長?」
「ちょっとだけだぞ。オリャンの実は作り続けねばならんのだから」
「よしきた、みんなを集めてくるぜ」
▶123.「question」
122.「約束」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「残ってるとこには残ってるもんなんだな」
過去の遺物ってやつがよ。
いや、こいつらにとっては過去じゃねぇんだな。
過去と現在との連続性の不思議に思いを馳せながら、
シブは、今聞いたばかりの話を噛み砕いて考えていた。
◇
花街の女、子猫のところから出発した人形たちは、請け負った配達をこなしつつ、仕入れ屋シブのいる町まで来た。
シブはまだ仕事始めをせずに家で過ごしていたため、簡単に会うことができたのだった。
人形としては、自分の不注意で発生した怪我の修復に付き合わせた上、正体を周りには秘密にするという重荷を背負わせてしまったので、まだ蟠りがあるかもしれないとも考えていたが、
当のシブ本人は、
「おう、久しいな。入れよ」
軽く迎え入れてくれた。
✕✕✕が土産であるサボウム国で購入した香辛料をシブに渡すと、
さらにイレフスト国のナトミ村で購入したオリャンの花びらで作られた押し花の作品を取り出した。
「これは、シブの奥方に。長期保存が可能なため『永遠の花束』という記念品として購入されるらしい」
「あら!まぁ小さくて白い花びらがなんて可憐な花束なんでしょう!私にまで、わざわざありがとうございます」
少々旅の話に花を咲かせたあと。
「クロア、悪いが2人で話したいから外してくれ」
シブが自分の妻に香辛料を渡しながら頼むと、
「ええ、ごゆっくりなさってください。お酒は飲まれますか?」
という質問が返ってきた。
チラッと人形を見たシブは「いや、要らない」と答え、
クロアは、部屋から出ていった。
そして、人形は子猫の時と同じようにナナホシを紹介しつつ、これまでの旅について説明したのであった。
それに対するシブの第一声が冒頭の言葉である。
ちなみにナナホシはシブから要求がなかったため、机の上を自由に歩いている。フチを歩くのがお気に入りらしい。
「お前んとこの博士が、どうしてイレフストんとこの指紋を知っていたのか、生きてたらquestion、質問してみたかったな」
「そうだな。私はあまりにも自分自身のことを知らな過ぎた。とはいえ今更疑問を持ったところで…」
意味はない。本当にそうだろうか?
「そういえば、ナナホシと私は動力に互換性があったのだ」
「動力?ごかんせい?」
「人間で言えば同じ食事を食べていたということだ」
「ああ、なるほどな。じゃあ案外作った人間が同じだったのかもな」
「つまり、博士が?」
人形がハッとしたようにナナホシの方を見る。ナナホシは机からずり落ちそうになっていたので、そっと戻してやった。
「そりゃま、俺の知るところじゃねえがな。偶然にしちゃ出来すぎてるってことだ」
「ナナホシのいた施設は破壊措置を取ったが、資料はデータとしてナナホシと私の中にある。ただ、取り込み中に、ナナホシに関する記述は見つからなかったが」
「そうなんだな。何にしろ、イレフスト国には行かにゃならんのだろ?」
「ああ」
「冬がキツいだけなら、ウチに入れてやっても良かったんだがなぁ。まぁクロアが何と言うか分からんが」
「いや、夫婦だろう?気持ちだけで充分だ」
「まぁなんだ、戦乱やその前のことを調べるのがタブーってわけじゃない。仕事のついでに知り合いに聞いといてやる。たまには確認しに来い」
「ありがとう、シブ。そうさせてもらう」
「ナナホシもな、うまくやれよ」
「ウン、コノ机、歩クノ楽シイ。マタ来ル」
「ところで、今日もらった香辛料だがよ、次も買えるか?もちろん金は払う」