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1/19/2025, 8:04:31 AM

▶79.「手のひらの宇宙」
78.「風のいたずら」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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人形たちの知らない物語

『ワルツ』は透明な涙を媒介にすると術式が見えるようになる。
それが分かった____は、まず仮眠を取り、それから仲間が来る前に、ひとまず全員に行き渡る分だけ人工涙を作っておいた。

「これが王の作った術式か…」
誰もが言葉を失っていた。

それほどまでに、角膜に投与した人工涙を通して見る『ワルツ』は、
見事な出来映えだった。
とても技術を悪用するような人間が作ったとは思えない。

繊細で、緻密で、
いくつもの術のコアが同心円状に回り、
さながら手のひらの宇宙を見ているようだ。

____も、しばし敵が作ったものであることも忘れて見入っていた。

やがて、涙が吸収されて術式は見えなくなった。

「おい、どうした?大丈夫か?」

声を掛けられて、やっと我に返る。
「いや、すまない。大丈夫だ」
「それならいいんだが。あれだけのもの、悪いが見えたところで俺達には無理だ。必要なものがあれば言ってくれ。人工涙もいくらでも作る」
「ああ…それじゃあ早速頼むよ。後はここより少なくなったら作り足してくれ」
「わかった」

平静を装い会話をしつつも、彼は驚愕の渦に巻き込まれていた。
(これを、作るのか?私が?……いや、やるしかないんだ)

できなければ、あの王を倒せない。

「…よし、やるぞ」

残りわずかな人工涙を再投与し、彼は作業に取り掛かった。

1/18/2025, 8:17:15 AM

▶78.「風のいたずら」
77.「透明な涙」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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深夜のイレフスト国の王宮敷地内、技術保全課寮にて

『興味を持つなとは言わない。ただ、何事もすぎてはいけないのだ』
わしは引き継ぎ通りにしていた。
本当に、その日その時まで平穏だったのだ。

「課長、お休みの所申し訳ありません!」
「なんじゃ、血相を変えて」

わしの寝室の扉を叩いたのは、戦乱の最中に使われていた機械の見張り番だった。
血の気がひいた顔をしている。
後ろには寮長がいる。彼が部屋の鍵を開けたのだろう。


「緊急報告いたします!F16室の機器に異変が出ました!」
「なんだと!?」

ガウンを羽織って確認にいくと、確かに1箇所赤く点滅しているところがある。
「よく気づいたな」
「はい、最初は音も鳴っていたのです。リーンリーンと何度か。その後は光の点滅のみです」
部屋に残っていた方が答えた。

「ともかく、これが何を意味しているか調べなければならん。一人はここで待機。もう一人はわしについてまいれ」
「では、私が参ります」
少しのアイコンタクトがあって、部屋に残っていた方、ミハがついてくることになった。

「ここもだが、他の部署を叩き起さなきゃならんな」

一度寮に戻り、身支度を整える。
ミハは寮で寝泊まりしている奴ら全員を起こしに行かせた。


資料室に向かいつつ、わらわらと出てきた部下数人に要件を伝え、他部署や王の側近に知らせるよう指示を出す。
いずれ王にも伝わるだろう。

目的の部屋に着き、懐から出した鍵で開けて入る。
かなり埃っぽい。
戦乱前のイレフスト国は好奇心豊かな国民性で、研究も多岐にわたった。したがって王宮内の研究室も多ければ残された資料も多い。

「F16だったな…これは骨が折れそうだ」

ここは、もう20年ほどで廃棄予定だった。それはわしの仕事がなくなるのと同義であるが。その頃には死んどるだろうし、今だって本来は定年しておるからいいんじゃ。

『100年保全し、異変なければ破棄して良し』
それが戦乱後からの申し送り。技術保全課と名は付いているが、点検も整備もせずに、ただ消滅の時を待っているだけの閑職だ。
「まあ、仕方ないわい」


途中でミハも合流し、見つかった資料は3冊。どれも分厚い。
部下に持たせようと資料室から廊下に顔を出すと、何やら騒がしい。
大方、知らせが入った部署から誰かが来たのだろう。

わぁわぁ言ってるだけのやつを2人つまみ上げて荷物を持たせてやった。
「課長、これはどこに運ぶのでしょうか」

人間というやつは分かりやすい仕事を与えると、途端に落ち着く生き物だ。
「そうだな、この様子だと多く集まりそうだ。大会議室まで行くぞ」

隅っこで不安そうにしている部下には、大会議室の使用許可をもぎ取ってくるよう指示を出す。
走り回ってるやつらには、他部署の人間は大会議室へ案内するように伝えた。
これでいい。

どっこいしょと階段をのぼって、ひいふう言いながら大会議室に着く頃には、大体の人間が集まっておった。さすがに王はいなかった。
席に着く間もなく質問が飛んでくる。

「こんな深夜に異変とは何があったんだ」
「赤い光の点滅だとか」
「音が鳴ったと聞いたぞ」
「どういうことだ」

ここもか。

「まあ、落ち着け。資料をここに」

静かに置こうとはしたのだろうがひ弱な部下には重すぎて、
どすんどどすんと音を立てて机に置かれる。

「これが音が鳴り、赤い光の点滅があった機器のある部屋の資料だ。わしも詳しいことは、これから調べる。だから手伝え」
「どうして我々が!」
「そうだ!あと20年だったのに」
やいのやいの、ガヤガヤと己に降り掛かった理不尽から目を逸らそうとしている。
ここにいるのはわしより若いやつらばかりだから騒ぐのも仕方ない。

「言っても仕方ない。事は起きたんじゃ」
場はしんと静まり返った。

全員で件の部屋に行き、どの機械のどこが点滅しているのか確認して大会議室に戻ってきた。
「資料を手分けして調べるぞ」

幸い、資料は中で分冊されていた。それでも分厚いが。
部署のトップばかりこき使っているが、これも仕方ない。
戦乱は末期でも80年前だ。その時代を知っているものはいない。
この国の人間の寿命は約50歳。わしですらじじいから聞かされただけだ。
部下では知識が足りなさ過ぎて使い物にならんのだ。

「これか?いや違うか…」
「こっちはどうだ?…いや…」
それでも専門用語ばかりの資料を読み解くのは容易ではない。
わしらはすっかり技術者としての牙を抜かれてしまっていた。

「どうしたもんかの…ミハ、窓を開けて空気を入れ替えてくれ」
「はっ」

夜の冷たい風が入ってきて、火照った頭を撫でていく。
周りも似たような顔でささやかな自然の幸福を享受していた。
張り詰めていた空気が弛緩していく。

「そろそろいいですかね、閉めます」
程よく時間が経ったところでミハが窓を閉めていく。
その細くなったところを、風が強く吹き込んできた。

風のいたずらによってページがパラパラと捲られていく。

あちらこちらで悲鳴が飛び交う。
どこまで読んだか分からなくなってしまうからだろう。

ミハが残りを慌てて閉めて、風は収まった。
「す、すみません!!」
「いや、お主は悪くない、むしろいいことをしてくれたぞ」

開かれたページには、あの点滅箇所について書かれていた。
ただし、大きく「廃棄済み」と上に書かれていたが。

「なぜ廃棄済みのものが光るんじゃ」

いたずらな風が運んできたものは、新たな謎であった。

1/17/2025, 7:01:11 AM

▶77.「透明な涙」
76.「あなたのもとへ」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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〜人形たちの知らない物語〜

「やれやれ、やっと出られた」
____は背中をのばして腰をたたき、体をほぐしていた。

「おつかれ、____。こっちの木箱、お前の荷物な」

彼は、無事に技術棟内へ入ることができた。
とはいえ内部を自由に歩けるわけではなく、仲間で固められた部署の仮眠室に引きこもることにはなるが、それでも安心感が違う。

「ああ、ありがとう。そっちこそおつかれ」


ここまで運んでくれた仲間が部屋から去ると、
群がっていた部署の仲間たちが、さらに距離を詰めてきた。

「早く『ワルツ』のオリジナルを見せてくれ」
「ああ、私も作業机が見たい。それか?」
「そうだ。できる限り道具も揃えた」
「鍵開けは準備できてるよな?」
「ああ、苦労させられたがな。すまん、一番小さいやつしかない」
「問題ない。すぐやるぞ」

サボウム国の強みは人体改造だが、
その根幹を支えているのが、
術式を刻んだ部品を組み立て、機械として作り上げる術具だ。

種類は多々あれど、製法は門外不出、後継者にしか伝えられない。
そして他者への漏洩を防ぐために、術具には、分解されると製作者へ
伝わるように開封通知の術式が刻まれている。

それを無効化する装置は鍵開けと呼ばれ、厳しく管理されている。
____が、わざわざ戻ってきたのも、ここに理由があった。

「照らしてくれ」
「開封通知無効化の陣、照射開始」
「照射範囲、問題なし。続行してくれ」

「王が作った術具だから、鍵開けが通用しないかと思ったが」
「そうだな、順調すぎるくらいだ」

「照射完了だ」
「よし。これより『ワルツ』の分解を始める」

手のひら大の機械。術具としては小さい部類に入る。
それは、王の技術の高さの証だ。

仲間たちが代わる代わる見に来るが、____は気に留めない。
嵌められた石を外し、刻まれた紋様に沿って刃を入れていく。

「深窓の令嬢のお出ましだ」

術具の外装を取りはずした。
「これは…」

____は席を立った。

「おい、みんな。ちょっと来てくれ」
「なんだなんだ」
「もう開いたのか?」
「こら、騒ぐな。とりあえず俺が残るから見てこい」

「外装は開いたんだが、中を見てくれ」
「術が刻まれてない?」
「いや、待て。気配はある。見えないのか」
「俺も見えないな。____も見えないのか?」

「そうなんだ。ただの機械にしか見えない」

サボウム国で王に次いで優れた手と目を持つ____でも、
刻まれた術の読み取りすら出来ない。

「だから開封通知は一般レベルだったんだな、ちくしょう」
「でも、気配はあるよな?」
「ああ」
「何か仕掛けがあるんだ」

いかにして見えない術式を読み解くか。
技術者の探究心に火がついた。

議論を交わし、試行錯誤を繰り返し。
しかし成果は出ずに時間だけが過ぎていく。
部署の人員全員が缶詰めになる訳にはいかず、ひとりまた一人と退出していく。

「あああ分からん」
____だけになっても夜を徹して解析作業は続けられていたが、
とうとう張り詰めていたものが切れた。

「一旦だ。一旦、休憩しよう」
ぐっ、と背筋を伸ばすとポキポキと小気味いい音がなる。
頭を上に向けたら、ふあぁ、と大きな欠伸が出た。

「もう頭がつぶれそうだ、全く」

言いながら、ふと下を見ると、
「はぁ!?」

全く見えなかった術式が、姿を現していた。
しかし、瞬く間に消えていく。
「…何が原因だ?何も触らないことか?」

首を捻ると、もう1つ欠伸が出てきた。
「また見える」

先ほどよりもくっきり見える。
よく見ようと涙を払った、その時。
「また消えた…なんなんだ?」

今まで何をしても見えなかった。
見えた時に変わったことといえば、

「あくび?いや持続時間が最初と次で違った」

まさかな、と思いつつも欠伸を捻り出す。
すると瞳を覆う涙が増えた瞬間、術式が見えた。

「涙か!」

多量の透明な涙が媒介になっていた。

1/16/2025, 9:37:17 AM

▶76.「あなたのもとへ」
75.「そっと」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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温泉でダメージを受けた人形は修復のために森で眠りについていた。
目覚めの時が近くなり、休止形態が徐々に解かれていく。
その過程で、人形は自身を作った博士の夢を見た。


コポコポと液体の泡立つ音が聞こえる。
視界の隅に映るのは、雑多に物が詰められた壁付けの棚。

(ここは、博士の研究室だ)

人形は、これが夢だと分かっていた。
ただし体は勝手に動き、自由にならない。

視界の多くを占めているのは、大きな箱だ。
中が透けて見え、人形が収められているのが分かる。

そばに腰掛けているのか、距離が近い。
箱の上に置かれた手に、人形は見覚えがあった。

(私が目覚める前の、博士の記憶だ。でも、こんなデータを私は知らない)

「なあ。お前は目覚めたいか?」

中の人形は、まだ返答できる状態にないはずだが、
博士は話しかけるように声をかけた。

「お前を作ったのは、私のエゴだ。未練を、捨てきれなかった」

時折撫でるように手を動かしながら、博士はぽつりぽつり話し続ける。

「このまま、ただ埋もれていってもいいじゃないか、とも思うんだ」

抑揚もなく、淡々と。

「何もしなければ、何も起きない」


「いや、違うな。それは『何もしない』を選ぶという行動だ。いずれ何かは起きる」
しばしの無言の後に発した言葉は、開き直りにも前向きにも聞こえた。

「やはり、私も欲を捨てられない、ただの人間だな」

博士は立ち上がって箱の頭側に回り込み、スイッチをいじり出した。


「さて、私の人形。お前には名前が必要だな。そうだな、✕‬‪✕‬‪✕‬にしよう。私の故郷にいた鳥の名前だ。旅がよく進みますように」


そして、起動スイッチを入れた。
装置が作動し重低音が響く。

「局長、みんな。いずれ、この人形が行くでしょう。あなたたちの残してくれたもののもとへ」


程なくして、箱の中にいる人形が目を開けていく。
同時に、意識が現実に向かって急速に浮上していくのを感じた。

(私は知りたい。あなたが何をして何を考えていたか。博士、あなたのもとへ行って聞いてみたいんだ)


「おはよう、‪✕‬‪✕‬✕‬」

夢は、そこで途切れた。


「オハヨウ」
「…おはよう」

ナナホシは人形の鼻先に止まっていた。
人形が体を起こすと腹まで転がっていく。

「ダイジョーブ?」
「少し、夢が長かっただけだ。問題はない」
「‪✕‬‪✕‬‪✕‬ノ皮膚、治ッテル。出発スル?」
「ああ。現在の首都と、旧首都のどちらから行くか」
「近イ方」
「そうだな。なら旧首都だ、行こう」

1/15/2025, 9:34:45 AM

▶75.「そっと」
74.「まだ見ぬ景色」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬
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〜人形たちの知らない物語〜

「よし、この町だ」

サボウム国から出るよう命じられ出立した____だったが、
途中で仲間と入れ替わり、
王城とは町ひとつ挟んだだけの近い距離にある町まで戻ってきた。

今、この町は戦乱の影響で人の出入りが多く、他の町からの余所者も少なくない。
現に、閉門間際の時間にもかかわらず安全を求めてやってきた人達で溢れかえっている。
____も人に紛れ夜に紛れ、目立たぬように町の中へ入る。

彼は、この町で仲間と合流する手筈になっている。
『ワルツ』の複製には整った設備がある技術棟に行かなければならない。
そこは独立した建物になっているが、王城と同じ敷地内だ。
王命に背いている____の存在は当然秘さなければならず、
姿を見せられるほど信頼できる仲間だけで固められている場所となれば、かなり限られる。
細工が必要だった。



喧騒に包まれた大通り。
この方が身を隠すには都合がいい。
まずは流れに逆らわず歩く。
そして、ふらっと脇道へ逸れる。
素早く物陰に隠れて尾行の有無を確かめるが、大丈夫なようだ。

(第一段階、ってところだな)

念の為、時々迂回や遠回りで蛇行しながら、
待ち合わせ場所へ向かう。
そこは大通りから離れた場所にある寂れた酒場だった。


ひとまず入り口を気にするような視線は感じない。
カウンター席に座り、酒を注文する。

呑みながら、マスターに話を振る。
「ところでマスター、聞いてもいいか」

少し間が空いてマスターが応えた。
「ああ、なんだ」


「マスターは、『俺たちはそっと夢を見る』を歌えるか?」
「いや?知らないね」
「そうか」

会話はそれで終わりだった。
少し時間をかけて残りを干していく。
途中でマスターが店の奥に行ったが、すぐに戻ってきた。
手には、頼んだのと同じ酒の瓶が握られている。

そっとコインを、代金より2枚多く置いた。

「毎度あり。この酒はうまいだろう」
「ああ、瓶ごと欲しいね。手洗い場を借りてもいいか?」
「奥にある。綺麗に使ってくれよ」
「ありがとう」

言われた通り店の奥に向かい、しかしそのまま裏口から外へ出る。
少し火照った頬に冷たい風が心地いい。

「こっちだ」
見れば仲間が手招きしている。
ついて行った先は倉庫の裏手で、幌付きの荷馬車が置かれている。
ここで一晩過ごし、翌日技術棟に向かう予定だ。

「埃っぽいけど我慢してくれよ」
「野宿に比べたら天国さ」


目が覚めると、まだ夜明け前だった。
ぐっと伸びをして体をほぐす。

外の様子を伺いつつ、荷馬車に乗り込んだ。
町が起き出す前に隠れていたほうがいい。

その行動は予測されていたのだろう、
空の木箱の奥に準備良く毛布が置かれていた。

どれくらいか経って、荷馬車に近寄ってくる足音が聞こえてきた。

「起きてるか?」
「おう、そっと運んでくれよ?」
「分かってるって。俺の筋肉なめんな」
「頼んだぞ」

木箱は窮屈だったが、何とか入ることができた。
荷物の積み込み作業でガタガタと揺れる。

このまま荷物の振りをして運んでもらい、そっと技術棟に入り込むつもりだ。
よくある手だが、自分の体が小さいからこそできることでもある。

「出発する」

遠くに声が聞こえた。それからムチの音。
ガラガラと音を立てて車輪が回り動き始める。
揺れが激しい。
何も抵抗できず、すぐに体が痛くなってきた。

後悔で全てが塗りつぶされそうになった頃になって、
やっと動きが止まった。
城門か。

戦乱も激しくなって王城はどこも人手不足だ。
監視の目は緩くなっているはず。

しばらくして荷馬車が再び動き出した。
ただし今度は、そっと。

(やれやれ、なんとか入れたか)


彼は、ほっと息をついた。

この後、人に直接運ばれる揺れと恐怖を味わうことになるが、
そのことはまだ忘れているようだ。

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