John Doe(短編小説)

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気にしないで、私の盟友


「その、答えたくなければ、それでいいんだけど」
僕はリサ・ウェイクフィールドに聞きずらそうに、敢えて彼女のグリーンの目を見ないようにして言った。
「あと一時間後に、君の記憶は全て消えてしまうけど、今、君の心境はどうなの?」
彼女は切なそうに笑って言った。
「とても悲しいわ、ロバート。私は今、とても悲しい。こうして強がって笑っているけど、本当はものすごく怖いの」

僕は耐えられなくなり、彼女を抱き締めた。彼女が嫌がっても、離すもんか。僕は強く強く抱き締めて、彼女の温もりを意識しようとした。
「痛いわ。ロバート」
彼女が身を捩る。
「『愛してる』と言ってくれ。言わなきゃ、離さないぞ」
すると彼女も僕の背中に腕を回した。それから、耳元で囁くように『愛してる、これからも、ずっと』と言った。

全世界で、思春期の女性だけ記憶が全て消えるという奇病が蔓延していた。彼女のリサも感染し、僕は最後の一時間を彼女と共にするために、こっそりと彼女を連れ出した。

僕らは冬の浜辺で海を見ていた。僕と彼女が初めて出会った思い出の場所。無数の星がきらめき、プラネタリウムにいるような気分になった。時計を見ると、残された時間はもう三十分を過ぎていた。

記憶を失うというのは、実質、死を意味している。もう間もなく彼女は僕を認識出来なくなり、彼女を形作っていたものは崩壊してしまう。僕はどうしても泣きたくなかったのに、泣いてしまった。

「泣かないで、ロバート・ハリス」
彼女が僕の涙を拭い、そっとキスをした。
「君が君で無くなるなんて、耐えられないよ。君の記憶が消えたら、僕はあの海へ身を投げようか…」
「ダメよ」
彼女は強く言い放つ。
「そんなの許さない。ロバート、私は別に死ぬわけじゃない。貴方の知らない『何か』になるだけ。これってそんなに悲劇なことじゃないわ。だから、貴方も私もこれまでと同じように生きるの。気にしないで」

彼女の目が淀んでいく。
「今までありがとう。私を唯一理解してくれた盟友。さようなら」
彼女はぐったりと倒れた。僕はもう顔をぐしゃぐしゃにして『かつて彼女だったもの』を砂浜に横たわらせて、金の髪を撫でていた。

しばらくして。
「ふああ、んは。あれ? ここどこ?」
『彼女だったもの』が辺りを見回していた。

「ここはマイアミのサウス・ビーチですよ。僕はロバート・ハリス。君の名前は?」

9/19/2023, 3:04:05 PM