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2/24/2025, 9:41:39 AM

▶114.「魔法」
113.「君と見た虹」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
時は現在、イレフスト国にある対フランタ技術局付近の湖にて

水面を走っていくシルバーブロンドは、
もう我々では到底手の届かない距離まで進んでいた。

「なんだあれ…」
「魔法か?」
「馬鹿言え、魔法なんてあるもんか」
「いや、でも…」

隊員たちは、魔法だなんだと騒いでいる。
技術では到達し得ない奇跡や偉業をそのように呼ぶことがあるが、
今はそんな眉唾ものに構っている暇はない。


「隊長、追いますか?」
「ああ、馬の得意なものを連れてこい。少人数で追うぞ」
「私の他に3人知っています。すぐに準備させましょう」


勝負はここからだ。





湖を渡り切ってから後ろを振り返り、追っ手が来ないことを確認してから、
元のとおりに能力制限を掛けた。

制御の難易度が高く、燃費も悪いためだ。


「隠れながら進んでも、いずれ追いつかれるだろうな」

【ふり積もった雪の中、足跡を消すのは困難だ。そして、】制限が掛かる直前まで見えていた湖の向こう側では、隊長を名乗った男が周りの人間に指示を出していた。諦めた人間の行動ではない。

「ドウスル?」
「速度を早めるには動力が足りない」

それに、仮に最も燃費のいい速度を保っても、
かなり長いであろう地下通路を抜けられるか怪しい。

「だからと言って身を隠して動力を補給できたとしても、その頃には施設に入ることは困難になっているだろう」

動力さえあれば。
あの第三隊と名乗る集団の体勢が整う前に地下通路に入れるだろう。

「僕ノヲ使ッテ」
「ナナホシ?」
「今残ッテルノ、全部アゲル」
「だが、私とナナホシでは製作者が違うだろう?動力の互換性はないはずだ」
「ウン、デモ試シテ欲シイ」

ナナホシは虫型のメカだ。
音声は生き物のそれとは全く異なる。表情も私と同じく人間が親しみやすくなるように仕組まれたもののはずだ。
だが時々、こうして意志の強さのようなものを感じさせる。

「分かった。どうしたらいい」

いずれにしろ何かしなければ、そのまま詰むだけだ。

「‪✕‬‪✕‬‪✕‬ノ、動力取リ込ミ機関ヲ見セテ」
「それなら私の眼球だ。詳しく見たいのか?」
「デキル?」
「洗浄しやすいように作られているから大丈夫だ」

取り出された眼球にナナホシは触覚を触れさせて調べている。
「ウン、デキソウ。顔モ調ベサセテ」
「分かった」

ナナホシを乗せていた手をそのまま顔、目の近くまで持っていけば、
極細の触覚が、眼窩内の端子にそっと触れていく。
「試シテミル」
「ああ」

触覚を引っ込めたナナホシは、口器を端子に押し付けた。

「ドウ?」
「問題ないようだ」
「続ケルネ」
「いや、待てナナホシ」
「ドウシタノ?」
「今ナナホシが動力切れを起こしたら私は施設にたどり着けない。継ぎ足しながら行こう」
「ソウダッタ」
「私の腹は、先程の全力疾走による発熱で暖かい。道案内は口頭で構わないから、少しでも補給してくれ」
「ワカッタ」

もぞもぞとナナホシが人形の服の中へ潜り込み、人形は聞こえてくるくぐもった声に従って制限内の速度で走り出した。
湖を渡った時に比べれば雲泥の差だが、疲れを知らぬ人形の体は動力のある限り、いつまでも、どこまでも走り続けられる。


(なぜ、私とナナホシに動力の互換性があるのだ?まるで、魔法のようだ)

いや、魔法などという曖昧なものはない。おそらく私たちには知り得ない理由があるのだろう。そして、それは今の私たちに関係の無い話だ。
人形は思考を振り切り、目的地に向かって走ることに集中した。

2/23/2025, 9:43:57 AM

▶113.「君と見た虹」
112.「夜空を駆ける」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
〜人形たちの知らない物語〜

ノンバレッタ平原を抜け、小高い丘の上まで来た。
サボウム国が見渡せる場所だ。
拾ってくれた老夫婦以外では大した思い出のない国だが、
不思議と戻ってきたという感覚がある。
そのまま一息ついていると、

突然、視界が揺れ出した。

「あ、なんだ…じしん…?」

久しぶりすぎて自分が揺れているのかと思ったが、
しゃがんでいると地面から小さい揺れが伝わってくる。

こっちでは何と言うのだったか。
故郷の言葉しか出てこない。

長い揺れの中、遠くに目をやると、煙が上がっている場所があった。
それは、王城のある方角だった。

「あ」
煙の一部が虹色に光っている。
何かの粒子か水蒸気か、
太陽の光を分散させているのだろう。

冷静に現象を分析しようとする一方で、
____は急な郷愁に捕らわれていた。

あの頃は平和で、足りないものなんかなくて。
苦しさに、ぎゅっと服の胸元を握りしめた。


「君と見た虹は、もっとささやかで優しいものだったよな」

幼い頃、瓶に水をいっぱいに溜めて太陽に透かして見せてくれた。
それから、色んな場所に虹を当てて遊んだ。
高名な父がいるからと驕っていた私と親しく遊んでくれた女の子。

お互い成長してからは、
寝食を惜しんで人形づくりに没頭していた私を叱ってくれた恋人。

今は、あの虹よりも遠い。

煙は虹を飲み込んで、次第に大きく黒く変化し空を上っていく。

「行かなくては…」

力を振り絞って立ち上がり、丘を駆け下りていった。


サボウム国に入っていくと、あちらこちらで白い煙が上がっていた。
湯気にしては、変わった匂いがする。

布で口元を覆い、王城に向かって走って向かおうとしたが。

「術具が使えない!」
「こわいよー!」

あちこちで上がる悲鳴に見て見ぬふりも出来ず、
口元を覆って広い場所へ逃げるように声をかけていく。

恐怖に叫ぶ声の合間に、術具が使えないと焦っている声が多い。
揺れで壊れたというわけでもないようだ。

大きな物は持たずに避難するように呼び掛けながら、
人々の間を縫って進んでいく。


大通りを抜ける頃には揺れが収まって、
住民たちは少しばかり落ち着きを取り戻していた。

丘の上から見たとき、城とは反対方向の方が煙が少なかったように思う。
そう伝えると、そちらでは新首都を建設していると教えてくれた。

なるべく早くみんなで声を掛け合いながら避難した方がいいと念押しして、その場を離れた。


そうして着いた王城は、すでに人も少なく、がらんとしていた。

残っていた者に聞いてみると、
王を始めとする戦乱に積極的だった者たちが乱心して城を出ていくと、
それを知っていたかのようなタイミングで反抗組織が現れたという。

その者達は城内を掌握すると新首都建設のために人を引き抜いていったということだった。王子も一緒に連れていかれたらしい。
イレフスト国の王子と違って、サボウム国の王子は気弱な性格だからだろう。

つまり、人が少ないのは揺れの前からだったらしい。

(自分たちで作り上げたかったのだろうな)
仲間たちが、残った人達と上手くやっていくことを願うしかない。


「あなたも城を出て避難した方がいい」
「そうするよ、あっちには弟がいるんだ」

「あと1つだけすまない、王の墓はどこにあるだろうか」

2/22/2025, 9:29:32 AM

▶112.「夜空を駆ける」
111.「ひそかな想い」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---

イレフスト国、元対フランタ技術局付近の湖のほとりにて

「そこの男、待て」
【雪景色の中、】人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬にそう声を掛けてきたのは第三隊隊長ミナトと名乗る男だった。イレフスト国の重要機密を盗んだ疑いがあるらしい。


「こんな夜更けに話しかけてきて重要機密とは、どういうことだろうか?私には心当たりがない」


イレフスト国の、重要機密。
当てはまるとすればナナホシのことだろう。

「嫌ダ。僕、‪✕‬‪✕‬‪✕‬ト離レタクナイ」

ナナホシも、それが分かったのだろう。
人形にだけ聞こえるように小さく意思表明をしてきた。


人形は、人間に危害を加えないよう、嘘をつくことに対しては制限を掛けられている。そのため慎重に言葉を選んで発言する必要がある。

幸い、ナナホシについては、国の機密ではなく個人的な秘密であると知っているため、言葉を返すのは容易であった。

だが。

「ほう?本当にそうかね。私は知っているぞ。お前が飲まず食わずで昼も夜も歩き続けていることをな。人間としては有り得ないことだ」

「……」

最早人形にできることは黙っていることだけだった。
じりじりと人間たちが迫ってくる。後ろの茂みに逃げることも考えたが、その奥から草をかき分ける音が、人形の耳には聞こえていた。

このままでは、囲まれる。

表情を作ることも放棄して、‪✕‬‪✕‬‪✕‬は切り抜ける方法を探していた。


ふと、水の匂いを届けていた風が止んだ。

【街道を塞ぐように立つ軍から前方に目線を移せば、
雪によって白くなった中で、ぽっかりと闇色の大穴が空いている。

それは施設までの直線を遮って横たわる湖だ。

街道を横断して少し先にある湖は、】
さざなみも静まり、その湖面に月と星を映していた。

人形は目を閉じ、システムのスイッチを切り替える。

「ナナホシ」
「ウン」
「しっかり掴まっているんだよ」
「ダイジョウブ、デキルヨ」
「よし、走るぞ」


「っ、総員確保!」
‪✕‬‪✕‬‪✕‬の雰囲気が変化したのに気づいたか、隊長が慌てて号令を掛ける。
しかし時すでに遅く、目を開けた‪✕‬‪✕‬‪✕‬は走り始めていた。

掴みかかってくる隊員たちが、ゆっくり動いて見える。


人間に馴染むように。人間から親しんでもらえるように。
元々の性能を大幅に制限し、人形は過ごしている。
そこにあるのは博士の備えか浪漫か。

制限を解除した人形は、隊員を傷つけぬようそっと躱して、湖に向かって加速していく。

肩透かしをくらった隊員たちはたたらを踏んで、ある者はそのまま転んだ。
いち早く体勢を直した隊長は、‪✕‬‪✕‬‪✕‬の行った先、すなわち己の背後にあった湖を素早く振り返った。


光源のない湖は素直に星々を映していた。
まるで満天の星空がもう一つあるようであった。

彼の走ったところから波紋が生まれ、湖面を乱す。
それは夜空を駆けるようであった。

2/21/2025, 9:43:03 AM

▶111.「ひそかな想い」
110.「あなたは誰」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
〜人形たちの知らない物語〜

局長を探していたために時間はかかったが、
____はノンバレッタ平原に着いた。
ここでサボウム国の仲間と落ち合うつもりであった。

サボウム国からだけでなく、
フランタ国に潜入していた仲間も来て、三方で情報交換を行う予定だった。

春が近づき、戦場の跡を草花が隠し始めている。
数年もすれば、ここで何があったかなど、
予め知っていなければ見ても分からなくなるだろう。

____はしばらく仲間を探して歩き回ったが、
時間が経ちすぎていたためか、誰もいなかった。

ため息ひとつ、____は再び歩き始めた。
このまま南下していけば、サボウム国に入れる。

行きと違い、馬車も無くたった1人。
人と会うのは、立ち寄った村で労働をして食事を分けてもらう時くらいだ。

ひたすら、ひたすら、歩いていく。

心の中では繰り返し、盗み見たメカの構造を思い出していた。

技術局で研究していた最先端技術を惜しみなくつぎ込んだ傑作だ。


すごいな。

いいな。

自分も、作ってみたい。


消えぬ技術者としての魂が、____の命と希望を繋いでいる。

サボウム国の技術を入れたら、
もっと素晴らしいものができるかもしれない。

それに、私の人形づくりだって……

前例も根拠もない、夢想に近い構想を、
ひそかな想いとして描きながら、

一歩、また一歩と踏みしめていった。

2/20/2025, 9:52:12 AM

▶110.「あなたは誰」
109.「手紙の行方」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
---
地下通路の入り口を守る6班の元に早馬がやってきたのは、
技術保全課の課長ホルツが収納庫から見つかった手紙を懐にしまった後のことであった。
到着したのは、国境や街道の警備を担当している第三隊の者であった。
後ろに誰か1人乗せている。

かなり急いで来た様子で、馬も苦しそうだ。

「こちら第三隊。至急連絡です」

地下通路は、なんの訓練も受けていない人間が歩いておよそ半日、12刻ほどかかる。軍人なら6刻ほどで踏破できるが、それでも時間がかかる。
そのため、交代で通路の中間地点あたりに隊員を配置していた。これにより、隊員はトップスピードギリギリまで速度を早めて伝達することが可能になる。

早馬の到着から3刻後、第二隊6班の班長ライラの元へ報告が届けられた。

さらにそれから5刻の後、早馬の後ろに乗っていた1人が背負われた状態で元技術局に到着し、ホルツ課長のところにやって来た。
「課長、遅れました」
「おお、ミハ。よく来てくれたな。その姿はどうしたんじゃ」

「いや、恥ずかしいことに私は馬が得意ではなくて。まごついているところを、第三隊の方たちが早馬に乗せてくれたのですが」
「ははぁ、足腰がやられたんじゃな?だから普段から鍛えておけと言ったじゃろ。悪いが、分かったことを教えてくれるか?」

「はい。第三隊が集めた目撃情報から、この件の最重要人物とされているシルバーブロンドの目的地を断定しました。場所はここ、元対フランタ技術局。予想通りなら到着は3日後です」

「では、そやつが?」
「証拠がなく断定はできません。ただ、徒歩ながら連日夜通し移動しており、一日あたりの移動距離は人の能力をはるかに超えています。また、想定される移動ルートの途中に湖があり、迂回すると推察されています。第三隊隊長はその前に確保したい考えです。それから…

そうして暫く情報共有は続き、
ひと通り話し終わったところで、

「なるほどの。よく伝えてくれた、今はゆっくり休め」

ミハを休憩場所にしている部屋、おそらく当時暮らしていた局員の私室だが、その一つに押し込んだ。

資料室に向かいながら、ホルツは呟いた。

「3日後か…この手紙のことを話し合うには、ちと時間が足りんのう。なぁ、シルバーブロンドよ、お前さんは一体誰なんじゃ?」




サボウム国でダメージを受けたナナホシ。
回復させるための手がかりを探すため、
人形たちは、動力を節約しつつ日夜歩き続けていた。
【その中で、ある変化があった。サボウム国から入った時には無かった雪が施設に近づくにつれて増えてきている。人形はナナホシが冷えないよう、時折温石を火で暖め使いながら、進んでいた。】

この夜も、ナナホシがいた施設をまっすぐ目指して木々の間を歩いていた。


「ナナホシ、水の匂いがする」
そう人形が声をかけると、ナナホシはナビゲーションモードから戻ってきた。

「ン…僕ニ内蔵サレテイル地図ニヨルト、湖ガアル。目的地ハ、ソノ先」
「見えてきたら迂回しよう。目印になるようなものがあればいいが」

そのまま少し行くと、街道に出た。【ここだけ雪がないので整備されているのだろう。】水は人間にとって大事な資源だ。近くに町があるかもしれない。

「さて、右か左か」

少し立ち止まって思案した、その時。


「そこの男、待て」
物々しい雰囲気を醸し出しながら男が声をかけてきた。
後ろには何人か部下のように付き従っている。

「私のことだろうか。あなたは誰だ?」
軽く周囲を見渡すが、他にそれらしい人間は見当たらない。

「そうだ。私は第三隊隊長ミナト。お前には我がイレフスト国の重要機密を盗んだ疑いがある。悪いが拘束させてもらう」

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