▶75.「そっと」
74.「まだ見ぬ景色」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
「よし、この町だ」
サボウム国から出るよう命じられ出立した____だったが、
途中で仲間と入れ替わり、
王城とは町ひとつ挟んだだけの近い距離にある町まで戻ってきた。
今、この町は戦乱の影響で人の出入りが多く、他の町からの余所者も少なくない。
現に、閉門間際の時間にもかかわらず安全を求めてやってきた人達で溢れかえっている。
____も人に紛れ夜に紛れ、目立たぬように町の中へ入る。
彼は、この町で仲間と合流する手筈になっている。
『ワルツ』の複製には整った設備がある技術棟に行かなければならない。
そこは独立した建物になっているが、王城と同じ敷地内だ。
王命に背いている____の存在は当然秘さなければならず、
姿を見せられるほど信頼できる仲間だけで固められている場所となれば、かなり限られる。
細工が必要だった。
◆
喧騒に包まれた大通り。
この方が身を隠すには都合がいい。
まずは流れに逆らわず歩く。
そして、ふらっと脇道へ逸れる。
素早く物陰に隠れて尾行の有無を確かめるが、大丈夫なようだ。
(第一段階、ってところだな)
念の為、時々迂回や遠回りで蛇行しながら、
待ち合わせ場所へ向かう。
そこは大通りから離れた場所にある寂れた酒場だった。
ひとまず入り口を気にするような視線は感じない。
カウンター席に座り、酒を注文する。
呑みながら、マスターに話を振る。
「ところでマスター、聞いてもいいか」
少し間が空いてマスターが応えた。
「ああ、なんだ」
「マスターは、『俺たちはそっと夢を見る』を歌えるか?」
「いや?知らないね」
「そうか」
会話はそれで終わりだった。
少し時間をかけて残りを干していく。
途中でマスターが店の奥に行ったが、すぐに戻ってきた。
手には、頼んだのと同じ酒の瓶が握られている。
そっとコインを、代金より2枚多く置いた。
「毎度あり。この酒はうまいだろう」
「ああ、瓶ごと欲しいね。手洗い場を借りてもいいか?」
「奥にある。綺麗に使ってくれよ」
「ありがとう」
言われた通り店の奥に向かい、しかしそのまま裏口から外へ出る。
少し火照った頬に冷たい風が心地いい。
「こっちだ」
見れば仲間が手招きしている。
ついて行った先は倉庫の裏手で、幌付きの荷馬車が置かれている。
ここで一晩過ごし、翌日技術棟に向かう予定だ。
「埃っぽいけど我慢してくれよ」
「野宿に比べたら天国さ」
目が覚めると、まだ夜明け前だった。
ぐっと伸びをして体をほぐす。
外の様子を伺いつつ、荷馬車に乗り込んだ。
町が起き出す前に隠れていたほうがいい。
その行動は予測されていたのだろう、
空の木箱の奥に準備良く毛布が置かれていた。
どれくらいか経って、荷馬車に近寄ってくる足音が聞こえてきた。
「起きてるか?」
「おう、そっと運んでくれよ?」
「分かってるって。俺の筋肉なめんな」
「頼んだぞ」
木箱は窮屈だったが、何とか入ることができた。
荷物の積み込み作業でガタガタと揺れる。
このまま荷物の振りをして運んでもらい、そっと技術棟に入り込むつもりだ。
よくある手だが、自分の体が小さいからこそできることでもある。
「出発する」
遠くに声が聞こえた。それからムチの音。
ガラガラと音を立てて車輪が回り動き始める。
揺れが激しい。
何も抵抗できず、すぐに体が痛くなってきた。
後悔で全てが塗りつぶされそうになった頃になって、
やっと動きが止まった。
城門か。
戦乱も激しくなって王城はどこも人手不足だ。
監視の目は緩くなっているはず。
しばらくして荷馬車が再び動き出した。
ただし今度は、そっと。
(やれやれ、なんとか入れたか)
彼は、ほっと息をついた。
この後、人に直接運ばれる揺れと恐怖を味わうことになるが、
そのことはまだ忘れているようだ。
1/15/2025, 9:34:45 AM