▶76.「あなたのもとへ」
75.「そっと」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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温泉でダメージを受けた人形は修復のために森で眠りについていた。
目覚めの時が近くなり、休止形態が徐々に解かれていく。
その過程で、人形は自身を作った博士の夢を見た。
コポコポと液体の泡立つ音が聞こえる。
視界の隅に映るのは、雑多に物が詰められた壁付けの棚。
(ここは、博士の研究室だ)
人形は、これが夢だと分かっていた。
ただし体は勝手に動き、自由にならない。
視界の多くを占めているのは、大きな箱だ。
中が透けて見え、人形が収められているのが分かる。
そばに腰掛けているのか、距離が近い。
箱の上に置かれた手に、人形は見覚えがあった。
(私が目覚める前の、博士の記憶だ。でも、こんなデータを私は知らない)
「なあ。お前は目覚めたいか?」
中の人形は、まだ返答できる状態にないはずだが、
博士は話しかけるように声をかけた。
「お前を作ったのは、私のエゴだ。未練を、捨てきれなかった」
時折撫でるように手を動かしながら、博士はぽつりぽつり話し続ける。
「このまま、ただ埋もれていってもいいじゃないか、とも思うんだ」
抑揚もなく、淡々と。
「何もしなければ、何も起きない」
「いや、違うな。それは『何もしない』を選ぶという行動だ。いずれ何かは起きる」
しばしの無言の後に発した言葉は、開き直りにも前向きにも聞こえた。
「やはり、私も欲を捨てられない、ただの人間だな」
博士は立ち上がって箱の頭側に回り込み、スイッチをいじり出した。
「さて、私の人形。お前には名前が必要だな。そうだな、✕✕✕にしよう。私の故郷にいた鳥の名前だ。旅がよく進みますように」
そして、起動スイッチを入れた。
装置が作動し重低音が響く。
「局長、みんな。いずれ、この人形が行くでしょう。あなたたちの残してくれたもののもとへ」
程なくして、箱の中にいる人形が目を開けていく。
同時に、意識が現実に向かって急速に浮上していくのを感じた。
(私は知りたい。あなたが何をして何を考えていたか。博士、あなたのもとへ行って聞いてみたいんだ)
「おはよう、✕✕✕」
夢は、そこで途切れた。
「オハヨウ」
「…おはよう」
ナナホシは人形の鼻先に止まっていた。
人形が体を起こすと腹まで転がっていく。
「ダイジョーブ?」
「少し、夢が長かっただけだ。問題はない」
「✕✕✕ノ皮膚、治ッテル。出発スル?」
「ああ。現在の首都と、旧首都のどちらから行くか」
「近イ方」
「そうだな。なら旧首都だ、行こう」
1/16/2025, 9:37:17 AM