▶85.「やさしい嘘」
84.「瞳をとじて」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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サボウム国の旧首都から新首都へ移動してきた✕✕✕とナナホシ。
門は大きく開かれ、人は自由に出入りしている。
観光事業をしているせいか開放的らしい。
ナナホシは外套の内側に隠れており、鎖骨辺りの隙間から覗いている。
道中、ちらほらとサボウム国の地理について聞く機会があった。最初からそうであったかは不明だが、戦乱後から起きた地形変化によって色んなところで温泉が出来たらしい。
突然湧いた湯に苦労もあったことだろうが、今は文化として根付いている。
「観光に使うのもそうだが、料理にも取り入れるとはな…」
王城跡で買った卵が、あちこちの屋台で売られている。
調理に温泉の熱を利用しているらしい。
「染め物もあるのだな」
「あら、お兄さん!温泉を使った染めはサボウムだけ!うちの染め布は質がいいよ!どう?女の子に贈ったら喜ばれるわよぉ」
「ふむ、いくつか見せてくれ」
「こっちが仕立て用の一枚布、ここから小物用。色がいくつも欲しいお客さんに人気だよ」
「あちらのは?」
「ああ、あれは春物だよ。遠方から来るお客さんも多いからね、先取りして取り揃えてるのさ。広げて見てごらんな」
薄紅色の布は軽やかで、暖かな季節の装いに相応しい。
(これなら旅の間も、さほど嵩張らない。黒髪にも映えるだろう)
「これと、その若草色をくれ。それから小物用で、この布に合う色を3枚見繕ってほしい」
「毎度あり!お兄さん男前だね!」
店から離れ、歩いていく。
「✕✕✕ガ着ルノ?」
「いや、フランタ国の花街にいる女への土産にするつもりだ。む、あっちに香辛料が売っているな。シブへの土産に丁度いい」
「フゥン…」
温暖な土地で採れる小さく日持ちする香辛料を買い求めた人形。
程なく店通りが終わり、広場に出た。
「人間というのは心が逞しいんだな」
活気のある街並みを見ながら、人形は呟いた。
「アッチノ大キイ建物、何ダロウ」
「行ってみるか」
近寄ってみれば、造りから書物を収める建物と思われた。
入り口に立つ人間に尋ねる。
「失礼、この建物は何だろうか」
「ここは書物庫です。閲覧のみですが、どなたでも入れます。」
「ありがとう」
中はほんのり薄暗く、人も少ない。
書棚は、最上段でも踏み台を使えば届く程度の高さだった。
「地形変化が起こるのを恐れたのかもしれないな」
人形はサボウム国の歴史について書かれた本を探し、読み始めた。
ナナホシも少し身を乗り出して見ている。
大陸に神の御業を受け継ぎしサボウムの国あり。
その奇跡によりて民豊かに繁栄し、それ即ち約定のごときなり。
ところが戦に心奪われし王、ここにあり。
御業を使いて侵略富国の夢実現せんと北の両目へ果敢に攻めかかる。
また長き戦いにも喜びの声を上げ、
疲弊した民すら強兵に変じ、これを戦いに投ず。
しかして、晩年王は己に善の心を取り戻したり。
雄々しく自ら兵を率い戦いに赴かん。
両の目から迫り来る敵を一騎当千に蹴散らし、これを退ける。
末の堂々たる王の散り際に、残敵畏れ去りゆく。
王による神をも恐れぬ振る舞い、なお許されざりて、
天変地異の罰、そこかしこに降りかかる。
新たな王、その御業を手放し許しを乞い給う。
真摯さによって神より再びの安寧を与えられん。
これにて訪れし平穏の世、とわに続くものなり。
ざっくりと読み終え、人形たちは極めて小さな声で話し始めた。
「両目というのは、フランタ国とイレフスト国のことだろう」
「神ノ御業ハ?」
「おそらくだが、戦乱前からサボウム国にあった何かしらの技術だ。自国の歴史書だ、誇張というやさしい嘘は含まれているだろうが、戦いの後に当時の技術が失われたという大まかな流れはフランタ国と変わらないのだろう。ここの文章だが」
「疲弊シタ民スラ強兵ニ変ジ、戦イニ投ズ?」
「そうだ。はっきりした原因で疲弊しているような人間を、再度奮い立たせて向かわせるということは簡単ではない。この辺りに御業とされるものがあったのだろう」
「今ハ無イ?」
「そのようだ。地形変動が原因でいいだろう。それが今も無ければ残っていたかもな。戦後処理に復興と、加えて地形変動に巻き込まれた民の救出、早急にやらなければいけないことが山ほどあったはずだ」
「ウン、ウン」
「この国は畑が少ない。市場などを見る限り、どうも南から仕入れているようだ。イレフスト国は分からないが、フランタ国は自給率が高い。お互い用が無くなって3国の交流は今でも途絶えたままなのだろう」
「ソッカ」
「この『御業』というものについて書かれた本をもっと探してみるか」
手分けして探してみたが、目的の本は見つからなかった。
司書に訊ねてみると、『御業』の詳細に書かれたものは禁書とされているとの事だった。
「つまり、私のような旅人や一般的国民は知ることが出来ないということだろうか」
「そういうことになりますね。ご理解ください」
人形たちは書物庫を出た。さらに奥には王城が見える。
「ところで、ナナホシ」
「ウン」
それを横目に通り過ぎながら、人形は右手をナナホシに近づける。
ナナホシも素直に乗ってきた。
「私を勝手に主人として登録しただろう」
その手を顔に近づけ、近距離からナナホシを見つめる。
「ウ、ソンナコトナイヨ?」
聞かれたナナホシは、
そよっと顔を逸らし、触覚を前脚でこすっている。
「そんなやさしい嘘が私に通じると?」
「ムゥ…怒ル?」
「怒りの感情は私には備わっていない。知っているだろう」
「ウン、知ッテタ」
「では行こう。ナナホシ、頼むぞ」
「分カッタ、イレフスト国ダヨネ」
「そうだ」
1/25/2025, 9:23:55 AM