▶78.「風のいたずら」
77.「透明な涙」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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深夜のイレフスト国の王宮敷地内、技術保全課寮にて
『興味を持つなとは言わない。ただ、何事もすぎてはいけないのだ』
わしは引き継ぎ通りにしていた。
本当に、その日その時まで平穏だったのだ。
「課長、お休みの所申し訳ありません!」
「なんじゃ、血相を変えて」
わしの寝室の扉を叩いたのは、戦乱の最中に使われていた機械の見張り番だった。
血の気がひいた顔をしている。
後ろには寮長がいる。彼が部屋の鍵を開けたのだろう。
「緊急報告いたします!F16室の機器に異変が出ました!」
「なんだと!?」
ガウンを羽織って確認にいくと、確かに1箇所赤く点滅しているところがある。
「よく気づいたな」
「はい、最初は音も鳴っていたのです。リーンリーンと何度か。その後は光の点滅のみです」
部屋に残っていた方が答えた。
「ともかく、これが何を意味しているか調べなければならん。一人はここで待機。もう一人はわしについてまいれ」
「では、私が参ります」
少しのアイコンタクトがあって、部屋に残っていた方、ミハがついてくることになった。
「ここもだが、他の部署を叩き起さなきゃならんな」
一度寮に戻り、身支度を整える。
ミハは寮で寝泊まりしている奴ら全員を起こしに行かせた。
資料室に向かいつつ、わらわらと出てきた部下数人に要件を伝え、他部署や王の側近に知らせるよう指示を出す。
いずれ王にも伝わるだろう。
目的の部屋に着き、懐から出した鍵で開けて入る。
かなり埃っぽい。
戦乱前のイレフスト国は好奇心豊かな国民性で、研究も多岐にわたった。したがって王宮内の研究室も多ければ残された資料も多い。
「F16だったな…これは骨が折れそうだ」
ここは、もう20年ほどで廃棄予定だった。それはわしの仕事がなくなるのと同義であるが。その頃には死んどるだろうし、今だって本来は定年しておるからいいんじゃ。
『100年保全し、異変なければ破棄して良し』
それが戦乱後からの申し送り。技術保全課と名は付いているが、点検も整備もせずに、ただ消滅の時を待っているだけの閑職だ。
「まあ、仕方ないわい」
途中でミハも合流し、見つかった資料は3冊。どれも分厚い。
部下に持たせようと資料室から廊下に顔を出すと、何やら騒がしい。
大方、知らせが入った部署から誰かが来たのだろう。
わぁわぁ言ってるだけのやつを2人つまみ上げて荷物を持たせてやった。
「課長、これはどこに運ぶのでしょうか」
人間というやつは分かりやすい仕事を与えると、途端に落ち着く生き物だ。
「そうだな、この様子だと多く集まりそうだ。大会議室まで行くぞ」
隅っこで不安そうにしている部下には、大会議室の使用許可をもぎ取ってくるよう指示を出す。
走り回ってるやつらには、他部署の人間は大会議室へ案内するように伝えた。
これでいい。
どっこいしょと階段をのぼって、ひいふう言いながら大会議室に着く頃には、大体の人間が集まっておった。さすがに王はいなかった。
席に着く間もなく質問が飛んでくる。
「こんな深夜に異変とは何があったんだ」
「赤い光の点滅だとか」
「音が鳴ったと聞いたぞ」
「どういうことだ」
ここもか。
「まあ、落ち着け。資料をここに」
静かに置こうとはしたのだろうがひ弱な部下には重すぎて、
どすんどどすんと音を立てて机に置かれる。
「これが音が鳴り、赤い光の点滅があった機器のある部屋の資料だ。わしも詳しいことは、これから調べる。だから手伝え」
「どうして我々が!」
「そうだ!あと20年だったのに」
やいのやいの、ガヤガヤと己に降り掛かった理不尽から目を逸らそうとしている。
ここにいるのはわしより若いやつらばかりだから騒ぐのも仕方ない。
「言っても仕方ない。事は起きたんじゃ」
場はしんと静まり返った。
全員で件の部屋に行き、どの機械のどこが点滅しているのか確認して大会議室に戻ってきた。
「資料を手分けして調べるぞ」
幸い、資料は中で分冊されていた。それでも分厚いが。
部署のトップばかりこき使っているが、これも仕方ない。
戦乱は末期でも80年前だ。その時代を知っているものはいない。
この国の人間の寿命は約50歳。わしですらじじいから聞かされただけだ。
部下では知識が足りなさ過ぎて使い物にならんのだ。
「これか?いや違うか…」
「こっちはどうだ?…いや…」
それでも専門用語ばかりの資料を読み解くのは容易ではない。
わしらはすっかり技術者としての牙を抜かれてしまっていた。
「どうしたもんかの…ミハ、窓を開けて空気を入れ替えてくれ」
「はっ」
夜の冷たい風が入ってきて、火照った頭を撫でていく。
周りも似たような顔でささやかな自然の幸福を享受していた。
張り詰めていた空気が弛緩していく。
「そろそろいいですかね、閉めます」
程よく時間が経ったところでミハが窓を閉めていく。
その細くなったところを、風が強く吹き込んできた。
風のいたずらによってページがパラパラと捲られていく。
あちらこちらで悲鳴が飛び交う。
どこまで読んだか分からなくなってしまうからだろう。
ミハが残りを慌てて閉めて、風は収まった。
「す、すみません!!」
「いや、お主は悪くない、むしろいいことをしてくれたぞ」
開かれたページには、あの点滅箇所について書かれていた。
ただし、大きく「廃棄済み」と上に書かれていたが。
「なぜ廃棄済みのものが光るんじゃ」
いたずらな風が運んできたものは、新たな謎であった。
1/18/2025, 8:17:15 AM