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2/26/2025, 9:41:29 AM

▶116.「さぁ冒険だ」
115.「一輪の花」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
〜人形たちの知らない物語〜

目を開けると、
私の持てる全てを注いで作り出した人形が、
寝床に横たわる私の左手側に腰掛け、私を見つめていた。

技術局で過ごした仲間が作ったメカを迎えに行きたくて、せっかくならと作り始めた人形だった。
旅に出ることを諦めて残りの命を人形の仕上げに使う。

そう決めたことに悔いはない。

だが、このままでは‪✕‬‪✕‬‪✕‬とナナホシが出会うことはないだろう。


「は…っ」
喋ろうと口を開いたが掠れた声しか出ず、咳き込んでしまう。
すぐさま✕‬‪✕‬‪✕‬が助け起こし、水を含ませてくれた。

「…✕‬‪✕‬‪✕‬、ありがとう…。私もあとわずかだろう…すまないな」
「はい」

「私が死んだら…この家のものは全てを処分して、お前は旅に出るんだ」
「はい」

「色々なものを見聞きして、人間とは何か、自由とは何か探してほしい」
「分かりました。私にとって時間の経過は苦痛になりません。博士が言うものをできる限り探します」
「頼ん、だぞ…」

これで、これでいい。
いつか、あの技術局にたどり着いてナナホシに出会える日が来るかもしれない。

根拠に欠ける予測だった。
しかし、____は訳もなく、大丈夫だと信じたのだった。





世界でただ一つの人形。

もっと成長していく姿を見ていたかったから、
お前に完成という言葉を伝えられなかった。

生きるものは未完成であるからこそ美しい。


私自身のことは何も持っていかなくていい。
技術が便利に使われていた時代はとっくに終わったのだから。

結局、自由とは何だろうな?
まぁいいよな。



一瞬が永遠にも感じる。

なのに、
今感じている気持ちの何も、
言葉でも瞳でも伝えられなくて

彼の腕に触れるのが精一杯だった。


今こそ、さぁ冒険だ。

行っておいで、私の愛した人形。



〜人形たちの知らない物語 [完]〜

2/25/2025, 9:34:00 AM

▶115.「一輪の花」
114.「魔法」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
〜人形たちの知らない物語〜

「ここか」
サボウム国王の墓の場所を聞いてやってきたのは、中庭だった。
隅に建てられていて、王という立場を考えればかなり質素だ。
それも生前の所業を考えれば仕方ない。
むしろ墓があるだけ敬意を払われているのだ。

一輪の花が供えられている。
____も、それに倣ってその辺に咲いていた花を摘み、並べて置いた。

(これで、良かったのだろうか)

じっくり考えをまとめたい所だったが、
また地面が揺れ始めた。
これ以上の時間は無いと判断した____は、
できるだけ遠くに逃げろと呼び掛けながら城から脱出する。
最初に話した人が呼びかけていたらしく、もう無人のところが多かった。

城下の住人たちもぞろぞろと後退し離れていく。

離れていくのを待っていたかのように、
また、力に溺れたものの末路を見せつけるように、

王城は隆起した岩に崩され、
また地面に生じた亀裂の中へ飲み込まれていった。

誰もが無言だった。
家が近くにある者は荷物を取りに行き、
そうでないものは早々と立ち去っていく。

____も、その場から離れることにした。

漏れ聞こえてくる話に耳を傾けていると、どうやら地面が揺れている間は術具が使えないらしかった。

もしかしたら何もしなくても、この現象によって、少なくともサボウム国は戦い続けることが出来なくなっていたかもしれない。だがそれは、王城にも城下の街にもたくさんの人が残っていることになっただろう。
そうなっては、避難に時間がかかってしまう。

「何があるか、分からないものだな」

強い風が吹いた。
立ち上る煙を追い払うように、一輪の花が空を舞っていた。

サボウム国の仲間は建設中という新首都にいるだろうと思われた。
しかし花の行く末を眺めていた____は、しばらくの間ここに留まることに決めた。
老夫婦に受けた恩を返すくらいは。そしてそれは仲間にではなく、ここに住む者に返したい。そんな思いだった。

王城があった場所は、地面が揺れる度に隆起を繰り返し亀裂も広がっていき、やがて地下水と繋がり大きな池を形成した。

誰かが地獄を再現したようだと言うと、それは街中に、後に国中に広まり、王によって開発された術具は揺れによる障害もあって急速に廃れていったのだった。

____は、住民たちの暮らしの立て直しを手伝いながら、
吹き出る蒸気や湯を調べ、人間への影響や活用法を見出した。
住民たちは貪欲に吸収し、生活の糧へと変えていった。

そして新しい国の形が出来上がってきた時、____はサボウム国を出た。
行き先はフランタ国。
その気候は、機械技術にとって必要な条件が全て揃っている。

____は、自分の描いた夢を諦めていなかった。

花を一輪ずつ集めて花束を作るように、
少しずつ材料を集め部品を作り、人形を作り上げていった。

自身の故郷でやっていたように人形の素体を作り、
フランタ国が得意としていた自律思考回路と動力回路を組み込む。
各種伝達回路にはサボウム国の術式を使用した。
人間らしく関節を動かし、人間らしくものを食べ、眠って回復する。
細々とした機能は、イレフスト国の幅広い応用技術が役に立った。

自分の中に積み上げてきた全てを使って。
国を渡り歩いてきた____だからこそ出来ることだった。
けれど容易に出来ることではなかった。

長い長い年月を要した。

そうして「その日」は来たのだった。

2/24/2025, 9:41:39 AM

▶114.「魔法」
113.「君と見た虹」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
時は現在、イレフスト国にある対フランタ技術局付近の湖にて

水面を走っていくシルバーブロンドは、
もう我々では到底手の届かない距離まで進んでいた。

「なんだあれ…」
「魔法か?」
「馬鹿言え、魔法なんてあるもんか」
「いや、でも…」

隊員たちは、魔法だなんだと騒いでいる。
技術では到達し得ない奇跡や偉業をそのように呼ぶことがあるが、
今はそんな眉唾ものに構っている暇はない。


「隊長、追いますか?」
「ああ、馬の得意なものを連れてこい。少人数で追うぞ」
「私の他に3人知っています。すぐに準備させましょう」


勝負はここからだ。





湖を渡り切ってから後ろを振り返り、追っ手が来ないことを確認してから、
元のとおりに能力制限を掛けた。

制御の難易度が高く、燃費も悪いためだ。


「隠れながら進んでも、いずれ追いつかれるだろうな」

【ふり積もった雪の中、足跡を消すのは困難だ。そして、】制限が掛かる直前まで見えていた湖の向こう側では、隊長を名乗った男が周りの人間に指示を出していた。諦めた人間の行動ではない。

「ドウスル?」
「速度を早めるには動力が足りない」

それに、仮に最も燃費のいい速度を保っても、
かなり長いであろう地下通路を抜けられるか怪しい。

「だからと言って身を隠して動力を補給できたとしても、その頃には施設に入ることは困難になっているだろう」

動力さえあれば。
あの第三隊と名乗る集団の体勢が整う前に地下通路に入れるだろう。

「僕ノヲ使ッテ」
「ナナホシ?」
「今残ッテルノ、全部アゲル」
「だが、私とナナホシでは製作者が違うだろう?動力の互換性はないはずだ」
「ウン、デモ試シテ欲シイ」

ナナホシは虫型のメカだ。
音声は生き物のそれとは全く異なる。表情も私と同じく人間が親しみやすくなるように仕組まれたもののはずだ。
だが時々、こうして意志の強さのようなものを感じさせる。

「分かった。どうしたらいい」

いずれにしろ何かしなければ、そのまま詰むだけだ。

「‪✕‬‪✕‬‪✕‬ノ、動力取リ込ミ機関ヲ見セテ」
「それなら私の眼球だ。詳しく見たいのか?」
「デキル?」
「洗浄しやすいように作られているから大丈夫だ」

取り出された眼球にナナホシは触覚を触れさせて調べている。
「ウン、デキソウ。顔モ調ベサセテ」
「分かった」

ナナホシを乗せていた手をそのまま顔、目の近くまで持っていけば、
極細の触覚が、眼窩内の端子にそっと触れていく。
「試シテミル」
「ああ」

触覚を引っ込めたナナホシは、口器を端子に押し付けた。

「ドウ?」
「問題ないようだ」
「続ケルネ」
「いや、待てナナホシ」
「ドウシタノ?」
「今ナナホシが動力切れを起こしたら私は施設にたどり着けない。継ぎ足しながら行こう」
「ソウダッタ」
「私の腹は、先程の全力疾走による発熱で暖かい。道案内は口頭で構わないから、少しでも補給してくれ」
「ワカッタ」

もぞもぞとナナホシが人形の服の中へ潜り込み、人形は聞こえてくるくぐもった声に従って制限内の速度で走り出した。
湖を渡った時に比べれば雲泥の差だが、疲れを知らぬ人形の体は動力のある限り、いつまでも、どこまでも走り続けられる。


(なぜ、私とナナホシに動力の互換性があるのだ?まるで、魔法のようだ)

いや、魔法などという曖昧なものはない。おそらく私たちには知り得ない理由があるのだろう。そして、それは今の私たちに関係の無い話だ。
人形は思考を振り切り、目的地に向かって走ることに集中した。

2/23/2025, 9:43:57 AM

▶113.「君と見た虹」
112.「夜空を駆ける」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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〜人形たちの知らない物語〜

ノンバレッタ平原を抜け、小高い丘の上まで来た。
サボウム国が見渡せる場所だ。
拾ってくれた老夫婦以外では大した思い出のない国だが、
不思議と戻ってきたという感覚がある。
そのまま一息ついていると、

突然、視界が揺れ出した。

「あ、なんだ…じしん…?」

久しぶりすぎて自分が揺れているのかと思ったが、
しゃがんでいると地面から小さい揺れが伝わってくる。

こっちでは何と言うのだったか。
故郷の言葉しか出てこない。

長い揺れの中、遠くに目をやると、煙が上がっている場所があった。
それは、王城のある方角だった。

「あ」
煙の一部が虹色に光っている。
何かの粒子か水蒸気か、
太陽の光を分散させているのだろう。

冷静に現象を分析しようとする一方で、
____は急な郷愁に捕らわれていた。

あの頃は平和で、足りないものなんかなくて。
苦しさに、ぎゅっと服の胸元を握りしめた。


「君と見た虹は、もっとささやかで優しいものだったよな」

幼い頃、瓶に水をいっぱいに溜めて太陽に透かして見せてくれた。
それから、色んな場所に虹を当てて遊んだ。
高名な父がいるからと驕っていた私と親しく遊んでくれた女の子。

お互い成長してからは、
寝食を惜しんで人形づくりに没頭していた私を叱ってくれた恋人。

今は、あの虹よりも遠い。

煙は虹を飲み込んで、次第に大きく黒く変化し空を上っていく。

「行かなくては…」

力を振り絞って立ち上がり、丘を駆け下りていった。


サボウム国に入っていくと、あちらこちらで白い煙が上がっていた。
湯気にしては、変わった匂いがする。

布で口元を覆い、王城に向かって走って向かおうとしたが。

「術具が使えない!」
「こわいよー!」

あちこちで上がる悲鳴に見て見ぬふりも出来ず、
口元を覆って広い場所へ逃げるように声をかけていく。

恐怖に叫ぶ声の合間に、術具が使えないと焦っている声が多い。
揺れで壊れたというわけでもないようだ。

大きな物は持たずに避難するように呼び掛けながら、
人々の間を縫って進んでいく。


大通りを抜ける頃には揺れが収まって、
住民たちは少しばかり落ち着きを取り戻していた。

丘の上から見たとき、城とは反対方向の方が煙が少なかったように思う。
そう伝えると、そちらでは新首都を建設していると教えてくれた。

なるべく早くみんなで声を掛け合いながら避難した方がいいと念押しして、その場を離れた。


そうして着いた王城は、すでに人も少なく、がらんとしていた。

残っていた者に聞いてみると、
王を始めとする戦乱に積極的だった者たちが乱心して城を出ていくと、
それを知っていたかのようなタイミングで反抗組織が現れたという。

その者達は城内を掌握すると新首都建設のために人を引き抜いていったということだった。王子も一緒に連れていかれたらしい。
イレフスト国の王子と違って、サボウム国の王子は気弱な性格だからだろう。

つまり、人が少ないのは揺れの前からだったらしい。

(自分たちで作り上げたかったのだろうな)
仲間たちが、残った人達と上手くやっていくことを願うしかない。


「あなたも城を出て避難した方がいい」
「そうするよ、あっちには弟がいるんだ」

「あと1つだけすまない、王の墓はどこにあるだろうか」

2/22/2025, 9:29:32 AM

▶112.「夜空を駆ける」
111.「ひそかな想い」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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イレフスト国、元対フランタ技術局付近の湖のほとりにて

「そこの男、待て」
【雪景色の中、】人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬にそう声を掛けてきたのは第三隊隊長ミナトと名乗る男だった。イレフスト国の重要機密を盗んだ疑いがあるらしい。


「こんな夜更けに話しかけてきて重要機密とは、どういうことだろうか?私には心当たりがない」


イレフスト国の、重要機密。
当てはまるとすればナナホシのことだろう。

「嫌ダ。僕、‪✕‬‪✕‬‪✕‬ト離レタクナイ」

ナナホシも、それが分かったのだろう。
人形にだけ聞こえるように小さく意思表明をしてきた。


人形は、人間に危害を加えないよう、嘘をつくことに対しては制限を掛けられている。そのため慎重に言葉を選んで発言する必要がある。

幸い、ナナホシについては、国の機密ではなく個人的な秘密であると知っているため、言葉を返すのは容易であった。

だが。

「ほう?本当にそうかね。私は知っているぞ。お前が飲まず食わずで昼も夜も歩き続けていることをな。人間としては有り得ないことだ」

「……」

最早人形にできることは黙っていることだけだった。
じりじりと人間たちが迫ってくる。後ろの茂みに逃げることも考えたが、その奥から草をかき分ける音が、人形の耳には聞こえていた。

このままでは、囲まれる。

表情を作ることも放棄して、‪✕‬‪✕‬‪✕‬は切り抜ける方法を探していた。


ふと、水の匂いを届けていた風が止んだ。

【街道を塞ぐように立つ軍から前方に目線を移せば、
雪によって白くなった中で、ぽっかりと闇色の大穴が空いている。

それは施設までの直線を遮って横たわる湖だ。

街道を横断して少し先にある湖は、】
さざなみも静まり、その湖面に月と星を映していた。

人形は目を閉じ、システムのスイッチを切り替える。

「ナナホシ」
「ウン」
「しっかり掴まっているんだよ」
「ダイジョウブ、デキルヨ」
「よし、走るぞ」


「っ、総員確保!」
‪✕‬‪✕‬‪✕‬の雰囲気が変化したのに気づいたか、隊長が慌てて号令を掛ける。
しかし時すでに遅く、目を開けた‪✕‬‪✕‬‪✕‬は走り始めていた。

掴みかかってくる隊員たちが、ゆっくり動いて見える。


人間に馴染むように。人間から親しんでもらえるように。
元々の性能を大幅に制限し、人形は過ごしている。
そこにあるのは博士の備えか浪漫か。

制限を解除した人形は、隊員を傷つけぬようそっと躱して、湖に向かって加速していく。

肩透かしをくらった隊員たちはたたらを踏んで、ある者はそのまま転んだ。
いち早く体勢を直した隊長は、‪✕‬‪✕‬‪✕‬の行った先、すなわち己の背後にあった湖を素早く振り返った。


光源のない湖は素直に星々を映していた。
まるで満天の星空がもう一つあるようであった。

彼の走ったところから波紋が生まれ、湖面を乱す。
それは夜空を駆けるようであった。

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