▶106.「君の声がする」
105.「ありがとう」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜君の知らない物語〜
対フランタ技術局局長としての仕事は終わった。
そして私は技術局から水と食料を持ち出し、山に入った。
地下通路よりもこちらの方が早く人に会えると思ったし、
どうせなら仲間には自身の不調を隠し通したいという意地もあった。
私は山登りをしたことがなかったから、山を甘く見ていたのだ。
休み休み歩けばいい、火を焚いたら見つけてもらえる、
どこか楽観的に考えていた。
先の見えない道無き道を歩いていったが足の踏ん張りがきかず、あっと言う間もなく、足を滑らせてしまった。
私は転げ落ちて、もみくちゃになるのを感じつつ意識を手放した。
◇
祠の掃除に来たら、知らない誰かが倒れていた。
大きい怪我は無さそうだが、あちこち傷だらけだ。
「おい、生きてるか?起きろ」
「あ、動いたぞ」
「う…」
「消耗が激しいみたいだな、助けられるかな」
「祠の近くに倒れてた。つまり御山様の加護がある。だから助かるし、助ける」
「そうだな。じゃあ、運ぼう」
「俺が背負うから、お前は先導を頼む」
◇
(イレフスト国の人が優しかったらいいなとは思ってたけど、
本当に優しくされると、なんだかな)
運良く、山を下りられたらしい。
やっと寝床で体を起こせるようになったので、
窓の外に広がる景色を見ることができた。
「起きたか」
声に振り返れば、がっしりとした男がのっそのっそと入ってきた。
「私は、生きているのだな」
元々の不調、これは男の話によると風邪をこじらせていたらしい、
それに加えて山歩きと滑落。自分でも死んだだろうと思ったが、
「御山様の加護のおかげだ」
この村の人達のおかげで、なんとか生き延びられた。
「まだ寝てろ。また来る」
寝て、少し起きて、また寝て。
少しずつ回復して、普通の食事が食べられるようになった頃。
「客?私に?」
「そうだ。会うか?探していたらしい」
「わかった、会うよ」
私の返事を聞くと、男は廊下のある方を向いて入ってこいと声をかけた。
「失礼する」
聞き覚えのある声だと思った。
だが、入ってきたのは見知らぬ人だった。
線の細い、女みたいだが多分男だ。
「できれば二人だけで話したいのだが、良いだろうか」
「私は構わないよ」
「この方は御山様の加護を受けている。危害を加えるような真似をしたら」
「そのようなことはしない。誓ってもいい」
村の男が出ていくと、
残った細い方が、こちらを向いた。
「お久しぶりです。と言っても、この姿では分からないでしょうが、局長」
やはり聞き覚えのある声だ。その証拠に目を閉じて聞けば…
「____君の声がする…まさか、」
「そうです。____です」
どういうことだ?
私の困惑を見て、目の前の彼は一つ頷く。
「全て、お話します」
▶105.「ありがとう」
104.「そっと伝えたい」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜君の知らない物語〜
____は局長以外のメンバーと共に、
対フランタ技術局から地下通路を抜けて、王宮まで戻ってきた。
『ワルツ』の発動から、それなりの日数の経過があったはずだが王宮の中は未だに慌ただしい雰囲気に包まれている。
王宮にいた者に聞いた話では、
やはり、3国の王同士、取り巻きも含めて潰し合ったらしい。ここの王は成人していた王子も連れて行ってしまったとのことで、高官は政の立て直し、特に継承者探しに追われているということだった。
(お互い立て直すのに必死で、戦いどころではないはずだ)
戦いを続けたい者がいなくなれば、それは終わりを迎えるだろう。
そんな____の予想通り、
まともな高官が3国それぞれから終戦締結のために集まった。
集まった場所は、この戦乱の中心地であるノンバレッタ平原。
後に末期に激戦があった地と伝えられ、3国の空白地帯となる場所である。
急ぎ、場は整えられたものの、漂う血なまぐさい臭いは容易には消えない。
高官たちは慣れぬ臭いに顔が青ざめつつも耐えるしかなかった。
この場を設けるきっかけとなった、王たちの乱心だが、
3国で同時に乱心など偶然では有り得ない。
何か、あったのだ。
それも、間違いなく人の手によって起こされたものだ。
ならば技術特性から言ってサボウム国の仕業であろうが、
当のサボウム国王ですら、この平原で命を落としている。
不可解な状況だが、しかし都合はいい。
何しろ、これから国を立て直すために、周辺国に頭を下げて支援を得なければならないのだ。とにかく時間が惜しい。
通常ならば、事実の究明や賠償金、国境線について紛糾するところだが、
この戦いは痛み分け、得たものは教訓のみという共通認識の元、
今後互いに戦を仕掛けない。
殊更仲良くはしないが嫌い合いもしない。
過度な技術研究や導入は避ける。
そのような内容を文言に盛り込みつつ、淡々と必要な情報を共有しながら協議は進められていったのだった。
こうして、フランタ国、イレフスト国、サボウム国による戦乱は終わった。
「私は、ナトミ村へ帰ることにした。今まで、ありがとう」
自身の身辺整理をしながら終戦宣言の発表を待っていた____は、
F16室のメンバーに別れの挨拶をした。
王宮の研究室は最低限の人員を残し、解散となった。
対フランタ技術局を抱えていたF16室も例外ではない。
「そうか、そうだよな。心配だよな」
「気をつけて帰れよ」
「こっちこそ、今までありがとう。お土産受け取るの、忘れんなよ」
「そうだぞ。局長、いや室長?も違うか?まぁいいや。よろしく伝えてくれな」
「また会おう」
もちろん、ナトミ村へ帰るというのは嘘だった。
対フランタ技術局、今はもう施設名の頭に旧と付けなければならないが、
____は、そこへ寄って用事を済ませたら、サボウム国に戻って仲間に会うつもりでいた。
その頃には____の『身支度』も解け、本来の姿に戻っているはずだ。
「ああ、分かった」
____は、嘘と別れに痛む心を押し殺して、
「本当に、ありがとう」
精一杯の感謝を伝えた。
▶104.「そっと伝えたい」
103.「ココロ」「未来の記憶」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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イレフスト国内北西部、とある町にて
(そんなにわるいやつには、見えないんだよなぁ)
F16室の異変から始まった騒動。現在、最重要人物として挙げられているのは、その髪色から『シルバーブロンド』と呼ばれている人物だ。
そいつは、今。
俺と一緒に、道いっぱいに転がったオリャンの実を拾っている。
「すいませんねぇ、お若いさん方。どうにも腰が辛くて…おかげで助かるわぁ」
「気にせず休んでいてくれ」
なんでこんなことになったって、仕方ないじゃないか。
『シルバーブロンド』とすれ違った押し車が石につまづいて、積まれていたオリャンの実の山が崩れてしまったんだから。
『シルバーブロンド』が振り返ったのと、俺がつい、あっと声を上げてしまったのが同時だったんだから。
確実に目が合った『シルバーブロンド』がオリャンの実を真っ先に拾い始めたのに、俺が拾わなかったら、何のために軍をやってるか分からなくなるだろう?
だから、仕方ないんだ。
それにしても…。
「私の友人がオリャンの実を好んでいてな。確かに良い香りだが、食べるには些か酸っぱいと思うんだ。でも、それが友人には良いらしいんだ」
「あらぁ、地元民でも生で食べる人なんて殆ど居ないのに。嬉しいけど、面白い人ねぇ」
「ああ。でも、とても良い友人なんだ」
「ええ、ええ。うふふ、あなたを見ていればね、分かりますとも」
話が弾んでいる。
え、こいつは人間離れした速度で移動するほど急いでいるんじゃなかったのか?
こんなに悠長に喋っていていいのか?
そんな印象深い話をして顔を覚えられても困らないのか?
焦りひとつない顔でオリャンの実を拾い終わると、『シルバーブロンド』はさらに衝撃的発言をした。
「ご婦人、また石につまづいては危ないから、私が代わりに運ぼう」
「え?そんな悪いわよぉ。行き先もあるのでしょう?」
「このくらい問題ない。さ、どこに運べばいい?」
「そう?それなら今は甘えちゃおうかしらね。店までお願いできる?」
あなたもありがとうね。
お礼にと、オリャンの実を一つ受け取った俺は、ぼんやり二人を見送った。
(あなた見られてますよって言ってみたい)
いや、言ったら怒られるな。
(バレないように、そっと伝えたい)
やらないけど、やらないけど。
『シルバーブロンド』の本性が気になって仕方なかった。
▶103.「ココロ」「未来の記憶」
102.「星に願って」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
ワルツ発動以前ではあるが、詳しい日付は不明。
対フランタ技術局の面々が、ただし一人を除いて、
夜な夜な密やかに賑やかしく作業を行っている。
「じゃ、いくぞー。『喜び』」
「動力源である熱を得た時」
「あ、ずるい!でもそれじゃかわいくないな。あったかい時!」
「身づくろいが上手くいったとき」
「え?えー…名前を呼ばれた時?」
「うー、分からんときの奥の手、今こそ使わせてもらおう!お題チェンジ!『悲しみ』!寒い時!」
「故障箇所を見つけたとき」
「マスターと離れる時?」
「えーと、えーと、えー…
局員の一人が言葉に詰まっていると、
部屋のドアが開かれ、局長が入ってきた。
「おー、今夜もやってるなあ」
「局長!グッドタイミング!助かったー」
「いやいやいや、どうみてもお前が負けだ。明日の飯当番はよろしくな」
「ええー、そんなぁ」
「何をやっていたんだ?」
「メカの感情プログラムづくりだよ。連想ってほどじゃないけど、順番に言ってアイデア出ししてたんだ」
「ほぉ〜、これか。うん、どれもいいな」
「やったね、早速入力してこーぜ」
メカの自律思考に性格傾向をつけるため、
感情プログラムの入力をしていた。
行動の全てを網羅するのは難しいが、
判断基準となる例をいくつか作っておいて、
後は、それを元に学習させていくことにしたのだ。
それを、ただ挙げていくだけじゃ面白くないと、ゲーム形式にして遊んでいたようだ。
(かなり雰囲気が明るくなってきたな)
いつの間にか、遊び心すら忘れていた。
「なぁー、これって俺たちが、メカのココロってやつを作ってるってことだよな」
「想定される事態を事前に入力しておくという意味では、未来の記憶とも言えるな」
「どうせなら楽しいこといっぱいだといいなぁ」
「そうだな、そうであれば____も楽しい日々を過ごせていることになるしな」
▶102.「星に願って」
101.「君の背中」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
「このメカのデザインどうする?」
「何か俺達らしいやつがいいよなぁ」
ワルツ発動以前ではあるが、詳しい日付は不明。
対フランタ技術局の面々が、ただし一人を除いて、
夜な夜な密やかに賑やかしく作業を行っている。
「F16…あ、16を星で表すのはどうだ?」
「16個も入れたらうるさくないか?」
「じゃあ10が大きい星で、小さいのを6個入れたら?」
「いいな、それ」
「はい決定〜。ベースは?____の瞳の色とか?」
「いいんじゃないか?紺の染料あるぞ。」
国の思惑も役職も関係なく、
自分たちの技術が友のために実を結ぶようにと議論をかわす。
「うまいうまい、上手じゃん」
「へへっ。大きい星1つ、小さい星6つで、七つ星だな」
「じゃあ名前は呼びやすいように、ナナホシだな」
「まんまじゃん!」
「まあまあ、あいつ小難しい顔ばっかりしてるからさ、このくらい簡単な方がいいただろ?な?」
「それもそうだな。プログラムに入れておくぞ」
「なぁなぁ、もう作業も終盤だけどさ。プロジェクト名を思いついた」
「もう今更だけど、一応聞いとこうか」
「その名も『星に願って』!どうだ!」
「あんたロマンチストだったんだなぁ。いいな、それ。ナナホシが、我らが期待の星____の友になることを願って!」
「ナナホシに願って!」
こうして夜は更けていく。