▶101.「君の背中」
100.「遠く....」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
無理やり地下通路へ送り出した____君の背中が遠ざかっていく。
しばらく見送ったあと、私は中に戻った。
「結局何も聞けなかったなぁ」
彼の経歴を知っている身からすると、その行動は妙だった。
元々ひとりで技術屋をやっていたらしいが。
その割りには、
新しい職場、しかも出来上がったチームの中に投げ込まれても、
動じた様子もなく、すぐに順応していた。
しかも、あの手先の繊細さ。あれで食い詰めるって、どういう事だろう。
それ程に国は絞り上げていたということだろうか。
しかし、いざ聞いてみようと姿を探してみれば、
「いつもぴしっと伸びている君の背中が丸まっているのを見たらなぁ、そっとしておいてあげたくなるよなぁ」
何か、重い秘密でも抱え込んでいたのだろうか。
私と同じように。
王宮にあるF16室に技術局廃棄の知らせを入れ、
____に向けたメッセージを登録して、
日誌に思いの丈を書き込んだら意外とスッキリしてしまって、
今はメインルームの椅子に座ったまま、半ば放心状態だ。
「もう、いっそこのまま…」
自力で国には戻れないし。
「でも、ここで死んでたら、____に悪いよなぁ…」
チラッと視線を送った先。フランタ国の山中に出る通路。
「そもそも、生きて帰らないとまずい」
心配でもされたら、あいつらまとめて来てしまう。そうなったら、せっかくかっこいいメッセージを入れたのが台無しだ。
「仕方ない、仕方ない」
独り言が増えるのも仕方ない。
どっこいしょと体を動かして、F16室との通信を開く。
「あー、あー。誰かそっちにいるか?」
「うん、うん、他は?いないな?」
「いや何、少し私の予定が変わってな。しばらくそちらには帰れない。上手く言っておいてくれないか」
「迎えには来なくていい、来なくていいから。だから心配するなって、大丈夫だ」
「ああ、必ず君たちの背中を追いかけるから。君たちも生き抜けよ」
通信を切り、技術局内設備の全てを待機モードに変えていく。
『半刻後に全ての設備が待機モードへ移行します。局内にいる人員は退避してください。繰り返します。半刻後に…
「フランタ国の人、優しいといいなぁ」
繰り返されるアナウンスに背を向け、私は外に出る通路に向かった。
▶100.「遠く....」
99.「誰も知らない秘密」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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イレフスト国 第三隊所属の国境線南部詰め所にて
「班長、すいません。見失いました」
「そうか…しかし相手は徒歩だろう?」
「はい、北への分かれ道の先にある村で聞き込みをしましたが、該当者と同じ特徴の者は見つかりませんでした」
「我々に勘づいたとしか思えん動きだな」
(そいつが、今回の容疑者なのか?)
王宮所属の施設から何かが盗まれたらしい。
古い研究施設で、詳細が分からない。
危険性も分からないから、最重要事案として動いている。
(それを持って初入国を申告する日陰者?どうもちぐはぐだな)
だが実際に、そいつは我々の前から姿を消した。
「相手の力量も危険性も分からないのに周囲の捜索を続けるには、班1つでは足りないな。隊長には、ありのままを報告するしかない。全員で詰所に戻る」
てっきり隊長から将軍に報告が行くのだと思ったら、任されてしまった。
いや、よく考えなくても、その通りだ。刻一刻と状況が変わっていく中で隊長が詰め所を不在にするわけにはいかない。
「入れ。将軍が直接報告を聞きたいそうだ。くれぐれも失礼のないようにな」
きた。がんばれ、俺の心臓。
◇
隊長の見立て通り、将軍から、既に国全体へ薄く張った網に、該当者「シルバーブロンド」が最後に目撃された場所であるナトミ村周辺から重点的な捜索を重ねることと通達があった。これは引き続きという形で、南部が担当することで決定している。
深追いせずに泳がせている成果か、
ポツ、ポツ、と飛び飛びで目撃情報が入ってくる。
「北西、いや北北西に向かっているのか?」
「街道を通っていたら、こうはなりませんね」
地図に目撃情報のあった場所を書き込んでいけば、向かう方向が見える。
「なあ、最初がココ、次がココ、その次は、もうこんなに遠く....徒歩なんだよな?こいつ人間か?」
「こら、言葉づかいに気をつけろ」
「あ、すいません」
「しかし着眼点は良い。まさか夜通し移動しているのか?」
不気味な空気が流れていくのを止めるように、ノックの音が部屋に響いた。
「はい、どうぞ」
「失礼、技術保全課です。遅れて申し訳ない」
「はぁ、なんだよ…イテッ」
「どうぞこちらに。今シルバーブロンドの動きを地図にまとめていたところです。見てください。やつは、北西もしくは北北西に向かっているようです」
「どれどれ…ふむ、そのようで…っ!」
地図を辿っていった技術保全課の顔色が変わった。
「どうしました?」
「発端になっている窃盗があったとされる施設が、真っ直ぐ行った先にあるのです。こ、これは…何日程で辿り着くか予想できますか」
一気に空気が張り詰めたものに変わる。
「やつは人間ばなれした速度で移動しています。同じ速さで行った場合は7日ほどでしょうな」
「そんなに早く…もっと遠く....遠い日に来る出来事だと思っていました。いや、これは失礼。すぐに持ち帰らなければ。有益な情報をありがとうございました」
▶99.「誰も知らない秘密」
98.「静かな夜明け」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
(前話:94.「隠された手紙」)
この戦乱が無事に終わったら。
____が、そんな小さな夢を仕込んだ夜からしばらく。
対フランタ技術局に、ある重大な情報がもたらされた。
それは、王たちの乱心であった。
局長によって、即座に局員が食堂兼大会議室に招集され、____も向かった。
そして、上の情報が伝えられたのだった。
「王の乱心って…局長どういう事ですか?」
3国の長きに渡る戦乱の中で、
年越しの時期には休戦する慣習ができていた。
軍は引き上げ、王を始め重鎮も城に落ち着く。
それはイレフスト国においても同じで、
クリ・ス・マスという名の建国記念日を迎えるまで残り数日、
暗くなった雰囲気を慶事で少しでも払おうとしていた。
そんな中での出来事。
まさか____は事前に分かっていたなんて、
サボウム国からの仲間以外、誰も知らない秘密だ。
「F16室の仲間が知らせてくれたんだが、王が『朕の自慢の兵器、見せてくれるわー』と叫びながら出ていったのを何人も目撃したらしい」
「王の自慢したがりは今に始まったことじゃないっすけどね」
「他にもわぁわぁ喚きながら出ていった者がいるとかで、王宮は混乱状態という事だった」
王宮の誰もが同じ状態に陥っていたら、こんなに早く情報は入ってこない。
(まずイレフストはクリア、か)
その事実に、____は少し安心していた。
「だから、」
一旦言葉を切った局長に、全員の視線が集まる。
「ここは本日付けで廃棄する」
「ええ!せっかくクリ・ス・マスの飾り付けもして、それに、あれが…」
局員の一人が発した、濁した言葉によって、
今度は____に視線が集まる。
「ん?な、なんだ?」
うっかり安心していたところを突かれて、少々焦った____だったが、
視線の理由を察して、そのまま困惑した振りを続ける。
「落ち着け、そういう『嘘』をつくんだ。ここのメンバー以外誰も知らない秘密さ。なあ、____君や」
「はい」
「このゴタゴタが片付いたら、必ずここに戻って来てほしい。それで、メインルームにいつの間にか追加された小さい承認機、あるだろ?」
「はい」
「あれに触れれば、後は分かるから」
「…はい。落ち着いたら必ずここに戻ります」
「約束だぞ。では各自、撤収準備を」
◇
散らばっていく局員たちを見送り、食堂に1人きりになったところで、
私は椅子に腰掛けズルズルと机に倒れ込んだ。
肺が圧迫されて軽い咳が出た。
(机が冷たくて気持ちいいな)
最近、咳が止まらず、体力も落ちてきた。
気力だけで何とかしていたが、そろそろ限界だった。
あの地下通路も、自力で抜けるのは難しいだろう。
だが、このタイミングで局が解散になるなら、
この不調は、誰も知らない秘密にできる。
(みんなを地下通路から送り出して、メッセージを入れて、それから、それから…)
「いや、送り出してから、ゆっくり考えればいい。あいつら、私が一緒に行かないと言ったら渋るよなぁ」
ま、何とでも言い訳はつくさ。
パタパタと早い足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
▶98.「静かな夜明け」
97.「heart to heart」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「旅人さんてのも、案外慌ただしいもんなんだねぇ」
「行きたい場所があるんだ。それに冬も、もうすぐ終わりだ。今のうちに色々見て回りたい。そうしたら春にまた来た時、違う景色を楽しめるだろう?世話になった」
「ほぉ、ほぉ。なるほど、なるほど。良ければ、また来てくださいねぇ」
「ああ、きっと来るよ」
ナトミ村を後にした人形たち。
「さて、方角は北北西だな。首都の先といったところか」
「ネェ、何カ振動ヲ感ジル」
「どんな?」
「トットットットッ、テ。ダンダン大キクナッテル」
「馬だな。こっちに向かってるんだ」
砂埃を避けるため外套のフードを被って歩く。
やがて、4騎の馬とすれ違った。
「国境の入国審査をしてた人間と似た制服だったな」
「ナトミ村ニ行ッタミタイ」
分かれ道を北に進む。
ちょろっと出てきたナナホシが肩越しに後方を確認していた。
「この国は、軍の活動が活発なんだな。しばらく行って、人間の姿が見えなくなったら街道を外れよう」
◇
「もう出発した?」
「ええ、洗濯が乾いてすぐに。オリャンを良い匂いと言ってくださってねぇ」
あなた方もどうです?のんきな主人がオリャンを差し出してくる。
班員の中でも温和なやつが上手いこと言って断っているのを横目に、
ヒソヒソと作戦会議をする。
「一歩遅かったか。もう少し早く馬をもらえればな」
「気づかなかっただけで、すれ違った中にいたかな」
「村のすぐ近くに分かれ道があったろう。そっちに行った可能性も」
「戻ったよ。徒歩らしいから、そう遠くには行ってなさそうだよ」
「よし、分かれるぞ。二人は北の分かれ道へ。俺は戻りながら該当者を確認、いてもいなくても隊長に現状を報告する。班長も戻っている頃だろう」
「わたしは?」
「お前、絵が得意だったろう。あの主人から人相を聞き出して似顔絵を描いてくれ」
「やってみる」
「よし、散開」
◇
「そろそろいいだろう、ナナホシ、誘導を頼む」
「分カッタ。ナビゲーションモード、開始」
道を外れ、北北西へ進路を取った人形たち。
その姿が木々に隠れた後、
2騎の馬が街道を走り抜けていったが、人形にも、ナビゲーションモードになっているナナホシにも、その蹄の音は届かなかった。
天気も良く、人形の足は効率的に歩みを進めていく。
春になったら会いに行こうと思っている人間がいる。
何よりナナホシの体が気になる。
その思いに味方するように、天候に恵まれる日々が続く。
周りに人間もいなければ道も無い。
自然のざわめきだけが、人形たちの耳に届いていた。
ナトミ村を出発して何日か経った、
昼の動物、夜の動物、双方が寝静まる夜明け前。
植物のざわめきも、風が凪ぐことで止まった。
しん、とした静けさに、
人形たちは自ずと動きを止めて、じっと東の空を見つめた。
白み始めた空を、
無音で太陽がのぼっていく。
静かな夜明けであった。
無音の空間を風が裂いていく。
息を吹き返すように音がよみがえり、
鳥が鳴き始める。
「おはよう」
「オハヨウ」
回り始めた営みに、人形たちも足を踏み入れ、
再び歩き出したのだった。
◇
「ご主人、今度こそ、これでどうですか」
「うーん…何か違うなぁ、パーツの数は合ってるんだけどな。それにしても姉ちゃん絵が上手いなぁ」
「も、自信なくしましたぁ…」
▶97.「heart to heart」
96.「永遠の花束」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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heart to heart
(訳:率直な、正直な、腹を割った話)
イレフスト国の国境警備を担当する第三隊は、街道の治安維持も担っており、大きく東西南北に分かれて活動している。
技術保全課から報告が出されたF16室の異変。それが人為的に起こされたものだと判明してから第三隊の業務は一気に忙しさを増した。
人形たちが入国した日。南部の詰所では、夕方になって今日の出入国審査の受付業務を終了し、以前なら日誌を提出するだけだったのだが、報告会が行われていた。
「では、出国者の報告から」
「はい、本日の出国者は…
将軍に目をかけてもらえるのは嬉しいが、以前なら審査も緩ければ終業時間も早かったのに。そんな率直な気持ちを抱えて、報告は順調に進んでいく。
入国者の分が終われば帰り支度ができる。
この場にいる者たちの誰もが、そう思っていた。
「入国者のうち、初入国は3名。うち2名は親と共に来た子供でしたが、1人は観光目的の旅人でした。以前はフランタ国にいたそうで、容姿は…あれ?」
「どうした」
「申し訳ありません、顔に大きな特徴がなかったせいか思い出せなくて…シルバーブロンドとでも言うのでしょうか、独特な色だったのは覚えているのですが」
おいおい、嘘だろう?
下っ端たちから、ひそひそと声が上がる。
上司がふぅ、と一息ついた。
発言の雰囲気を感じた者たちから静かになっていく。
「たまたま、という可能性はもちろんある。そして、憶測だけで判断してはいけない。分かるな?」
容姿に特徴がなく記憶に残りにくいということは、
日陰者にとって1つの技能だ。
「私は隊長に報告に行く。半数は各門衛の詰所へ、残りは宿屋に片っ端から聞き込みを始めるんだ」
「「「はっ」」」
翌日。
第三隊南部は、門衛から、特徴の一致する者が東門を出て南東方面の街道を歩いていったという情報を昨夜のうちに得ており、朝から街道の捜索も始めた。さらに街の警らを行う第四隊に要請して街中でも聞き込みを始め、行動を探っている。
「市場は引っかからなかった」
「こっちもだ。どこにも寄らずに街を出たのか?」
「あとは…滞在時間から考えると可能性は低いが洗濯屋も当たってみるか」
「銀と金の間くらいの髪色?あぁ、うちに来ましたよ」
「その客は洗濯に?」
「いいえー、そこのカゴにあるオリャンが気になったってねぇ。初めて見たみたいですよ。ナトミ村で育ててるって話したら満足して帰られましたよ」
「そうか。その人から受けた印象は?率直に聞かせてくれ」
「礼儀正しくて、良い人そうでしたよ?あぁ、でも顔が思い出せないねぇ…優しそうな顔をしてたと思いますけどね」
「それで十分だ、ありがとう」
「ねぇ、その人どうしたんだい?」
「すまないが業務上答えるわけにはいかんのです。では失礼」
(方角も一致。行き先はナトミ村だ)
目的地が絞られている方が捜索もやりやすい。
第四隊に所属する班員は報告のために小走りで班長の元へ向かった。
◇
一方、人形たちは。
宿屋の主人に使用料を払ってタライを借り井戸水を汲んで、洗濯を始めていた。
残りのオリャンを使い切る為である。
南部とはいえ朝は冷えるが、人形にはどうということもない。
できるだけ多く洗濯するため薄着になり、
朝日から動力を取り込みつつ不自然でない程度に体を温める。
「お客さん、盛大にやってるねぇ」
「ああ。このオリャンは良い匂いがするから」
「そりゃ、この村の者としては嬉しいねぇ、干場は好きに使ってくれて構わないよ。昼間も良い天気が続きそうだ。きっとすぐ乾く」
「ありがとう、それはとても助かる」
宿屋の主人が去った後も、ギュッギュッと汚れを落としていく。
人形に体表面の代謝はないが砂埃を吸い込んでいるため、
すぐに水が黒くなっていく。
「ナナホシ、この後だが。ちょっと腹を割って話さないか」
「オ腹?僕ノ割レタラ壊レチャウ」
「そうではなく、隠し事はせず率直に話し合おうということだ」
「人間ノ言葉、難シイ」
「そうだな。で、ひとまずフランタ国まで戻るとして。イレフスト国入りした時の様子が気になっているのだ。妙に緊張していたように感じている」
「何カ探シテイルミタイ」
ナナホシが脚で触覚をひと擦りしながら応える。
「そうだ。だから、すぐに南下してサボウム国へ抜ける方が良いのかと思ってな。そこで気になるのがナナホシ、あなたの体だ。正直なところ、損耗具合はどうなんだ」
「ン…」
人間で例えるなら言いづらいことがあるときに髪を触るように、
ナナホシはしばしの間、触覚を脚で擦っていた。
「良クハナイ。イズレ何ラカノ支障ガ出ル、ト思ウ。サボウム国ニ行ケバ、ソレハ早マッテイク」
「そうか…あの地下施設に、修復できるような設備があるだろうか」
「ドウダロウ」
ナナホシは✕✕✕と違って自己修復機能がない。
「行って調べなければな。今の私では技術不足だが、習得すればいいだけの話だ」
「僕、施設ノアル方向、分カル」
「よし、これを干して、乾いたら出発だ。私たちも日光浴をして過ごそう」
春が近づいてきている。
ぽかぽかとした陽気が、人形たちに降り注いでいた。