▶77.「透明な涙」
76.「あなたのもとへ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
「やれやれ、やっと出られた」
____は背中をのばして腰をたたき、体をほぐしていた。
「おつかれ、____。こっちの木箱、お前の荷物な」
彼は、無事に技術棟内へ入ることができた。
とはいえ内部を自由に歩けるわけではなく、仲間で固められた部署の仮眠室に引きこもることにはなるが、それでも安心感が違う。
「ああ、ありがとう。そっちこそおつかれ」
ここまで運んでくれた仲間が部屋から去ると、
群がっていた部署の仲間たちが、さらに距離を詰めてきた。
「早く『ワルツ』のオリジナルを見せてくれ」
「ああ、私も作業机が見たい。それか?」
「そうだ。できる限り道具も揃えた」
「鍵開けは準備できてるよな?」
「ああ、苦労させられたがな。すまん、一番小さいやつしかない」
「問題ない。すぐやるぞ」
サボウム国の強みは人体改造だが、
その根幹を支えているのが、
術式を刻んだ部品を組み立て、機械として作り上げる術具だ。
種類は多々あれど、製法は門外不出、後継者にしか伝えられない。
そして他者への漏洩を防ぐために、術具には、分解されると製作者へ
伝わるように開封通知の術式が刻まれている。
それを無効化する装置は鍵開けと呼ばれ、厳しく管理されている。
____が、わざわざ戻ってきたのも、ここに理由があった。
「照らしてくれ」
「開封通知無効化の陣、照射開始」
「照射範囲、問題なし。続行してくれ」
「王が作った術具だから、鍵開けが通用しないかと思ったが」
「そうだな、順調すぎるくらいだ」
「照射完了だ」
「よし。これより『ワルツ』の分解を始める」
手のひら大の機械。術具としては小さい部類に入る。
それは、王の技術の高さの証だ。
仲間たちが代わる代わる見に来るが、____は気に留めない。
嵌められた石を外し、刻まれた紋様に沿って刃を入れていく。
「深窓の令嬢のお出ましだ」
術具の外装を取りはずした。
「これは…」
____は席を立った。
「おい、みんな。ちょっと来てくれ」
「なんだなんだ」
「もう開いたのか?」
「こら、騒ぐな。とりあえず俺が残るから見てこい」
「外装は開いたんだが、中を見てくれ」
「術が刻まれてない?」
「いや、待て。気配はある。見えないのか」
「俺も見えないな。____も見えないのか?」
「そうなんだ。ただの機械にしか見えない」
サボウム国で王に次いで優れた手と目を持つ____でも、
刻まれた術の読み取りすら出来ない。
「だから開封通知は一般レベルだったんだな、ちくしょう」
「でも、気配はあるよな?」
「ああ」
「何か仕掛けがあるんだ」
いかにして見えない術式を読み解くか。
技術者の探究心に火がついた。
議論を交わし、試行錯誤を繰り返し。
しかし成果は出ずに時間だけが過ぎていく。
部署の人員全員が缶詰めになる訳にはいかず、ひとりまた一人と退出していく。
「あああ分からん」
____だけになっても夜を徹して解析作業は続けられていたが、
とうとう張り詰めていたものが切れた。
「一旦だ。一旦、休憩しよう」
ぐっ、と背筋を伸ばすとポキポキと小気味いい音がなる。
頭を上に向けたら、ふあぁ、と大きな欠伸が出た。
「もう頭がつぶれそうだ、全く」
言いながら、ふと下を見ると、
「はぁ!?」
全く見えなかった術式が、姿を現していた。
しかし、瞬く間に消えていく。
「…何が原因だ?何も触らないことか?」
首を捻ると、もう1つ欠伸が出てきた。
「また見える」
先ほどよりもくっきり見える。
よく見ようと涙を払った、その時。
「また消えた…なんなんだ?」
今まで何をしても見えなかった。
見えた時に変わったことといえば、
「あくび?いや持続時間が最初と次で違った」
まさかな、と思いつつも欠伸を捻り出す。
すると瞳を覆う涙が増えた瞬間、術式が見えた。
「涙か!」
多量の透明な涙が媒介になっていた。
▶76.「あなたのもとへ」
75.「そっと」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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温泉でダメージを受けた人形は修復のために森で眠りについていた。
目覚めの時が近くなり、休止形態が徐々に解かれていく。
その過程で、人形は自身を作った博士の夢を見た。
コポコポと液体の泡立つ音が聞こえる。
視界の隅に映るのは、雑多に物が詰められた壁付けの棚。
(ここは、博士の研究室だ)
人形は、これが夢だと分かっていた。
ただし体は勝手に動き、自由にならない。
視界の多くを占めているのは、大きな箱だ。
中が透けて見え、人形が収められているのが分かる。
そばに腰掛けているのか、距離が近い。
箱の上に置かれた手に、人形は見覚えがあった。
(私が目覚める前の、博士の記憶だ。でも、こんなデータを私は知らない)
「なあ。お前は目覚めたいか?」
中の人形は、まだ返答できる状態にないはずだが、
博士は話しかけるように声をかけた。
「お前を作ったのは、私のエゴだ。未練を、捨てきれなかった」
時折撫でるように手を動かしながら、博士はぽつりぽつり話し続ける。
「このまま、ただ埋もれていってもいいじゃないか、とも思うんだ」
抑揚もなく、淡々と。
「何もしなければ、何も起きない」
「いや、違うな。それは『何もしない』を選ぶという行動だ。いずれ何かは起きる」
しばしの無言の後に発した言葉は、開き直りにも前向きにも聞こえた。
「やはり、私も欲を捨てられない、ただの人間だな」
博士は立ち上がって箱の頭側に回り込み、スイッチをいじり出した。
「さて、私の人形。お前には名前が必要だな。そうだな、✕✕✕にしよう。私の故郷にいた鳥の名前だ。旅がよく進みますように」
そして、起動スイッチを入れた。
装置が作動し重低音が響く。
「局長、みんな。いずれ、この人形が行くでしょう。あなたたちの残してくれたもののもとへ」
程なくして、箱の中にいる人形が目を開けていく。
同時に、意識が現実に向かって急速に浮上していくのを感じた。
(私は知りたい。あなたが何をして何を考えていたか。博士、あなたのもとへ行って聞いてみたいんだ)
「おはよう、✕✕✕」
夢は、そこで途切れた。
「オハヨウ」
「…おはよう」
ナナホシは人形の鼻先に止まっていた。
人形が体を起こすと腹まで転がっていく。
「ダイジョーブ?」
「少し、夢が長かっただけだ。問題はない」
「✕✕✕ノ皮膚、治ッテル。出発スル?」
「ああ。現在の首都と、旧首都のどちらから行くか」
「近イ方」
「そうだな。なら旧首都だ、行こう」
▶75.「そっと」
74.「まだ見ぬ景色」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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〜人形たちの知らない物語〜
「よし、この町だ」
サボウム国から出るよう命じられ出立した____だったが、
途中で仲間と入れ替わり、
王城とは町ひとつ挟んだだけの近い距離にある町まで戻ってきた。
今、この町は戦乱の影響で人の出入りが多く、他の町からの余所者も少なくない。
現に、閉門間際の時間にもかかわらず安全を求めてやってきた人達で溢れかえっている。
____も人に紛れ夜に紛れ、目立たぬように町の中へ入る。
彼は、この町で仲間と合流する手筈になっている。
『ワルツ』の複製には整った設備がある技術棟に行かなければならない。
そこは独立した建物になっているが、王城と同じ敷地内だ。
王命に背いている____の存在は当然秘さなければならず、
姿を見せられるほど信頼できる仲間だけで固められている場所となれば、かなり限られる。
細工が必要だった。
◆
喧騒に包まれた大通り。
この方が身を隠すには都合がいい。
まずは流れに逆らわず歩く。
そして、ふらっと脇道へ逸れる。
素早く物陰に隠れて尾行の有無を確かめるが、大丈夫なようだ。
(第一段階、ってところだな)
念の為、時々迂回や遠回りで蛇行しながら、
待ち合わせ場所へ向かう。
そこは大通りから離れた場所にある寂れた酒場だった。
ひとまず入り口を気にするような視線は感じない。
カウンター席に座り、酒を注文する。
呑みながら、マスターに話を振る。
「ところでマスター、聞いてもいいか」
少し間が空いてマスターが応えた。
「ああ、なんだ」
「マスターは、『俺たちはそっと夢を見る』を歌えるか?」
「いや?知らないね」
「そうか」
会話はそれで終わりだった。
少し時間をかけて残りを干していく。
途中でマスターが店の奥に行ったが、すぐに戻ってきた。
手には、頼んだのと同じ酒の瓶が握られている。
そっとコインを、代金より2枚多く置いた。
「毎度あり。この酒はうまいだろう」
「ああ、瓶ごと欲しいね。手洗い場を借りてもいいか?」
「奥にある。綺麗に使ってくれよ」
「ありがとう」
言われた通り店の奥に向かい、しかしそのまま裏口から外へ出る。
少し火照った頬に冷たい風が心地いい。
「こっちだ」
見れば仲間が手招きしている。
ついて行った先は倉庫の裏手で、幌付きの荷馬車が置かれている。
ここで一晩過ごし、翌日技術棟に向かう予定だ。
「埃っぽいけど我慢してくれよ」
「野宿に比べたら天国さ」
目が覚めると、まだ夜明け前だった。
ぐっと伸びをして体をほぐす。
外の様子を伺いつつ、荷馬車に乗り込んだ。
町が起き出す前に隠れていたほうがいい。
その行動は予測されていたのだろう、
空の木箱の奥に準備良く毛布が置かれていた。
どれくらいか経って、荷馬車に近寄ってくる足音が聞こえてきた。
「起きてるか?」
「おう、そっと運んでくれよ?」
「分かってるって。俺の筋肉なめんな」
「頼んだぞ」
木箱は窮屈だったが、何とか入ることができた。
荷物の積み込み作業でガタガタと揺れる。
このまま荷物の振りをして運んでもらい、そっと技術棟に入り込むつもりだ。
よくある手だが、自分の体が小さいからこそできることでもある。
「出発する」
遠くに声が聞こえた。それからムチの音。
ガラガラと音を立てて車輪が回り動き始める。
揺れが激しい。
何も抵抗できず、すぐに体が痛くなってきた。
後悔で全てが塗りつぶされそうになった頃になって、
やっと動きが止まった。
城門か。
戦乱も激しくなって王城はどこも人手不足だ。
監視の目は緩くなっているはず。
しばらくして荷馬車が再び動き出した。
ただし今度は、そっと。
(やれやれ、なんとか入れたか)
彼は、ほっと息をついた。
この後、人に直接運ばれる揺れと恐怖を味わうことになるが、
そのことはまだ忘れているようだ。
▶74.「まだ見ぬ景色」
73.「あの夢のつづきを」
:
66.「冬晴れ」※更新しました。
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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人形たちは温泉のあった村から離れ、
サボウム国で昔、王城があったらしい場所に向かっている。
単純に今の首都より、そちらの方が近いので、先に調べる予定となっている。
「ナナホシ、損傷具合はどうだ」
「皮膚ガ、ホドケカケテ弱ッテル。今日ハ、早ク休ンダ方ガイイ」
「やはりか…どこか見つかればいいが」
次の村でも温泉に出くわす可能性があるとして、
人形たちは道を逸れることにした。
時たまナナホシが触覚で風を見て、それを頼りに濃度の低い方へ行くと、
小さいが森を見つけることができた。
少し奥に入り、木登りして太い枝の上に身を伏せた。
「国を超えると、こうも変わるのだな」
「イレフスト国ニモ、温泉ナイ」
「サボウム国の特徴なのか…それとも」
イレフスト国にも、まだ見ぬ景色がある。
「イレフスト国にも、行かなければな」
「みかん」
「そう、その…うむ。柑橘類という話だったな」
フランタ国から遠くに行けば行くほど、それは増えるだろう。
「こうして旅を続けたら、博士の国にも辿り着けるだろうか」
「手ガカリ、ススキ」
「博士から聞いていた特徴に当てはまる植物は見当たらなかったな…」
「✕✕✕、眠イ?」
「ああ、そろそろ意識が落ちる…では、明日」
人形は翌朝までの予定で休止形態に入った。
「オヤスミ、✕✕✕」
ナナホシも手袋の中に潜り込んだ。
▶73.「あの夢のつづきを」
72.「あたたかいね」
:
▶65.「幸せとは」※更新しました。
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
〜人形たちの知らない物語〜
____が王城から離れ、いくつか町を過ぎた、とある夜。
宿屋の一室に、誰かが一人忍び込んできた。
「遅いぞ」
「悪い。尾行されていないか確認するのに手間取った」
大した驚きもないのは、その誰かを待っていたから。
入ってきた男は、今の____とほぼ同じ容姿をしていた。
「そりゃ明日は我が身だな。間に合ってくれて助かった」
「おう。それでな、やはり外側だけのレプリカがやっとだった。代わりに2つ仕上がった。確認してくれ」
男が取り出したのは、王城を出る際に渡された『ワルツ』、ただし見た目だけのレプリカだ。
「上出来だな。あと一つは」
「手筈通り、仲間に預けてある」
「すまないな。もっと私に技量があれば本物を持たせてやれたのに」
「それを言うなよ。大丈夫だ、お前か王ほどでもなければ見破れないさ」
「今の私たちのようにな」
「そういうことだ。技術棟への手引きも王城から2つ前の町に準備できている」
王自ら作り出した強力催眠機器『ワルツ』。
これを複製し、サボウム国王城に仕込む。
王の計画ではイレフスト国とフランタ国の首脳陣に催眠を掛ける予定であるが、
サボウム国も巻き込み、戦乱を望む奴らを一網打尽にする。
これが____たちの計画だ。
戦乱や政治に使われるのは嫌だ。
ただ己の技術を磨き、熱く語り合っていた頃に戻りたい。
そういう仲間の集まりだ。
____は、それに賛同する形で共に行動している。
「いつか、あの夢のつづきを」
「ああ。あの夢のつづきを」
忍び込んできた方が宿に留まり、
____は、入ってきたルートを辿って外に出て、
仲間と合流するため町に向かった。