▶89.「帽子かぶって」
88.「小さな勇気」
87.「わぁ!」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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誰が行くかで揉めとったが、
しばらくして決着がついたようじゃ。
「骨は拾ってくださいね…!」
「この恨みは高くつきますよ…」
それぞれ捨て台詞を残しつつ、地下通路に入っていった。
「よし、わしらもやるぞ」
日光取り込み装置『瞳』が開いたことで、日光から動力を作れるようになっているはずだ。そうなれば、いずれ施設内設備が起動できる。
「索敵と地下通路の確認、それから設備の起動確認。この3つを一定時間ごと、順番にこなしていくぞ」
「はい」
ゼンマイ式のタイマーを取り出して3周回す。
「一刻半ごとでよかろ。さて、これからは軍が来るまでの長期戦じゃ。ヤン、水の確保を頼む」
「わかりました。ではすぐに」
「ああ、そうじゃ。寒いから、こっちの帽子かぶってけ」
一方、送り出された部下2人は王宮に帰り着き、軍の窓口で応援要請をしていた。
「だから、昨日も言っただろう!うちの課長に軍から応援連れて来いって指示受けたんだって!」
「正式な指示書もなく、しかも捨てる予定のガラクタと閑職じじいを相手に軍を出せと?」
「ああ、もう下っ端じゃ話にならない!もっと上のやつ出せ!」
「それならあんたたちこそ課長を連れて来ればいいだろう」
「はあ!?」
もう言葉も出なかった。
「なあ、やっぱ無理だよ。一旦戻って考えよう」
「…くそっ」
「おい、あのじじいはどうした」
「あっ、ジーキ課長。実は…」
悔しい思いを抱えながら技術保全課に戻る途中、
行き会ったのは軍事記録課の課長だった。
俺たちとそう変わらない歳なのに威圧感がすごい。
でもメインは同じ事務仕事なんだよな。
確か、うちの課長に言われてF16室に関する記録を調べてたけど、
当時、王の交代を始めとした状況の激しい変化に大混乱だったとかで、対フランタ技術局から廃棄したって連絡を受けたのをそのまま記録したらしい。この辺はうちと変わらない。今は前後の記録から背景を探っている最中だそうだ。
「俺が行こう」
事情を話したら、ついてきてくれることになった。
ジーキ課長の威圧効果は抜群で、すんなり話が通った。
「あの、ジーキ課長。ありがとうございました」
「じじいに借りは返したと伝えとけ」
礼を言ったら、颯爽と去っていった。
「借りってなんだろうな。ま、おかげで助かったな」
「ああ…いつか俺も、あんな風になれるかな」
無言で優しく肩を叩かれた。首も振られた。
ちょっと憧れるくらいいいじゃないか。ちくしょう。
◇
「将軍、ご報告が」
「聞こう」
その報告は、オレが待ち望んでいたものだった。
ついに、この日が来た。
オレは軍帽を深く被り直し、
気持ちを落ち着けようと窓の景色を眺める。
その間、直属の部下はじっと控えている。
なんて心地がいいのだろう。
満足したオレは窓から離れて、
命令書を記入するため執務机の椅子に座った。
「技術保全課への支援は、離れているとはいえ王宮の施設だからな。第二隊から、これは班2つで構わんだろう。それを派遣する。適宜交代させろ」
「はっ」
「それから、国境警備の強化。これが敵の仕業なのかすら分かっていない。ならば第三隊の訓練強度を上げて隊員どもを鍛え上げろ。あとは第四隊の半分を使った増員編成案を出せ」
「かしこまりました」
命令書を受け取った部下が部屋から出ていく。
「刀は、研ぎ澄まされてこその刀だ」
▶88.「小さな勇気」
87.「わぁ!」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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翌朝、引き続き施設内の捜索と、新たに周辺探索を始めた。
周辺探索については、万一にもフランタ国民と遭遇しないよう、また痕跡を残さないように気をつけなければならない。
「と言っても、こっちは雪がない分、楽なもんじゃな。足跡も残りにくいしの」
「課長、支度整いました」
「うむ。近くに集落があるかどうか、また人が入っている形跡があるかどうか。この点に注意するのだ。よいか、山の幸を探すのに夢中になるでないぞ?」
「分かっておりますよ」
「頼んだぞ」
部下2人を送り出し、わしは施設内に戻った。
多少出口から光が入るとはいえ、目が順応するまでは暗闇と同じだ。
奥に入れば、その光も届かない。
だからといって、いたずらにロウソクをつけるわけにもいかない。
地下通路では安全確認の意味を含めて灯し続けたが、何本もあるわけではないのだ。
「課長、あちこち触りましたが電源らしきものは見つかりません」
「一人や二人程度では、そんなもんじゃ。転ばぬように引き続き探せ」
「はい、わかりっうわぁ!」
言った先から、
がっしゃん、どしんと凄い音を立てて部下が転んだ。
崩れた家具にでも足をつっかけたのだろう。
まだ歩いていないところに足を踏み出すには、慎重さを失わない小さな勇気が必要じゃ。
昼ごろになって、外に出ていた部下たちが戻ってきた。
「無事で何より。どうじゃった」
「はい、施設の周辺に人が頻繁に入っているような形跡はありませんでした。また、集落は麓に見えましたが、ここが山あいに面しているため、かなりの距離があります」
「ご苦労じゃった。残念ながら、こっちの収穫はなしじゃ。昼食後はこっちを手伝うように」
「承知しました」
「さての、このままグダグダ探すのもアホらしいな。かといって施設の資料室から探すのは、ちと骨が折れるしの」
昼食後、捜索を再開する前に持ってきた資料を見直す。
「なんか、これが怪しいんだがのぅ…なぁお前たち、どう思う」
「例の瞳、ですか」
「掃除しろってありましたよね。掃除されてないからダメってことですか」
「瞳…簡単に言えば目ですよね。とじるとダメ…まぁ暗くて確かに見えないけどな」
部下の一人が目を開けたり閉じたりしながら呟いた。
「ふむ、閉じると暗い…開けば明るい…光か!豊富にある光といえば太陽じゃ」
「地面には、それらしいものは見当たりませんでした」
「王宮を出発する前までついとったんじゃ、埋もれてるとは考えにくい。となると、この岩が怪しいの」
全員で岩のあちこちを探すが、何も無い。
「仕方ない、お前たちの誰かが上に登るんじゃ」
「ええ、こんな高いの無理ですよ!足をかけるようなデコボコもないし!」
「肩に乗るんじゃよ」
「怖いです!」
「小さな勇気こそ肝要じゃ。がんばれ」
「課長の鬼!」
部下たちが、顔色を真っ赤にしたり真っ青にしたり、
やいのやいの騒ぎながら1人を岩の上に押し上げていく。
「あっ!布、布があります!これは、石で押さえているようです」
「それをこっちに寄越せ。恐らく中に日光の取り込み装置があるはずじゃ。慎重にやれよ」
やはり、中には日光を動力として取り込むためと思われる装置があった。
そして回収した布は、この施設が使われていた頃を考えると、明らかに新しい。
「これで確定じゃな。今回の異変は人為的なものじゃ。しかも相手はイレフスト国の技術や施設に詳しいと見える」
仕方ないのぅ。
「2人は王宮に戻り報告。軍に掛け合って応援を呼んでくるんじゃ」
「えぇ!?課長は!?」
「わしは、この施設を調べなきゃならん。お前たちだけでは経験も技量も足りんからの」
「あの将軍こわいんですよぉ」
「言ったじゃろ。勇気じゃ勇気」
▶87.「わぁ!」
86.「終わらない物語」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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地下通路の入り口に着いた一行。
王宮側からの操作で、中には明かりが灯っている。
「よし、入るぞ」
「あ、その前に」
わしが先頭で入ろうと部下が割って入ろうとしてきた。
「なんじゃ」
「ちょっと前を失礼します。すぅ…「これ」
嫌な予感がして、その部下の口を塞ぐ。
「どうするつもりじゃ」
「いや、わぁってやろうかなと」
「何があるかも分からん場所に向かって叫ぶでない。行くぞ」
地下通路は出口が見えないほどかなり長い。時々空気穴なのだろう細い穴を見かけるが1本道だ。明かりがあるおかげでサクサクと進んでいるが、暗闇だったらと思うとゾッとする。
「課長、まだ歩くんですかぁ?」
「いつか着くじゃろうて」
「もう頭がおかしくなりそうです〜」
部下たちは早くも音を上げ始めていた。
変化の乏しい道のりは、確かに退屈すぎる。
「ロウソクは何本目じゃ」
「3本目ですね」
途中で先頭に替わった部下は、ロウソクを持って歩いている。
だいたい1刻で1本のペースで燃える。
「休憩まで、あと2本じゃな」
不満の声が上がったが無視した。
「何か脇道のようなものが見えます」
それはロウソク5本目がそろそろ終わろうかという時だった。
足早に行ってみると、それは大きな窪みだった。
壁面がきれいで人工的に作られたことが分かる。
「わぁ!休憩室だ〜!」
歩き詰めだった部下たちは喜んで駆け寄り、
早速思い思いの場所に落ち着こうとしていた。
「やれやれ」
昼食を摂り、再び歩き始める。
技術保全課の業務で長歩きすることなどない。
あまりの道のりの長さに、次第に無言になっていった。
(こりゃ老体に堪えるのぅ)
「よくもまぁ掘ったもんじゃ」
上り階段についたのは、
さらに3本と半分のロウソクを消費した後だった。
階段を上がると、施設は暗闇に沈んでいる。
「それぞれ灯りを持て。手分けして電源と外に通じる出口を探すんじゃ。くれぐれも気をつけるように」
2人ずつに分かれて手探りで進んでいく。自分たちの立てる音以外、なんの音もしない。だからと言って異変が起きた原因が分からない以上、警戒を解くことはできない。
じりじりとした時間が続く。部下の緊張も極限状態だろう。
資料室、小さい研究室がいくつか、ずらりと並んだ私室、食堂、
「ここが大元になっている部屋じゃな」
「出口のような通路、見つけました!何かが塞いでいて通れません!」
「やれやれ、年寄りをこき使いおって」
触ってみると石のような触感であった。狭いが無理やり総出で押し退ける。
「わぁ!外だ!」
「騒ぐでない。ここはもうフランタ国であるぞ」
窘めはしたが無理もないと諦め、ぞろぞろと全員で外に出る。
地下通路に入る前は朝であったが、
今は太陽が落ち、一帯は暗闇に包まれ始めていた。
「岩に化けとったんじゃな」
振り返り見上げれば、
施設が収められているとは思えないほど自然な大岩がそこにはあった。
「今夜は、火は無理じゃな。明朝から周辺探索及び対フランタ技術局の起動を試みる。気は高ぶっておるだろうが、体を休めるように。よく頑張ったな」
「課長〜!一生ついていきます!」
「いや、無理じゃろ」
▶86.「終わらない物語」
85.「やさしい嘘」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
戦乱中のイレフスト国は、空前の技術開発ブームだった。
しかし、それは王宮の中だけの話。
せっかく開発された技術も軍事利用され国民には届かない。ただ戦いのためと上がり続ける税金で苦しくなる生活に耐えていた。
そんな中で____は、技術開発課の採用試験の最終面接を受けていた。
「ふむ…地元から一旗揚げようと首都まで来たが客が来なくて食い詰めた、か」
「はい、ですが技術はあると自負しております」
「そのようだな。これなら即戦力になるだろうな」
____の組み立てた機械、今回は溜め込んだ動力を使って明かりがつくものだが、試験官による評価は良いものだった。
付け焼き刃ではあるが、____の家ということになっている潜伏先に置かれていた種々の機械の分解と組み立てを繰り返して、傾向は掴んでから来ているのだ。あとは元々の技量でカバーできる。
「ところで、言葉使いがきれいだな」
「それは、ありがとうございます。父の教育であります。」
「どこの出身だ?」
「ナトミ村です」
質問にも淀みなく答えていく。
「よし、いいだろう。採用だ」
「はい!ありがとうございます!」
「配属はF16室だ。質問は?」
「ありません」
「案内を付ける。行ってこい」
「本日から配属されました、____です。よろしくお願いします」
名前は、サボウム国でもしていたように、本名から抜き出して付けた。
戦乱の集結か、それとも私の潜入が見つかる方が先か。
結果が出るまで終わらない物語の始まりだ。
▶85.「やさしい嘘」
84.「瞳をとじて」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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サボウム国の旧首都から新首都へ移動してきた✕✕✕とナナホシ。
門は大きく開かれ、人は自由に出入りしている。
観光事業をしているせいか開放的らしい。
ナナホシは外套の内側に隠れており、鎖骨辺りの隙間から覗いている。
道中、ちらほらとサボウム国の地理について聞く機会があった。最初からそうであったかは不明だが、戦乱後から起きた地形変化によって色んなところで温泉が出来たらしい。
突然湧いた湯に苦労もあったことだろうが、今は文化として根付いている。
「観光に使うのもそうだが、料理にも取り入れるとはな…」
王城跡で買った卵が、あちこちの屋台で売られている。
調理に温泉の熱を利用しているらしい。
「染め物もあるのだな」
「あら、お兄さん!温泉を使った染めはサボウムだけ!うちの染め布は質がいいよ!どう?女の子に贈ったら喜ばれるわよぉ」
「ふむ、いくつか見せてくれ」
「こっちが仕立て用の一枚布、ここから小物用。色がいくつも欲しいお客さんに人気だよ」
「あちらのは?」
「ああ、あれは春物だよ。遠方から来るお客さんも多いからね、先取りして取り揃えてるのさ。広げて見てごらんな」
薄紅色の布は軽やかで、暖かな季節の装いに相応しい。
(これなら旅の間も、さほど嵩張らない。黒髪にも映えるだろう)
「これと、その若草色をくれ。それから小物用で、この布に合う色を3枚見繕ってほしい」
「毎度あり!お兄さん男前だね!」
店から離れ、歩いていく。
「✕✕✕ガ着ルノ?」
「いや、フランタ国の花街にいる女への土産にするつもりだ。む、あっちに香辛料が売っているな。シブへの土産に丁度いい」
「フゥン…」
温暖な土地で採れる小さく日持ちする香辛料を買い求めた人形。
程なく店通りが終わり、広場に出た。
「人間というのは心が逞しいんだな」
活気のある街並みを見ながら、人形は呟いた。
「アッチノ大キイ建物、何ダロウ」
「行ってみるか」
近寄ってみれば、造りから書物を収める建物と思われた。
入り口に立つ人間に尋ねる。
「失礼、この建物は何だろうか」
「ここは書物庫です。閲覧のみですが、どなたでも入れます。」
「ありがとう」
中はほんのり薄暗く、人も少ない。
書棚は、最上段でも踏み台を使えば届く程度の高さだった。
「地形変化が起こるのを恐れたのかもしれないな」
人形はサボウム国の歴史について書かれた本を探し、読み始めた。
ナナホシも少し身を乗り出して見ている。
大陸に神の御業を受け継ぎしサボウムの国あり。
その奇跡によりて民豊かに繁栄し、それ即ち約定のごときなり。
ところが戦に心奪われし王、ここにあり。
御業を使いて侵略富国の夢実現せんと北の両目へ果敢に攻めかかる。
また長き戦いにも喜びの声を上げ、
疲弊した民すら強兵に変じ、これを戦いに投ず。
しかして、晩年王は己に善の心を取り戻したり。
雄々しく自ら兵を率い戦いに赴かん。
両の目から迫り来る敵を一騎当千に蹴散らし、これを退ける。
末の堂々たる王の散り際に、残敵畏れ去りゆく。
王による神をも恐れぬ振る舞い、なお許されざりて、
天変地異の罰、そこかしこに降りかかる。
新たな王、その御業を手放し許しを乞い給う。
真摯さによって神より再びの安寧を与えられん。
これにて訪れし平穏の世、とわに続くものなり。
ざっくりと読み終え、人形たちは極めて小さな声で話し始めた。
「両目というのは、フランタ国とイレフスト国のことだろう」
「神ノ御業ハ?」
「おそらくだが、戦乱前からサボウム国にあった何かしらの技術だ。自国の歴史書だ、誇張というやさしい嘘は含まれているだろうが、戦いの後に当時の技術が失われたという大まかな流れはフランタ国と変わらないのだろう。ここの文章だが」
「疲弊シタ民スラ強兵ニ変ジ、戦イニ投ズ?」
「そうだ。はっきりした原因で疲弊しているような人間を、再度奮い立たせて向かわせるということは簡単ではない。この辺りに御業とされるものがあったのだろう」
「今ハ無イ?」
「そのようだ。地形変動が原因でいいだろう。それが今も無ければ残っていたかもな。戦後処理に復興と、加えて地形変動に巻き込まれた民の救出、早急にやらなければいけないことが山ほどあったはずだ」
「ウン、ウン」
「この国は畑が少ない。市場などを見る限り、どうも南から仕入れているようだ。イレフスト国は分からないが、フランタ国は自給率が高い。お互い用が無くなって3国の交流は今でも途絶えたままなのだろう」
「ソッカ」
「この『御業』というものについて書かれた本をもっと探してみるか」
手分けして探してみたが、目的の本は見つからなかった。
司書に訊ねてみると、『御業』の詳細に書かれたものは禁書とされているとの事だった。
「つまり、私のような旅人や一般的国民は知ることが出来ないということだろうか」
「そういうことになりますね。ご理解ください」
人形たちは書物庫を出た。さらに奥には王城が見える。
「ところで、ナナホシ」
「ウン」
それを横目に通り過ぎながら、人形は右手をナナホシに近づける。
ナナホシも素直に乗ってきた。
「私を勝手に主人として登録しただろう」
その手を顔に近づけ、近距離からナナホシを見つめる。
「ウ、ソンナコトナイヨ?」
聞かれたナナホシは、
そよっと顔を逸らし、触覚を前脚でこすっている。
「そんなやさしい嘘が私に通じると?」
「ムゥ…怒ル?」
「怒りの感情は私には備わっていない。知っているだろう」
「ウン、知ッテタ」
「では行こう。ナナホシ、頼むぞ」
「分カッタ、イレフスト国ダヨネ」
「そうだ」