▶82.「羅針盤」
81.「明日に向かって歩く、でも」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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戦乱に関する更なる情報を求め、新首都に向かうことに決めた人形たち。
旧首都はサボウム国の中央から少し北西にあり、新首都は南東の方角だ。
人形は広げた地図を見ながら、ナナホシと話し合っていた。
「あまり、この国に長くいるのは私たちにとって好ましくない。最短距離を行く必要がある」
「街道ハ蛇行ガ多イ」
「そこなんだ。だが、これだけの距離、道を外れて進むのは至難の業だ」
「僕ヲ使ッテ」
「どういうことだ」
人形が地図から顔を上げてナナホシを見た。
「僕ノ中ニハ、羅針盤ガ入ッテル」
「そうなのか?」
「ゴ主人予定ノ人、ホウコウオンチ?」
「何にせよ助かる」
「エッヘン」
ナナホシは触覚をピンと上げた。
そのようなことがあって、ナナホシの方向感覚を頼りに歩いていると、
「私の中にデータされていないはずの博士の記憶を夢に見たんだ」
「ドンナ夢?」
ナナホシが反応してナビゲーションモードから戻ってきた。
「すまない、今言うつもりではなかったんだが」
「イイヨ、話シテ」
人形は、ナナホシに見た夢の話をした。
「その夢を見た後から、博士の記憶が意図せず割り込んでくるんだ。今日も完成しなかった、あとどれだけ時間が残っているだろう、急がなければ、と」
ナナホシは、じっと人形が話し終わるのを待っている。
「機能には何の問題も起きていないが、確かに私は博士に完成とは言われていないんだ。私は、私自身をどう定義づけしたら良いのだろう」
「✕✕✕ハ、心ノ羅針盤ヲ見失ッテイルンダネ」
「心?いや、私に心などない。人形なのだから」
「ソウ?デモ機械仕掛ケハ、悩マナイ」
「悩む…そのようなこと」
「マァマァ。ユックリ考エナヨ」
たくさん話を聞くから。
そう締めくくって、ナナホシは再びナビゲーションモードになった。
▶81.「明日に向かって歩く、でも」
80.「ただひとりの君へ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
(これは、時限式か。発動には…まだ余裕がありそうだが、完全に同期させなければならないな)
サボウム国王の作った術具『ワルツ』の複製作業は、
____にとって大変に難しいものであった。
(こっちが…術の範囲設定。城の中ならどこでもいいようなことを言ってただけあって、かなり広いな)
読み取れた術式は書き出していく。段々とメモが積み上がっていく。
(その辺にある術具の効果範囲なんて、1人分か大きくても部屋ひとつだぞ?)
範囲が広くなれば、比例して効果は薄れていく。
それが術具の常識だ。それを防ぐ術式もあるが、術式が増えれば機械の部品も増やさなければならない。技術が足りなければ噛み合わせが悪くなったり、サイズが大きくなったり。サイズが大きいほど未熟と言われるため、ほとんどの術具師は、効果範囲を狭めて効果を高めているのだ。
「共鳴石か…フランタ国のとセットなんだろうな。仕方ない、これを割って使おう」
あの王は、本当に規格外だ。
(これを複製できたとして、そもそも王に効くのか?)
明日に向かって歩く、分かっていても、でも不安は尽きない。
(肝心の効果に関する術式は、やっぱりこれだろうな。なんて小さい字だろう)
仲間のためにも早く完成させたいが、失敗しては元も子もない。
睡眠を削って解析に費やし、それでも何日もかかった。
「この術具は、ヘタしたら私たちにも有効だな」
その成果が書かれたメモを見ながら、____は独りごちた。
深夜で部屋には自分以外に誰もいない。
仲間に言わないという選択肢はないと思いつつも、ため息が勝手に出る。
ちら、と『ワルツ』に視線を送ったが、
人工涙を使っていない今、あの美しい術式は見えない。
(時限式で発動し、『ワルツ』同士で共鳴し合って、特殊な波長を生み出す。それを浴びると術にかかり、共鳴石が呼び合って出来る中間地点に集まる。波長の有効範囲は大抵の城が入る程の大きさ。さらに、判断力を低下させ闘争心を高める…)
「要は2国のトップが狂ってボコボコやり合っているところを美味しくいただくって魂胆か。この術具ひとつで…化け物じみてるな」
(しかし、そんなにうまくトップが城に揃うだろうか?そこは一時停戦なり介入すればいい話か。要は発動時間中に城へ入れさえすればいいんだから)
なんの因果か、互いの城は距離が近い。
戦術よりも新しく開発した技術を使いたい奴が強いのだろう、戦況もグダグダだ。
「王は、痺れを切らしたのかもしれないな…いや、どうでもいいことだ」
ひとつ頭を振り、気持ちを切り替える。
この化け物じみた術式が、自分たちにも牙を剥くかもしれない。
そんなことを聞かされて、それでも計画を進められるだろうか。
大事なのは、そこだ。
王を倒そうとしている____たちの志が問われる。
「あいつらなら、やるだろうな。私も心して掛からなければ」
翌日、部署に出勤してきた仲間たちに解析結果を話した。
『ワルツ』の効果の強さに衝撃を受けていたが、
計画を中止してしまっては、
自分たちの技術を悪用し国民を人体改造して兵に仕立て上げている王も、戦乱も止めることはできない。
「では、作業を続行するということでいいな」
「ああ、頼んだ」
解析が終われば、あとはそれに沿って作り出していくだけだ。
今日も完成しなかった
あとどれだけ時間が残っているだろう
急がなければ
焦る心を抑えつつ丁寧に迅速に。
言うほど簡単な作業では無かったが、____は溜まった疲れを無視して進めていった。
そして、とうとう『ワルツ』の複製に成功した。
技術棟に入ってからひと月が経っていた。
____はオリジナルを仲間に託し、また荷物のフリをして荷馬車に乗り込んだ。
窮屈さも忘れて泥のように眠り込む。
何度か乗り換えながら、自分と入れ替わり先行している仲間の元へ急ぐ。
目的地が近づくにつれ、自分のやっていることの恐ろしさに悪夢を見るようになり、次第に____の眠りは浅くなっていった。
それでも、やらなければならない。
サボウム王の計画に便乗して、まずはイレフスト国に潜入する。
イレフスト国内にも戦乱に不満を持つ者が、きっといるはずだ。
先行した仲間が探してくれている。
うまく自分たちのような、利益や欲望のためではない平穏を取り戻すために動いている組織が見つかれば。
『ワルツ』の発動後、スムーズに戦乱を終わらせることができるかもしれない。
フランタ国にも、同じように仲間が向かっている。
もう、後戻りはできない。
私たちは明日に向かって歩く、でも、それによって傷つく者たちが、
場合によっては歩みが止まってしまうような者たちが出てくる。
決して、それを忘れてはならない。
傲慢な考えでいては、あの王と同じになってしまうのだから。
▶80.「ただひとりの君へ」
79.「手のひらの宇宙」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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旧首都までは残り1日から2日で着く距離であったが、
その道中に大きな変化があった。
「随分大きい街だな」
「人間モ多イネ、声ガ沢山」
ランクも様々な宿屋が多く建ち並び、客の入りも多いようで賑わっている。
「乗合馬車も比較的多い。ここから、どこかに向かうようだな」
物の値段も、今まで見てきたより高く設定されている。
「観光か?」
そのまま街を通り過ぎる。
✕✕✕と同じく歩いていく人も多い。
しかし荷物は小さい。目的地は遠くないようだ。
「旧首都に何か関係があるかもしれない」
ぽつり、ぽつりと宿屋が点在している。
人形も夜は宿に泊まった。
翌日、引き続き旧首都に向かって歩く。
何台もの馬車が追い抜いていく。
「ア、」
「どうした」
「濃度ガ高クナッテキタ」
「危険か?そういえば家屋を見なくなったな。そして、向こうに何かある。距離的に旧首都と思われるが」
「ンー、僕ハ、嫌カモ」
一度森まで引き返し、ナナホシはそこで待機することになった。
「長くても3日だ。この樹から離れないように」
「✕✕✕モ、気ヲツケテ」
「ああ」
人形だけで旧首都へ向かうと、
そこはもう、人の住む場所ではなかった。
地面はあちこち隆起していて、人間が通る分だけ道が整えられている。
その先では岩がいくつも突き出し、隙間から煙だか湯気だか分からないものが噴き出している。
その周りは、広い池になっているようだがほとんどが湯気で覆われている。時折風に吹かれて見える程度だ。安易に近づくことはできない。
ただ、観光目的の人間も多い。
ひっきりなしに馬車が留場を出入りしている。
人形は、物売りから卵を買いつつ、話を聞いてみた。
「道行く人につられて来たのだが、すごいなここは」
「お客さん、初めてですかぁ。すごいでしょう、サボウム国イチの観光名所ですよ」
「ここは、昔からあるのか?」
「戦乱より後だと聞いていますよ。なんでも突然ボカンと出来たとか」
「それは巻き込まれた人もいただろうな」
「いや、それが新首都を作るのに大勢人手が必要だからって、みんな連れてっちまってたらしくてねぇ。城はダメになっちまったが人は案外大丈夫だったっつう話ですよ」
「そうだったのか、聞かせてくれてありがとう。これは取っておいてくれ」
「毎度ありぃ!兄ちゃん、良い旅を!あー、卵〜温泉卵はいらんかえ〜」
「ふむ、これ以上は首都に行くしかなさそうだな。森まで戻るか」
森に入ると、すぐにナナホシが文字通り飛んできた。
人形が手を差し伸べると、そこに降り立った。
「✕✕✕、ブジ?」
「体は見ての通りだ。ナナホシも無事そうだが大事なかったか?」
「ウン」
ぴょんぴょん跳ねて無事をアピールしている。
「良かった。それでだが」
人形が旧首都のことを話すと、ナナホシも同意見だった。
「何カ分カル、イイ」
「そうだな。その後だが、新首都に行くと、イレフスト国がかなり近くなる。北上してナナホシの活動に必要な、あの柑橘を」
「みかん」
「そう、いや、やはり上手く聞き取れないが、それを取りに行くのはどうだろう」
「イイノ?マダ時間アルヨ?」
「ああ、情報を集める必要もある。できるだけ早く行った方がいいだろう。ナナホシは、ナナホシしか居ないのだから。ただひとりの君への支援は当然の事だ」
「アリガトウ」
「決まりだな。またここで一晩休んでから出発しよう。イレフストからの帰りは、あの地下通路を使えるといいがな」
▶79.「手のひらの宇宙」
78.「風のいたずら」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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人形たちの知らない物語
『ワルツ』は透明な涙を媒介にすると術式が見えるようになる。
それが分かった____は、まず仮眠を取り、それから仲間が来る前に、ひとまず全員に行き渡る分だけ人工涙を作っておいた。
「これが王の作った術式か…」
誰もが言葉を失っていた。
それほどまでに、角膜に投与した人工涙を通して見る『ワルツ』は、
見事な出来映えだった。
とても技術を悪用するような人間が作ったとは思えない。
繊細で、緻密で、
いくつもの術のコアが同心円状に回り、
さながら手のひらの宇宙を見ているようだ。
____も、しばし敵が作ったものであることも忘れて見入っていた。
やがて、涙が吸収されて術式は見えなくなった。
「おい、どうした?大丈夫か?」
声を掛けられて、やっと我に返る。
「いや、すまない。大丈夫だ」
「それならいいんだが。あれだけのもの、悪いが見えたところで俺達には無理だ。必要なものがあれば言ってくれ。人工涙もいくらでも作る」
「ああ…それじゃあ早速頼むよ。後はここより少なくなったら作り足してくれ」
「わかった」
平静を装い会話をしつつも、彼は驚愕の渦に巻き込まれていた。
(これを、作るのか?私が?……いや、やるしかないんだ)
できなければ、あの王を倒せない。
「…よし、やるぞ」
残りわずかな人工涙を再投与し、彼は作業に取り掛かった。
▶78.「風のいたずら」
77.「透明な涙」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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深夜のイレフスト国の王宮敷地内、技術保全課寮にて
『興味を持つなとは言わない。ただ、何事もすぎてはいけないのだ』
わしは引き継ぎ通りにしていた。
本当に、その日その時まで平穏だったのだ。
「課長、お休みの所申し訳ありません!」
「なんじゃ、血相を変えて」
わしの寝室の扉を叩いたのは、戦乱の最中に使われていた機械の見張り番だった。
血の気がひいた顔をしている。
後ろには寮長がいる。彼が部屋の鍵を開けたのだろう。
「緊急報告いたします!F16室の機器に異変が出ました!」
「なんだと!?」
ガウンを羽織って確認にいくと、確かに1箇所赤く点滅しているところがある。
「よく気づいたな」
「はい、最初は音も鳴っていたのです。リーンリーンと何度か。その後は光の点滅のみです」
部屋に残っていた方が答えた。
「ともかく、これが何を意味しているか調べなければならん。一人はここで待機。もう一人はわしについてまいれ」
「では、私が参ります」
少しのアイコンタクトがあって、部屋に残っていた方、ミハがついてくることになった。
「ここもだが、他の部署を叩き起さなきゃならんな」
一度寮に戻り、身支度を整える。
ミハは寮で寝泊まりしている奴ら全員を起こしに行かせた。
資料室に向かいつつ、わらわらと出てきた部下数人に要件を伝え、他部署や王の側近に知らせるよう指示を出す。
いずれ王にも伝わるだろう。
目的の部屋に着き、懐から出した鍵で開けて入る。
かなり埃っぽい。
戦乱前のイレフスト国は好奇心豊かな国民性で、研究も多岐にわたった。したがって王宮内の研究室も多ければ残された資料も多い。
「F16だったな…これは骨が折れそうだ」
ここは、もう20年ほどで廃棄予定だった。それはわしの仕事がなくなるのと同義であるが。その頃には死んどるだろうし、今だって本来は定年しておるからいいんじゃ。
『100年保全し、異変なければ破棄して良し』
それが戦乱後からの申し送り。技術保全課と名は付いているが、点検も整備もせずに、ただ消滅の時を待っているだけの閑職だ。
「まあ、仕方ないわい」
途中でミハも合流し、見つかった資料は3冊。どれも分厚い。
部下に持たせようと資料室から廊下に顔を出すと、何やら騒がしい。
大方、知らせが入った部署から誰かが来たのだろう。
わぁわぁ言ってるだけのやつを2人つまみ上げて荷物を持たせてやった。
「課長、これはどこに運ぶのでしょうか」
人間というやつは分かりやすい仕事を与えると、途端に落ち着く生き物だ。
「そうだな、この様子だと多く集まりそうだ。大会議室まで行くぞ」
隅っこで不安そうにしている部下には、大会議室の使用許可をもぎ取ってくるよう指示を出す。
走り回ってるやつらには、他部署の人間は大会議室へ案内するように伝えた。
これでいい。
どっこいしょと階段をのぼって、ひいふう言いながら大会議室に着く頃には、大体の人間が集まっておった。さすがに王はいなかった。
席に着く間もなく質問が飛んでくる。
「こんな深夜に異変とは何があったんだ」
「赤い光の点滅だとか」
「音が鳴ったと聞いたぞ」
「どういうことだ」
ここもか。
「まあ、落ち着け。資料をここに」
静かに置こうとはしたのだろうがひ弱な部下には重すぎて、
どすんどどすんと音を立てて机に置かれる。
「これが音が鳴り、赤い光の点滅があった機器のある部屋の資料だ。わしも詳しいことは、これから調べる。だから手伝え」
「どうして我々が!」
「そうだ!あと20年だったのに」
やいのやいの、ガヤガヤと己に降り掛かった理不尽から目を逸らそうとしている。
ここにいるのはわしより若いやつらばかりだから騒ぐのも仕方ない。
「言っても仕方ない。事は起きたんじゃ」
場はしんと静まり返った。
全員で件の部屋に行き、どの機械のどこが点滅しているのか確認して大会議室に戻ってきた。
「資料を手分けして調べるぞ」
幸い、資料は中で分冊されていた。それでも分厚いが。
部署のトップばかりこき使っているが、これも仕方ない。
戦乱は末期でも80年前だ。その時代を知っているものはいない。
この国の人間の寿命は約50歳。わしですらじじいから聞かされただけだ。
部下では知識が足りなさ過ぎて使い物にならんのだ。
「これか?いや違うか…」
「こっちはどうだ?…いや…」
それでも専門用語ばかりの資料を読み解くのは容易ではない。
わしらはすっかり技術者としての牙を抜かれてしまっていた。
「どうしたもんかの…ミハ、窓を開けて空気を入れ替えてくれ」
「はっ」
夜の冷たい風が入ってきて、火照った頭を撫でていく。
周りも似たような顔でささやかな自然の幸福を享受していた。
張り詰めていた空気が弛緩していく。
「そろそろいいですかね、閉めます」
程よく時間が経ったところでミハが窓を閉めていく。
その細くなったところを、風が強く吹き込んできた。
風のいたずらによってページがパラパラと捲られていく。
あちらこちらで悲鳴が飛び交う。
どこまで読んだか分からなくなってしまうからだろう。
ミハが残りを慌てて閉めて、風は収まった。
「す、すみません!!」
「いや、お主は悪くない、むしろいいことをしてくれたぞ」
開かれたページには、あの点滅箇所について書かれていた。
ただし、大きく「廃棄済み」と上に書かれていたが。
「なぜ廃棄済みのものが光るんじゃ」
いたずらな風が運んできたものは、新たな謎であった。