John Doe(短編小説)

Open App
10/20/2023, 12:34:42 PM

深夜の疼き


女の子は夜歩きからアパートの部屋に戻るなり、タバコを引き出しから一本抜き取ると、胸ポケットに入れていたオイルライター(アメリカのジッポライターではなく、ドイツ仕様の細長い軍用モデル)で火をつけるなり、吸いながら窓辺に座り、テーブルに靴ごと足を組んで乗せた。

時刻はちょうど日付が変わったばかりだった。何か楽しいことをしようと夜の街に散歩に出たのに、途中でバーに寄ってカクテルを僅かに飲んだだけで、ただ歩いただけだった。女の子は次は何をしようかと考えたが、なかなか名案が思い浮かばない。

酒。これはさっき飲んだばかりで、再び飲みたい気分ではない。男でもいれば別だったが。

遅めの夜食。これもナシ。少しも空腹感はなかったからだ。

セックス。これもダメだ。ぜんぜんその気になれないし、何より今から男を部屋に呼ぶのも、男の部屋に行くのも憂鬱だった。

いっそ自殺してみようか、と考えたところでタバコは三本目に差し掛かっていた。死への衝動が静かに女の子の中で切り傷のように疼いていた。窓から飛び降りても良かったのだが、ここは三階で、地上まではあまり高くない。というより、こんな所から飛んだら大ケガするだけなのはバカでも分かる。

女の子は机からタバコのパッケージとスミス・アンド・ウェッソンM60リボルバーを取り出すと、テーブルにそれらを置いてぼんやり見つめた。今ここで頭を撃てば、アパートの住民は全員飛び起きるのだろうかと考えた。もう一本だけ吸おうと箱に手を伸ばした所で、中身が空になっていることに彼女は苛立ちを感じた。

そして機械的に、また乱暴に銃を取ると、銃口を咥えて躊躇なく引き金を引いた。
カチリとシリンダーが回転し、撃鉄が弾く音がしたが、弾は入っていなかった。

女の子はしばらく床に倒れ込んだ後、ゆっくりと起き上がり、灰皿に水をかけると、下着だけになり、ベッドに倒れ込んで朝まで眠った。

10/20/2023, 4:05:52 AM

ウエスト・サイドの路上にて


『ジェイクのヤツがおかしくなっちまった』

学校の連中はそう口々に言った。土曜日の午後のこと、落雷がジェイクの後頭部に直撃したんだ。それまでのヤツはすごく意地汚いヤツで、礼儀なんてまるで兼ね備えてないロクデナシだった。そんなヤツがある朝、教室に入るなり掃除を始めやがった。

「何してんだよ、掃除なんか清掃係のおばさんに任せりゃいいじゃんか」

「やあ、ルー! ちょっと教室の汚れを綺麗にしたくなってね。今日の朝は気持ちがいいな」

今すぐ病院に行って頭の手術を受けるべきなんじゃないかとか、もう一度雷にうたれて来いとか、クラスメートは口々に彼を心配した。だけど僕としてはだな。ジェイクは今のままでいいんじゃないかと思ったんだな。だけど今まで僕を見下すような態度で『お前』と言ってたヤツが『君』とか言い出すとかなり不気味だったな。でも、僕のストレスはかなり軽減されたよ。雷に感謝してるくらいさ。

だけど、ヤツはそれから数日後に死亡した。ウエスト・サイドの路上にてうつ伏せに倒れていたのを通行人が警察に連絡し、発覚したそうだ。医者が言うにはかなり重症だったそうだ。
少しでも面白がっていた自分を呪いたいね。だってジェイクはイヤなヤツではあったけど、死んで欲しいとまでは思わなかったんだから。

だけど、僕を含めたクラスの連中らがヤツの家族に『彼は本当に良いクラスメートでした』なんて言ったら僕らは最低最悪の偽善者になるのだろう。

10/18/2023, 3:15:14 PM

オーキードーキーなある日の物語


僕はロサンゼルスのスローソン通りにある劇場に入る前から、酷くがっかりしていた。一枚10ドルのチケットを二枚買いながら、彼女に嫌われないよう、なるべく態度に出さないように努めるのが精一杯だったな。

本来、その日は学校でもそこそこ仲の良いジェミーと最新の戦争映画を観に行く予定だったんだ。だけど当日の朝、僕のとびきり美人な彼女、モルが『演劇を観に行こう』とデートに誘ってくれたのだった。君なら、そこそこ仲の良い友人と、とびきり美人な彼女、どちらを優先するかい? 僕は半時間ほど迷ったが、彼女の方を取ったね。やっぱり僕は男だからさ。

それで、デートで最後はキスでもできたらな、なんて下心を隠しながら、いかにも知的な雰囲気の服装で待ち合わせのバス停に向かったんだな。そしたらモルもすごく清楚な服でやって来たんだ。この時、僕は舞い上がっていたね。正直、演劇なんかより、こんな美人とデートできることが何より嬉しかったのさ。

そんでバスはスローソン通りの劇場付近に到着し、僕はそこで酷く頭を打ったような感覚になった。演劇のタイトルがシェイクスピアの『ヴェニスの商人』だったからなんだ。これにはこたえたね。まだ『千夜一夜物語』の方がマシだったろう。だけどモルときたら、楽しみで仕方なさそうなんだ。僕はかなり憂鬱な気分で劇場に入っていったね。

『ヴェニスの商人』の内容は知っていた。だからきっとつまらないだろうと、演劇を内心バカにしながら観ていた。あーあ、ジェミーと戦争映画を観たかったな。彼女の方はというとね、すごく熱心に観てるんだ。睡眠薬でもありゃ飲んで寝てしまおうかと思ったその矢先さ。

『お前の肉を1ポンドいただくぞ!!』

ユダヤ人の金貸し役の演技がものすごいのなんの、僕の憂鬱は一瞬で吹き飛んだね。まるでプロボクサーの全力のアッパーを食らったみたいになったのさ。それからはもう、僕は食い入るように劇を観ていたね。音楽もまた良かったんだな、これが。

いやあ、本当に良かったね、と劇場を出た後、カフェで彼女と語り合った。もう僕らは興奮しちゃってさ、夕方までカフェで雑談してその日は終わったんだけど、とても充実した一日だったよ。戦争映画は今度一人で観に行こうと思う。彼女との別れ際にしたキスがまた良かった。

いや、本当に演劇はいいよ。10ドルの価値はある。だけどそれをジェミーに伝えると、アイツ僕をからかうんだろうな。それでもいいさ。
オーキードーキーだよ。まったくね。

10/17/2023, 11:18:12 PM

サクリファイス


もう何も怖くなかった。
もう何も辛くなかった。
その微かな甘い香りが、ぼくを優しく包み込んでくれるのがわかった。
死なんて、怖くなかった。
生なんて、辛くなかった。
神様がいるかどうかなんて、たいした問題じゃなかった。
ここには、最高の人がいる。
ここには、最愛の人がいる。
それだけですべてが完結した。
それだけがすべてを抱擁した。
時計の針が狂ってしまったとしても。
砂時計の砂がすべて落ちきってしまったとしても。
ここには、あなたがいる。
世界に一人だけのあなたがいる。
それは確かに現実で、紛れもない現象。
ぼくのサクリファイスも、過去のもの。



これほどまで、素敵なことはあるだろうか?

10/16/2023, 2:19:43 AM

惑星エックスにて


くだらない、馬鹿げたことかもしれないけど、これから話すことは決してぼくの妄想や出鱈目なんかじゃないことを前提に、どうか聞いて欲しい。

結論から言うとね、ぼくは宇宙人(厳密には地球人もぼくらからすれば宇宙人だから、敢えてこの呼び方をするけど)だ。きみらは地球人、ぼくの母星は惑星エックスっていう地球とよく似た星の人間なんだ。

でも、きみは今、ぼくは地球人にそっくりじゃないかと思ったことだろう。当然だよな。だって地球人の祖先がぼくらエックス星人なんだから。でも、きみたち地球人より遥かに優れた高度テクノロジーの文明を築いているよ。きみたちはテレポートもテレパシーもできないだろうけど、ぼくらはそれができる。特殊な磁場を発生させて宇宙空間を移動できる乗り物だってあるんだから。

きみら地球人が月面に旗を掲げていたころ、ぼくらは既に銀河系のほぼ全てを植民惑星にしていた。近い将来、エックス星と地球の間で戦争が起きるかもしれないね。なるべく、平和的に外交を進めるつもりだけど、きみらはものすごく攻撃的だから困る。

ぼくの兄、ギグポーニは、地球に潜入している。兄貴、『ジム・ジル・ジェノラータ』なんて名前でアメリカを監察してるんだ。ぼくは『ノグチ・トチロー』って名前でニホンにいる。本名はポサボッドなんだけど。まあ、きみはぼくが頭がおかしいヤツだとでも思ってるんだろ? 顔に出てるよ。

話を続けるね。

でね、ぼくは結局何を言いたいかというと、きみに恋をしたことを伝えたいんだ。きみのグリーンの瞳、すごく綺麗だな。そこで、きみとぼくでエックス星に行かないかい? ああ、ぼくの場合は母星に帰るだけなんだけどね。

嫌? それは残念。だけどきみに拒否権はないよ。さっき言ったけど、ぼくの星の科学技術は銀河系最高レベルなんだ。きみを逃がしはしないよ。

あ、そろそろ部屋に戻らなきゃ。どうやってもさ、この施設から出ることができないけど、いつか出てやるさ。そしてきみを絶対に連れて行くんだから。

やめろ! 今戻ろうとしてたろ! ぼくは掴まれるのが大嫌いなんだ、離せったら!!
チクショウ!!

Next