意味がないこと
「僕とお前の関係って、意味がないよね」
と、デートの帰り道、人気のない場所で手を繋ぎながら、歩いていた時に。
隣の恋人が、ぽつりと呟いた。
「なんで?」
俺はというと、食い気味にそんな返事をしていて。
その声は思ったよりも語気が強くて。
俺自身、自分のその声で、今、自分が苛立っているんだとわかった。
それでも、隣の彼は動じない。
相変わらず手は繋いだまま、でも、真っ直ぐ前を見ていて、こちらを見ようとはしない。
俺はそんな恋人の横顔を、真剣に見つめた。
すると、やれやれ、って様子で、彼が溜息を吐く。
そして。
「だって、この先、ずっと一緒に居ても、僕達の関係には何もないでしょ?」
彼の言う、何もない。
それは、俺達が同性同士で、結婚だって、子供だって望めないことを言っているんだろう。
だから、俺は言葉よりも先に。
繋いでいた手にぎゅっと力を込めて。
「意味はある。俺が幸せでいられるんだから」
そう、しっかりと強い気持ちを込めて、言葉にすれば。
ずっと横顔だった恋人の顔が、俺の方に向けられる。
俺は続けて、言葉を紡いだ。
「お前はそうじゃないの?俺といて幸せじゃないの?」
すると、さっきまで淡々とした様子だった彼の目が見開かれて。
その目の端に、涙が滲む。
そして。
「ううん。幸せだよ、すっごく」
なんて、言うなり目を細めて笑うから。
彼の目の端に溜まっていた、涙がスーッと流れるのだった。
End
忘れたくても忘れられない
「俺のこと、忘れてくれて良いからさ」
なんて、笑う君。
その顔は何とも言えない、少しだけ困ったような笑みを浮かべているから。
……忘れるとか、そんなの無理に決まってるじゃん。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、彼は困ったような笑みを益々、深めて。
「これは、さ。俺からの最後のお願い、とでも思ってよ」
最後。
彼の口からサラッと出てきた、その言葉が悲しいから。
俺は目に溢れてくる涙を押し留めると同時に、彼の言葉への抵抗の意味を込めて。
強く、強く、彼を睨んでやる。
そして。
「お前はさ、僕のこと、もう嫌いになっちゃった?」
黙ったまま、首を左右に振る、彼。
「じゃあ、さ。僕からの最後のお願いを叶えてよ」
なんて。
この言葉には驚いたのか、彼は目を見開く。
けど、それに構わず、僕は言葉を続けた。
「最後の時まで、僕にお前の恋人でいさせて」
僕はお前がもうすぐ、この世からいなくなるとしても。
お前を忘れるなんて、そんなの絶対に出来ないんだから。
お前が忘れてほしくても。
僕が悲しさの余り、忘れたくなる時が来たとしても。
僕はお前を、絶対忘れられないんだ。
End
やわらかな光
やわらかな光が窓から射し込む、そんな心地が良いある日。
俺は久しぶりの、予定のない休日をだらだらと満喫していた。
というのも、床に寝っ転がって、暖かい日差しを浴びて。
うとうととしていた。
……が。
「もう、そんなトコで寝ないでよね、邪魔」
なんて。
洗濯カゴを持った恋人に、心底嫌そうな顔を向けられる。
でも、そんな顔も可愛いとか。
なんて、思ってしまうんだから、俺は相当な親バカならぬ、恋人バカってヤツなんだろう。
「何、ニヤニヤしてんの、気持ち悪い」
そこ、動かないんだったら、これ落とすよ、と。
彼がニヤリと笑って、持っていた洗濯カゴを更に持ち上げてみせるから。
「っ、ちょっ、それはダメ。危な過ぎ」
ちゃんとどきますから。
そう、慌てて起き上がる俺を見て。
彼は満足そうに笑って。
「ついでに、洗濯干すのも手伝って。わかった?」
「……はいはい。わかりましたよ」
可愛くて、強い、俺の恋人にはどうしたって敵わない。
そんなことを実感をした、休日だった。
End
鋭い眼差し
彼と僕は、同じクラスで席が前後。
僕が前で、君が後ろ。
普段、授業中だろうが、休み時間だろうが、やる気無さそうに、机に突っ伏してる君。
友達らしきクラスメイトに声を掛けられても、一瞬軽く顔を上げるぐらいで。
気だるげな返事を返すだけ。
……なのに。
僕が授業中配られたプリントを、彼に渡す時。
彼は決まって、顔を上げて僕を真っ直ぐに見つめてくるんだ。
その鋭い眼差しが、僕はちょっとだけ怖い……のに。
いつまでも見ていたいなんて思うのは、どうしてなんだろう。
そんなある日の放課後。
俺が担任の先生からの頼まれ事をこなしてから、教室に戻ると。
彼が教室に一人、机に突っ伏していて。
どうやら、眠っているみたいだった。
このまま、彼をほっといても良いのだろうか。
そろそろ下校した方が良いんじゃないか、なんて。
彼のことを心配……してるようで、そうじゃない。
僕の頭に妙な好奇心が生まれて。
気が付くと、僕は彼の席の前に立ち。
そっと、名前を呼んでみる。
彼の名前を口にした僕の声は、不思議と落ち着いていて。
小心者の僕らしくないな、と思った。
そんな時、だ。
机に突っ伏していた彼の顔がゆっくりと上がって。
俺と視線が合うなり、目を見開いたかと思ったら。
いつもの鋭い眼差しに変わって。
じっと、僕を見つめてくる。
「……何か用、か?」
なんて、眼差し同様に鋭い声色に。
僕は一瞬ドキリとしたけれど。
でも、気が付いてしまったから。
鋭い眼差しを向けてくる彼の頬が薄っすらと赤く染まっていることに。
だから、僕は自然と笑みを浮かべて。
「可愛いね」
と、口にすれば。
「……何、言ってんだよ、バーカ」
そんな、鋭いけど、少し震えた声が。
何だか、やっぱり……可愛いらしく思えて。
「やっぱり、可愛いよ」
僕が君の鋭い眼差しを見つめてしまう理由が、今わかった気がした。
End
高く高く
あとちょっと、手が届きそうで届かない。
んんーと唸りながら、必死に背伸びをして、腕を伸ばす、俺。
あ、届いたかも、なんて。
目的の本に手が届いた気がした瞬間。
体勢を崩した俺は、床に打ち付けられるのを想像して、目をきゅっと瞑る。
……けど、体が打ち付けられる気配は無い。
その代わりに、俺の体をぎゅっと逞しい身体が受け止めてくれていて。
シャンプーだろうか、柔軟剤だろうか、わからないけど、甘い香りがする。
俺が恐る恐る、目を開けると。
「無理しないで、脚立使えば良いのに」
と、皮肉なようなことを、俺の体を受け止めたヤツが言うから。
「うっせ、あのぐらい届くと思ったんだよ」
と、負けん気の強い俺が、跳ねるように言葉を返せば。
その身長でねぇ……なんて、助けてくれた男の目線が語っていた。
「良いだろ、俺のことなんかほっとけよ」
そう、俺が居心地の悪さから、その場を立ち去ろうとする……けど。
俺は足を止めて、ヤツへと振り返る。
そして。
「……まぁ、その、さっきは助かった、ありがと」
と、一応礼を言っておけば。
「へぇ、意外だね。キミ、どう見ても不良クンって感じなのに、お礼が言えるんだ」
それに、図書室に居るだなんて、本好きなのも面白い、なんて。
黙って聞いてりゃ、失礼じゃないか、コイツ。
「不良が図書室で本読んでじゃ駄目なのかよ」
そう、イラっと俺が返せば。
目の前の彼はニヤリと笑って。
「いいや、良いと思う。少なくとも俺はキミのことが気に入ったよ」
なんて言って、ズイズイと近づいてきたかと思ったら。
俺を本棚の端へと追い詰めてきて。
俺はヤツから逃げられない状況だ。
……気に入ったって何だよ。
俺はそんなヤツを、負けじと見上げて睨んでやるのだった。
End