▶87.「わぁ!」
86.「終わらない物語」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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地下通路の入り口に着いた一行。
王宮側からの操作で、中には明かりが灯っている。
「よし、入るぞ」
「あ、その前に」
わしが先頭で入ろうと部下が割って入ろうとしてきた。
「なんじゃ」
「ちょっと前を失礼します。すぅ…「これ」
嫌な予感がして、その部下の口を塞ぐ。
「どうするつもりじゃ」
「いや、わぁってやろうかなと」
「何があるかも分からん場所に向かって叫ぶでない。行くぞ」
地下通路は出口が見えないほどかなり長い。時々空気穴なのだろう細い穴を見かけるが1本道だ。明かりがあるおかげでサクサクと進んでいるが、暗闇だったらと思うとゾッとする。
「課長、まだ歩くんですかぁ?」
「いつか着くじゃろうて」
「もう頭がおかしくなりそうです〜」
部下たちは早くも音を上げ始めていた。
変化の乏しい道のりは、確かに退屈すぎる。
「ロウソクは何本目じゃ」
「3本目ですね」
途中で先頭に替わった部下は、ロウソクを持って歩いている。
だいたい1刻で1本のペースで燃える。
「休憩まで、あと2本じゃな」
不満の声が上がったが無視した。
「何か脇道のようなものが見えます」
それはロウソク5本目がそろそろ終わろうかという時だった。
足早に行ってみると、それは大きな窪みだった。
壁面がきれいで人工的に作られたことが分かる。
「わぁ!休憩室だ〜!」
歩き詰めだった部下たちは喜んで駆け寄り、
早速思い思いの場所に落ち着こうとしていた。
「やれやれ」
昼食を摂り、再び歩き始める。
技術保全課の業務で長歩きすることなどない。
あまりの道のりの長さに、次第に無言になっていった。
(こりゃ老体に堪えるのぅ)
「よくもまぁ掘ったもんじゃ」
上り階段についたのは、
さらに3本と半分のロウソクを消費した後だった。
階段を上がると、施設は暗闇に沈んでいる。
「それぞれ灯りを持て。手分けして電源と外に通じる出口を探すんじゃ。くれぐれも気をつけるように」
2人ずつに分かれて手探りで進んでいく。自分たちの立てる音以外、なんの音もしない。だからと言って異変が起きた原因が分からない以上、警戒を解くことはできない。
じりじりとした時間が続く。部下の緊張も極限状態だろう。
資料室、小さい研究室がいくつか、ずらりと並んだ私室、食堂、
「ここが大元になっている部屋じゃな」
「出口のような通路、見つけました!何かが塞いでいて通れません!」
「やれやれ、年寄りをこき使いおって」
触ってみると石のような触感であった。狭いが無理やり総出で押し退ける。
「わぁ!外だ!」
「騒ぐでない。ここはもうフランタ国であるぞ」
窘めはしたが無理もないと諦め、ぞろぞろと全員で外に出る。
地下通路に入る前は朝であったが、
今は太陽が落ち、一帯は暗闇に包まれ始めていた。
「岩に化けとったんじゃな」
振り返り見上げれば、
施設が収められているとは思えないほど自然な大岩がそこにはあった。
「今夜は、火は無理じゃな。明朝から周辺探索及び対フランタ技術局の起動を試みる。気は高ぶっておるだろうが、体を休めるように。よく頑張ったな」
「課長〜!一生ついていきます!」
「いや、無理じゃろ」
▶86.「終わらない物語」
85.「やさしい嘘」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
戦乱中のイレフスト国は、空前の技術開発ブームだった。
しかし、それは王宮の中だけの話。
せっかく開発された技術も軍事利用され国民には届かない。ただ戦いのためと上がり続ける税金で苦しくなる生活に耐えていた。
そんな中で____は、技術開発課の採用試験の最終面接を受けていた。
「ふむ…地元から一旗揚げようと首都まで来たが客が来なくて食い詰めた、か」
「はい、ですが技術はあると自負しております」
「そのようだな。これなら即戦力になるだろうな」
____の組み立てた機械、今回は溜め込んだ動力を使って明かりがつくものだが、試験官による評価は良いものだった。
付け焼き刃ではあるが、____の家ということになっている潜伏先に置かれていた種々の機械の分解と組み立てを繰り返して、傾向は掴んでから来ているのだ。あとは元々の技量でカバーできる。
「ところで、言葉使いがきれいだな」
「それは、ありがとうございます。父の教育であります。」
「どこの出身だ?」
「ナトミ村です」
質問にも淀みなく答えていく。
「よし、いいだろう。採用だ」
「はい!ありがとうございます!」
「配属はF16室だ。質問は?」
「ありません」
「案内を付ける。行ってこい」
「本日から配属されました、____です。よろしくお願いします」
名前は、サボウム国でもしていたように、本名から抜き出して付けた。
戦乱の集結か、それとも私の潜入が見つかる方が先か。
結果が出るまで終わらない物語の始まりだ。
▶85.「やさしい嘘」
84.「瞳をとじて」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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サボウム国の旧首都から新首都へ移動してきた✕✕✕とナナホシ。
門は大きく開かれ、人は自由に出入りしている。
観光事業をしているせいか開放的らしい。
ナナホシは外套の内側に隠れており、鎖骨辺りの隙間から覗いている。
道中、ちらほらとサボウム国の地理について聞く機会があった。最初からそうであったかは不明だが、戦乱後から起きた地形変化によって色んなところで温泉が出来たらしい。
突然湧いた湯に苦労もあったことだろうが、今は文化として根付いている。
「観光に使うのもそうだが、料理にも取り入れるとはな…」
王城跡で買った卵が、あちこちの屋台で売られている。
調理に温泉の熱を利用しているらしい。
「染め物もあるのだな」
「あら、お兄さん!温泉を使った染めはサボウムだけ!うちの染め布は質がいいよ!どう?女の子に贈ったら喜ばれるわよぉ」
「ふむ、いくつか見せてくれ」
「こっちが仕立て用の一枚布、ここから小物用。色がいくつも欲しいお客さんに人気だよ」
「あちらのは?」
「ああ、あれは春物だよ。遠方から来るお客さんも多いからね、先取りして取り揃えてるのさ。広げて見てごらんな」
薄紅色の布は軽やかで、暖かな季節の装いに相応しい。
(これなら旅の間も、さほど嵩張らない。黒髪にも映えるだろう)
「これと、その若草色をくれ。それから小物用で、この布に合う色を3枚見繕ってほしい」
「毎度あり!お兄さん男前だね!」
店から離れ、歩いていく。
「✕✕✕ガ着ルノ?」
「いや、フランタ国の花街にいる女への土産にするつもりだ。む、あっちに香辛料が売っているな。シブへの土産に丁度いい」
「フゥン…」
温暖な土地で採れる小さく日持ちする香辛料を買い求めた人形。
程なく店通りが終わり、広場に出た。
「人間というのは心が逞しいんだな」
活気のある街並みを見ながら、人形は呟いた。
「アッチノ大キイ建物、何ダロウ」
「行ってみるか」
近寄ってみれば、造りから書物を収める建物と思われた。
入り口に立つ人間に尋ねる。
「失礼、この建物は何だろうか」
「ここは書物庫です。閲覧のみですが、どなたでも入れます。」
「ありがとう」
中はほんのり薄暗く、人も少ない。
書棚は、最上段でも踏み台を使えば届く程度の高さだった。
「地形変化が起こるのを恐れたのかもしれないな」
人形はサボウム国の歴史について書かれた本を探し、読み始めた。
ナナホシも少し身を乗り出して見ている。
大陸に神の御業を受け継ぎしサボウムの国あり。
その奇跡によりて民豊かに繁栄し、それ即ち約定のごときなり。
ところが戦に心奪われし王、ここにあり。
御業を使いて侵略富国の夢実現せんと北の両目へ果敢に攻めかかる。
また長き戦いにも喜びの声を上げ、
疲弊した民すら強兵に変じ、これを戦いに投ず。
しかして、晩年王は己に善の心を取り戻したり。
雄々しく自ら兵を率い戦いに赴かん。
両の目から迫り来る敵を一騎当千に蹴散らし、これを退ける。
末の堂々たる王の散り際に、残敵畏れ去りゆく。
王による神をも恐れぬ振る舞い、なお許されざりて、
天変地異の罰、そこかしこに降りかかる。
新たな王、その御業を手放し許しを乞い給う。
真摯さによって神より再びの安寧を与えられん。
これにて訪れし平穏の世、とわに続くものなり。
ざっくりと読み終え、人形たちは極めて小さな声で話し始めた。
「両目というのは、フランタ国とイレフスト国のことだろう」
「神ノ御業ハ?」
「おそらくだが、戦乱前からサボウム国にあった何かしらの技術だ。自国の歴史書だ、誇張というやさしい嘘は含まれているだろうが、戦いの後に当時の技術が失われたという大まかな流れはフランタ国と変わらないのだろう。ここの文章だが」
「疲弊シタ民スラ強兵ニ変ジ、戦イニ投ズ?」
「そうだ。はっきりした原因で疲弊しているような人間を、再度奮い立たせて向かわせるということは簡単ではない。この辺りに御業とされるものがあったのだろう」
「今ハ無イ?」
「そのようだ。地形変動が原因でいいだろう。それが今も無ければ残っていたかもな。戦後処理に復興と、加えて地形変動に巻き込まれた民の救出、早急にやらなければいけないことが山ほどあったはずだ」
「ウン、ウン」
「この国は畑が少ない。市場などを見る限り、どうも南から仕入れているようだ。イレフスト国は分からないが、フランタ国は自給率が高い。お互い用が無くなって3国の交流は今でも途絶えたままなのだろう」
「ソッカ」
「この『御業』というものについて書かれた本をもっと探してみるか」
手分けして探してみたが、目的の本は見つからなかった。
司書に訊ねてみると、『御業』の詳細に書かれたものは禁書とされているとの事だった。
「つまり、私のような旅人や一般的国民は知ることが出来ないということだろうか」
「そういうことになりますね。ご理解ください」
人形たちは書物庫を出た。さらに奥には王城が見える。
「ところで、ナナホシ」
「ウン」
それを横目に通り過ぎながら、人形は右手をナナホシに近づける。
ナナホシも素直に乗ってきた。
「私を勝手に主人として登録しただろう」
その手を顔に近づけ、近距離からナナホシを見つめる。
「ウ、ソンナコトナイヨ?」
聞かれたナナホシは、
そよっと顔を逸らし、触覚を前脚でこすっている。
「そんなやさしい嘘が私に通じると?」
「ムゥ…怒ル?」
「怒りの感情は私には備わっていない。知っているだろう」
「ウン、知ッテタ」
「では行こう。ナナホシ、頼むぞ」
「分カッタ、イレフスト国ダヨネ」
「そうだ」
▶84.「瞳をとじて」
83.「あなたへの贈り物」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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人形たちより少し時を遡った、イレフスト国の王宮。
F16室で起こった異変から始まった一連の騒動は、
新たな局面を迎えていた。
「なぜ廃棄済みのものが光るんじゃ」
そこでは、どうやら隣国フランタの技術について研究をしているようであったが。
「知らん」
「知らんじゃないわい。軍事記録はそっちの管轄じゃろうて、さっさと行け」
「閑職じじいが俺に指図するな」
「何じゃいヒヨっ子が。さっきまで嫌だ嫌だと駄々こねとったくせに、道筋がちょっと見えたくらいで元気になりおって」
「ぐぬっ」
「まあまあ、あのじーさんには口じゃ誰も勝てないって。俺も手伝うから行こうぜ」
(口では、だと?ふん、力でも負けんわい)
噛み付いてきた軍事記録課が出ていくのに、事務方数人がついていく。
あそこは、わしのところより更に煩雑だから時間がかかるだろう。
「記録が出てくるまでは、資料の写本づくりじゃな。ほれ、王への報告は頼んだぞ」
「ここまで仕切られては、私たちは形無しですなぁ。こちらはお任せを」
全ての資料が揃うのに2日、
F16室で点滅していた機器が実は受信器で、
発信元は別にあることが分かったのは、その1日後だった。
「で、どこなんじゃ」
「はい、対フランタ技術局は西方の山岳地帯を超えたところ、つまりフランタ国内にあります。ただし直通の地下通路があるようです」
廃棄されていなければ、ですが。
部下は、そう付け加えて報告を終えた。
「厄介じゃな」
瞳をとじて、現実を見ないようにすれば、
わしはもう老い先短い我が身だ。
時間はまたたく間に過ぎ去っていくだろう。
「点滅の原因は分かったのか?」
「はい、対フランタ技術局が活動を始めたためと思われます。資料にありました起動時の反応と今回の状況が一致しています。ただし、なぜ突然活動を始めたのかは…」
「行ってみないと分からんじゃろうなあ」
「あと一つ、分からないことが」
「言うてみい」
「『瞳をとじてしまうと動力が取り込めないので掃除を欠かさないこと。』このように、何回も『瞳』という言葉が出てくるのですが、何を指しているのか解読できませんでした」
「あぁ…ウチは転用が多かったらしくてのぅ。他で作ったものをそのまま名前ごと使ってしまうんじゃと。そのせいじゃろ、まあ分からなくとも問題ない」
どっこいしょ、と椅子から立ち上がる。
「王に進言して調査に行く他ないじゃろ。ついてまいれ」
予想はしていたが、眠っていた厄介物を揺り起こすようなマネは誰もしたくないものだ。許可は中々下りなかった。
結局わしが勝手に行くからいいんじゃ、と強引にもぎ取ってきた。
部下をミハの他、数人連れて出発した。
実は朝に確認したら点滅は消えていたが気づかないフリをしろと、見張りに命じておいた。
イレフスト国の首都は戦乱前にはもっと南の方にあったが、
今は中央より少し北に位置している。
よくあれだけの数の研究設備を移設したもんじゃ。
おかげで少しは距離が近い。
「そう思わんと、やってられんな」
「ですから留守番をお勧めしたのですが」
「だって気になるんじゃもん」
「はあ…」
ガタガタと馬車に揺られながら一行は進んでいく。
▶83.「あなたへの贈り物」
82.「羅針盤」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
あらすじ
時代は戦乱後期。フランタ国、イレフスト国、サボウム国の三つ巴だ。
ここでの主人公はサボウム国で技術者のひとりとして働いていた彼。
彼はサボウム国出身ではなかったものの、王を倒し平穏な日々を取り戻そうとする反抗組織の一員として動いていた。
ある日、王にイレフスト国への工作を命じられた。戦乱に大きく影響を与えるであろう強力な術具『ワルツ』。これを城に仕掛けてこいということだった。
一旦は命令通りに城を出た彼だが、これは王の目を掻い潜るためであった。仲間と協力し、忍んで王城と同じ敷地内にある技術棟まで戻ってきた彼。時間と労力を費やして『ワルツ』の複製に成功する。
フランタ国にも『ワルツ』は仕込まれる。ならばサボウム国にも仕掛けて賛成派を一掃し戦乱を止めよう、そういう作戦だ。
元々彼は城には居ないはずの人間。
複製が終わった後は速やかにイレフスト国へ向かった。
それはイレフスト国内に『ワルツ』を持ち込み、また技術棟に戻る際にすり替わった仲間の所へ行くためでもあるが、
『ワルツ』が発動すると、有効範囲内にいる人間は心を操られ戦いに身を投じることになる。戦乱賛成派を一掃し、その後に起きるであろう混乱を防ぐ。そのために彼はイレフスト国にもいるであろう反抗組織と接触するつもりであった。
◇◇◇
仲間の協力で、____は無事にイレフスト国へ入り込むことができた。
前線は避けて、南東寄りに進路を取り国境越えをしたのだった。
その時に荷物の隙間から一瞬見えただけの、
たわわな橙色が____の目に焼きついた。
町には入らず通り過ぎ、一気に首都へ向かう。
(王城からは遠く離れたが、首都に行けば、王の意向によって潜入している者が確実にいるだろう。気を引き締めなくては)
藁まみれなのも忘れて、____は拳を握った。
首都に着いたあとはイレフスト国入りする時の荷馬車を操車していたニーシャが繋ぎとなって、先に潜入している仲間たちと引き合わせてくれることになった。
「お前とすり替わって先に来たセナは、こっちの反抗組織との交渉役やってる。細工もうまいからな。先にお前の家を紹介するぜ」
____はフードを深く被ってついていく。
ここだ。
そう言って示されたのは裏ぶれた感のある家屋。看板が付いているから、店なのだろう。
「技術屋…?」
「うちらの術具師みたいなものさ」
ギィィ…
古びた音がするドアを開けると、
机の上に埃をかぶった状態でいくつも置かれているのが見えた。
「おーい、俺だニーシャだ。上位互換連れてきたぞ」
「おっ、ありがてぇ話だ」
ヒョイっと顔を出したのは、____と同じ顔。
「王城に入らなきゃいけないだろ?コソコソやって見つかったら困るからな。お膳立てしといてやったぜ」
「あ、ああ…大体飲み込めた。つまり私は食い詰めた技術屋で、これから王宮に職を求めに行くんだな」
「「そういうこと」」
「ま、俺たちからあなたへの贈り物ってことよ」
一方、以前サボウム国内で____とすり替わって、
そのまま先にイレフスト国に来ていたセナ。
慎重にイレフスト国政府に不満を持つグループらを見極め、
その内の一つと接触していた。
両者の間には、イレフスト国から持ち込んだ『ワルツ』が置かれている。
ただし、ここにあるのは見た目だけのレプリカだ。とはいえ封自体は有効で、勝手に開封されれば、施したセナが感知できる。
「これが城のヤツらを一網打尽にできるっていう機械なのか?」
「そうだ。我らからあなたへの贈り物といったところだ」
「俺たちが、これを悪用したらどうするつもりなんだよ…なぜ、俺たちを選んだ。戦乱のせいで、どんどん税金が上がって暮らしが厳しくなっていく。政府に不満を持ってるやつなんか山ほどいるだろ」
「そうだな」
「……はぁ…それで?」
「王城のどこかに置いてくれたらいい。それだけで、しかるべき時に発動する」
「決めた。ありがたくもらってやるよ」
こいつらは、平和になるに越したことはないが最悪見つかっても構わない囮だ。
本命は____が持ってくる。