▶72.「あたたかいね」
〈前話までの投稿案については時間のある時に更新します〉
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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サボウム国に入ってしばらくすると、
人形とナナホシはそれぞれ別の変化に気づいた。
「アタタカイネ」
「木が減った」
人形は防寒具を減らし外套を緩め、
ナナホシは触覚を動かしながら日光浴をしている。
「この変化は気候によるものなのか?」
「風ノ成分モ、フランタ国トハ違ウ。分カラナイケド別ノ原因ト考エタ方ガイイ」
「そうか。風は、受け続けると私たちの体に支障があるものなのか?」
「長期的ニ浴ビルト良クナイ。✕✕✕ハ修復デキル、問題ナイ」
「分かった。ナナホシは手袋に入っていた方がいい」
「ワーイ」
歩いていると、温かさの原因が人形の目に見えてきた。
寄ってみると池のようだが、湯気が立っている。
人形が周辺の地面を触ると、高い温度を検知した。
「これが原因で間違いないだろう」
手袋の中からくぐもった声で返答があった。
「ウン。風ノ成分トモ一致シタ。濃度ガ高イカラ、離レテ」
池から離れ、元の進路、すなわち首都方面へ歩き出す。
「このまま首都方面へ向かいつつ、この辺りの地理について聞いてみたいのだが、どうだろう」
「僕モ気ニナル。ソレデイコウ」
熱い池から離れるほど気温は下がっていくが、フランタ国ほどではない。
天候も悪くなく、人形にとっては良い気候といえる。
やがて小さな村に着き、さっそく村人に話しかけた。
「すまない、旅の者だが。来る途中に見た熱い池について尋ねたい」
「はぁ、お若いの。サボウム国は初めてかぁ。ありゃ、この国では珍しくも何ともねぇんだ。どこにでも湧いてるだよ」
「そうなのか。昔からあるのか?」
「いんやー、あの戦乱の後からだぁ。あっこから吹く風のせいでな、お偉いさんの建てたもんが、みぃーんな壊れちまったってよぉ、いい気味だヒッヒ」
村人は興に乗ってきたのか喋り続ける。
「オラのじーさんとそのまたじーさんは、お偉いさんに連れてかれちまったんだってよー!父ちゃんがいつも言うんだぁ、元の顔も分がんねぇほど変わり果てた姿で帰ってきたってよぉ…」
「お前さん、あっちから来たんだろ?」
急に調子が変わった村人があっち、と指差す方を軽く振り返りつつ、
人形は、そうだと肯定を返した。
「こっちぃ来い。オラの話聞いてくれた礼だぁ」
人形がついて行くと、来る前と同じように湯気の立つ池があった。
「これは…」
何かと尋ねようと村人に顔を向けると服を脱ぎ始めている。
「お前さんも入れ、気持ちいいぞー」
「ああ…」
自身の防水性能が高いことは知っているし、
汚れを落とすのに水浴びもしたことがある。
しかし、『これ』は経験がない。
外套を脱ぐフリをしつつ、ナナホシに小さく声をかける。
「ナナホシ、大丈夫か?」
「サッキヨリ濃度ガ低イ。水ガ混ザッテル可能性アリ。短時間ナラ、✕✕✕ハ耐エラレル」
「ありがとう」
あとは博士を、信じよう。
人形は村人に倣うことにした。
村人に続き、そっと熱い池に入る。
その温度は人間の体温より高い。
温度センサーがかつてないほどに反応している。
「は〜〜気持ちよかぁ。これはオラたちが、温泉って呼んでるもんだ。地下で色々あってな、それが湧き出してるんだぁ。場所によっちゃ、こうして入れるのもあるってぇわけよ。しかしお前さん、根性のある旅人さんだぁなぁ…村のモンでも熱がる湯だぞ?」
「旅をしていると、様々な困難がある。耐えるのは慣れているんだ」
「ハッハ!そういうもんかぁ…」
じっと湯に、温泉に入り、体の変化を注視する。小さな気泡が出てきたのを確認し、人形は村人に声をかけ出た。
衣服を元の通りに身につけつつナナホシを袖口から忍ばせる。
「ここの濃度と成分、それから私が入っていた時間、体の変化をデータに取っておいてくれ」
「アッタカ…分カッタ」
「では、ご老人。私はこれにて失礼する。話をありがとう」
「おうおう、気ぃつけてなぁ」
▶71.「未来への鍵」
70.「星のかけら」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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どの国も、最初は平和だった。
国民は働き者で実りも良かった。
のんびりと発展していけばいい、そんな長閑な雰囲気があった。
技術者たちが好きにできていたのは、そのせいかもしれない。
人間の友が欲しかったフランタ国の技術者は自ら考える機械を作り出した。
イレフスト国の技術者は勤勉家で様々な不思議に挑み、やがて技術の転用と小型化を得意とするようになった。
サボウム国の技術者は人体の限界を押し上げることに夢中だった。それは体に手を加える技術、心に影響を及ぼす技術へと発展していった。
しかし、純粋だったはずの向上心は、人の闇に呑まれた。
それは野心を生み出し、野心は疑心を生み、
そして戦乱へと進んでいった。
〜人形たちの知らない物語〜
サボウム国王城、裏口にて
「これが、『ワルツ』か」
「そうだ」
____が出発する間際になって、やっと渡された手のひら大の機械。
禍々しい紋様が彫られている。しかし宝石のようなものが散りばめられているので、出処さえ知らなければ美しい宝物に見えなくもない。
王に呼び出された後、身支度と称した人体改造により、____の見た目はイレフスト人に多い容姿になっている。特に指紋の変わりようは見事という他ない。
「効果は?」
「知る必要はない、との仰せだ。お前はイレフスト国の王城に行き、見つからぬ場所に置くなり埋めるなりすれば、それでいい」
「そうか」
「では、あー…」
と、ここまで居丈高に話していた方が姿勢を崩し、
チラチラと周りを窺い始めた。
「こら、近くにはいない。大丈夫だから」
それを見て____は小声で、暗に姿勢を崩すなと注意を促す。
「そうか。『それ』な、一定条件を満たした者に強い催眠を掛ける効果があるらしい。いけるか?」
「おや、私を見くびってもらっては困るね。そっちこそ、すり替え。しくじるなよ」
「おう。コホン…では行け」
____は城に背を向け歩き出した。
「これが未来への鍵、ね…」
知らず、皮肉げな笑みが浮かんだ。
あの国王にはバラ色の未来しか見えてないんだろうな。
だが、悪いな。
私たちの未来への鍵として使わせてもらう。
▶70.「星のかけら」
69.「Ring Ring ...」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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人形とナナホシは合流を果たし、
フランタ国とサボウム国の国境付近にたどり着いた。
同時にそこは、イレフスト国との国境地帯でもある。
しかし、この地域には、見張りも住む人もいない。
ただ荒れ果て自然に飲み込まれた姿があるだけである。
これには、当時の戦乱によって賛成派が一掃されたことが理由にある。
特に得るものなくただ巻き込まれた形となった国民たちの中には、戦乱に嫌気が差した者も多く、
王の権威も奪われはしなかったものの、かなり下がった。
それは、子孫に引き継がれ、現在も風潮として続いている。
3国共に、そのような状況なので、
一種の空白地帯となっているのだった。
人形とナナホシは、
関所に様子を見に行くか、
このまま人目につかぬよう入国するかと話し合いながら、
戦乱末期に大きな戦いがあったらしい辺りを探索していた。
すると、人形が黒くゴツゴツした石を見つけ拾い上げた。
「ソレ、星ノカケラ」
「星のかけら?」
「夜空ニ光ル星ジャナイ。流レテ消エル星ノ方。空気ト擦レテ燃エテ、殆ド燃エ尽キル。タマニ燃エ残ッテ落チテクル」
ナナホシは人形の肩から腕を伝って、
人形が手に持つ星のかけらを触覚でつついている。
「持ッテイコウ。僕ノ材料ガ入ッテル」
「そうか」
「関所、ドウスル?」
「無理に探す必要もないだろう。街に入る時に聞かれたら迷って分からなかったと答えればいい」
「ソウダネ」
▶69.「Ring Ring ...」
68.「追い風」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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少し時を遡って。
深夜のイレフスト国内、王宮にて
「いくら戦乱を生き残った機械って言ったって、使う人間がいなきゃなぁ」
「まぁそう言うなよ。おかげで楽して給料が貰えるんだからさ」
「そりゃ違いない」
笑い合う当直たち。
寝ずの番は辛いが、その分給料はいい。
異変あれば報告、それだけの仕事だ。
整備点検をするでもなく、ただ物言わぬ機械たちを見て回るだけ。
今夜も、その通りになるはずだった。
Ring Ring ...
「どうした?急に静かになっちまって」
相方が、『静かに』というジェスチャーをしつつ答える。
「何か聞こえないか?」
Ring Ring ...
二人同時に音の聞こえる方へ駆け出した。
「はぁ、ここだ、F16号室か」
「開けるぞ」
「ああ」
部屋の中では
普段は沈黙を保っている機械が、
Ring Ring ...
寝静まった深夜を切り裂くように
けたたましく音を鳴らして
ここだと言うように、
1箇所、赤く点滅させている。
Ring Ring ...
「ほ、報告だー!!」
「お、お前頼む!足速いだろ!」
「よし行ってくる!」
主張するように鳴り響く音は、しばらくして止まったが、
赤い点滅は数日続いた。
▶68.「追い風」
67.「君と一緒に」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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それは、✕✕✕が、自身の頭の上に乗っていたナナホシに、
風が強くなってきたから下りろと声をかけようとした、
その時に起こった。
「アッ」
追い風が襲いかかり、ナナホシを攫っていく。
人形もできる限り手を伸ばしたが、あと少し届かずに遠のいていく。
山も低くまばらになり、そろそろサボウム国の国境付近に差し掛かろうかという頃であった。山の間を吹き抜ける風が、強く吹いたのであった。
「アァーレェー」
ナナホシの悲鳴のような声も間延びして聞こえる。
「羽を広げて風に乗るんだ!ナナホシ!」
ウワーン…
と、肯定のような泣き言のような声が聞こえたのを最後に、
人形は、ナナホシを見失った。
「どこまで飛ばされたか。それが問題だが、ナナホシは自律思考型メカだ。当然こういった主人と…私は主人ではないが、はぐれる事態も想定されているはずだ。つまり私は闇雲に探すよりも、そのまま歩いていけばいい」
繰り返し名を呼びながら、人形は歩いていく。
しばらくして、自身の動力の残量が普段より少ないことに気づいた。
(なぜだ?)
疑問に思い、一度立ち止まろうとした所で原因に気がついた。
(早く歩き過ぎたのだ、落ち着かなくては…落ち着く?私は焦っているのか?)
今は自問自答している場合ではない、と普段通りの歩くスピードに戻し、
再び、ナナホシの名を呼ぶ。
そんなことを数度繰り返したところで、小さい声が聞こえてきた。
「助ケテー、✕✕✕、助ケテー」
「ナナホシ!」
人形が急いで声の方へ駆け寄れば、そこには茂みになっている低木があった。
掻き分けると、枝に挟まって動けずに足をバタバタさせているナナホシを見つけた。片手で枝を広げながら、もう片方の手で転げたナナホシを受け止める。
「見つかって良かった」
「スゴク、飛ンダヨ…✕✕✕、来ルノ早カッタネ」
「心配した、のかもしれない」
「僕ヲ?…ソッカ、アリガトウ」
「ああ。では行くか」
✕✕✕は、ナナホシを手に乗せたまま歩き出した。
ナナホシも、何も言わなかった。