▶84.「瞳をとじて」
83.「あなたへの贈り物」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
人形たちより少し時を遡った、イレフスト国の王宮。
F16室で起こった異変から始まった一連の騒動は、
新たな局面を迎えていた。
「なぜ廃棄済みのものが光るんじゃ」
そこでは、どうやら隣国フランタの技術について研究をしているようであったが。
「知らん」
「知らんじゃないわい。軍事記録はそっちの管轄じゃろうて、さっさと行け」
「閑職じじいが俺に指図するな」
「何じゃいヒヨっ子が。さっきまで嫌だ嫌だと駄々こねとったくせに、道筋がちょっと見えたくらいで元気になりおって」
「ぐぬっ」
「まあまあ、あのじーさんには口じゃ誰も勝てないって。俺も手伝うから行こうぜ」
(口では、だと?ふん、力でも負けんわい)
噛み付いてきた軍事記録課が出ていくのに、事務方数人がついていく。
あそこは、わしのところより更に煩雑だから時間がかかるだろう。
「記録が出てくるまでは、資料の写本づくりじゃな。ほれ、王への報告は頼んだぞ」
「ここまで仕切られては、私たちは形無しですなぁ。こちらはお任せを」
全ての資料が揃うのに2日、
F16室で点滅していた機器が実は受信器で、
発信元は別にあることが分かったのは、その1日後だった。
「で、どこなんじゃ」
「はい、対フランタ技術局は西方の山岳地帯を超えたところ、つまりフランタ国内にあります。ただし直通の地下通路があるようです」
廃棄されていなければ、ですが。
部下は、そう付け加えて報告を終えた。
「厄介じゃな」
瞳をとじて、現実を見ないようにすれば、
わしはもう老い先短い我が身だ。
時間はまたたく間に過ぎ去っていくだろう。
「点滅の原因は分かったのか?」
「はい、対フランタ技術局が活動を始めたためと思われます。資料にありました起動時の反応と今回の状況が一致しています。ただし、なぜ突然活動を始めたのかは…」
「行ってみないと分からんじゃろうなあ」
「あと一つ、分からないことが」
「言うてみい」
「『瞳をとじてしまうと動力が取り込めないので掃除を欠かさないこと。』このように、何回も『瞳』という言葉が出てくるのですが、何を指しているのか解読できませんでした」
「あぁ…ウチは転用が多かったらしくてのぅ。他で作ったものをそのまま名前ごと使ってしまうんじゃと。そのせいじゃろ、まあ分からなくとも問題ない」
どっこいしょ、と椅子から立ち上がる。
「王に進言して調査に行く他ないじゃろ。ついてまいれ」
予想はしていたが、眠っていた厄介物を揺り起こすようなマネは誰もしたくないものだ。許可は中々下りなかった。
結局わしが勝手に行くからいいんじゃ、と強引にもぎ取ってきた。
部下をミハの他、数人連れて出発した。
実は朝に確認したら点滅は消えていたが気づかないフリをしろと、見張りに命じておいた。
イレフスト国の首都は戦乱前にはもっと南の方にあったが、
今は中央より少し北に位置している。
よくあれだけの数の研究設備を移設したもんじゃ。
おかげで少しは距離が近い。
「そう思わんと、やってられんな」
「ですから留守番をお勧めしたのですが」
「だって気になるんじゃもん」
「はあ…」
ガタガタと馬車に揺られながら一行は進んでいく。
▶83.「あなたへの贈り物」
82.「羅針盤」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
〜人形たちの知らない物語〜
あらすじ
時代は戦乱後期。フランタ国、イレフスト国、サボウム国の三つ巴だ。
ここでの主人公はサボウム国で技術者のひとりとして働いていた彼。
彼はサボウム国出身ではなかったものの、王を倒し平穏な日々を取り戻そうとする反抗組織の一員として動いていた。
ある日、王にイレフスト国への工作を命じられた。戦乱に大きく影響を与えるであろう強力な術具『ワルツ』。これを城に仕掛けてこいということだった。
一旦は命令通りに城を出た彼だが、これは王の目を掻い潜るためであった。仲間と協力し、忍んで王城と同じ敷地内にある技術棟まで戻ってきた彼。時間と労力を費やして『ワルツ』の複製に成功する。
フランタ国にも『ワルツ』は仕込まれる。ならばサボウム国にも仕掛けて賛成派を一掃し戦乱を止めよう、そういう作戦だ。
元々彼は城には居ないはずの人間。
複製が終わった後は速やかにイレフスト国へ向かった。
それはイレフスト国内に『ワルツ』を持ち込み、また技術棟に戻る際にすり替わった仲間の所へ行くためでもあるが、
『ワルツ』が発動すると、有効範囲内にいる人間は心を操られ戦いに身を投じることになる。戦乱賛成派を一掃し、その後に起きるであろう混乱を防ぐ。そのために彼はイレフスト国にもいるであろう反抗組織と接触するつもりであった。
◇◇◇
仲間の協力で、____は無事にイレフスト国へ入り込むことができた。
前線は避けて、南東寄りに進路を取り国境越えをしたのだった。
その時に荷物の隙間から一瞬見えただけの、
たわわな橙色が____の目に焼きついた。
町には入らず通り過ぎ、一気に首都へ向かう。
(王城からは遠く離れたが、首都に行けば、王の意向によって潜入している者が確実にいるだろう。気を引き締めなくては)
藁まみれなのも忘れて、____は拳を握った。
首都に着いたあとはイレフスト国入りする時の荷馬車を操車していたニーシャが繋ぎとなって、先に潜入している仲間たちと引き合わせてくれることになった。
「お前とすり替わって先に来たセナは、こっちの反抗組織との交渉役やってる。細工もうまいからな。先にお前の家を紹介するぜ」
____はフードを深く被ってついていく。
ここだ。
そう言って示されたのは裏ぶれた感のある家屋。看板が付いているから、店なのだろう。
「技術屋…?」
「うちらの術具師みたいなものさ」
ギィィ…
古びた音がするドアを開けると、
机の上に埃をかぶった状態でいくつも置かれているのが見えた。
「おーい、俺だニーシャだ。上位互換連れてきたぞ」
「おっ、ありがてぇ話だ」
ヒョイっと顔を出したのは、____と同じ顔。
「王城に入らなきゃいけないだろ?コソコソやって見つかったら困るからな。お膳立てしといてやったぜ」
「あ、ああ…大体飲み込めた。つまり私は食い詰めた技術屋で、これから王宮に職を求めに行くんだな」
「「そういうこと」」
「ま、俺たちからあなたへの贈り物ってことよ」
一方、以前サボウム国内で____とすり替わって、
そのまま先にイレフスト国に来ていたセナ。
慎重にイレフスト国政府に不満を持つグループらを見極め、
その内の一つと接触していた。
両者の間には、イレフスト国から持ち込んだ『ワルツ』が置かれている。
ただし、ここにあるのは見た目だけのレプリカだ。とはいえ封自体は有効で、勝手に開封されれば、施したセナが感知できる。
「これが城のヤツらを一網打尽にできるっていう機械なのか?」
「そうだ。我らからあなたへの贈り物といったところだ」
「俺たちが、これを悪用したらどうするつもりなんだよ…なぜ、俺たちを選んだ。戦乱のせいで、どんどん税金が上がって暮らしが厳しくなっていく。政府に不満を持ってるやつなんか山ほどいるだろ」
「そうだな」
「……はぁ…それで?」
「王城のどこかに置いてくれたらいい。それだけで、しかるべき時に発動する」
「決めた。ありがたくもらってやるよ」
こいつらは、平和になるに越したことはないが最悪見つかっても構わない囮だ。
本命は____が持ってくる。
▶82.「羅針盤」
81.「明日に向かって歩く、でも」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
戦乱に関する更なる情報を求め、新首都に向かうことに決めた人形たち。
旧首都はサボウム国の中央から少し北西にあり、新首都は南東の方角だ。
人形は広げた地図を見ながら、ナナホシと話し合っていた。
「あまり、この国に長くいるのは私たちにとって好ましくない。最短距離を行く必要がある」
「街道ハ蛇行ガ多イ」
「そこなんだ。だが、これだけの距離、道を外れて進むのは至難の業だ」
「僕ヲ使ッテ」
「どういうことだ」
人形が地図から顔を上げてナナホシを見た。
「僕ノ中ニハ、羅針盤ガ入ッテル」
「そうなのか?」
「ゴ主人予定ノ人、ホウコウオンチ?」
「何にせよ助かる」
「エッヘン」
ナナホシは触覚をピンと上げた。
そのようなことがあって、ナナホシの方向感覚を頼りに歩いていると、
「私の中にデータされていないはずの博士の記憶を夢に見たんだ」
「ドンナ夢?」
ナナホシが反応してナビゲーションモードから戻ってきた。
「すまない、今言うつもりではなかったんだが」
「イイヨ、話シテ」
人形は、ナナホシに見た夢の話をした。
「その夢を見た後から、博士の記憶が意図せず割り込んでくるんだ。今日も完成しなかった、あとどれだけ時間が残っているだろう、急がなければ、と」
ナナホシは、じっと人形が話し終わるのを待っている。
「機能には何の問題も起きていないが、確かに私は博士に完成とは言われていないんだ。私は、私自身をどう定義づけしたら良いのだろう」
「✕✕✕ハ、心ノ羅針盤ヲ見失ッテイルンダネ」
「心?いや、私に心などない。人形なのだから」
「ソウ?デモ機械仕掛ケハ、悩マナイ」
「悩む…そのようなこと」
「マァマァ。ユックリ考エナヨ」
たくさん話を聞くから。
そう締めくくって、ナナホシは再びナビゲーションモードになった。
▶81.「明日に向かって歩く、でも」
80.「ただひとりの君へ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
〜人形たちの知らない物語〜
(これは、時限式か。発動には…まだ余裕がありそうだが、完全に同期させなければならないな)
サボウム国王の作った術具『ワルツ』の複製作業は、
____にとって大変に難しいものであった。
(こっちが…術の範囲設定。城の中ならどこでもいいようなことを言ってただけあって、かなり広いな)
読み取れた術式は書き出していく。段々とメモが積み上がっていく。
(その辺にある術具の効果範囲なんて、1人分か大きくても部屋ひとつだぞ?)
範囲が広くなれば、比例して効果は薄れていく。
それが術具の常識だ。それを防ぐ術式もあるが、術式が増えれば機械の部品も増やさなければならない。技術が足りなければ噛み合わせが悪くなったり、サイズが大きくなったり。サイズが大きいほど未熟と言われるため、ほとんどの術具師は、効果範囲を狭めて効果を高めているのだ。
「共鳴石か…フランタ国のとセットなんだろうな。仕方ない、これを割って使おう」
あの王は、本当に規格外だ。
(これを複製できたとして、そもそも王に効くのか?)
明日に向かって歩く、分かっていても、でも不安は尽きない。
(肝心の効果に関する術式は、やっぱりこれだろうな。なんて小さい字だろう)
仲間のためにも早く完成させたいが、失敗しては元も子もない。
睡眠を削って解析に費やし、それでも何日もかかった。
「この術具は、ヘタしたら私たちにも有効だな」
その成果が書かれたメモを見ながら、____は独りごちた。
深夜で部屋には自分以外に誰もいない。
仲間に言わないという選択肢はないと思いつつも、ため息が勝手に出る。
ちら、と『ワルツ』に視線を送ったが、
人工涙を使っていない今、あの美しい術式は見えない。
(時限式で発動し、『ワルツ』同士で共鳴し合って、特殊な波長を生み出す。それを浴びると術にかかり、共鳴石が呼び合って出来る中間地点に集まる。波長の有効範囲は大抵の城が入る程の大きさ。さらに、判断力を低下させ闘争心を高める…)
「要は2国のトップが狂ってボコボコやり合っているところを美味しくいただくって魂胆か。この術具ひとつで…化け物じみてるな」
(しかし、そんなにうまくトップが城に揃うだろうか?そこは一時停戦なり介入すればいい話か。要は発動時間中に城へ入れさえすればいいんだから)
なんの因果か、互いの城は距離が近い。
戦術よりも新しく開発した技術を使いたい奴が強いのだろう、戦況もグダグダだ。
「王は、痺れを切らしたのかもしれないな…いや、どうでもいいことだ」
ひとつ頭を振り、気持ちを切り替える。
この化け物じみた術式が、自分たちにも牙を剥くかもしれない。
そんなことを聞かされて、それでも計画を進められるだろうか。
大事なのは、そこだ。
王を倒そうとしている____たちの志が問われる。
「あいつらなら、やるだろうな。私も心して掛からなければ」
翌日、部署に出勤してきた仲間たちに解析結果を話した。
『ワルツ』の効果の強さに衝撃を受けていたが、
計画を中止してしまっては、
自分たちの技術を悪用し国民を人体改造して兵に仕立て上げている王も、戦乱も止めることはできない。
「では、作業を続行するということでいいな」
「ああ、頼んだ」
解析が終われば、あとはそれに沿って作り出していくだけだ。
今日も完成しなかった
あとどれだけ時間が残っているだろう
急がなければ
焦る心を抑えつつ丁寧に迅速に。
言うほど簡単な作業では無かったが、____は溜まった疲れを無視して進めていった。
そして、とうとう『ワルツ』の複製に成功した。
技術棟に入ってからひと月が経っていた。
____はオリジナルを仲間に託し、また荷物のフリをして荷馬車に乗り込んだ。
窮屈さも忘れて泥のように眠り込む。
何度か乗り換えながら、自分と入れ替わり先行している仲間の元へ急ぐ。
目的地が近づくにつれ、自分のやっていることの恐ろしさに悪夢を見るようになり、次第に____の眠りは浅くなっていった。
それでも、やらなければならない。
サボウム王の計画に便乗して、まずはイレフスト国に潜入する。
イレフスト国内にも戦乱に不満を持つ者が、きっといるはずだ。
先行した仲間が探してくれている。
うまく自分たちのような、利益や欲望のためではない平穏を取り戻すために動いている組織が見つかれば。
『ワルツ』の発動後、スムーズに戦乱を終わらせることができるかもしれない。
フランタ国にも、同じように仲間が向かっている。
もう、後戻りはできない。
私たちは明日に向かって歩く、でも、それによって傷つく者たちが、
場合によっては歩みが止まってしまうような者たちが出てくる。
決して、それを忘れてはならない。
傲慢な考えでいては、あの王と同じになってしまうのだから。
▶80.「ただひとりの君へ」
79.「手のひらの宇宙」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
旧首都までは残り1日から2日で着く距離であったが、
その道中に大きな変化があった。
「随分大きい街だな」
「人間モ多イネ、声ガ沢山」
ランクも様々な宿屋が多く建ち並び、客の入りも多いようで賑わっている。
「乗合馬車も比較的多い。ここから、どこかに向かうようだな」
物の値段も、今まで見てきたより高く設定されている。
「観光か?」
そのまま街を通り過ぎる。
✕✕✕と同じく歩いていく人も多い。
しかし荷物は小さい。目的地は遠くないようだ。
「旧首都に何か関係があるかもしれない」
ぽつり、ぽつりと宿屋が点在している。
人形も夜は宿に泊まった。
翌日、引き続き旧首都に向かって歩く。
何台もの馬車が追い抜いていく。
「ア、」
「どうした」
「濃度ガ高クナッテキタ」
「危険か?そういえば家屋を見なくなったな。そして、向こうに何かある。距離的に旧首都と思われるが」
「ンー、僕ハ、嫌カモ」
一度森まで引き返し、ナナホシはそこで待機することになった。
「長くても3日だ。この樹から離れないように」
「✕✕✕モ、気ヲツケテ」
「ああ」
人形だけで旧首都へ向かうと、
そこはもう、人の住む場所ではなかった。
地面はあちこち隆起していて、人間が通る分だけ道が整えられている。
その先では岩がいくつも突き出し、隙間から煙だか湯気だか分からないものが噴き出している。
その周りは、広い池になっているようだがほとんどが湯気で覆われている。時折風に吹かれて見える程度だ。安易に近づくことはできない。
ただ、観光目的の人間も多い。
ひっきりなしに馬車が留場を出入りしている。
人形は、物売りから卵を買いつつ、話を聞いてみた。
「道行く人につられて来たのだが、すごいなここは」
「お客さん、初めてですかぁ。すごいでしょう、サボウム国イチの観光名所ですよ」
「ここは、昔からあるのか?」
「戦乱より後だと聞いていますよ。なんでも突然ボカンと出来たとか」
「それは巻き込まれた人もいただろうな」
「いや、それが新首都を作るのに大勢人手が必要だからって、みんな連れてっちまってたらしくてねぇ。城はダメになっちまったが人は案外大丈夫だったっつう話ですよ」
「そうだったのか、聞かせてくれてありがとう。これは取っておいてくれ」
「毎度ありぃ!兄ちゃん、良い旅を!あー、卵〜温泉卵はいらんかえ〜」
「ふむ、これ以上は首都に行くしかなさそうだな。森まで戻るか」
森に入ると、すぐにナナホシが文字通り飛んできた。
人形が手を差し伸べると、そこに降り立った。
「✕✕✕、ブジ?」
「体は見ての通りだ。ナナホシも無事そうだが大事なかったか?」
「ウン」
ぴょんぴょん跳ねて無事をアピールしている。
「良かった。それでだが」
人形が旧首都のことを話すと、ナナホシも同意見だった。
「何カ分カル、イイ」
「そうだな。その後だが、新首都に行くと、イレフスト国がかなり近くなる。北上してナナホシの活動に必要な、あの柑橘を」
「みかん」
「そう、いや、やはり上手く聞き取れないが、それを取りに行くのはどうだろう」
「イイノ?マダ時間アルヨ?」
「ああ、情報を集める必要もある。できるだけ早く行った方がいいだろう。ナナホシは、ナナホシしか居ないのだから。ただひとりの君への支援は当然の事だ」
「アリガトウ」
「決まりだな。またここで一晩休んでから出発しよう。イレフストからの帰りは、あの地下通路を使えるといいがな」