John Doe(短編小説)

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9/19/2023, 3:04:05 PM

気にしないで、私の盟友


「その、答えたくなければ、それでいいんだけど」
僕はリサ・ウェイクフィールドに聞きずらそうに、敢えて彼女のグリーンの目を見ないようにして言った。
「あと一時間後に、君の記憶は全て消えてしまうけど、今、君の心境はどうなの?」
彼女は切なそうに笑って言った。
「とても悲しいわ、ロバート。私は今、とても悲しい。こうして強がって笑っているけど、本当はものすごく怖いの」

僕は耐えられなくなり、彼女を抱き締めた。彼女が嫌がっても、離すもんか。僕は強く強く抱き締めて、彼女の温もりを意識しようとした。
「痛いわ。ロバート」
彼女が身を捩る。
「『愛してる』と言ってくれ。言わなきゃ、離さないぞ」
すると彼女も僕の背中に腕を回した。それから、耳元で囁くように『愛してる、これからも、ずっと』と言った。

全世界で、思春期の女性だけ記憶が全て消えるという奇病が蔓延していた。彼女のリサも感染し、僕は最後の一時間を彼女と共にするために、こっそりと彼女を連れ出した。

僕らは冬の浜辺で海を見ていた。僕と彼女が初めて出会った思い出の場所。無数の星がきらめき、プラネタリウムにいるような気分になった。時計を見ると、残された時間はもう三十分を過ぎていた。

記憶を失うというのは、実質、死を意味している。もう間もなく彼女は僕を認識出来なくなり、彼女を形作っていたものは崩壊してしまう。僕はどうしても泣きたくなかったのに、泣いてしまった。

「泣かないで、ロバート・ハリス」
彼女が僕の涙を拭い、そっとキスをした。
「君が君で無くなるなんて、耐えられないよ。君の記憶が消えたら、僕はあの海へ身を投げようか…」
「ダメよ」
彼女は強く言い放つ。
「そんなの許さない。ロバート、私は別に死ぬわけじゃない。貴方の知らない『何か』になるだけ。これってそんなに悲劇なことじゃないわ。だから、貴方も私もこれまでと同じように生きるの。気にしないで」

彼女の目が淀んでいく。
「今までありがとう。私を唯一理解してくれた盟友。さようなら」
彼女はぐったりと倒れた。僕はもう顔をぐしゃぐしゃにして『かつて彼女だったもの』を砂浜に横たわらせて、金の髪を撫でていた。

しばらくして。
「ふああ、んは。あれ? ここどこ?」
『彼女だったもの』が辺りを見回していた。

「ここはマイアミのサウス・ビーチですよ。僕はロバート・ハリス。君の名前は?」

9/18/2023, 2:11:46 PM

ソードフィッシュの災難


一匹のグリズリーがいた。彼はこのカナディアン・ロッキーの中で生息するどの他のグリズリーよりも凶暴で、現地に住む人々からも『ベルゼブブ』と呼ばれて大変恐れられていた。彼に補食された人間は数多くいる。しかも、彼の右肩には四十四口径のマグナム弾を食らっているにも関わらず、致命傷には至らなかった。
彼は、陸上で最強の生物だと盲信していた。

一匹のメカジキがいた。彼は太平洋で生息するどの海洋生物よりも俊敏に泳ぎ、彼の天敵であるシャチですらも泳ぎには勝る力を持っていた。食べ物は小型の魚類だったが、いざとなれば剣のように鋭い鼻でどんな敵もひと突きにできると彼は思っていた。
彼は、海洋生物の中で最強だと盲信していた。

そんなグリズリーとメカジキが出会ってしまった。どうして陸の生き物と海の生き物が出会うことがあるのか?それは愚問だ。何故ならグリズリーは陸の生物を全て駆逐し、メカジキもまた、海の生物をことごとく殲滅したからである。

地球上の動物はグリズリーとメカジキだけが残った。おかしな話だが、彼らは戦いを始めた。地球最強の生物はどちらか、決着をつけたかったのだろう。両者は浅瀬で戦うことにした。

結論を言うと、グリズリーはメカジキの腹を爪で引き裂いて、メカジキは内臓を溢しながら沖へ流れていった。だけどソードフィッシュと呼ばれるだけあって、彼もグリズリーに自慢の鼻を心臓めがけて突き刺した。鼻は折れて、メカジキはそのまま死んでしまったのは言うまでもない。
グリズリーもメカジキの鼻が突き刺さったまま苦しそうに陸までよろけながら歩いたが、バタリと倒れて死んでしまった。

こうして、地球には昆虫と植物以外、人と動物はみんないなくなった。
メカジキは『ソードフィッシュ』という立派なあだ名もあって、その最期はあっけないものだった。

彼らの災難から僅か数日後に、地球に隕石が衝突して全てが終わることを、彼らが知る由もなかった。

9/17/2023, 7:22:45 AM

赤い星のクリスマスツリー


僕がコネチカットの住宅街で生まれた年、一つの超大国が15の共和国に分裂して、崩壊した。クリスマスは悲しい日だったのさ。だけど、家族のみんなはクリスマスの日、つまりキリストの誕生日に生まれた僕を『神聖な子ども』としてそれはもう素敵な名前をつけてくれたよ。

「もう共産主義は終わりだ!」とゴルバチョフが嘆いて、ソ連最高会議幹部所を立ち去ったかどうかは定かじゃない。でも、ほとんどのアメリカ人や自由主義経済の国民は「ああ、ようやく冷戦が終わったんだな」と胸を撫で下ろして、クリスマスを祝ったことだろう。

だけど、僕が10歳になった九月のことさ。コネチカットのすぐ近くのニューヨークで、二つのビルにハイジャックされた飛行機が突っ込んだ。父さんも母さんも「パールハーバーだ、世界戦争だ」とブラウン管テレビの画面の中で炎上する二つのビルを観て叫んでいた。

それから、今度はテロとの戦いの時代が始まったことは、言うまでもない。アメリカには、常に『敵』がいて、なんだかんだ常に戦争してる。それで僕はどうしたかって。大学を中退した後海兵隊に入隊してイラクへ向かった。そこでタリバンと戦ったよ。フロリダ出身のマイクとは戦友になった。彼、いいヤツだった。だけど、胸に赤い星のバッジをつけたタリバン兵士にAKライフルで射殺されてしまった。

そんなことがあって、僕はもう赤い星がトラウマになっちまった。帰国の許可が降りたので、またコネチカットの自宅に戻ったけど、戦争後遺症というヤツさ。夜中に叫んだりして家族を困らせたから、ニューヨークに独り暮らしすることになった。

ああ、そうだ。赤い星についてだけど、あれ、共産主義のシンボルなんだってさ。ニューヨークの昔ながらの住宅街はクリスマスの飾り付けで忙しそうにしてたけど、そういや僕が借りている家の近所のクリスマスツリーのてっぺんの星が赤色だったな。
なんで金や黄じゃなくて赤にしたんだろうな。ソ連崩壊を皮肉ったのかもしれないし、飾り付けたヤツがただ無神経なだけだったのかもしれない。

僕はそのクリスマスツリーが不愉快で仕方ない。

9/15/2023, 9:41:09 AM

屋上からの工場夜景


今、はっきりとわかったんだ。

僕には、目が二つもあって、それらはこの世界の色を鮮明に映し出す魔法の瞳であること。
僕には、脳ミソがあり、心があり、綺麗なことも汚ならしいことも考えることができること。

今、はっきりとした。

僕の人生を支えてくれたのは数え切れないほどの本たちじゃない。僕に生きる理由を与えてくれたのは母さんの笑顔じゃない。僕が死ななくて良かったと思えたのは大好きなあの娘との夜じゃない。

今、はっきりとわかったよ。

このビルの屋上から見える、湾岸の工場夜景。ピカピカ光って、まるでSF映画のような未来の建物みたいな幻想的な風景。
これが、この世界で生きる意味だったんだ。

生きる意味は、これだったよ。
ただ、この瞬間、この時間、この空間が、僕が生きるに値する意味だったんだ。
涙が溢れては僕の頬を濡らしていく。

ありがとう、僕の魔法の瞳。

ありがとう、僕を感動させてくれた心。

ありがとう、神様。

ありがとう、地球。

ありがとう、宇宙。

9/12/2023, 1:34:24 AM

大芸術家


僕は美術の授業が本当に嫌いだった。
美術の先生はおばさん。いかにも画家って感じの人じゃなくて、普通に近所に住んでいそうな何考えてるかよく分からない感じのおばさん。でも、先生、僕の作品を一つだって評価してくれないんだ。美術部のヤツらばかり贔屓しやがる。

別に芸術が嫌いなわけじゃないぜ。それなりに好きな画家もいたし、気に入った絵や彫刻もあった。だけどさ、美術の先生は『お題』ばかりだして技法だの何だのと言って作品を評価するんだ。描きたくないもの、作りたくないものばかりやらせるんだから、そりゃあ嫌にもなるだろ。

でさ、ある時先生が『お題は無し』と決めて、自由な絵を描いてくるよう課題を出したんだ。これだよ、これ。やっぱ芸術は自由じゃなきゃだよな。僕はかなりやる気になったよ。みんなきっと凄い絵を描いてくるに違いない。特に美術部の連中、アイツらそうとうやる気になってたな。

提出の期限は一週間後だ。それだけありゃ十分。僕はもうどんな絵を描くか決めていたんだ。
描くのは、桜の絵。近所に、それはもう見事な桜の木があったんだよ。僕は画材を持って、画用紙にその桜を迫力ある絵に仕上げていった。丸一日かけてその絵は完成した。

一週間後、絵を先生に見せるときがやってきた。美術部のヤツらもかなり凄い絵を描いてきてたけど、僕は怯まなかった。それくらい自信があったのさ。
僕は、先生に提出した。
“さあ、どうだい先生。この桜吹雪の雄大な絵は。僕がその気になりゃあこれくらいの絵を描けるんだ”
僕は心の中で勝ち誇ったように叫んだ。

「あの、なんと言うか…うん、そうね。正直に言うと気持ち悪い…かな。」

「は?」

「ごめんなさい。これは、何を…描いた絵なの? その、この蛆虫みたいなのが腐った、その…死体? みたいなのに群がっているのが気持ち悪くって」

「………」

「ちなみに、これのタイトルは?」

「…『桜吹雪』」

「え?」

「あっはははは! 桜吹雪のような腐乱死体に群がる蛆虫ですよこれは!! いやあそんなに気持ち悪かったかあ。そうですか、そうですか」

僕は目の前のババアから絵を奪い取るなり、ビリビリに引き裂いてやると床に叩きつけて踏みにじってやった。教室が静まりかえり、僕はババアを睨み付けるとズカズカと教室を出て行く。

「あれ、お前もサボり?」
廊下に男友達のジョンがいた。こいつはよく授業をサボる不良生徒だ。
「ああ、そんなところだな」
「じゃあさ、今から映画でも観に行かね?」
「そうだな。行こう。僕がおごってやるよ」
「マジ? お前今日やけに気前がいいじゃん! 愛してるぜぇ兄弟!!」

僕はジョンと肩を組むと学校を後にした。
「タバコ持ってるか?」
ジョンみたいな不良ならタバコくらい持っているだろう。
「あるけど、お前吸ったことないだろ」
「いいからよこせ」

「どうだい、うまいもんだろ?」
僕は肺に勢いよく煙を取り込んで、むせた。

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