もう二度と
『もう二度としないからっ!』
なんて、彼の口から聞いたのは、つい1ヶ月前のこと。
「もう絶対しないから!許してほしいっ!」
と、懇願するのが、現在の彼。
ワックスでおしゃれに遊ばせた茶髪の頭を下げ続ける彼に、俺はじわりと心中に広がる失望を吐き出すように、溜息を零した。
派手な恋人の幾度となく、繰り返される浮気に。
俺は、完全に失望している……筈なのに。
別れよう、もう、俺達の関係を終わりにしよう。
そんな言葉が脳裏に過ぎるのに。
「……そんな言葉、信じられないよ」
なんて、弱々しい、震えた声が出るだけで。
そうなると、彼は決まって言うのだ。
『じゃあ、信じさせてあげる』
俺にはやっぱり、お前が1番だよ、と。
涙が滲む俺の、わなわなと震える唇に、そっとキスを落とす。
そして、されるがままに抱き締められると、俺はまた、浮気性の彼を許してしまうのだった。
End
どこ?
ねぇ、君はどこに行ってしまったの?
僕と同じベッドで眠る彼が、毎晩抜け出しているみたい。
僕は寝たフリをしているんだけど。
帰ってくるのは、僕が起きる少し前、慌ただしく、ベッドに入ってくるから、そんな風にされちゃったら、目が覚めちゃうよ。
……君が出て行ってからは、不安で眠れないから、どうしたって、僕の目は覚めているんだけど。
君が帰ってくるのが少し遅い日は、玄関が慌ただしくて、僕が平静を装って、そっちに向かえば。
「腹減って起きたから、コンビニ行ってきたんだよ」
そう言って笑う君の手に下げられた、コンビニ袋の中には、パンとコーヒーが2つ。
1つは僕の分だろうから、お腹が空いたなんて言う割には、少ない気がして。
なんで、そんな嘘吐くの?
とか、そんな言葉が喉に出かかるのを、必死で押し止めて。
まだ眠いフリをして、瞼を擦る僕。
君が帰ってきてくれた安心と、いつか離れて行ってしまうんじゃないかっていう不安で、目に涙が滲みそうになるのも、ついでに誤魔化すのだった。
そんな不安な夜が続いたある日。
バイト終わりに、僕が今晩の夕飯は何が良い?なんて、メッセージを彼に送れば。
今日は外で食べよう、ここに来て。
という、メッセージと地図が送られてくるから。
いつもと違う展開に、僕の胸はざわついて。
どうかしたの?
と、震える指先に気が付かないフリをして、メッセージを打つと。
大事な話がある、とか。
あぁ、ついに、君と僕の関係に終わりがくるのかな。
……そんなの、嫌だな。
なんて、思うのに、わかったと返事をする僕。
地図にかかれたお店に向かう僕は、溢れてくる涙を堪えるのに必死だった。
でも。
お店に着いて、先に席に座っていた君から告げられたのは。
「誕生日おめでとう。これからもよろしくね」
そう、口調こそいつも通りを装う君だけど。
その声は震えているし、笑顔が固いから、それが可笑しくて、僕は思わず笑ってしまった。
君が夜な夜な出掛けていたのは、僕に誕生日プレゼントの指輪を買う為に、夜勤のバイトをしていたかららしい。
なんだ、そうだったのか。
良かった。
僕の方こそ、これからもよろしくね。
End
君を探して
君はクラスの人気者。
いつだって、君の周りには人が集まる。
俺はそんな様子を、窓際の席から眺めるだけ。
あぁ、君の笑顔はいつも眩しいな。
眩しくて、いつだって日陰の存在の俺には直視出来ない。
きっと、何かの拍子で目が合えば、俺はその眩しさに目を逸らすのに。
でも、それでも見つめてしまうんだ。
その眩しさ、君の輝きに憧れて。
それ程に君を見つめている内に、君が昼休み前の10休憩中に、教室をそっと抜け出すことに気が付いてしまったんだ。
ねぇ、いつもどこに行っているの?
ある日、俺はいつもの様に教室を抜け出す君の後を追えば。
君が入ったのは、ほとんど使われていない、物置みたいになっている、空き教室で。
俺がそっと、中を覗けば、隅の席に座って腕を枕にして、眠る君。
目を閉じる君には、いつもの眩しさとは違う雰囲気があって。
それが、俺を惹き付けるから。
気が付くと、俺は眠る君の前の席に座って、君を眺める。
それでも、君が起きる気配が無いから。
もうすぐ、休憩が終わるんだけどな。
起こそうか、でももう少し眺めていない、なんて。
俺が躊躇っていたら、君の目がすうっと開いて。
俺を真っ直ぐに見た。
そして、ニヤリと笑う。
このまま、サボっちゃおうか、と。
そう、俺に言った君の笑顔は、いつもの眩しさなんて感じなくて。
今、君の知らない一面を見た、俺の胸は何故か高鳴るのだった。
End
意味がないこと
「僕とお前の関係って、意味がないよね」
と、デートの帰り道、人気のない場所で手を繋ぎながら、歩いていた時に。
隣の恋人が、ぽつりと呟いた。
「なんで?」
俺はというと、食い気味にそんな返事をしていて。
その声は思ったよりも語気が強くて。
俺自身、自分のその声で、今、自分が苛立っているんだとわかった。
それでも、隣の彼は動じない。
相変わらず手は繋いだまま、でも、真っ直ぐ前を見ていて、こちらを見ようとはしない。
俺はそんな恋人の横顔を、真剣に見つめた。
すると、やれやれ、って様子で、彼が溜息を吐く。
そして。
「だって、この先、ずっと一緒に居ても、僕達の関係には何もないでしょ?」
彼の言う、何もない。
それは、俺達が同性同士で、結婚だって、子供だって望めないことを言っているんだろう。
だから、俺は言葉よりも先に。
繋いでいた手にぎゅっと力を込めて。
「意味はある。俺が幸せでいられるんだから」
そう、しっかりと強い気持ちを込めて、言葉にすれば。
ずっと横顔だった恋人の顔が、俺の方に向けられる。
俺は続けて、言葉を紡いだ。
「お前はそうじゃないの?俺といて幸せじゃないの?」
すると、さっきまで淡々とした様子だった彼の目が見開かれて。
その目の端に、涙が滲む。
そして。
「ううん。幸せだよ、すっごく」
なんて、言うなり目を細めて笑うから。
彼の目の端に溜まっていた、涙がスーッと流れるのだった。
End
忘れたくても忘れられない
「俺のこと、忘れてくれて良いからさ」
なんて、笑う君。
その顔は何とも言えない、少しだけ困ったような笑みを浮かべているから。
……忘れるとか、そんなの無理に決まってるじゃん。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、彼は困ったような笑みを益々、深めて。
「これは、さ。俺からの最後のお願い、とでも思ってよ」
最後。
彼の口からサラッと出てきた、その言葉が悲しいから。
俺は目に溢れてくる涙を押し留めると同時に、彼の言葉への抵抗の意味を込めて。
強く、強く、彼を睨んでやる。
そして。
「お前はさ、僕のこと、もう嫌いになっちゃった?」
黙ったまま、首を左右に振る、彼。
「じゃあ、さ。僕からの最後のお願いを叶えてよ」
なんて。
この言葉には驚いたのか、彼は目を見開く。
けど、それに構わず、僕は言葉を続けた。
「最後の時まで、僕にお前の恋人でいさせて」
僕はお前がもうすぐ、この世からいなくなるとしても。
お前を忘れるなんて、そんなの絶対に出来ないんだから。
お前が忘れてほしくても。
僕が悲しさの余り、忘れたくなる時が来たとしても。
僕はお前を、絶対忘れられないんだ。
End