巡り逢い
「あの、傘忘れてますよ」
仕事帰り、電車を降りる寸前、そう声を掛けられて。
僕が振り返れば、1人の青年が。
なんだろう、見たことあるような……。
あ、と彼について、ふと思い出した瞬間、思わず声が出てしまった僕に。
「……この前は、ありがとうございました」
と、僕に傘を差し出し、頭を下げる彼。
彼と会ったのは、2回目で。
最初に会った時、電車内に、傘を忘れそうになっていた彼に、僕が声をかけたのだった。
で、今度は、僕が傘を忘れそうになるなんて。
そんな偶然があるのか、と。
驚いて、戸惑いながらも、僕もお礼を言って。
彼から傘を受け取る。
お互いに、電車を降りての遣り取り。
僕達が乗っていた、電車の扉が閉まる。
あ、と彼の方が焦った声を上げた。
どうやら、彼はここで降りるつもりは無かったらしい。
気まずい沈黙が流れて。
そして。
「もし良かったら、なんだけど。次の電車が来るまで話でもしようよ」
自販機ので申し訳ないけど、コーヒーでもどう?
と、何故か、彼に提案してしまう僕。
彼はそれに黙って、視線を彷徨わせるから。
断られるかな、と思いきや。
「嬉しいです。俺、ずっと、貴方と話してみたかったので」
なんて、熱っぽい視線を向けられた。
そう、これが、僕と彼の始まり。
End
星明かり
星明かりに照らされて、君は静かに笑って言う。
僕、もうすぐ、あっちに行くよ、と。
突然の言葉に意味がわからなくて、俺が無言のまま、君を見つめていれば。
君はすっと、腕を伸ばして、夜空を指差した。
「……まさか、死ぬ、気とか、じゃないだろうーな?」
変なこと考えんじゃねぇーぞ、落ち着けよ、と。
俺の方が焦って、しどろもどろになっていると。
案の定。
「それを言うなら、お前の方が落ち着きなよ」
大丈夫、死ぬわけじゃないから、なんて。
可笑しそうに笑う君は、十数年間幼なじみとして過ごしてきた中では、見たことない顔をしているから。
俺は何が何だかわからなくなって、息を呑むしか出来ない。
そんな俺に、君は。
「死ぬんじゃない、帰るんだよ」
僕の生まれた、本当の故郷に。
そんな、耳を疑う、彼の言葉で。
俺達の幼なじみとしての、十数年間が音を立てて、崩れていく気がした。
「……お前は僕がいなくなるのは、寂しい?」
寂しいよ、そんなの寂しいに決まってるだろ。
そんな俺の気持ちを見透かした様に。
「じゃあ、僕と一緒に来る?」
なんて、甘い誘惑のような言葉に。
俺は何も考えること無く、一瞬の躊躇いも無く。
静かに決意を込めて、頷くのだった。
End
静かな情熱
あ、コイツ、また僕の上に名前がある。
なんて、廊下に張り出された、成績表の順位を見て。僕はなんとなく、モヤモヤとした感情に支配される。
成績表が張り出されて、僕の名前を見つければ、自然と目に入る、彼の名前に。
隣のクラスのヤツだな。
どんなヤツなんだろう?
僕は自慢する程でもないけど、頭は良い方で。
そんな僕より、一つ上の成績の彼は、当然、僕よりも頭が良いワケだ。
やっぱり、真面目そうなヤツなのかな?
で、クラスでは中の下ぐらいの友達とつるんでる感じ、とか?
てか、これで、陽キャの、クラスで上位のヤツらと仲良くしてるようなヤツだったら、なんかムカつく。
……だって、僕が冴えない陰キャだから。
だからって、別に友達が居ないとかではないんだけど。
そんな風なことを考えて、成績表を見つめていたら。ふいに、今僕の頭を支配している、彼の名前がどこかから呼ばれるから。
僕が慌てて、その声の方へと振り向けば。
爽やかな香水の香りが鼻をくすぐって。
その香りに導かれる様に、視線を送ると。
その彼が、呼ばれた声に返事をしているから。
……コイツが、僕の一つ上の成績のヤツなのか。
なんて。
僕は軽く衝撃を受けた。
だって、ヤツは香水なんてつけて、髪も染めてて、どう考えたって、陰キャじゃない!
めちゃくちゃ、陽キャじゃん!
……なんか、めっちゃ負けた気分。
いや、成績ではもう負けてるんだけど。
がっくりと、肩を落とす僕。
そんな僕に、ふとある考えが浮かんだ。
次のテストでは、絶対、ヤツに勝ってやる。
きっと、陽キャのヤツは、僕なんて眼中にないんだろうけど。
でも、このまま負けっぱなしなのは、僕の気が済まないから。
もし、次のテストで、彼の名前の上に、僕の名前があったなら。
陽キャの彼は、少しでも、僕の存在を認識してくれるのかな。
そんな、淡い期待の様な気持ちには、気が付いてないフリをして。
僕は、ただただ、静かに闘志を燃やすのだった。
End
遠くの声
なぁ、なんで泣いてんだよ?
そんなに泣くんじゃねぇーよ、男だろーが、お前は。
なぁ、そんなに名前呼ばなくて良いって。
今だって、お前の傍に居るし、声だって、ちゃんと聞こえてるから。
なぁ、いつまで、俺の写真抱きしめてんの?
そんなことされたら、俺だって、お前のこと抱きしめたくなんだろーが。
……まぁ、そんなの、もうどんなに願っても無理だってのは、わかってんだけど。
なぁ、もう良いよ、俺のことは忘れてくれて。
俺はお前に悲しんでほしいワケじゃねぇーし。
……まぁ、寂しい気もしなくはねぇーけどな。
でも、良いんだよ、お前には幸せになってほしいからさ。
なぁ、だから、もう泣くなって。
俺は、お前の笑顔が一番好きなんだよ。
だから、その顔が見られたら、俺はお前の傍から、旅立っていける気がすんだ。
End
春恋
「ねぇ、君、この辺の中学出身なの?」
春風吹くみたいな、軽やかな声と。
ぱっと花が咲くみたいな、眩しい微笑みに。
僕は、一瞬で恋に落ちたんだ。
それからの僕は、君を直視出来なくて。
せっかくの会話も、目を逸らしての、たどたどしい感じになってしまう。
でも、春風の彼は、そんな様子を気にした風もなく、明るく話を振ってくれるから。
嬉しくて、胸が熱くなる。
思わず、胸を押さえて、俯いてしまう僕に。
「大丈夫?具合悪い?」
それに、大丈夫、と答えるので精一杯な僕を、君がじっと見つめてきているのが、気配でわかって。
僕はドキドキして、益々、顔が上げられない。
「ねぇー?顔見たいな、見せてよ」
なんて、君からのお願いに。
僕は躊躇うけど、そうしたら、顔を覗き込もうとしてくるから。
顔の近さに驚いて、僕は顔を上げた。
ぱちっ、と。
春風の彼と、僕の目が合う。
緊張で固まる僕に、何故か目を見開く君。
そして。
「俺、君のこと、もっと知りたいかも」
なんて、熱っぽい彼の声と表情に。
僕はただ、ドキドキしていた。
End